1998年9月のミステリ

鬼流殺生祭 きりゅうせっしょうさい
貫井徳郎(ぬくいとくろう)著 講談社ノベルズ 1998年
あらすじ
時は、維新から7年たった明詞7年、仏蘭西留学から3年ぶりにもどった若き軍人武知正純は、本家の武家屋敷で雪の夜に刺し殺される。友人で公家の三男坊ひやめしぐいの九条惟親(くじょうこれちか)は真相解明に乗り出した。<<この方は狂言廻しです。ひさしぶりの安楽椅子探偵物です。
感想
「そうだったのかっ!!」という驚愕・・・・・・・はなかったなあ。
驚いてもいい結末なんですけどね。全体に淡泊で、艶っぽい妖しさがなかったのかもしれない。
年号が明詞になっているので、「当時は明治ではなく、明詞とゆーてたんかなあ。」などと思っていましたよワタシ。
こういう風に現実と虚構の世界があやふやで、それなりの雰囲気はあるんやけど、あまりにもぼやっとしているというか。まあワトソン君=九条惟親もちょっと昼行灯みたいやし、お公家さんの雰囲気あったかなあ。この九条が子供の頃親から折檻を受けたというトラウマはどこにいかされてんねん?もうちょっとノーテンキで滑稽なキャラの方がよかったんとちゃうかなあ。あんなそんなで全体にぼやってしているために謎解きも「あ、そうか」ぐらいになっていて残念。「あんたは神か」ってくらい虚構の世界を創作しなかったのも熟考の末というか、まあそういう話が多いからかなあ。う〜ん惜しい。
おすすめ度:★★★1/2
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鉄の枷 THE SCOLD'S BRIDLE 英国推理作家協会CWAゴールドダガー賞
ミネット・ウォルターズ著 東京創元社 1994年
あらすじ
村一番の名家で資産家で嫌われ者、マチルダ・ギレスピーは、ある朝浴槽の中で手首を切って死んでいるのが見つかる。頭にはスコウルズ・ブライドルという中世に「しゃべり女」にはめたという鉄製のくつわをかぶり、いら草と野菊がさしてあるという異常な状況だった。
感想
事件後の人々の話と本人の日記から浮かび上がっていくマチルダの造形には圧倒された。その存在は、亡くなってからも全ての関係者の上に暗雲のように重くたちこめている。
主人公の医師セアラがぶつ大演説、セアラの夫で画家のジャックが描く意味深な肖像画等、エンターティメント小説としても読み所満載です。

しかし、内容は結構厳しい。恨み節。陰惨な話ながら明るく力強い調子ですが、「子育てという終身刑」と主人公に言い切らせる。ワォーとても厳しい。「望まなかった子供を育てさせられる。」という愛憎がないまぜになった心の葛藤が激しい。
簡単に「お母さんってすばらしい。」とか「母性」を持ち上げて欲しくないということか。
「氷の家」、「女彫刻家」に続く3作目。この作品がいちばん登場人物達の個性が豊かで、ドラマチックでした。
おすすめ度:★★★★
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腐蝕の街
我孫子武丸著 双葉社 1995年
あらすじ
2024年の日本。溝口警部補は、無法地帯でストリートチルドレンをヒモのヤキから一晩かくまう。その夜、緊急の呼び出しがかかり溝口が逮捕し、つい最近死刑になった大量殺人鬼 菅野礼也通称”ドク”の犯行と酷似した事件が起こった事を知る。
感想
はじまりが「ブレードランナー」を彷彿させます。21世紀に生まれた男の子の名前に、男女の区別がないってのが面白かった。
ストリートチルドレンのシンパの造形がいい。ローレンス・ブロック「マット・スカダーシリーズ」のTJとは、ちょっと違うけれど、独立心自立心を体いっぱい持ち合わせている所が似ている。

** ねたばれあります。ご注意 **
被害者の部屋の様子をあらわすのに「宇宙船でただ一人生き残った男がロボットとともに植物をそだてつづけるという古い映画を思い出す。」と書かれていました。ダグラス・トランブル監督の「サイレント・ランニング」の事かな。ということは、「そうアナタの思っているとおり、トランブル監督の「ブレインストーム」の影響受けています。」と言われているんですね。
おすすめ度:★★★1/2
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黒い家 第4回日本ホラー小説大賞
◆貴志祐介著 角川書店 1997年
あらすじ
主人公の若槻は、大学時代は昆虫学を専攻し、今は畑違いの生命保険会社に勤めている。恋人は心理学者の卵。若槻には子供時代の誰にも言えない記憶があり密かに苦しんでいる。人の怪我や死を扱う生々しい仕事に疲れてきた今日この頃、ある保険加入者から名指しで家まできて欲しいと言われる。
感想
京都が舞台というのがいい。恐いです。とても新人とは思えないくらい文章がうまかった。ちょっと寂しそうな文体ではあるけれど。だもんで、ラストとはちょっと合わないかな。最後は、少しばかりいい子ちゃんっぽかったような気がする。
生命保険の話も興味深かった。最近のミステリにはこういう付加価値を求められる所もあるから、結構年とってからデビューする人達もいてはるんですね。
私は 「レフトハンド」の方があほらしくて好みですが、さぼてん男はこちらに軍配があがるそうです。
おすすめ度:★★★★
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逃げる女 LEGAL TENDER
リザ・スコットライン著 講談社文庫 高山祥子訳 1996年
あらすじ
7年越しの恋人と弁護士事務所を開いていたベニーは、恋人を事務所のアソシエイトにとられ、事務所は解散、かなり弱っている。弱り目にたたり目、元恋人が殺され容疑者となり、なりゆきで敏腕弁護士は逃げた!。
感想
身長180センチ金髪アマゾネスのベニーは、行動も考え方も体育会系のノリ。超目立つ容姿を武器に、その場その場の機転としゃべくりと度胸で苦境を切り開いていく主人公のワンウーマン物語です。なにしろ生きがイイ。

アメリカ探偵作家クラブ賞をとった「最後の訴え」より数段面白かった。っていう事は、訳がちょっとだったのかなって憶測が・・・。ハヤカワの訳は昔は「意味わからん。」と思う事があってんけど(私にいわれたないか)、今でもそうなんかな。
おすすめ度:★★★1/2
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弁護側の証人
小泉喜美子著 出版芸術社ミステリ名作館 1962年
あらすじ
ストリッパーのミミィ・ローイこと漣子(なみこ)は大金持ちの御曹司八島杉彦と電撃結婚をするが、案の定、八島家のお屋敷で歓迎されず寂しい日々を過ごしていた。杉彦の姉夫婦が屋敷を訪れた翌朝、杉彦の父で八島家の当主八島龍之助は死体となっていた。
感想
元は短編だったのを長編化したそうですが、私は短編でも読みたかったな。アントニイ・バークリーの「毒入りチョコレート事件」のように両方残して欲しかった。無理か。昔の作品なので時代がかったセリフもありますが、今読むとレトロな雰囲気が感じられました。
クレイグ・ライス(「大はずれ殺人事件」)の訳者として知った著者です。訳はちょっと思い入れが大きいかなあと思っていましたが、この方の「ミステリを愛する心」は好きでした。事故で急死されて残念です。
おすすめ度:★★★1/2
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屍肉 DEAD MEAT
フィリップ・カー著 新潮文庫 東江一紀 1994年
あらすじ
ソビエト連邦崩壊後の古都サンクトペテルブルク(旧レニングラード)を舞台に、有名ジャーナリストの射殺事件を解き明かす刑事達。
感想
フィリップ・カー5作目。混迷のロシアを題材にした社会派小説であり、刑事達が一歩一歩謎を解き明かしていく警察小説でもあります。また、天井知らずの物価上昇を嘆き、毎日毎日行列に並んで食料を確保している庶民の生活をも描いています。その上、サンクトペテルブルクの観光案内といった趣もあります。そして、目に見えない危険が身近にしのびよる恐ろしさが描かれています。

−−小説とはあまり関係ない話をしています。−−
破産しかけているロシア経済の外貨獲得手段のひとつが、エルミタージュ博物館をはじめとしたロシア帝政時代の建造物めあての観光客というのは皮肉ですね。権力集中の弊害とすばらしい文化遺産の創出の矛盾がどこの国にもあるんですね。<<ここんとこ、学生時代に教授がスペインに行って「フランコ治世がよかったとは思いませんが、ああいう社会でないと理想的な都市計画を実行できないんですね。」とため息をついていたのを思い出す。

旧ソ連やロシアの知識は限りなくゼロなのですが、数年前に買った「戦争映画名作選 集英社文庫」を読んで驚いた話を。
第二次世界大戦での戦死者はおよそ5千万人といわれています。人数だけで悲劇をあらわす事はできませんが、そのうちソ連はおよそ2千万人という多さでした。ただ決して被害者であっただけではなく「ゴルゴ13」で読んだポーランド将校惨殺の「カティンの森の虐殺」はつい最近ソ連が犯したと認めたと新聞に書いてありました。モスクワ、スターリングラード、レニングラードでドイツ軍と敵対しレニングラード攻防戦は3年に及んだそうです。実に粘り強い民族なのですね。そういえば、子供の頃小学館の「世界少年少女文学全集」に含まれていた「若き親衛隊達(たぶんこういう本の名前だったと思います)」というロシア戦線を描いた話を読んだ事があります。最後にはみんなみんな生き埋めにされていく。
ちなみに日本は沖縄戦23万人、広島長崎の原爆30万から40万人を含めておよそ200万人の戦死者だったと思います。
おすすめ度:★★★★
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殺人病棟 1996年度コニャック・ミステリー大賞(フランス)
ジャン・F・ルメール著 読売新聞社 長島良三訳 1997年
あらすじ
亡くなった妹や、祖母の亡霊に悩まされているアドリエンヌは、夜勤の看護婦マリーを探す。が、彼女は病室で刺し殺されていた。
感想
やっぱり、暗めの話でした。「スウィート ヒアアフター」といい、少しほんの少し気持ちがブルー(すぐに復活しました)。
舞台が田舎の古い司教館を改装した精神病院。そして著者が精神科医。ということから、著者自身、精神のバランスをとるために書き紡いだという気がする。そういう事を感じさせて、受け取り側は少し重たい。しんどい。


ねたバレご注意
動機がちょっと肩すかしかなあでしたが、エンターティメント小説としてもよく出来ています。ただ、おどろおどろしいというより、異質な物を感じさせ居心地が悪くなるような雰囲気があります。そしてその異質ななにかは、決して自分と無関係ではないというような気持ちがしてきて。これは、いかん。「スウィート ヒアアフター」の大人になりかけの夢いっぱいの少女が「あちら側とこちら側」の語り部となったように、気鬱から「内なる世界」に足を踏みいれる事のないようにしたい。<<といっても、その場その場の感情で生きてるからならんか(笑)。
おすすめ度:変わり種でしょうか★★★
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