「ピアノ」の音域という話からは逸れてしまいますが、
はじめにで私は次のように書きました。
- 「特定の楽器を想定して作った楽想がその楽器の音域を逸脱してしまうことはよくあることと言えます。
そのとき作曲家はどう対処するのでしょうか?
対処法の一つとして
(1)音域に収まるようにメロディーや音を変えてしまう、
という方法が考えられます。
しかしこれはいたたまれません。
別の対処法の一つとして
(2)音域に収まるようにそのまま移調する、
という方法があります。
しかしこれも嫌なことです。
つまり、ある調を想定して作った楽想を安易に他の調に移し変えることは、
それぞれの調に特有のイメージを持っている場合、
やはりいたたまれないことです。
〜中略〜
でもこれは安易にできるので応急処置としてかなり採用されていると思います」
一方、
休刊になった「音楽芸術」の生まれ変わりとして発刊された「
エクスムジカ」を読んでいたら、
第2号の武満特集で池辺晋一郎が次のように書いているではありませんか。
(エクスムジカからの許可を得て引用します)
- 武満さんの書き方には独自の方法があった。
その映画、その芝居の全音楽に一貫する基調音が、
まず設定されるのである。
〜中略〜
その時の音楽の基調音は、低い「E♭」音だった。
低音を受け持つのは低弦セクションとバス・クラリネット、コントラ・ファゴットなど。
「できるだけ低音を分厚くして下さい」
と作曲者(武満のこと−引用者注)は言う。
スコアを書く僕はそこのところを任されているわけだ。
分厚くしようと、
楽器編成表を調べると、
トロンボーンがある。
これも加えるか、
と書きかけて、
おや・・・。
テナー・トロンボーンなのである。
バス・トロンボーンならいいのだが、
「テナー」の最低音は「E」。
わずか半音の差で、
そこにトロンボーンが使えない。
そこで僕は尋ねてみた。
「あの・・・、
これ、
全体に半音高くて、Eが基調音だと、
トロンボーンも使え、
より分厚くなっていいんですけど・・・」
すると武満さん、「アッ、そうか。
僕、そういうこと全然考えずに書いちゃうんだよね。
いいですよ。
半音上げちゃって下さい」
そこで、僕はそうした。
だか、今にして思う。
これは間違いだった。
何故ならあの時、
武満さんはあの映画をE♭の感覚で観ていたのだ。
それが武満さんの、
作曲という名の「演出」だった。
それを僕はぶち壊したのだ・・・。
やっぱりあるんですね、
こういうことが。
作曲や編曲を頼まれたことがある人ならきっと同じような経験があるのでは。
それにしてもあの武満が一寸身近に感じられたようで、
このエクスムジカの記事は大変興味深く読ませてもらいました。
以上、ちょっと番外の余談でした。
[2000年11月23日 記]