またまた「ピアノ」の話からは逸れてしまいますが、
知人の弟さんでギターを弾く古田圭さんというかたから身内宛のメールの形でギターの音域の話題をいただきました。
ご本人談では身内宛に軽く書いたものですが後で調べてみても大ざっぱには正しい内容だったそうです。
許可を得て以下に転載します。
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ギターは西洋音楽史上かなりマイナーな流れの中にある楽器なので、
「楽器そのものを改造する場合」は、はっきり言ってしょっちゅうある。
と言うよりもマイナーなので各時代と各地域で好き勝手にやっていたと言っても
いいかもしれない。そう詳しく説明してもそこまでの興味はないだろうからごく
簡単に言うけど、今のギターの原型は一つにはまとまらない。例えばその昔
「モーロ風ギター」は3コース(「コース」とは、発音体の単位。例えば複弦
3コースの場合弦は6本だけど発音体としては3つ)、「ラテン風ギター」は
4コース、バロックギターは5コース、それから17世紀のリュートは6コース
と14コースのものがあったし、とうとう16単弦のリュート系楽器を作っちゃった
なんていう話もあったし、「ヴィエラ」は何コースだったっけ、そうそう、ロマン期
にはコストが7弦、メルツが10弦を使っていたぞ・・・まあとにかく果てしなく
色々な弦数のギター系楽器が出現している。で、結局どうにか単弦6コース
が主流になったのが19世紀あたり、そして今我々が通常ギターと認識して
いるあの形に世界的にまとまったのは、まあせいぜい百数十年くらいである。
メールにあった10弦ギターは1960年代に「禁じられた遊び」で有名なナ
ルシソ・イエペスが開発した(先に出てきたメルツの10弦とは調弦が異な
る)。ちなみに物理好きな人にはちょっと興味深い話。あの楽器は音域拡大
の効果も勿論あるが、そもそもは通常の6弦ギターだと弦同士の共鳴音の
関係で音色が不均一になるのが不満だったために考え出されたもの。4本
の弦を加えることで、1オクターブ12音全てに対して倍音が生じ、音色が
均一に、かつブリリアントになることを狙った楽器なのだ。
あと、少数ながら現在7弦ギター、8弦ギター、11弦アルトギターなどを使う
ギタリストもいるが、これらのギターは10弦ギターほど凝った考えはなく、まあ
要するに単純に音域拡大を目的としている。この辺からもイエペスの大物ぶり
がよく分かる(個人的に好みではないけどね)。残念ながらイエペスがあまりに
巨大すぎて、彼の死後10弦ギターは一気に廃れてしまった感じがする。と言う
訳で、もしかしたら未だギターの形は完全には決まっていないのかも知れない。
もう一つ。リュートは現在結構流行っている。バッハはリュート曲をいくつか
書いているけど、バロックリュートで弾くには音域が合わなかったり、合ってい
ても殆ど演奏不能だったりして、「実はリュート曲じゃないのでは?」という問
題が学者さんたちの間で昔からずーーーーーーっと議論されている。まあ
その辺は学者さんに任せるとして、演奏家はそんなのかまっていられないので、
とにかく弾くために「いいや、リュートの弦を増やしちゃえ」という訳で、弦を追加
した「バッハ・スペシャル」リュートが結構出回っている(あ、そんな名前ではな
い、
念のため)。この辺の事情はギターと逆で、遅れて出てきたギターの場合、
大半の曲は先に楽器があってそれに合わせて作ってあるので、基本的に音域
の問題は作曲段階でクリアーしていくことになる。それ故たまに「ああ、本当は
作曲家はこんな風にはしたくなかったんだろうね。けどギターの制約上妥協せ
ざるを得なかったんだね。」と思われる箇所がある。また、決定的に古いレパー
トリーの足りないギターはしばしば他楽器用の曲を編曲して演奏するが、大抵
平気で移調してしまう。個人的には絶対音感がないので多くの場合違和感は
ないが、それでも時々あまりに雰囲気が変わってしまって(ギターの場合音域
が低いので大抵の場合暗くなる)ちょっとあんまりだなあと思うこともある。
コダーイのチェロ曲で変調弦の話をしていたが、これはギターの最も得意とす
るところで、やたらとある。エッセイにあったように6弦をレにするというパター
ンはもう現代のギター界では「変調弦」とは呼べないかも知れないくらいポピュ
ラーな手法である。何しろギターは極めて安直に音高を変えることが出来るの
で、最近特に色々な変調弦が試みられているようだ。中には平均律そのものを
逸脱して「2分の1音外し」とか「3分の1音外し」なんていうワザまである。た
だ、楽器はノーマルな調弦時のテンションに合わせて作ってあるので、あんまり
無茶なことをすると壊れる。あと、エッセイにもあったように、指と記譜が一致
せず頭がぐちゃぐちゃになることもある。
以上、ギターローカルの音域のお話でした。
[2002年8月5日 転記]