サティパッターナ・スッタ (Satipatthana Sutta) 大念住経 又は 大念処経 |
三
心
のサティパッターナ
[ENGLISH]
では、どうすれば、
心は心にすぎない、わたしのものでもなく、わたしでもなく、自分でもなく、現象にすぎない といつも感じて生きることができるでしょう。
心に欲望が生じた時、「心に欲望が生じている」 と自覚するのです。心に欲望が生じていない時、「心に欲望が生じていない」 と自覚するのです。
心に怒りが生じた時
、「心に怒りが生じている」 と自覚するのです。
心に怒りが生じていない時
、「心に怒りが生じていない」 と自覚するのです。
心に妄想が生じた時
、「心に妄想が生じている」 と自覚するのです。心に妄想が生じていない時、「心に妄想が生じていない」 と自覚するのです。
心にゆるみが生じ、怠け心が芽生えた時、「心にゆるみが生じ、怠け心が芽生えている」 と自覚するのです。気が散っている時には、「気が散っている」 と自覚するのです。
心に寛容が生じた時、「心に寛容が生じている」 と自覚するのです。心に寛容が生じていない時、「心に寛容が生じていない」 と自覚するのです。
心に劣等感が生じた時、「心に劣等感が生じている」 と自覚するのです。心に優越感が生じた時、「心に優越感が生じている」 と自覚するのです。
心に集中力が生じた時、「心に集中力が生じている」 と自覚するのです。心に集中力が欠けている時、「心に集中力が欠けている」 と自覚するのです。
心から一時的に汚れが消えた時、「心から一時的に汚れが消えた」 と自覚するのです。心から汚れが消えない時、「心から汚れが消えない」 と自覚するのです。
つまり、魂でもなく、自分でもなく、わたしでもなく、心のみが存在するという事実を、はっきりと自覚するのです。この自覚が、洞察や気づきを着実にもたらすのです。修行者は、渇望や
間違ったものの見方
から距離を置き、世の中の何ものにも執着しないで生きるのです。
* (注 )
これが心は心にすぎない、といつも感じて生きる方法なのです。
(心のサティパッターナ 了)
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1. 道の妨げとなる五つの障害 はこちらからでも入れます。