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サーファーDISCO
DISCOサウンド
サーフィン
サーファーズカー


サーファーDISCO

1978年一斉を風靡したジョントラボルタ主演の"サタデーナイトフィーバー"の上映により、
日本にもDISCOブームが到来しました。

これより少し遅れて"ローラーディスコ"という映画も上陸、新宿に日本発のローラーディスコができました。
同じ時期に、新宿、渋谷、六本木では、"サーファーDISCO"なるものが流行り始めていました。

当時、盛り上がっていた"サーファーDISCO"は、

新  宿: B&B、 プカプカ
渋  谷: キャンディキャンディ、 ラ・スカーラ
六本木: キサナドゥ、 ナバーナ、 ネペンタ、 スタジオワン、KISS RADIO

フリーフードフリードリンクで、ガラムやムスクの香りと、熱気が充満。

男子は、ウラ生地のプルオーバーシャツに、ファーラーのパンツにブーツ。
女子は、段カットのヘアースタイルに青いアイシャドー、パンツはエンジェルフライトが流行っていました。
スタジャンやペインターパンツを中心としたアメカジ派もいましたね。


ベースの効いたSOUL(ソウル)やFUNKY(ファンキー)なBrother系サウンドは、とても刺激的で、
"B&B"で皿(レコード)をまわしていた"故DJトーマスさん"との出会いが、後にDJ_NAOの誕生につながります。

1970年代の、曲と曲をMCプレイ(しゃべり)でつなぐというDJスタイルから、
1980年代は、曲のBPM(速さ)を調整、自然に曲と曲をつないでいくというスタイルに変わりました。
その立役者のひとりが、"故DJトーマスさん"だったといっても過言では無いでしょう。

曲のBPM(速さ)を同調させてきれいにかぶせていく"ミキシング"、
曲調をガラッと変えたい時に使う"カットイン"、
2枚同じ曲とかけて、片方のテンポを微妙に早くしたり遅くしたりして、
曲が右から聞こえたり左から聞こえたりする"ジェットサウンド"。

"故DJトーマスさん"には、色々なテクニックを教わりました。


「DJは自分が好きなサウンドだけでなく、ロックやポップを含め、全てのサウンドを知り尽くし、
 まんべん無く選曲しなくてはならない」 と教えられたことも記憶に残っています。


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