『S−Report』   11/22号   パンと株 L.E.T.S                       

 
ミヒャエル・エンデをご存知ですか。1995年に66歳で亡くな ったエンデはドイツの作家で映画化された「はてしない物語」 (「ネバーエンディングストーリー」)や「モモ」などの作者です。
 そのエンデは「遺言」のひとつとしてこう言ってます。

 私が考えるのは、もう一度貨幣を、実際に成された仕事や物の実体に対応する価値として位置づけるべきだということです。そのためには現在の貨幣システムの何が問題で、何を変えな くてはならないかを、皆が真剣に考えなければならないでしょう。人類がこの惑星上で今後も生存できるかどうかを決める決定的な問いだと、私は思っています。
 重要なポイントは、例えばパン屋でパンを買う購入代金としてのお金と、株式取引所で扱われる資本としてのお金は、二つのまったく異なった種類のお金であるという認識です。
  『エンデの遺言』 NHK−BS 1994年

 エンデのこの発言で「地域通貨」は有名になりました。しかし、エンデも言っているように地域通貨と呼ばれているものは広い意味では通貨システムというより経済制度のことです。
 実際、地域通貨と呼ばれているものはL.E.T.S(Local Exchange Trading Scheme)のことを意味します。
 このL.E.T.Sは地域通貨ではなく「地域交換取引制度」と訳すのが妥当でしょう。L.E.T.Sを定義しますと「地域経済」のひとつの形態であり、中央銀行の通貨を使った貨幣・商品交換経済とは別の形態で行われる「地域経済の仕組み」のことです。

 このようにL.E.T.Sにはいろいろな形態があり、そのそれぞれに地域の歴史や背景があります。
 まず、ひとつは地域経済を活性化し助け合う地域づくりを目的 にした「地域経済の仕組みとしてのL.E.T.S」があります。大戦間期の経済危機の中で地域経済の再生のために1930年代のドイツから始まり世界各地へ広がったもので今のL.E.T.Sの起源です。エンデの考え方もこの歴史の中から生まれたものです。
 もうひとつが、「新しい社会変革のためのL.E.T.S」があります。 ドイツを始めとする世界の「緑の党」などの政党やいろいろな運動が1970年代以降に新しい社会変革のための手段としてのL.E.T.Sを検討してきました。日本でも「緑の党」系のほかに柄谷行人などの知識人が提唱しているNAM の運動(資本と国家への対抗運動)のL.E.T.Sがあります。
 そして、最近では「地方政府・公共団体が支援するL.E.T.S」が あります。ヨーロッパの各国の自治州政府やドイツの「緑の党」 の州政府では公共団体がNPOやボランティア活動に対する支 援を行う形で実施されているL.E.T.Sがあります。また、イギリスに至ってはブレア首相自らがL.E.T.Sを推進しています。日本でも公的補助金を受けて運用の一助としているL.E.T.Sもあります。
 これに以外にも経済問題を研究している人たちの「理論上のL.E.T.S」があります。これはシュタイナーやシルビオ・ゲゼルなどのL.E.T.Sの理論を研究している人たちの理論の中にだけにあるものです。
 
 日本では「ピーナッツ」(千葉まちづくりサポートセンター)「おうみ」(地域通貨おうみ委員会)「クリン」(くりやまエコマネー研究会)など各地で自主的に展開されているものもあります。

 それ以外にも「ふれあい切符」という財団法人さわやか福祉財団のボラティアのためのL.E.T.Sもあります。
 「ふれあい切符」は地域通貨の仲間です。家事援助などのボランティア活動をした時間(または点数)を貯めておき、いずれ、自分や家族等がサービスを必要になったときに引き出して使うシステムのことで、各団体により、時間貯蓄、点数預託、労力預託、タイムストック等、呼称もシステムもさまざまですが、さわやか福祉財団ではこれらを総称して愛称で「ふれあい切符制度」と呼んでいます。「困ったときはお互い様」という互酬・互助の精神をより具体化 するための1つの有効な手段です。  
 (財団法人さわやか福祉財団)
 また、「エコマネー」というものがあります。1998年に通産省の加藤敏春(現在東大教授)がイギリスのL.E.T.Sを参考にして発表したものから始まっています。理論だけなくネットワーク組織を作っていますが、このエコマネーは他のと違いサービスの交換だけに限定して、「エコマネー・ネットワーク」が提案する「正しいエコマネー」の実践が求められています。

 このようにL.E.T.Sは多様です。それでもあえてL.E.T.Sの目的をま とめると「地域での取引を行うため、経済を活性化するため」と「福祉・介護のサービスを充実させるため」「環境を良くするため」「文化を振興するため」等があります。

 さて、L.E.T.Sでは法定通貨(中央銀行発行の通貨)を使わないで決済するわけですから特定のL.E.T.Sの実施団体に参加しその規 約に従ってモノやサービスの交換を行う訳です。実際のL.E.T.Sの決済方法は大きく分けてペーパーマネー発行型(タイムダラーを含む)、小切手型、通帳記入型、口座型、台帳型の4種類があります。
 ペーパーマネー型とは紙幣のようなものを実際に刷って流通させるものです。このバリエーションとしてタイムダラーがあります。タイムダラーは仕事した時間に応じて紙幣のようなものを発行するものです。また「ふれあい切符」「エコマネー」はこのタイムダラーの一種 と考えられます。
 小切手型は小切手のようなものの所持者が裏面にサインをしていくというものです。この方式では手形の裏書のように小切手の信用が 増す利点があります。
 通帳記入型は会員が通帳を持ってその通帳に会員が得た分と渡した分の残高を記入していくというものです。  口座型は参加者がL.E.T.S銀行または事務局に口座を開設しすべてその口座で決済するものです。
 台帳型は一ヵ所に設けた台帳にすべての会員が得た分と渡した分の残高を記帳しておくというものです。

 実際に、理論上のL.E.T.S(「新しい社会変革のためのL.E.T.S」や「理論上のL.E.T.S」)は別にしても、実際のL.E.T.Sはこのように成り立ちや目的によっていろいろな形態があります。(注1)
 地方の自立的経済圏 の確立を目指すL.E.T.Sと現在の通貨制度の補完形態としてL.E.T.Sで は当然異なります。例えば、通用範囲が数ヶ国に及び法定通貨を使わずL.E.T.Sだけで生活している人もいるRGT(Red Global de Trueque)と 「お金で表せない“善意”の価値を交換するあたたかいお金」としてのエコマネーを同一のものとして論じることは不可能ではないでしょうか。
 このように実際のL.E.T.Sは目的や考え方によって形態や決済も当然異なりますし、それを統一する必要もないでしょう。

 L.E.T.Sにはまだ課題がたくさんあります。法定通貨との関係、ビジネスとして進展するポイント共通化しつつあるポイントカードとの関係、地方政府・公共団体とL.E.T.Sの関係、L.E.T.S型無利子銀行と銀行の関係、日本では福祉型の「ふれあい切符」「エコマネー」だけでいいかなど問題点は山積みです。

 しかし、いろいろ違いはあるもののエンデの遺言にある通り「パン屋でパンを買う購入代金としてのお金と、株式取引所で扱われる資本と してのお金は、二つのまったく異なった種類のお金である」ことは確かです。つまり、「生活のためのお金」(もちろんこれには「儲け」も入っています。)とヘッジファンドのように利子のために経済危機を引き起こす「資本」は別物であり、この点において一致していれば多様なL.E.T.Sが 共存して貨幣・商品経済とは別の形態で行われる「地域経済の仕組み」 をつくりあげることができるのではないでしょうか。(注2)

(注1)−「新しい社会変革のためのL.E.T.S」や「理論上のL.E.T.S」を非難してるわけではなく、単に実際に使われていないので対象としないだけです。
(注2)−これをもって現行の経済システムを全面的に代替できるかは別です。

(参考)

ピーナッツ  千葉まちづくりサポートセンター   http://www.jca.apc.org/born/ 
おうみ     地域通貨おうみ委員会       http://www.kaikaku21.com/ohmi/
クリン     くりやまエコマネー研究会      http://www.mskk.gr.jp/ecomoney/

さわやか福祉財団                  http://www.sawayakazaidan.or.jp/chiikitsuka/
エコマネー・ネットワーク              http://www.ecomoney.net/index.html
タイムダラー・ネットワーク・ジャパン       http://www.timedollar.or.jp/

NAM−21世紀の社会運動            http://www.nam21.org/~center-web/
       
 本の紹介


  この本は『エンデの遺言』を託された著者たちがエンデの思いを広く世の中に伝えようとした記録です。

 「エンデの遺言―『根源からお金を問うこと』」

 編  者: 河邑厚徳、グループ現代
 発 行 元: 日本放送出版協会  
 発 行 日: 2000/02/01  
 本体価格: 1,500円  ペ ー ジ: 261  
 I S B N : 4-140-80496-3


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