前回は、普通の人が自分のメディアを持ち、そのメディアがマスメディア的な伝播力を持ち広く人々に伝えることができるようになったことをお話ししました。 今回は通信・放送メディアやペーパーメディアではなく、原初的 メディアであるイベントがどう変わっていくのかというお話です。 1月12日から「デジタルミュージアム3」が公開されたました。今回は今までのデジタルミュージアムシリーズよりさらに進化していました。 「デジタルミュージアム3」 東京大学総合研究博物館(2月24日まで) http://www.um.u-tokyo.ac.jp/ 一般にデジタルミュージアムには2つのタイプがあります。 ひとつは既存の博物館・美術館などの収蔵品をデジタル技術で展示したり、情報をデジタルで表示したりする「デジタライズミ ュージアム」です。 もうひとつは博物館・美術館などの収蔵品や展示をネッワーク上やCD、DVDなどのメディアの上に置く「ネット・メディア上のデジタルミュージアム」です。 そして、最近ではネットで実展示の関連情報を紹介するのはもちろん、「ネット・メディア上のデジタルミュージアム」から実展示に誘導したりして両者の融合が図られています。これはちょうど 「クリック&モルタル」(「クリック&モルタル」4/12号)と同じ傾向です。しかし、大半は「デジタライズミュージアム」と「ネット・メディ ア上のデジタルミュージアム」の単なる相互連携になってます。 このデジタルミュージアムはこのような二つのデシタルミュージアムを単に統合しただけでなく、その融合を図ってきました。 デジタルミュージアムを構築するにあたり、「知の解放」 ―― 「オープンミュージアム」をその基本コンセプトとすることとした。 次に述べる三つのオープン性こそ、従来から博物館に求められていたものであると同時に、多くの問題から十分な実現のできなかった課題であり、このバリアを新しいコンピュータ技術の導入によりクリアすることに、大きな意義を認めたからである。 ・収納物がオープン まず従来のガラスケースの中に閉じ込められた展示物を解放 したい。 デジタルミュージアムでは、このような保存と公開の要求を両立させるために、デジタル技術を徹底的に活かす。 ・誰にでもオープン 従来の博物館は障害者 ―― 特に視覚障害者に対しては閉ざされたものであった。 博物館は、その「展示物を見せる」という性質上、目に不自由な人に対しては与えられる情報が極端に少 ない。 このように特定の人々を博物館の持つ情報から遠ざけているバリアを、デジタル技術により解消することもデジタルミュージアムの目標である。 ・場所と時間にオープン その期間、その場所になんらかの理由で行けない人にとっては、これもバリアである。 そういった場所と時間からの解放をデジタル技術とネットワーク技術により実現することを、デジタルミュージアムでは目指している。 「電脳博物館−博物館の未来」坂村健 http://www.um.u-tokyo.ac.jp/DM_CD/DIG_MUS/HOME.HTM 今回はこのコンセプトをさらに進めて、よりオープンなものを実現しています。 もちろん、3D映像やデジタライズされた画像を使った展示はどのデジタルミュージアムでもありますが、壁に映し出された長い絵 巻物を自由に動かして見れるようにした展示やユビキタスネットワーク型のガイドとしては携帯で展示物の説明が読めるようになっていたりしました。 ユビキタスネットワーク型のガイドはこの頃あちこちで試みられており昨年の「アートロジー(向島博覧会2001)の携帯(文字情報) によるナビゲーションシステムの実験」でも行われていましたが、今回の場合も含めていろいろと改良の余地があるようです。 今回の「デジタルミュージアム3」の特徴はこれらの既存のデジタルミュージアムを越えたパーソナライズミュージアムの手段としてのMMMUDと博物館カードシステムです。 まず、MMMUDとはMultimedia Multi-User Dungeon:マルチメ ディア・マルチユーザダンジョン)の略で実物資料や資料をデジタ ル化して、仮想博物館で展示するためのシステムです。今回は3 DのRPGでダンジョンを歩くように3Dブースの中で実際の展示場 と同じように動き回ることかできました。 今回は3Dブースの中でしたが、MMMUDはネット上や離れた 場所にある施設で同じ展示を見てそこで見ている人同士がコミュ ニケーションがとれる技術です。 つぎに博物館カードシステムは個人が一枚のICカード(この場合はe−TORON・カード)を持ち自分の希望する分野や解説レ ベルを登録して、各展示の前でカードを提示すると展示システム がその人にあった解説をしてくれます。たとえば小学生ならわかりやすく、専門家なら詳しくといった具合です。 しかし、この博物館カードシステムの本来の目的は自分の見た展示物の情報をこの博物館カードに記憶させ家に帰って(他の場所でも)ネット上で見ることができることです。 「デジタルミュージアム3」ではこれらをパーソナライズミュージアムと呼んでいます。つまり、個人の必要な情報を実展示・イベント から持ち帰り、個人の情報システムの中に取り込むことです。 デジタルミュージアムは対象の狭い博物館、フォーカスの甘い博物館を脱却して一人一人のための博物館「パーソナライズミュージ アム」を目指す。(中略) 「オープン」をコンセプトとするデジタルミュージアムは、従来的な権威ある知を分け与える場所ということでなく、むしろそこを訪れる多くの人々に対して開かれているようにありたいと考えている。 「Concepts」 坂村健 「デジタルミュージアム3」−博物館カード付きパンフレットより これは情報バリアフリーとさらに知のバリアフフリーに大きく貢献するものでもありますが、今までのイベント形態をも変えうるものです。 つまり、今まではイベントでパンフレットを配布したものもこの博物館カードのようなICカード(e−TORONカード)や電子手帳のような PDAに現場で個人にデータとして送り(または個人が携帯で文字情報として見て)、持ち帰ってから見ることもできます。また、コンサートでもコンサートビデオを後で買うのでなく、帰ってからコンサートの中継を収録したものをネットで見ることもできます。 このようなことはほんの一例にすぎません。これからのイベントや ミュージアムはデジタル技術によって単に「イベントをガイドする」ことから「イベントを持って帰る」ことも考えなくてはならないでしょう。 博物館・美術館に限らずイベントも含めたこのよう試みによってネッ トとイベントの融合が進み、その結果、原初的メディアである「イベントというメディア」のパラダイムシフトはさらに進みます。 「メディアのパラダイムシフト(3)」へ
デジタルミュージアムのプロデューサーでもあり、TORONというO Sの提唱者の坂村健の最新の著作です。一般向けにわかりやすく、情報バリアフリーとさらに知のバリアフフリーの試みについても書かれています。 「情報文明の日本モデル―TRONが拓く次世代IT戦略」 著 者: 坂村健 発 行 元: PHP研究所 発 行 日: 2001/10/01 本体価格: 660円 判 型: 新書 ペ ー ジ: 226 I S B N:4569618499