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童 話・怪盗 夢之介シリーズ 3

「夢を盗まれた子供」の巻
























 怪盗 夢之介は、夢を盗む大泥棒です。彼は、世界中

を盗んだ夢でいっぱいにしたいという大きな夢を持って

いました。

 さて、今日はどんな夢を盗むのでしょうか。


「ただいま!」

 夢之介は、陽がまだのぼるずっと前に、ひと仕事終

えて帰ってきました。

「今日はやけに帰りが早いリリリ〜。」

 おしゃべりの目覚し時計が言いました。

「なんだか人に見られているようで、仕事をする気に

ならなかったんだ。」 と、夢之介は答えました。

「今日は、早く寝ることにするよ。」

 とそのとき、ドンドンドンと戸をたたく音がしました。

「誰だろう、こんな時間に。」

 夢之介は、ドアののぞき穴から外をのぞきました。

「うわあ〜!」 

 夢之介は、驚いて腰をぬかしそうになりました。のぞ

き穴から、大きな目がこちらをのぞいていたのです。

「出てこい、怪盗夢之介! ここにいるのは分かってい

るんだ。」 と、少年らしい張りのある大きな声がしまし

た。

「誰だい、大声を出すのは。近所の人たちが目を覚ます

じゃないか。」

 どうして僕の家が分かってしまったんだろうと、夢之介

は思いました。

「出てこないと、もっと大声を出すぞ。」

 少年は、さっきよりも もう少し大きな声で言いました。

「わかった。今開けるよ。」

 夢之介は、仕方なくドアを開けることにしました。

「ほら、やっぱり怪盗夢之介の家だ。その黒い ぶかぶ

かハットに だぶだぶマントが何よりの証拠だ。」 と、

夢之介とは正反対にずいぶんと小さめの服を着た少

年が、得意そうに言いました。

 少年は、教会の屋根の上で、何日も夢之介が現れる

のを待っていたのです。

「おいらの父ちゃんと、母ちゃんを返せ。」 と、少年は

怒鳴って言ったので、夢之介はびっくりして聞き返しま

した。

「父ちゃんだって? そんなもの盗みやしないよ。母ちゃ

んだって? 怪盗夢之介は、夢しか盗まないんだ。」

「だから、その父ちゃんと母ちゃんの出てくる夢を返せ

と言ってるんだ。」 少年は、ちょっぴり涙ぐんで言いま

した。

 夢之介は、少し考えながら答えました。

「そういう夢は、盗んだ記憶がないなあ。」

「とぼける気だな。ほかに誰がおいらの夢を盗むってん

だ。夢を盗むなんて、お前しかいないだろう。」

 少年は、怒ってくってかかりました。

「待ってくれよ。ほんとに覚えがないんだ。」

 夢之介は、一生懸命弁解したが、少年は聞こうともしま

せんでした。

 少年は、ちょうど一ヵ月前に夢がなくなってから、ずっと

夢之介を犯人と決めて捜していたのです。

「それなら、こうしようじゃないか。」 と、夢之介は言いま

した。

「一ヵ月前なら、まだ裏の倉庫にしまってあるはずだ。

いっしょに捜してみようじゃないか。間違ってまぎれ込

んでいるかもしれないからね。」

 夢之介は、少年を裏の倉庫に案内しました。

「何にもないじゃないか。」 と、少年は倉庫の中を見

回して言いました。

「そうそう、忘れていた。この眼鏡を貸してやるよ。こ

の眼鏡をかけると夢が見えるんだ。」

 夢之介は、眠りの妖精からもらった 【 このお話は、

別の機会に話すとして・・・・ 】 眼鏡を少年にかけてあ

げました。

 倉庫の中では、今まで見えなかった大きいのや小さい

のや、いろんな形をした夢たちが、透明な袋の中でキラ

キラと輝きながら動いています。少年は、その不思議な

光景に目を見張りました。

「一ヵ月前なら、ちょうどこのあたりだと思うんだけど。」

 夢之介は、日付の書いてある袋の中を捜してみまし

た。

「やっぱりここにはないよ。どこかに落としたんじゃない

の。」

「おいらの一番大事な夢なんだ。落としたり忘れたりな

んか、絶対にするもんか。」

 そう言うなり、少年はそこらあたりの袋を、手あたりし

だいに破いては、夢を取り出して捜し始めました。

「父ちゃん、母ちゃん!」

「おい、やめてくれ! 夢が飛んでいってしまうよ。」

 夢之介は、あわてて少年を押さえました。

「じゃあいったい、おいらの父ちゃんと母ちゃんの夢は、

どこに行ったんだ。」

 少年は、とうとう泣き出してしまいました。

 夢之介は、少年をソファーに座らせながら、「そんな

にがっかりするなよ。たかが夢じゃないか。」

 夢之介は、少年があんまり気を落としていたので、な

ぐさめるつもりで心ないことを言ってしまいました。夢が

どんなに大切なものか、いちばんよく知っているのは、

夢之介だったからです。

「どんな夢だったんだい。その夢は・・・。」

「その夢は・・・」 少年はポツリと答えました。

「その夢は、おいらの死んだ父ちゃんと母ちゃんの出

てくる夢なんだ。おいらの両親は、おいらがずっと小さ

いころ死んでしまった。その夢だけがおいらの唯一の

宝だったんだ。」

 少年は肩をまるめて、鼻をすすりました。

「そうか・・・・。」 夢之介は、少し考えて。

「わかったよ。僕が捜すのを手伝ってやろう。」

「ほんとう? ほんとに捜してくれるの?」 少年は、目

を輝かせました。

「まかせとけ、こう見えても怪盗夢之介は、正義の味方

の大泥棒なんだ。」 と、夢之介は変なたんかをきって、

胸をたたきました。

 おしゃべりの目覚し時計は、 夢之介の安うけあいに

あきれて、ゴロンと横になってしまいました。

                    

 というわけで、夢之介は少年の両親の夢を捜すこと

になりました。

「捜査は、現場からというからね。」

 夢之介は、自分が大泥棒だということを忘れてしまっ

たように、まるで刑事か探偵にでもなったつもりで、少

年の家を隅から隅までたんねんに捜しはじめました。

「あの穴はなんだ。」  と、夢之介は天井にあいた小

さな穴を指さしました。

「あれは、ねずみがかじった穴だよ。」 と、少年は答

えました。

『これは厄介なことになったぞ。』 と、夢之介は考え

ました。

「ねずみが夢を盗んだとなると、今ごろ夢は・・・。」

 そう言いそうになって、夢之介はあわてて口をつぐ

みました。まさか夢がねずみに喰いちぎられているか

もしれないなどと、少年に話すわけにはいきません。

 夢之介は、ひらりと椅子から机の上へ飛び上がり、

天井の板をはずして屋根裏をのぞき込みました。

「ねずみは、留守のようだ。」

「となりの大きな家には、いつもねずみがいるそうだ

よ。」と、少年が言いました。

「となりのおばさんが、いつもほうきで追い回している

んだ。」

「よし。」と、夢之介はひとりで、となりの大きな家の屋

根裏に忍び込むことにしました。少年を残してきたの

は、もしかして喰いちぎられた夢が散らばっているか

もしれないと思ったからです。

 となりの大きな家は、ほんとうに大きな家で、屋根

裏だけで少年の住んでいる家よりもずっとずっと大き

かったのです。

「誰だ。こんなところに入り込んできたのは。」  と、

暗がりから声が聞こえてきました。 夢之介は、少し

びっくりしたけれども、よく見るとそれは、ひげがよれ

よれになったねずみのおじいさんでした。

「となりに住んでいるねずみを知らないかい。」夢之介

はたずねました。

「となりのあの小さな家かい。」と、年寄りねずみは言

いました。

「あそこには、わしが住んでおった。」

「それじゃあ、そこに住んでいる少年のことを知ってい

るよね。」と、夢之介は言いました。

「少年? ああ、あの子のことだね。知っているとも、天

井の穴からいつも眺めておったからね。」と、年寄りね

ずみはひげをさすりながら言いました。

「それじゃあ、少年の夢を見なかったかい。一ヵ月前に

少年は夢をなくしてしまったんだ。」と、夢之介は たず

ねました。

「一ヵ月前? それじゃあわからんね。なにしろ、わしが

ここへ引っ越したのは、二ヵ月ほど前のことだからね。」

 と、年寄りねずみは不機嫌そうに言いました。

「一ヵ月前のことなら、猫のルパンに聞いてみるんじゃ

な。わしは、あの猫に追い出されたんじゃからな・・・。

おかげでこの家のばあさんにほうきで追い回される し

まつじゃよ。まあ、暴れん坊のルパンに引っかかれる

よりはましじゃがね。」

 夢之介は、猫のルパンを捜しに屋根の上に出ること

にしました。なぜって、猫は屋根の上に登るのが習性

みたいで、昼間はたいてい屋根の上で日向ぼっこをし

ているからです。

案のじょう屋根の上には白いふさふさの毛をしたペル

シャ猫が、日向ぼっこをしていました。

「おい、きみ!」 と、夢之介は声をかけました。

「だあれ?」 と、ペルシャ猫は眠たそうな声で答えまし

た。

 どうやらめす猫で、ルパンではないようです。

「ルパンという猫を捜しているんだけれど、君は知らな

いかい。」

「ルパン? 右の耳に三角の印のついたトラ猫のこと

ね。さあ、いまごろどこにいるのかしら。」と、ペルシャ

猫はすましながら言いました。

「最近、何かいいことがあったみたいで、いつもニヤニ

ヤして・・・。 あたしは、暴れん坊の男っぽいルパンが

好きだったのに。」

「どこに行ったら会えるんだい。」

「ここから五つ目の、さかな屋さんの屋根にいるかも

ね・・・。」 と、ペルシャ猫は無関心そうに言いました。

「ありがとう。」

 夢之介は、さっそくさかな屋と書かれたカンバンのあ

る、五つ目の家をめざし、屋根から屋根へと飛び移って

いきました。

 そこには、下にある魚を見て、よだれをたらしている

三毛猫のニャン太郎が、恨めしそうに手をなめていま

した。

「トラ猫のルパンを捜しているんだが・・・。」 と、夢之

介は声をかけました。

 突然声をかけられたニャン太郎は、ドキッと驚いて、

よだれをたらしているのをかくすように、顔を洗うふり

をしながら言いました。

「ル、ルパンなら、いい夢を見るんだとか言って、寝床

に帰って行ったよ。」

「寝床って、どこにあるんだい。」

「向こうの五つ目の先にある、ちっちゃな ちっちゃな家

だよ。なんであいつ、あんな所に居ついちまったのか

ね。」

 三毛猫のニャン太郎が振り向くと、そこにはもう夢之

介はいませんでした。

「お、おれは誰と話していたんだ?」

 ニャン太郎は、細い目をまんまるにして、あたりを見

回しました。

 夢之介は、急いで少年の家にもどりました。

               

「お帰り、見つけてくれた?」  と、少年は言いました。

「いや、それが・・・。」  と、夢之介は言いかけて、

びっくりしてしまいました。なぜって、少年のひざの上に

は、トラ猫のルパンが、気持ちよさそうに眠っていたの

です。

「そ、そいつだ。」

 夢之介のかけている眼鏡は、トラ猫のルパンが見て

いる夢が、はっきりと見えていました。

「夢を取ったのは、そのルパンだ!」と、夢之介が言っ

たとき、ルパンは幸せそうな声で、ゴロゴロと のどをな

らして寝返りをうったところでした。

「このルパンが・・・?」

 少年は驚いたひょうしに、ひざの上からルパンを落と

してしまいました。

「いたたたー。何をするんだ。」

 楽しい夢をさえぎられたルパンは、爪を立てて身構え

ました。でも、二人の様子を見て、これはただ事ではな

いと感じて、二歩、三歩と あとずさりしました。

「夢を返せ!」  と、少年は叫びました。

「父ちゃんと、母ちゃんを返せ!!」

「なんのことだ。」

 ルパンは、しらばっくれようとしました。

 「いま見ていた夢のことだよ。」と、夢之介は言いまし

た。

「お前が盗んだってことは、この怪盗夢之介には、お見

通しさ。」 と、夢之介はちょっぴり 自慢気に言いました。

「盗んだって。」

 ルパンは、目を吊り上げて怒りました。

「盗んだわけじゃないぞ。おれさまが屋根裏で寝ている

と、天井の穴からすうっと夢が上がってきて、おれさま

の見ている夢に、勝手に入り込んできたんだ。」

「じゃあ、なぜすぐに返さなかったんだ。」と、夢之介

は問いつめました。

「それは・・・。」 と、ルパンはためらいながら言いまし

た。

「とても素敵な夢だったからさ。・・・父ちゃんと母ちゃ

んが現れて、おれさまに優しくするんだ。頭をなでて

くれたり、一緒に食事をしたり・・・。それはそれはとて

も素敵な夢だったんだ。」

「それは、おいらの父ちゃんと母ちゃんだぞ。」 と、

少年は怒って言いました。

「そんなこと知るもんか。夢の中では、おれさまの父ちゃ

んと母ちゃんだ。」  と、ルパンは言いました。

「おれさまは、生まれた時から捨て猫で、父ちゃん母ちゃ

んの顔も匂いも知らないんだ。だから少しくらい顔や体

つきが似てなくたって、おれさまにとっちゃ、はじめての

父ちゃんと母ちゃんだったんだ。」

 似てないのは、少しどころではなかったけれど、ルパ

ンはほんとうにそう思っていました。ルパンは、きっと

すごく幸せだったに違いありません。

「でも・・・。」  と、夢之介は優しく言いました。

「でも、ルパンのほんとうの両親じゃないんだから、返

さなくてはいけないよ。」

「分かってるさ。」  と、ルパンはポツリと言いました。

「返そう返そうと思いながら、つい返しそびれてしまった

んだ。」

「捨て猫のルパンだって・・・?」 少年は思い出したよ

うに言いました。

「どこかで聞いたことがあるよ・・・そうだ、思い出した。

夢の倉庫だ、倉庫で見たんだ。」 と、少年は大声を出

しました。

「何を見たんだって?」  と、夢之介は聞きました。

「おいらの夢を捜しているとき、ルパンという名の猫の

赤ちゃんを抱いている夢があったんだ。その子猫は、

人間に持っていかれちゃうんだ。」

「そう・・・・、そう言われれば・・・。」 夢之介は思い出

しました。

「ずいぶん昔のことだったので、忘れていたよ。あれ

は、あんまり悲しい夢だったので、もう夢を見なくてす

むようにと、母猫から盗んでやったんだ。」

「それは、それはおれさまのことなのか?」と、ルパン

は言いました。

「ずいぶん昔のことだし、それがルパンの母親かどう

か、分からないよ。同じ名前ってこともあるし・・・。」

「そ、そうだよな。そんなことはないよな。」と、ルパン

は望みをふっ切るように言いました。

「でも、おいら見たよ。その赤ちゃんの右の耳のところ。

ほら、そんなふうに、黒く三角の印がついてたんだ。」

「それがほんとうなら、ひょっとすると。」 夢之介は、

なんだか嬉しくなってきました。

「どこ、どこにいるんだ! おれさまの母ちゃんは!」

 ルパンはもう有頂天でした。

「えーと、確かあれは隣町のはずれにある、レンガ造り

の家に住んでいる牝猫だった・・・。」と、夢之介が言い

終えるより早く、ルパンは小さな家の窓から、外に飛び

出そうとしていました。

「ありがとう。とっても素敵な夢だったよ。でも、もうおれ

さまには必要ないみたいだ。その夢、大事にしろよ。」

 そう言うと、ルパンは夢を少年に放り投げて、飛び出

して行ってしまいました。

 夢之介は、キラキラふわふわと ただっている夢をつ

かまえて、少年に渡しました。

「よかったね、夢が戻ってきて。」

 でも少年は、あまり嬉しそうではありませんでした。

少年はルパンがちょっぴり うらやましかったのです。

「ルパン、母親に会えるといいね。」

「会えるさ、きっと。」  と、夢之介は答えました。

 少年は、どこか寂しそうでした。

「夢・・・。夢はやっぱり夢なんだね。」  と、少年はつぶ

やきました。

「その通りさ。」 と、夢之介は言いました。

「夢は、そのままでは夢以上にならないんだ。いつまで

も夢の両親に甘えてちゃいけないんじゃないかな。それ

じゃあ、君の両親も喜びはしないよ。」

「でも・・・、どうしたらいいんだろう。」

「夢を思い出に変えるんだよ。」  と、夢之介は答えま

した。

「夢を思い出に?」

「そうだよ。思い出の両親なら、いつでも君の胸の中に

いてくれる。思い出しさえすればいいんだ。もうなくすこ

ともない。」

「・・・・そうだね。」 少年は涙をためて言いました。

「おいらも、もっと大人の女性にならなくちゃ。」

「えっ?」  と、夢之介は驚きました。

「君は、男の子じゃないのか。」

「男の子だって?」 と、少年・・・・いや、少女は言いま

した。

「男の子だと思ってたのか。 失礼しちゃうな。 おいら

れっきとした女の子だぞ!」

 夢之介は、少女が怒り出して、その辺の物を投げつ

けてくる前に、ひらりと身をひるがえして外へ飛び出し

ていました。

「怪盗夢之介!」

 夢之介の後ろで、大きな声がしました。

「ありがとう。思い出を大事にするよ。」

 夢之介は、窓から乗り出して手を振る少女に、軽く

手を振り、ウインクしました。


                    「おわり」


  またお会いしましょう。

    怪盗 夢之介


もどるよ!