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童 話・怪盗 夢之介シリーズ 2

「夢を盗んで欲しい男」の巻
















 怪盗夢之介は、夢を盗む大泥棒です。彼は夢が大好

きで、世界中を盗んだ夢でいっぱいにしたいという大き

な夢を持っていました。

 さて、今夜も楽しい夢を盗みに行くことにしましょう。


「ジヒヒヒヒ・・・・。」

 笑い上戸の目覚し時計が、いつもよりずっと早い時間

に笑い出しました。

「こんなに早くから、うるさいなあ。」

 夢之介は、少し怒って、枕もとにいる目覚し時計の頭

をいつもより少しばかり強く、ゴツンとたたきました。目

覚し時計は黙りこくって、長針でドアの方を指しました。

すると、ドアをトントンとたたく音が聞こえてきました。

「誰だろう、こんな時間に。」

 時計は昼の十二時を過ぎていましたが、夜に仕事をす

る夢之介にとっては、まだ起きるには早い時間なのです。

「どなたですか。」

 夢之介は、眠い目をこすりながらドアを開けました。そ

こには、ふとっちょの変な男の人が立っていました。

「私は、バク先生の紹介で、怪盗夢之介さんをたずねて

来たのですが・・・。」

 バク先生というのは、夢を研究していて、夢之介が困っ

たときにいつも助けてくれる、とってもえらい先生なので

す。

 先生の紹介というからには、きっととんでもない夢を盗

んで欲しいという話に違いありません。

 夢之介は、ふとっちょの男を部屋に通しました。

「さっそくですが、夢を盗んでいただきたいのです。」と、

ふとっちょの男は言いました。

「どんな夢が欲しいのですか。」

「いいえ。欲しいのではなく、いらないのです。」

 夢之介には、ふとっちょ男の言っている意味がよく分

かりません。

「つまり、私の夢を盗んで欲しいのです。」

「えっ? あなたの夢を・・・。」

 夢之介は、耳を疑いました。なにしろ自分の夢を盗ん

でくれという話は、初めてだったのですから。

「そうです。」

 ふとっちょの男はそう言って、大きくため息をひとつつ

いてから、話はじめました。

「私は夢をたくさん見てしまうのです。」

「それは素晴らしいじゃないですか。」

「とんでもない。」と、ふとっちょの男は、怒って言いまし

た。

「あまりたくさんの夢を見るので、朝起きると部屋中が夢

だらけになり、毎日の掃除だけで日が暮れてしまうくらい

なんです。 ある時なんか、夢につぶされそうになったこと

もあるんです。」

 ふとっちょの男は、今にも泣き出しそうな声で言いまし

た。

「お願いです。私の夢を盗み出して、夢を見ないですむ

ようにして欲しいのです。」

 夢之介は、考えこんでしまいました。いつも助けても

らっているバク先生の紹介を断るわけにもいきません。

しかし、部屋いっぱいになるほどの夢をどうやって運び

出せばいいのでしょう。 

「そうそう、忘れていました。バク先生より怪盗夢之介さ

んに手紙を預かっていたのです。」

 ふとっちょの男は、そう言って、ふところから手紙を取

り出し、夢之介に渡しました。

 夢之介は、手紙を読みながら、『なるほど。』と思いま

した。

「分かりました。あなたの夢を盗んでさしあげます。でも、

私は怪盗夢之介です。取ってくれと言われて取ったの

では、盗んだことになりません。それに、私のプライドも

許しません。」

「それでは、どうしろとおっしゃるのですか。」

 ふとっちょの男は、困った顔でたずねました。

「あなたはできる限りの方法を使って、私から夢を盗ま

れないように、しっかりと守ってください。」

「なんですと、それじゃあ盗み出せなくなってしまうじゃ

ありませんか。」

「私を誰だと思っているのですか。怪盗夢之介には、

盗めない夢などありません。」

 夢之介は、自信満々に言いました。

「でも、手を抜いて簡単に盗めるようにでもしてあったら、

盗むのをやめますよ。いえ、もしそんなことをしていたら、

逆にもっと多くの夢をあなたのところに置いてゆきますか

らね。」と、夢之介は言いました。

 ふとっちょの男は、その通りにするから必ず夢を盗ん

で欲しいと念を押して、帰っていきました。

 ふとっちょの男は、夢がどこにあるのか、一目で見渡

せるように、いつもの広い部屋から狭い部屋へベッドを

移し、その日の夜までに、家中のいたるところに泥棒よ

けの警報装置を付けたり、部屋の窓という窓、ドアという

ドアに鍵をかけ、窓のすきまにも板を打ちつけました。

もうありのはい出るすきまも見つかりません。

「これで怪盗夢之介といえども、絶対に盗めないぞ。し

かし・・・・。」 と、ふとっちょの男は思いました。

「本当にこれで盗めるんだろうか。それに・・・。そうだ、

この狭い部屋で夢を見たら、朝になる前に私は自分の

夢に押しつぶされてしまうぞ。いったいどうしたらいいん

だ。」

 ふとっちょ男の見る夢といったら、それはそれは大変

な数で、窓やドアを開けておかないと、その夢で押しつ

ぶされてしまうほどなのです。

「といって、窓やドアを開けておいたら怪盗夢之介は、

怒ってしまうだろうし・・・・。」

 ふとっちょの男は、あれこれ考えているうち、いいこと

を思いつきました。

「そうだ、ひと晩中起きていれば夢を見ることもないし、

つぶされることもない。夢を盗まれることだってないぞ。」

 ふとっちょの男は、とてもいい案だと思いました。そし

てその晩、ふとっちょの男は一睡もしないで起きているこ

とにしました。

                      


「ジヒヒヒヒ・・・。仕事の時間だ。」

 笑い上戸の目覚し時計は、いつものように笑いながら

ねぼすけの夢之介を起こしました。

「もうこんな時間か。さて、ふとっちょ男のようすでも見

てこよう。」

 そう言って夢之介は、黒いぶかぶかのシルクハットに、

だぶだぶのマントをはおりました。

 夢之介は、この姿がとてもお気に入りで、自分ではと

てもかっこいいと思っていましたが、笑い上戸の目覚し

時計は、その姿を見るたびにおかしくなって、大きな声で

笑い出してしまいます。

 夢之介は、目覚し時計の頭をコツンとたたいて黙らせ

てから、出かけていきました。

「バク先生の手紙の通りだな。」

 夢之介は、ふとっちょの男のようすを確かめただけで、

帰ってしまいました。

 次の日も、その次の日も ふとっちょの男は、一睡もせ

ずに 怪盗夢之介を待っていました。夢之介のほうも、同

じようにようすを見ただけで帰ってしまいます。

「ジヒヒヒヒ・・・。盗まなくていいのか。」

 笑い上戸の目覚し時計は、心配になって聞きました。

「いいのさ、これで。そのうち、ふとっちょの男の方から

たずねてくるさ。」と、夢之介は楽しそうに言いました。

 そんなとき、ふとっちょの男が夢之介をたずねてやって

来ました。

「お願いです。夢を盗むのをやめてください。」と、ふとっ

ちよの男は言いました。

「私はもう眠くて死にそうです。あれから一週間以上も

眠っていないのです。」

「やっと準備ができたので、今日にでも盗みに行こうと

思っていたのですが・・・。」と、夢之介はふとっちょ男の

話を聞かなかったかのように言いました。

「もう結構です。今の私の夢は、たったひとつだけ。こ

の夢だけは、どうしても盗まれたくないんです。」

「なんですか、その夢というのは。」

「眠りたい・・・。ぐっすり眠りたいという夢です。」

 ふとっちょの男は、涙を浮かべてきっぱりと言いまし

た。

「分かりました。盗むのはやめることにしましょう。」

 夢之介は、笑いをこらえながら言いました。ふとっちょ

の男はとても喜んで、何度も何度もお礼を言って帰って

いきました。

「さすがは夢を研究しているバク先生だ。」と、夢之介は

感心して言いました。バク先生の手紙には、こうなるこ

とがすべて書かれていたのです。

「夢もたくさん見すぎると、困ることがあるんだな。」

 夢が大好きな怪盗夢之介には、それでも自分はたく

さんの夢を見てみたいな、と思っていました。

 その日の夜、ふとっちょの男は、ぐっすり眠りながら、

『ぐっすり眠る夢』 を見ていました。


                     (おわり)



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