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童 話・原田 知也 作品

ペンギンのせっけん

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 ぼくが目をさましたのは、さきちゃんという女の子が

ぼくを包んでいた包装紙を開けたときだった。

 ぼくは、洗面台の鏡の前にちょこんと大事そうに置か

れた。

 さきちゃんは、ぼくをぐるぐると回し、しげしげと見つ

めると、にこっと笑ってどこかへ行ってしまった。

 ぼくのからだがどんな形をしているのか、すぐにわかっ

た。鏡にぼくの姿が映っていたからだ。でも、ペンギンと

いうせっけんだというのがわかったのは、しばらくしてか

らだった。

 ある時、さきちゃんよりずっと大きい男の人が、ぼくを

乱暴につかんで、水につけた。そして両手でぼくをごしご

しとこすりはじめた。ぼくのからだは、少しとかされて、

あわになってしまった。さきちゃんがどたどたどた、とか

けて来たのは、ぼくが洗面台の小さな箱に入れられた、す

ぐそのあとだった。

 さきちゃんは、その男の人に何度か大きな声で文句を言

うと、ぼくをじっと見つめて、あきらめたようにどこかへ

行ってしまった。

「よう、新入りだね。」

 箱のすみで小さな四角いものが言った。

「その形からすると、きみはペンギンかぁ。そのくちばし

は、じゃまそうだねぇ。」

「あなたはだれ?」

「ぼくは君と同じせっけんさぁ。」

「それじゃあ、ペンギンなの。」

「いやいや、ただのせっけんさぁ。」

 ぼくには、ただのせっけんという言葉が、わからなかっ

た。

「そのうち君も、ぼくのようになるんさぁ。といっても、

ぼくはもともとこんな形のままなんさ。もちろん若いと

きは、もっとがっちりしたからだをもっていたけどねぇ。」

と言って、四角い小さなからだをつるりとすべらせた。

 ただのせっけんは、とっても物知りだった。大きな男の

人は 『パパ』、女の人が 『ママ』、ぼくを開けてくれた

のが『さきちゃん』 と呼ばれているらしい。そして、も

うひとり『たま』 という、変な生き物がいることを教え

てくれた。

 ただのせっけんは、その他にもいろいろなことを教えて

くれた。中でも、ぼくがおもしろそうだなと思ったのは

『ソト』という、広い広い世界が、あの 『ドア』 の向こ

うにあるということだった。ただのせっけんがちょくせつ

見たわけではないそうだけれど、前にいたせっけん、

――これもただのせっけんだったそうだけれど――が、ど

こまでも行けそうな『ソラ』というものが、頭の上のほう

に広がっていると、教えてくれたそうだ。いつか行けたら

いいなあと、ぼくは思った。

 それからぼくは、何度も水を浴び、みんなの手でこすら

れた。

 からだはすりへって、特に口ばしなどは、もうほとんど

なくなってしまいそうだった。でもぼくは、なんだかとっ

ても幸せだった。からだの一部があわになっていくのが、

とてもおもしろかった。

 ある日、ママさんが、小さくなったただのせっけんを、

ぼくのおしりに、ぎゅっとはりつけた。

「何でこんなところへ、くっつけられなきゃならないん

だ。」

 ただのせっけんは、とても不満そうに文句を言ってい

たけれど、ほんとうは、ぼくの方がとってもはずかしか

った。

 しばらく ぼくのおしりにくっついていた、ただのせっ

けんは、「もうおわかれだ、元気でなぁ。」と言って,ポ

ロリと、水の流れといっしょに 排水溝へ、流れていって

しまった。

 ぼくのからだは、前よりももっと小さくなっていた。

 ある時、さきちゃんが ぼくのからだをごしごししてい

るとき、「きゃっ。」 という大きな声といっしょに、ぼ

くのからだが いきおいよく空を飛んだ。

 しばらく、ぼくは何がおきたかわからなかったけれど、

次の瞬間、ぼくは廊下をすべっていた。そして、そのあ

とを 『たま』 という変な生き物が、すごいキバをむき出

して追いかけてくるのがわかった。『たま』 は、するど

いつめと毛むくじゃらな手でおそってきた。

           

 パパさんが 『ドア』 をひらいたのは、『たま』が三度

目の攻撃をしかけてきた時だった。ぼくは、するりと『た

ま』 のつめをかわして、『ドア』 から『ソト』へ飛び出

した。遠くから 「たまー!」 という、さきちゃんの声が

聞こえたとき、『ドア』 は閉められた。

『たま』 は もう追ってはこなかった。


『ソト』 は、聞いていたこととは 少し違っていた。

まるで とてつもなく大きな洗面台みたいに、『ソラ』

からは、たくさんの水が落ちてきていた。

「すごい、これが 『ソト』 なんだ。」

 ぼくは,風の力をかりて前に進んだ。小さな水の流れに

入ると、ぼくのからだはどんどん流されていった。 どの

くらい流されていたのか、気がつくと水は だれかに止め

られてしまい、そのかわりに 『ソラ』 が現れた。


『ソラ』 は聞いていたとおりの 『ソラ』 だった。

「うわぁ、なんてきれいなんだ。」

『ソラ』 には、たくさんの色のまじった大きな橋が か

かっていた。

『あそこへ行きたい。』 ぼくはそう思った。

 ぼくのからだは、水に流されたおかげで ずいぶん小さ

くなっていた。

「よし。」

 ぼくは流れの速いところで、小枝にひっかかった。ぼく

のからだは どんどんとかされた。とかされたからだは、

流れのうずに巻かれ、あわになった。

 ぼくは飛び上がった。風の助けをかりて、たかくたか

く飛び上がった。

「すごい、ぼくは 『ソラ』 にいる。」

 ぼくのからだは、いつのまにかあの橋のように、たく

さんの色でかがやいていた。


「わーきれい。虹がでてるわ。」

 さきちゃんとたまが、『ソラ』 を見上げていた。


 まもなく、あわは はじけて消えた。



                                      ーおわりー

     


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