24日目                 出会い  お接待

2017年5月7日   晴     6:05〜14:31   26.3Km    53,559歩    BH マイルド
山頭火を口ずさむオランダの学生
   
   
計画変更で3日分を4日分に変更したため、今日は平地にもかかわらず、遍路中最短距離30Kmを下回る26.3Kmとなった。これほど短くする必要もないが、適当な地点に宿がなかったのである。
後から、地図を見ると2Kmくらい先にスーパーホテルがあった。
白っぽい畑が続く。多分生姜畑だろう。高知で収穫作業に出くわした時、このような感じだった。休耕中にも見えるが、おそらく土中で栽培中と思われる。別格の延命寺前休憩所で外人が休んでいた。朝から何度か会っていて、顔見知りである。オランダの留学生でボリス・バン・ムルズと言う。4月1日に来て6月1日に帰国するそうだ。金剛杖の他に、途中で入手したと思われる竹の杖を持っている。両使いの有用性を認識しているようだ。私の自説『弘法大師も杖の誤り』を伝えるほど会話はできない。しかし、この学生には、日本語でも通じたかもしれない。日本語が喋れるだけではない。話をしていて山頭火の句を口ずさむのである。日本の若者でも山頭火を知る人はかなり少ないと思われる時代なのに“もくもくと 雲・・・”。私の知らない句であった。日本文学を専攻しているのか尋ねると、哲学だと言っていた。私がこれまで歩いた全軌跡をスマホで表示すると、四国が終わったら、どこを歩きたいかと質問が来た。私が指で地図を示しながら、下北半島や大隅半島を答えると、彼は即座に、『ホッカイドー センター』と答えた。日本の地図もよく理解している驚きだ。悔しいが、私は彼の出身地『ナムエゲン』がオランダのどの辺にあるか知らない。それにしてもオランダ人のお遍路が多いのに驚かされる。ウオーキングが好きな国民性に加え、干拓地で日本のような自然が少ないだけではなく、きっと素晴らしいガイドブックを書かれた方がいると思われる。
伊予三島駅に近い住宅地の中に三島神社が鎮座するのが地名の由来だと知る。丁度お宮参りの家族がおられた。三島はお家騒動のあった大王製紙の創業地で工場もある。立派な民家も何軒かあり、創業家と同じ井川姓も数軒ありました。私がホテルの場所を尋ねた方も井川姓でした。
ホテルのチェックインは2時半なので、それに合わせてゆっくり休みながら歩き、丁度2:30に着いた。ホテルは大王製紙の工場に近く、食べ物屋はあまりないが、少し歩いたところにスーパーがあり、宿泊客の多くはそこで夕食を調達すると言う。私もそうした。
フロントの女性はオーナーと思われる方だが、何を聞いても従業員のおばさんに尋ねている。宅急便を送りたいの手頃な箱をお願いすると、しばらくして丁度良い箱をおばさんが用意してくれた。
これに当座不要の衣類や一ノ宮の御朱印帳を入れて、10日の宿 きららに送った。他人には理解されないが、少しでも軽くしたいのである。