6.飛翔の第一歩 こういう調子で飛行機をやっと離すものであるから、離陸しても飛行機がそう揚ってくれない。断崖から海へ出ると波にすれすれに飛行機は行く。それより揚りもしない。下手をやると下がる。それをだまし 離陸する時は脚が出て居るが、それが10メートル位揚ってしまうと、後ろの二人でもって脚を揚げる。脚を揚げる時にはあの飛行機は一度戸を開けそれから脚を揚げるという構造になつているので、その時に抵抗が増えて揚りが又悪くなってしまう。だから、脚を揚げるには非常に迅速にやらないといけない。ところがなかなか重い。何しろ大きな車を二つ飛行機の中に索で引っ張り揚げるのだから、一人でやると途中で二度三度休まないと容易に出来ない。二人で目の色を変えて揚げる。脚が揚ってしまうと、ちゃんと戸を閉めてしまう。そうすると抵抗が少くなるから速度が比較的ついて来る。 それから段々高度を取って周回コースに入ってくる。脚が揚って飛行機も落ちついて来ると、今度はやたらに発動機を廻しっぱなしにして置くと、燃料を余計食い過ぎる。発動機の調子を壊す。それで回転を調節する。それから発動機に入れるガスの調整を非常に細心にやるとか、発動機の点火時期をその状態に合せるとか、油の温度、水の温度、こういうものを適当な温度になるように調節する等々を一生懸命にやる。それを一通り終ると一時間位経つ。大体あのコースで木更津から太田の近所まで飛んでいる。 7.雲を縫って快翔続く脚を揚げ終った時に後ろを見ると、高橋副操縦士がやたらに動く。朝食を食って行かないものだから、水を飲んだり飯を食べたりして、食べ終ると、布団がある。その布団を被ってすぐ眠ろうとする。此奴なかなか要領のよい奴だと思って、あとで聞いて見ると、「長く飛ぶのだから腹一杯物を食わなければいかん。休んで置かなければ、いかん。すぐ寝なければいかん。朝でちっとも眠くないけれども眠る」こう言う。一時間ばかり布団を被つていたが、本当に寝たかと聞いて見ると、やっぱり寝られない。結局寝ようと努力しただけに過ぎない。 関根機関士は飛行機の横で身体を曲げて計器を見て居る。飛行機は初めの数時間というものが無事にパスすると、割合それから先の故障が少い。故障の大部分は初めの数時間の間に発生し易いものであるから、一生懸命で計器を見て居る。中々遊んで居るようなものでもない。そんなことをして居るものだから、時間の経つのは割合忘れ易い。もう大分飛行機がガプると思ふと昼だ。昼で少し雲が多くなったなと思っている中に夕方になって来る。それで飛んでいる身になって見るとさ程長いとも感じない。 飛んでいる時に具合の悪いのは、昼間飛行機が飛ぼうという所に雲が出て来るときである。雲を避けて飛んだり、突き切って飛んだり、上を飛んだり、下を飛んだりしなくてはならない。障害物があるようなもので、これが邪魔になる。それともう一つは悪気流に出会うことだ。日中というものは一日の中で気流が悪い。飛行機がいつもガブっている。船が揺れて走って行くようなものである。ガプると弱々しい翼であるから、翼が三つにも四つにも折れて振動する。それで羽ばたいているように見える。初めてやった頃は折れはしないかと思ったが、一度も折れなかったんだから、その次から折れないものだと思って飛んだ。 午後遅くなって来ると、南風が多いので、東京で発生する霧が流れて来て、銚子から太田へ行くコース 8.夜間飛行の苦心第一日の夜は、飛行機の重量は8トン半位になった。8トン半位の飛行機だと不時着陸しても激突で人間が大抵参ってしまう。それで、第一日の夜に発動機の調子が悪くなったら「パラシュートで皆出てしまえ」、こういうことにしてあった。夜になると、パラシュートを点検し、夜は機体の中が真暗で、何処に何があるか分らないので、身体にちゃんと合して準備しておく。 夜は昼間に比べると気温が低いのと気流が静かなので、飛んでいる内では空中の住み心地のよい時である。丁度満月近い時であるから、月が咬々と輝く。併し霧が多いので、その割合に下はあんまり見えない。たゞ町の灯などが見えるだけである。その中を直線コースを保持しながら飛ぶ。平塚と銚子に灯台があるが、太田には前に灯台がなかったので、陸軍から小さい灯台になる自動車を持って来て、そこに臨時の灯台を作った。それを目標にするのだか、その近所に行く五分か十分前でなければ見えない。それまでは羅針盤などでやって行って、五分か十分前になると機体から戸を開けて乗り出して外を見る。そうして灯台が何処にあるか探して、そこを周回して次のコースに行く。 飛行機は真っ直ぐにいつも飛んでいるようであるが、実際はそうはいかない。第一日の夜中であったが、自動操縦器が壊れてしまって、私が手で操縦しているうちに、例の通り前が見えないので、或る時間になって表を見たら町の灯などが見えない、雲の中へ入つて居る。雲を出なくてはいけないと思って少し高度を下げた。高度を下げると、飛行機が重いものだから、頭が下がってスピードが出て来る。ちょっと速度を見ると280キロ位になつて居る。この飛行機は280キロ以上になると翼がフラッターを起して危い。だから、これはいけないと思って焦るが、なかなか雲を出ない。そのうちに高度300メートル位にな 飛行機の上で毎日暮していると、いろいろ面白いことに出会う。夜、真暗い中で飛んでいるといつのまにか夜明けに移る、この間は実に綺麗というか、愉快というか、愉しいものである。午前3時頃になると、東北の方に上も下も真暗な中に明暗の変化がある。彼方は何だか少し白いじゃないかと思う。それを何かなど思って見ながら黙って飛ぶ。五分十分経つ、そうすると、そのぼけているような白い所が段々大きくなって、それが帯状に広がってきて遂にそれが地平線になる。そうしてその白いのが今度は赤味を帯びて来る。赤味を帯びる時には、初め東北の方にあつた白い所が段々東の方に移って来る。それでもまだ下を見ると真暗で、地面が見えない。ただ町の灯だけしか見えない。 そういう時に上空にいるのは実に愉快なもので、誠に奇麗な眺めである。それからぢきに朝になって、色々なものが見える。丁度山の中に冬篭りしているものが段々と春を迎える時のようなよろこび、盲人が目が見えるようになると、きっとそんなよろこびだろうと思う。 もう一つ夜というものは、飛行機に間違いがあると相当危険なものだが、昼になると安心だ。恐ろしい夜から解放されたというよろこびをも体験した。その内に非常に美しく日の出が見られる。 |