湘南鷹取山京急田浦駅近くから延びるハイキングコースから住宅街のただなかに取り残された湘南鷹取山を望む。右の高まりは前浅間、左は後浅間。後浅間の肩越しに最高点の親不知に立つ展望台が見える。

鷹取山へはクライミングで出かけたことはあるが、車で山上近くまで上がってしまったためほとんどまったく登ることなく、観光客が登るような展望台にも近寄ることなく(だから最高点に達していない)、山上広場と麓を結ぶ僅かに残された山道を歩くこともなかった。それ以来いつか歩かなければと思い続けたものの、アプローチが結局は車道歩きしかないように思えて敬遠し続けてきた。たまたま手に取った鈴木かほる『三浦半島の史跡みち』に、鷹取山へは京急田浦駅から南郷公園を回り込んで細い山道を辿れば心楽しいとあり、それならばと10年越しの心残りを解消しに三浦半島へとでかけたのだった。


自宅近くに横須賀線の駅があるため、乗り換えを嫌って田浦駅に出た。京急田浦駅まで20分ほどの徒歩移動で着いたのは午もだいぶ過ぎた頃だった。駅前には南郷公園を案内する標識があり、裏手に回り込むように線路をくぐり、ハイキングコースと書かれた案内板に従って道筋を選びながら進む。南郷公園がどこにあるのかよくわからないまま行けば周囲は細い谷戸が入り組む地形となり、進むにつれ斜度が上がり、民家が建つ平地が狭まってくる。最後の家の前でハイキングコースを告げる案内板に従い右手のコンクリ階段を上がると、鷹取山に連なる尾根筋に出る。ここまで駅前から15分弱くらいだった。
登り着いた先は柵が設けてあって期待した山道の風情はまだ得られない。左に行くのが鷹取山への道だが、案内カードが下がっていて右に行けば15分で浜見台とある。なにか見晴らしの良い高台があるのか、15分なら大したことはなかろうと右に行ってみる。
たどる道のりは尾根道で、枝越しに民家が垣間見え、町中の音も当然のように響いてくるが、左右は予想外に雑木が茂り、ちょっとした”森のなか”感が味わえて愉しい。足下はコンクリート製の平らな道のりで、初めはハイキングコースの舗装かと思ったが、ときおり水道メーターを収容しているような金属製の蓋が目に入る。稜線通しの狭い畑地の脇を通ったりしているので、ひょっとしたら本当に水道管でも収容しているのかもしれない。ところでこの尾根は異様に痩せている。左右交互に見える人家がほぼ真下にある。足下のコンクリは痩せ尾根が崩れるのを防ぐ意味があるのかもしれない。
京急田浦駅から南郷公園の脇を通って達する尾根筋。コンクリ道のようなものが続く
京急田浦駅から南郷公園の脇を通って達する尾根筋。コンクリ道のようなものが続く
山道は山腹を行く。途中、右手の尾根が削られて岩盤も露わな切り通しが現れる。歩いている尾根の規模からすると意外なほど大きいと言ってよいはずだ。低いとはいえ尾根筋が急峻すぎるため、遠回りを避けたい往古の人たちが安全に越えられそうな場所を選んで峠道を通し、最後の難関を切り通しで安全にしたものらしい。寄り道して切り通しの向こう側に出ると明瞭な踏み跡が次々と分岐していく。ただのハイキングコースとなっているのかもしれないが、使われていることは使われているようだ。
浜見台に向かう山道の途中にある切り通し(奥が鷹取山、手前が浜見台)
浜見台に向かう山道の途中にある切り通し(奥が鷹取山、手前が浜見台)
そろそろ終盤かと思う頃、左手に郵便ポストを見る。左手の高台に寺社で見るような幅広の石造階段が延びているが、どことなく荒れている。ここが見晴らしの良い場所なのかと登ってみると、人家があり、洗濯物が干してあった。郵便ポストを眺めた場所に戻ると、すぐ先が車道だった。目の前にはトンネルがあり、第二浜見台隧道と銘板が掲げてあった。振り返れば山道入口に「タカ取山ハイキングコース 浜見台入口(約35分)」とある。これだけ見せつけられれば浜見台とは地名のことだと納得せざるを得ない。ともあれ再訪の折りにはここから登り始めたいところだ。とりあえず踵を返すことにする。


「右行けば浜見台」の案内まで坦々と戻り、先へ進む。左手、登ってきた谷戸越しに三浦アルプスの山並みが見える。無粋な柵が消え、右手が開けてくると、梢越しに鷹取山が現れてくる。前浅間の岩塔がよく目立つ。手前には住宅街が広がっていていったいどうやってたどり着くのだろうと思わせるが、今歩いている尾根がぐるりと鷹取山まで続くようだ。道のりは平坦で楽に歩ける。左右は雑木林で心地よい。小振りながら山上の畑地が広がるところもあって清々しい気分にもなれる。住宅地が多少とも離れると足下は土の道となり、謎のコンクリ通路もいつのまにか消えていた。
山上の畑越しに横須賀市街を望見する
山上の畑越しに横須賀市街を望見する
神奈川県の古木50にも選ばれているスダジイ
「かまくらと三浦半島の古木・名木50選」に選ばれているスダジイ
アザミ咲く
アザミ咲く
道のりにはときおり岩盤も出てきてスリップに注意したいところだ。ザックを背負った老ハイカーや、手ぶらの地元のかたらしい夫婦、ショルダーバックをかけた女性など、足下も出会うひとも鎌倉アルプスに似た雰囲気を感じさせる。アザミを筆頭に秋のものらしい草花が咲いている。木の根が出て階段状になっている急な登りになるともう鷹取山で、後浅間と呼ばれる場所に出る。切り立った岩場の左手に出ると管理事務所のある広場の上だった。空気の乾いた11月の好天だからかクライマーがたくさんおり、あちこちで歓声を上げている。
田浦からのルートで出る先の後浅間
田浦からのルートで出る先の後浅間
展望台からの鷹取山全景。左奥に前浅間。手前は子不知の岩塔。
親不知の展望台から鷹取山全景。左奥に前浅間。右奥は後浅間、手前は子不知の岩塔。
鷹取山は背は低いが岩場があちこちにあるため、磨崖仏のある前浅間や最高点の親不知を経巡ると意外と時間がかかる。前浅間へはアップダウンもあり、しかも階段道なのでわりと疲れもする。予想外に大きな磨崖仏は彫りが深い。造られて40年超とは、歴史が長いか短いか、どうなのだろう。
1969年に作製された磨崖仏
浅間にある昭和40年頃に作製されたという磨崖仏
親不知と子不知を挟む広場に出るとさらにクライマーが多い。あいだにある低い壁ではボルダリング講習なのかクライミング講習なのか、トップロープで4メートルくらいの壁に取り付く人たちが並ぶ一方で、マットも敷かずにボルダリングする初心者らしきカップルもいる。嬌声が岩場に響いていた。
親不知と子不知の間にある壁で練習に勤しむ人たち
親不知と子不知の間にある壁で練習に勤しむ人たち
一般客は数多い岩場のてっぺんにはどこのものも登れないことになっている(許可されている団体に属するクライマーのみが可能)。最高点の親不知のさらに上に立つ展望台へはコンクリ階段が続き、岩場を歩くことなく到達する。展望台はさすがに周囲が広く、二子山を中心とした三浦アルプスが眼前で、その左手彼方に伊豆の山並みが浮かぶ。三浦アルプスの右末端では相模湾が日に輝き、葉山の家並みが瓦を光らせている。丹沢や富士山は夕靄に霞んでしまっていたが、東京湾に面した工場地帯や生活空間は傾きだした日のなかに生命力を感じさせる雑然さを広げている。
展望台から眺め渡す三浦アルプス。右端に二子山。
展望台から彼方に眺め渡す三浦アルプス。右端に二子山。
展望台から下ってみると、もう3時過ぎなので店じまいを始めたクライマー団体もそこここに見え始めた。自分も予定通り神武寺への山道に入るべく下山口を探す。親不知の前を過ぎた先に狭い下り口があり、いまだにぎやかな声を背後に散策路のような道のりに入る。山腹をへずるようなちょっとした鎖場を過ぎて少々で十州望と呼ばれるらしき岩場に出た。名の通り眺めがよいが、展望台の眺めを見てしまったあとではあまり感じるものがない。正面に二子山を改めて見晴るかすくらいだった。


足下に石畳が見え始めると神武寺は近い。ここはなかなか趣のある寺で、樹林を背負った本堂の佇まいが閑けさを感じさせる。山門を出て階段を下ったところに佇む六地蔵が西日を浴びて凄絶だった。
神武寺本堂の薬師堂
神武寺本堂の薬師堂
神武寺鐘楼。逗子八景の一。
神武寺鐘楼。逗子八景の一。
寺からは本参道を下った。幅広の歴史を感じさせる道のりだが、民家が脇に見え出すととたんに雰囲気が消し飛んでしまう。ただの生活道路となって別な車道に合流し、そのまま下っていくと横須賀線の踏切が見えてくる。東逗子駅はそのすぐ隣だった。
2010/11/03

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