森戸渓谷から二子山、阿部倉山名越切り通し近くの法性寺上から望む二子山

鎌倉を取り囲む山々から三浦半島側を望むと二子山が目に入る。200メートルを少々抜く頭はこのあたりだと高い方なのだが、東西にマッコウクジラが向き合うような姿は名前から予想されるような鋭さがなく人目を惹くものではない。それでもいったん名を覚えさえすれば目に留まるようになり、小さいながら重々しさを感じさせる姿に安心感を覚えるのだった。
二子山の南には三浦半島随一の自然度と言われる渓流の森戸川が流れている。二子山の一番の売りはこの渓谷だろう。20年ほど前に二度ばかり二子山に登ってこの流れ沿いに下り、とくに上流部の秘境めいた雰囲気に驚いたものだった。時が経ち、どうなっているか気になったので久しぶりに訪れてみることにし、森戸川がバス道路と交わる長柄の停留所から遡って登ることにした。今回は加えて未訪の下二子を踏んでみる予定にもした。できればさらに先の阿部倉山まで辿り、そのまま森戸川のほとりに下れればもと来た道を引き返さずに済むのでよいのだが、可能かどうかは現地の状況次第とした。ときは桜の季節、山の上でも花が咲いていることだろう。


逗子駅からのバスを降りて東へと向かうと通りの先に山々が顔を出す。手前のが阿部倉山、右奥に控える台形のが下二子山だ。上二子山はさらにその後ろだが下二子に遮られて姿が見えない。山腹のそこここが白くなっているのは桜の開花だ。予想通りの花の山であるわけだが、残念ながら空は一面の雲でせっかくの色が冴えない。しかも最近の流行なのかあたりに林立する新興住宅の壁面はパステル調が目立ち、微妙な色合いの花々は影が薄い始末だ。
長柄バス停から桜咲く安倍倉山を正面に登山口を目指す
長柄バス停から桜咲く阿部倉山を正面に登山口を目指す
芽吹きの山腹
芽吹きの山腹
山の懐までは森戸川に付いたり離れたりしつつ、川久保交差点というところから逗葉新道に続く車道を渡り、山間に入っていく。小さいとはいえ左右から山肌が迫ってきて谷間が狭くなるころ車道が終わりを告げ、大がかりと思えるゲートに行く手を阻まれる。関係者以外立ち入り禁止と大々的に書かれた看板を横目にフォークリフトが走れるくらいになった幅のものに入る。路面はあいかわらず平坦で斜度もないが、脇に見上げる切り立った岩盤は山めいた雰囲気を一気に高めてくれる。山肌のヤマブキが季節の華やかさを演出している。
立ち入り禁止にされている理由の現場はゲートを越えてすぐだった。右手上の崖が崩壊して岩雪崩が川に押し寄せてきている。これから辿ろうとする山の規模にしては大仰な崩れ方だ。手前で立ち止まって観察していると頭上から小さな石がいくつか落ちてきた。すでに何年も経過して踏み跡も定まって来ているらしいが、降雨時は通過を避けた方が無難らしい。早々に岩屑の上を渡りきり、再び平坦で広い遊歩道の上に出た。
遊歩道に入ってすぐの崩壊地
遊歩道に入ってすぐの崩壊地
(2023年現在撤去済)
傍らに穏やかな流れを見下ろしつつ幅広の遊歩道は続く。ときおりうぐいすの鳴き声が響き、下ってきた人たちの何組かと行き会う。たいがいが山歩きの出で立ちで、場違いな騒がしさはない。先ほどの崖崩れのせいでハイキングコースとしては地元から推奨されていないからか、人影は少ないように思える。流域はあきれるほど平坦で足取りは軽く、左右に流域を変える森戸川のせせらぎを聞きながら快適に歩く。(ただし降雨直後はぬかるみだらけとなるので足回りは慎重に選びたい。)
杉の回廊
杉の回廊
広場のような場所に出る。ベンチまである。ここは分岐になっており、右に行けば三浦アルプスの稜線だ。正面にまっすぐ行けば二子山で、まずは飛び石伝いに流れを渡る。細い山道の左手下に流れる水は岩盤の上を滑らかに覆って清涼そのものだ。
穏やかなうちの森戸渓谷
穏やかな森戸渓谷
 
ニリンソウ
ニリンソウ
 
最初の渡渉
最初の渡渉
最初の渡渉からほどなくして山道の分岐があり、二子山へは左手下へ、流れを渡るようにと促す標識が立っている。じっさいには流れを渡って水辺を伝い歩き、再び渡り返して山道に出る。水量が少なければ問題ないが、降雨直後だと水の中を歩かざるを得なくなる。ここを渡れなければ本日の山は終了として引き返したほうがよい。なお、分岐を右手に上がっていくと、一時間くらい歩いて三浦アルプスの稜線に出て、二子山ははるか彼方、ということになる。稜線上には標識はあまりなく、あっても進むべき方向と所要時間がわからなければ危険なので、安易に踏み込まない方がよい。
野趣強まる森戸渓谷
野趣強まる森戸渓谷
流れを越えた後も、小さく細くなったとはいえ沢筋の中を歩く場所もあり、防水の効いていない運動靴などで来てしまうと愉快ならざる目に遭う。森戸川の源流であるらしいわき水を過ぎるとジグザグを切って登るようになり、東逗子駅からの遊歩道を乗せる尾根に飛び出す。左へしばしで林道に出る。木の枝越しに遠近の尾根筋や麓に点在する民家群が見渡せる。そこここで桜が白く煙っている。


林道を登っていくと正面にKDDIの電波塔が現れる。上二子山頂はすぐで、一面刈り払われてほぼ禿げ山状態だ。かつては眺めが得られないほど草木が茂っていたはずで、昔を知らない人は山頂にある背の低い展望台の意味がわからないだろうと思う。久しぶりに来た身にしても別な山に来たとしか思えないほどの変わり様だった。
から大楠山(左奥)を望む
上二子山頂から大楠山(左奥)を望む
眺望は確かによくなってはいるが、雲が多い本日は三浦半島で一番高い大楠山や横浜のランドマークタワーが窺えたくらいだった。山歩きの格好ではない人たちも三々五々いた。二子山の北にある南郷上ノ山公園の駐車場から上がってきたのだろう。
上二子山頂から隣の下二子山を望む
上二子山頂から隣の下二子山を望む
それにしても上二子山頂の変わりようは落ち着かないもので、長居は無用と隣のピークに向かうことにした。山道の入り口はじつに明瞭だったが標識の類はない。かつて上二子山頂が草木に覆われていたときは下二子への踏み跡もヤブがかぶったものだったと思われるが、このたび初めて入ってみると踏み跡は明瞭で木々の足下には樹木名の説明板まで設置してある。いつから整備されたのかは不明だがいまは山を歩いたことのある人ならたいがい歩けることだろう。もっとも、手こそ使わなかったが両ピークの鞍部への下りは少々急だった。顔を上げれば目指す下二子が間近に額を突き出していた。
下った分だけ登り返して着いた山頂は、上二子のとは異なり樹木に覆われて眺望はないものの、雰囲気は落ち着いたもので好ましい。残念ながら山腹にある南郷上ノ山公園やその隣にある中学校から上がってくる声が賑やかすぎるが、腰を下ろしてあたりを眺めているうちに気にならなくなってくる。
下二子山頂
下二子山頂
上二子から続いてきた山道はここ下二子で終点というわけではなく、上二子を背にして二ヶ所ばかり切り開きがある。いずれにも標識はなく、右手のものに入ってみると、この先はロープがないと下れない旨の張り紙が木の幹に括り付けてある。とずれば左手に開かれた踏み跡は西方にある阿部倉山に続くものなのだろう。できればその山頂も踏んで森戸川沿いに下ってみたいと思っていたところなので、こちらの踏み跡に入ってみることにした。


阿部倉山への下りも最初は急だったが、右手に公園へ続くと思われる踏み跡を分けると穏やかなものとなる。山腹を巻くような道は徐々に傾斜を増す。ときおり右手の麓にある学校からの人声を耳にし、幹の合間から校舎らしき建物を窺う。これらがなければずいぶんと山深く感じられたことだろう。
道のりが再び平坦になるとササが左右に目立つようになり、丁字路にぶつかる。足下に置かれた小さな標識に従って左手へ、ヤブを払いのけ、倒木をくぐって出るのは、ササと木々に囲まれて下二子以上に眺望のない山頂だった。それでも隠れ家のような興趣は感じられる。後から来た単独行者は山頂はここより先ですかと聞いてきた。平坦すぎて達成感が湧かないのだろう。やや落胆した表情で早々に引き返していった。
山頂からは丁字路分岐に戻り、麓への道をとった。山道はしだいに掘り割りのようなところを行くようになり、石仏や五輪塔が立ち並ぶ脇に出て終わった。そこは長徳寺という寺の参道だったところらしく、車道に出てみるととくに登山口を示す標識らしきものもなかった。目の前には森戸川が三面工法の護岸のなかを流れている。川沿いに、今朝方たどった道を逆に、長柄のバス停を目指して歩いて行った。
安倍倉山の山腹道を行く
阿部倉山の山道を行く
長徳寺とある石碑
長徳寺とある石碑
2010/04/04

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