要害山から鹿穴、甲斐善光寺要害山山頂、要害城址。左に見える石柱は武田信玄公誕生之地碑

土日の一泊二日で甲府周辺の山を歩こうと残暑のころに甲府盆地に繰り出し、初日に大蔵経寺山から積翠寺への尾根筋を辿ろうとしてみたが、鹿穴というピークの手前で山腹道に入ってしまい、岩堂峠で日が暮れてしまった。二日目は曲岳から太刀岡山に続く道のりを歩くつもりだったが夜が明けてみると雲が低く、1,500mを超える稜線では眺めがないだろうから行くのは止め、代わりに前日に行きそびれた鹿穴とその近くにある未訪の要害山を訪れることにした。


駅から少し離れたところにある宿からタクシーで積翆寺温泉へ向かう。運転手さんに岩堂観音に行くと告げたがどうも知らないらしく、(積翠寺温泉は)古湯坊と要害とありますがどちらですか訊かれ、要害だというと要害温泉の入り口まで連れて行ってくれた。積翆寺バス停から峠に上がり、鹿穴を往復してから要害山を経て積翠寺のバス停から甲府に戻ろうと思っていたが、ここまで来てしまってはまず要害山から登るのが当然の選択というものだろう。
宿の敷地に入りかけたところの左手に大きな案内板があって幅広の道が始まる。すぐに広葉樹の林となり、電光型に登っていくと往古の門や竪堀、開墾された平坦地の曲輪が次々と現れてくる。石垣ばかりが残る門を三つも数えると主曲輪で、ここが要害山の山頂だ。登り出して半時ほど経っていた。周囲に土塁を巡らした平坦地が広がり山頂というより公園のようだ。妙な建造物がない分すっきりしたものだが空虚感も漂っている。中心部は避け、土塁近くに腰を下ろして休憩した。
要害山に登る途中で見かけたアケビ
要害山に登る途中で見かけたアケビ
昨日と異なり風はない。空はうっすらとした雲に覆われ、木々の合間から甲府盆地を窺っても彼方にある山々は姿が見えない。湿度が高く汗が出る。しかし枝を差しかける木々の葉はところどころ黄色くなっていて、このあたりにも間違いなく秋は近づいているようだった。さて出発しようかと思ったら各種媒体で有名な山岳ガイドIさん率いる一行が現れた。若い人たちが多い。どのコースを歩かれるのか尋ねたら、大蔵経寺山まで行くとのことだった。
要害山頂から岩堂観音方面に向かう
要害山頂から岩堂観音方面に向かう
主曲輪を横断する先には岩堂峠に通じるなだらかな山道が続いていた。右手に谷を見下ろしながら明るい森のなかを行く道のりは悪くない。30分ほどで岩堂峠から下ってくる峠道に合流し、岩の出たなかを上っていくと湯宿に泊まった客らしきが下ってきた。岩堂観音入り口のベンチでは夫婦ハイカーがバーナーで湯を沸かそうとしている。峠に上がってベンチで休憩していると兜山方面からハイカーが来た。このあたりは地味な山域ながら早い時間帯であれば人影は絶えないようだ。


さてここからは昨日歩きそこなった稜線歩きをする。まずは目の前の尾根を登って1,042m峰を踏もう。大蔵経寺山へ続く山腹巻き道を左に見送り、峠から直接高みを目指している踏み跡を登り出す。これがものの数分で登り出したことを後悔するほどの急斜面となり、木の幹やら枝やらを掴みながらヤブっぽいなかを上がっていく羽目になる。しかし登って登れないことはない。どことなく気分も高揚してくるうちに稜線らしきに出る。そこには緩やかで幅広な踏み跡が左右に延びており、冷静に地図を見返してみると1,042m峰の稜線は岩堂峠ではなく、峠からの山腹道を少々進んだところに落ちている。要するに取り付き場所を間違えたのだった。
岩堂峠にて。目の前の尾根筋に取り付く。じっさいの取り付き先は左手奥だった。
岩堂峠にて。目の前の尾根筋に取り付く。じっさいの取り付き先は左手奥だった。
稜線は穏やかで歩きやすいものだった。遠望は利かないものの林間の眺めを愉しみつつ緩やかな稜線を歩いていくと、前方すぐ近くで落ち葉がざわつく音がしたかと思うまもなく、重く低い地響きとともに目の前10mくらいのところを左から右へ、一頭のイノシシが駆け抜けていった。体長1m強といったところか。非現実感が強かったため立ち止まりもしなかったが、徐々に驚きと安心感が広がってきた。突進されてきていたら避けるのはまず不可能だっただろう。
1042m峰の山頂。
1042m峰の山頂。
それほどの苦労もなく到着した1,042m峰の山頂には山名標識などなく、幹の太いコナラと、これに寄り添うリョウブなのかバクチノキなのか、赤剥けに樹皮の剥がれた木が立つばかりだった。眺めこそないが、まず誰も来ないだろう山の静けさに満ちていてじつによい雰囲気だ。ここで腰を下ろしたくなったが、次の鹿穴で湯を沸かすことにしてザックは背負ったまま歩を止めるだけにした。


鹿穴との鞍部への下りは登りと違って難儀した。西に向かっていた頂稜が南に曲がった先で西方向に分岐する広い尾根筋に引き込まれてしまい、踏み跡を見失ってしまった。枝越しに見える鹿穴を正面に見るように軌道調整しながら下っていき、25,000分の1図に間違って岩堂峠と記載されている鞍部に出た。
鞍部から鹿穴山頂へは5分ほどで着いた。兜山から岩堂峠へを歩いて以来、その山名に惹かれていつか踏みたいと思っていた頂は、高みらしくなく、通路風情でもあって拍子抜けするものだった。しかしコナラやアカマツなどの優しげな木々に囲まれた静けさは好ましい。ときおり鳥が飛び来たっては鳴き交わし、飛び去っていく。
鹿穴山頂。展望はないが感じはよい。
鹿穴山頂。展望はないが感じはよい。 
山頂でグラウンドシートを広げ、さて湯を沸かそうかと思っていると、驚いたことに大蔵経寺山方面から何人もの人が登ってきた。よく見ると見たような顔が並んでいる。先方の人たちもあれ、とか、先ほど会いましたよね、とか言っている。要害山で出合ったIさんたち一行だった。ヤブ山への登り方、下り方を講習するため鹿穴に立ち寄ったという。講習後、一行はもと来た道を戻っていった。


鹿穴から大蔵経寺山方面への下りは初めこそ明瞭だが、1042m峰同様に下るにつれて尾根が広がり踏み跡もやや不明瞭となる。細いものながら倒木もあり迂回させられるうちにトレースを見失いかけもする。登りと同じでとにかく左右より高いところ、つまり尾根筋をはずさないように歩いていくと「大岩園地」と「岩堂峠」との分岐点に出る。時計をみると山頂から5分もかかっていなかった。
さてこれで今回の山行で予定していた稜線はみな歩いた。山腹道をたどって積翠寺に戻るという選択肢もあったが、この分岐で標識が教える大岩園地なるものが何なのか、そもそもこのルートはどのように続くのかに興味があったので未踏のコースに踏み込むことにした。
これもハイキングルートだからなのか、よく踏まれた道のりが続く。すぐにジグザグを切って山の斜面を下り、それから北西方向に向かう。あいかわらず眺めはないのでどこを歩いているのか正直言ってよくわからない状態だ。右手の尾根筋が低まってくるあたりで標識が現れ、まっすぐ行けば善光寺、右手の尾根筋を戻り気味に登れば大岩園地とある。善光寺とは甲斐善光寺のことならば、ここは鹿穴とその西にある885m峰との鞍部あたりということらしい。ともあれ善光寺に出られることは判った。鹿穴山頂直下の分岐からちょうど半時経っていた。
「大岩園地」と「岩堂峠」との分岐点
「大岩園地」と「岩堂峠」との分岐点 
大岩園地とはどういうところなのか、標識に従い尾根筋を登り返す。ほんの数分で尾根に乗ると、そこは三叉路になっていて標識が立っている。乗っ越して下っていく方向は上積翠寺と教えているが、左手へ、尾根筋を登っていく明瞭な踏み跡についての説明は何もない。推定が正しければこれは885m峰を越えて武田神社まで続くものだろう。大岩園地へは上積翠寺に向かえばよいのか、尾根筋を進めばよいのか不明だったが、下ってから登り返すよりはその逆の方が楽なので尾根筋を登ってみることにした。


土の道の表面を切ってステップにしてあるなど入念な手入れの跡が伺われるコースは細かくジグザグを切ったのちに平坦となる。そして出てきたのが山中には場違いな立ち入り禁止の黄色いテープだ。先には一見よさげなあずまやが建っている。現地の名称を示すものは何もなかったが、おそらくここが大岩園地なのだろう。左手の甲府盆地側が切り開かれていて眺めがよい。足元には三つばかりの岩が配置されてほんの少し日本庭園風だ。
テープをくぐって恐る恐る近づいてみると、あずまやは大きな屋根を支えている四本の柱がそれぞれ地面から何の支えもなく立っている。つまりいつ潰れてもおかしくない構造で、なるほど立ち入り禁止テープが張られるのも致し方ないものなのだった。さらに驚いたことには天井にハチが巣を作って蠢いている。ハチはミツバチらしく、スズメバチでないだけマシだったが、いずれにせよ屋根の下に長居をする雰囲気ではない。
大岩園地?
大岩園地? 
危険がありそうな建物だが離れていればおそらく大丈夫だろうとたかをくくっていると、耳元に重低音の羽音が聞こえてきた。スズメバチだ。ミツバチを襲いに来る連中の先兵だろうか、この先に巣があるのだろうか。いまは初秋、女王蜂の産卵の時期だからできれば近づきたくない。辿ってきた踏み跡は園地の先に続き、おそらく武田神社にまで導かれるのではと思ったが、確かなことは判らないし蜂も怖いので進むのを止めた。


分岐まで戻り、甲斐善光寺へと植林のなかを下り出す。暗い道のりはしばらくして広葉樹とアカマツの明るい森となるが、どれだけ歩けばどこに出るのか判らないのでひどく長く感じる。分岐から一時間近く経つとようやく林道に出た。出た先で振り返ってみると、山道の入り口には標識などなく、さらにこの林道はもっと立派な舗装林道に合流し、その林道がまた生活道路に合流し、しかもすべての分岐に標識がないという調子で、逆コースでのトレースはほぼ不可能なのだった。
甲府盆地と甲斐善光寺を見下ろす
甲府盆地と甲斐善光寺(左中)を見下ろす
生活道路は善光寺町中心部へと下っていく。畑地越しに甲府盆地を見渡せる場所があり、目指す善光寺は大屋根がよく目立つ。だいぶ遠いように見えたが、林道に出てから一時間経たずに寺の裏手にある地場産業センター"かいてらす"前のバス停に着いた。さすがにこのあたりに来ると車で移動する軽装の観光客の姿が目立ち、ザックを背負った身が場違いに思えてくる。
甲斐善光寺の金堂脇にて
甲斐善光寺の金堂脇にて
バスが来るまで50分あった。山の姿の単独行者を受け入れてくれそうな場所は、このあたりだと善光寺くらいしかないようだった。広い境内を一回りし、金堂脇の階段に腰を下ろして時間まで人の流れを眺めて過ごした。寺や神社の有り難みを感じた夕暮れだった。
2009/09/22

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