9月の峯山、葉山御用邸前の海岸から

峯山(三浦半島)

葉山といえば洒落た海辺のイメージが強いが、低いながら山も多い。三浦アルプスがほとんどを占めるが、大楠山から延びる高みも海に迫る。葉山公園あたりから眺める峯山という丘陵地がそれで、この峯山、高さは140m程度しかないうえに車道が稜線まで延びていて歩いて愉しいか疑問符がつくが、じっさい出かけてみると、遊歩道が整備されたような山より落ち着きがあって悪くない。湘南国際村なんぞで分断されることなく尾根筋を大楠山まで歩いて行ければさらに魅力的だったと思うが、そうでないがゆえにこそいまの静けさがあるのかもしれない。
初めて歩いたのは9月、NPO法人葉山まちづくり協会作成の散策マップを持参して葉山から上がり尾根通しを辿って葉山側に下った。途中で横須賀側に下る分岐があり、そちらを歩いてみようと年が替わったころ再訪してみた。


午過ぎの逗子駅前は休みの日だといつも混んでいる。バス乗り場も同様だ。葉山行きの停留所は前のが出て行ってもすぐに行列ができる。そんなバスに揺られて葉山公園入口に降り立つ。華やかな海側に背を向け、信号機のある交差点を山側へ入る。
道なりにまっすぐ行くこと15分、右手の旧道とのあいだに背を向けて並ぶ石碑らしきが見えてくる。芽木の石仏と呼ばれるものだ。正面に回ってみると破損の憂き目を逃れた仏さまが優しげで、このあたりがかつて鄙びた里だったことを伝えてくれる。
芽木の石仏。
車道に背を向けているのは車道が後の開通だからか、あとからここに集められたのか。
元からあるのであれば、山からの道に向けているのは峯山を越えてくる外部の者への備えの意味があったのかも。
ここで山側に分岐する道があり、上がっていくと数分で下りに転じる。下る前に右手に口を開ける広い山道がいわば登山口で、ようやく土の道となる。真下に民家を見下ろしながら上がっていくとすぐに山上の畑で、わりと広い。畑地中心部まで歩を進めて振り返ると一色の丘陵越しに三浦アルプス南尾根が見渡せ、小さいながらも稜線が重なり合って深い。海の近くとは思えない眺めだ。足下には春を待ちきれない菜の花が咲き、スイセンが風にそよぐ。(なお、あくまでもここは私有の耕作地なので、畦に入り込んだりはしないようにしよう。)
菜の花咲く山上の畑。
右に近いのは湘南国際村を乗せた丘陵地。
左奥に見える山は三浦アルプス(おそらく芽塚のあたり)。

畑の脇に咲くスイセン。
峯山の稜線へは畑の奥に続く細道を辿っていく。木々が左右から迫って日を遮り、ちょっとした山深さを感じさせる。初めてこの地を訪れた晩夏ではクモの巣に次々と引っかかってかなり不快な思いをした。冬のいまは快適に歩ける。


踏み跡が右に分岐するのを見送ってすぐ、森の底でひっそりと光る水面が目に入る。大池という名の池で、ガイドマップによると「破砕帯といわれる不安定な地盤のため湧出したもので、昭和30年代には、水深5m、直径50mもありました」という。現在では差し渡しはその5分の1くらい、見て取れるかつての汀線は現在の水面よりだいぶ高い。池の縁近くをたどる踏み跡はきっと往時の水底だろう。いまや名前負けの様相だが、改めて見下ろす場所から振り返り、かつて”底なし沼”とすら呼ばれたという規模の水面を想像してみると、こんな里近い山中にと思えば鳥肌が立ちかねない。
現在の規模はともかく、「農薬などの汚染もされず、三浦半島古来の生物相が残る貴重な環境です」ということなので、破壊はもちろんのこと、下手に整備などもせずに残しておいてもらいたいところだ。
大池。
水量はだいぶ減ってしまったようだが、周囲を見渡せば昔の面影は感じられる。
池をあとにすると稜線上を走る未舗装道に出る。車が走れる広さなので山中の閉塞感からは解放だ。なお、大池の手前で右手に分岐する踏み跡を通っても峯山の稜線に出ることはできる。ただし大池は木々の枝越しに透かし見るだけとなり、足下も桟道などあって不安定で、倒木まで出てくる。池の縁の踏み跡に比べて歩かれないらしく、夏などクモの巣だらけなので避けた方がよいと思う。


この峯山、最高点は右手にある”航空無線標識”が立つあたりだが、そこは立ち入り禁止なので山頂には立てない。この山域の売りは大池と、これから辿る稜線からの眺めと思えば別に惜しくない。
なので稜線上の未舗装道を躊躇なく左に行く。すぐに左手へ、登り気味に分岐するのが稜線通しの道で、青空を仰ぎながら行くと行く手が開け、間近に”馬牧場”とガイドにある建物が建つ(乗馬クラブらしい)。正面から右手にかけては眺めが広闊で、彼方に浮かぶアンテナを林立させた山は大楠山だろう。右手には相模湾が輝く。見下ろせば斜面には農地が開け、何の花か、色とりどりのが咲いている。まだ1月だというのにすでに春が来たかのようだった。
相模灘に突き出す荒崎、油壺を稜線から遠望する。
斜面のお花畑。
稜線上には妙なものも立つ。左手に見上げるのは漏斗のように上部が開いた異様な塔だ。これは横須賀市の配水施設だったが平成十四年に運用を停止しており、現在は文字通りただのオブジェとして存在している。なおも歩いていくと木の枝越しに左手彼方の眺めが得られ、三浦アルプスの稜線が目に入る。まさにちょっとした稜線漫歩だ。背丈を超すササを左右に見つつ、野生化したスイセンを足下に眺めて行く。
 
無線基地局のアンテナ二基と横須賀水道秋谷配水池の塔。危うそうな建造物はまるで現代美術。
 
稜線から北方を望む。
民家を乗せているのは一色の丘陵地。その奥に三浦アルプス南尾根。右奥に丸いアンテナ施設を載せた上二子山が頭を出している。
 
乗馬クラブの建物。
左奥に見える農道に面した棚には個性的な焼き物がたくさん置いてある。
乗馬クラブから10分ほどで、進入禁止の棒が渡された場所に突き当たる。幅広の道はその先にも続くが、初訪時に辿って行き止まりだとわかった。なので本日は迷うことなく右手脇から始まる踏み跡に入る。ここで稜線からの眺望とはお別れだ。
山道に入ってほんの1,2分で分岐がある。子安分岐と呼ばれる場所で、道筋を簡単に図示した木の案内板が立っている。子安分岐からは左手に行くとだらだらと眺めのないヤブっぽい稜線を辿って葉山の星山の里に出る。初訪時はそちらを辿り、いつまでも高度を保ってなかなか下りださないことに疲労感を覚えたものだった(そして何よりクモの巣だらけなことに)。本日は右手、子安への道のりへ向かう。最初は草が被さってくるヤブ道だったがそれも5分程度で、右手に小さな畑地を見ると幅が広がり快適なものとなった。山上の畑をいくつか見送ると舗装道になり、農作業のトラックともすれ違う。冬野菜の手入れを行うもののようだ。
子安分岐から横須賀市側に下っていく。
左手下の谷間に民家や畑が遠望できる。子安の里だろう。このあたりの詳しい地図を持参してこなかったので寄り道できず、明瞭な舗装道を真っ直ぐ下っていく。住宅が立て込み初め、右手上空に辿ってきた峯山の稜線が浮かぶ。あの奇妙な形の配水施設がじつによく目立つ。傍らを歩きすぎる建物ではガラス張りの新築住宅が目を惹いた。まだ空き家らしい。二階を見上げてみると、なぜかシャワーヘッドが見える。驚いたことにそこは浴室で、海を眺められるようにかここも全面ガラス張りになっている。どういう設計だろう。


海岸沿いの通りに出た。葉山公園のバス停から歩き出して小さいながらひと山越えたというのに、まだ2時間と経っていない。地図を確かめてみると「立石」という名所が左手近くにあるので、もう少し歩く意味でも寄ることにした。ここは佇立する巨岩とその背後の岩礁、自生する一本松、それに遠望する丹沢や箱根の山並みが一幅の絵のようだと評価され、近世から名のある場所とのことだ。とくに夕景で有名だという。この日は風があって波がやや高く、12メートルある岩に真っ白な波しぶきがかかっていた。そんな吹きさらしの寒さのなか、すぐ近くの駐車場に三脚を用意したカメラマンが数人、夕刻まで待つのか世間話に興じていた。
夕暮れを待つ立石。
波音を背にバス停へ向かった。観光地の車道は車が多い。とくに休日はなおさらだ。それでもさほど遅れずに来たのに乗り、いまだ明るい逗子駅に出た。駅には上り電車が発車時刻を待っていた。
2011/01/10

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