衣笠山展望台から望む大楠山衣笠山から大楠山

三浦半島には大きく三つの山の連なりがあるとされる。北から二子山を中心としたもの、三浦半島で一番高い大楠山を中心としたもの、三浦富士や武山を並べるもの。大楠山は200メートル台の高さながら山体は比較的大きく、コースの取りようによっては歩き応えを感じることができる。山頂は公園化していて風情はないが三浦半島の中心に高まるため眺望は素晴らしい。三浦の山々はもとより、荒崎、剣崎の入り組んだ海岸線、東京湾越しには横浜のランドマークタワーから房総半島まで望める。
大楠山への登路は4本ある。そのうちの2つを利用し、京浜急行の按針塚駅から歩き出して相模湾側の芦名口に下ったことがあったが、登りも下りも車道歩きが多くてまるで山歩きの気分になれなかった。それから大楠山は遠い山になっていたが、横須賀線の衣笠駅から衣笠山公園を訪れたおり、大楠山に続くコースが延びていることを知った。按針塚からのコースよりは山道を歩けそうなので、桜の名所でもある公園が葉桜となって落ち着いたころ、下りは前田橋へのコースとする予定ででかけてみた。上り下り双方とも予想以上に歩きでがあり、衣笠城址から大楠山への山道は予想より長く、下りに取った前田橋コースは三浦半島とは思えないほど静かな道のりだった。


横須賀線の衣笠駅を出て右手に行き、幹線道路に出た先で右の裏道に入り込む。そこは衣笠仲通り商店街で、全長250メートルのアーケード街になっている。この通りがまた味があって佳い。昔ながらの八百屋、肉屋、魚屋、文房具、おもちゃ屋に和菓子屋がある。食器や線香を売る店もある。今風のコーヒーショップや洒落たレストランがあれば庶民的な中華屋もあって、古き良き商店街が今に拮抗して息づいていて嬉しくなる。ここでの買い物と食事で本日が終わってもよいのではと思わせるところだが、ほんとうにそうすると山に行けないのでお土産に肉屋で"横須賀海軍カレー"のレトルトパックを買うくらいに留め、後ろ髪を引かれつつ商店街を抜ける。
アーケード街を出て右手に折れ、横須賀線の高架をくぐる。車道脇の歩道を上がり気味に行くと衣笠公園入口の標柱があり、その右手へ下り気味に分かれる道に入る。しばらく行くと右手直角に分かれる車道がある。ここの入口左脇には目立たないものの背の高い石柱があってなにやら文字が彫られており、古風な書体を眺めるうちに「衣笠公園」であるとわかってくる。
ここを右に曲がり、住宅地のなかを上がっていく。桜並木となった先に鎮座しているのは衣笠神社だ。公園はこの先から始まり、初夏の本日はツツジがあちこちに華やかで、登り着く衣笠山公園山頂は広い園地となっていて横須賀市街地を前景に東京湾が明るい。桜の季節を過ぎたせいか休日の昼前なのに人はほとんどおらず、何組かの家族連れや年配のかたがたが思い思いに木陰に腰を下ろしてお喋りに興じていた。
衣笠神社。この日は補修中。
衣笠神社。この日は補修中。
園地の奥に向かうとモダンなオブジェかと思えるような巨大展望台が現れる。これはちょっとお金の無駄遣いではと思えるほどだ。しかし登ってみると園地中心部より眺めがよい。大楠山がアンテナを生やした頭をすぐそこに見せている。目の前を横切る電線が邪魔だが東京湾側もよく見渡せる。この展望台、床の上に方位盤が描かれており、見える山の名が書かれているのは普通だが、それに加えてロンドンだパリだモスクワだとあるのはかなり気宇壮大なのだった。ちなみにここからだと大楠山の向こうは箱根、富士山を越えて北京になるらしい。
衣笠公園展望台より東京湾を望む。左奥は猿島。
衣笠公園展望台より東京湾を望む。左奥は猿島。
衣笠山公園から大楠山へは水系をまたぐことなく稜線がつながっているが、無理なく歩けるように設定されているコースは谷向こうの衣笠城址に寄るため、巨大展望台手前から始まる階段道の山道を下ることになる。ウグイスの鳴き声が響く谷あいをこんなにも下るのかと思うほどに下っていくと右手に谷戸が見えてくる。どことなく荒れ気味だと思う間もなく、すぐ先に新たな道路造成地が目にはいる。どうやらこの谷戸を潰して道路とするらしい。すぐ傍には三浦縦貫道路への入口となるトンネルが口を開けているが、それほど車が出入りしているわけでもなさそうだ。これから造る道路がどれほどの必要性があるのかわからないが、少なくともなけなしの谷戸の自然がなくなってしまうことだけは確実だろう。
衣笠城址に登る途中で衣笠山を振り返る
衣笠城址に登る途中で衣笠山を振り返る
道路建設で踏み跡が破壊されているため、舗装道の向こう側にある衣笠城への登り口はよく見ないとわからない。細く急な山道を上がって斜度が緩むころには木々に囲まれた道幅も広がり、その合間から谷を隔てて眺める衣笠山も別名の鞍掛山のとおりに見える。山肌は新緑に覆われ青空の下に浮き立つようだ。低山の例に漏れずこのあたりは脇道が散見され、手前の衣笠山を木々に邪魔されず見ようと細道に入ったところクモの巣だらけで、5メートルと進まないうちに退散した。
岩場も出てくる山腹の道を行くうち、行く手に日の光に輝く草原らしきが見え、人影も窺える。すでに衣笠城址で、ちょっとしたコブに登ればお稲荷様の祠があり、看板が立てられていて「朝日さし夕日かがやく西山の稲荷の森は黄金なるなり」とある。立山連峰近くの鍬崎山に似たような歌が伝わっているが、こちらのはわりと素直に取れる文言だ。とはいえ森の何を指して黄金とみなすのだろう。いま考えられる以上に山の恵みがあったのかもしれない。園地化している山城の主要部を抜けると大善寺で、当時この地の学問および宗教の中心であったという。いまは曹洞宗になっているが、どことなく親しみやすい雰囲気のお寺に思えた。
大善寺境内に咲いていたスズラン
大善寺境内に咲いていたスズラン
境内の下に里道が延びており、大楠山へは右手へと向かう。春の花が色とりどりに咲く農家の敷地を左右に眺めるうちに山道となり、頭上は木々に覆われるようになって再び山めいた雰囲気が漂ってくる。ただ残念なことにすぐ左手近くの谷間を横浜横須賀道路が走っているので、耳を聾するわけではないが、しじゅう車のエンジン音が聞こえてくる。日の光がまわって明るい森のかたわらで何か動くものの音がする。こんなところに野生動物か、捨て猫にしては音が大きいと思っていると、山あいに拓かれた畑地でご夫婦が農作業中だった。
ふたたび山道へ
ふたたび山道へ
山道そのものはあいかわらず悪くなく、少ないながら出会うパーティの表情も心なしか穏やかなものだ。淡々と続く山道の行く手が開けると有料自動車道路をまたぐ大畑橋で、車の行き交う上を渡りきって再び森のなかにはいるとすっかり静かになる。里近い道の悩ましさで一時的に舗装道を歩かせられたりするが、おおむね山道は続き、足裏の感触は快適だ。
それまでほぼ平坦だった道のりが斜度を増し、左手に植林の斜面を見下ろすようになると唐突に阿部倉温泉・塚山公園分岐に出た。正面はゴルフ場で、これを右手に見ながらボールよけの金網の脇を行く。林道に出て右手に行き、分岐する階段道を登るとやっと山頂広場だ。そこここに人が憩っており、山というよりは公園の風情だ。
展望台から山頂広場を見下ろす。右奥は砲台山と武山
展望台から山頂広場を見下ろす。右奥は砲台山と武山
十分に展望のよい山頂だが、広場入口脇に立つ展望台に登ればこれ以上なしの眺めだ。三浦半島が突端まで平べったく延びて海に消えていく。左手には武山山塊が小振りながら引き締まった稜線を掲げ、右手には荒崎の岩礁海岸がごつごつと出入りを繰り返す。相模湾を越えて丹沢山塊や富士に箱根を遠望したいところだが、本日は靄が出ていて見えない。すぐ近くに江ノ島が浮かんでいるのが慰めだ。眼下に広がるゴルフ場の向こうに逗子の二子山を中心とする三浦アルプスが低いながら長々と延びている。その右手彼方には横浜のランドマークタワーも望め、東京湾越しに木更津近辺も霞んでいる。
ぐるぐると見渡して飽きない眺めだが、この展望台はてっぺんにいるとわりと揺れる。ひとが上り下りするだけで揺れる。なにせ幅が3メートルかそこらの筒のような鉄塔が3階建の家くらいの高さで立っているのだから当然というものだろう。一番上まで上がらずに引き返すひとも多い。風の強い日は使用禁止になる旨の案内が登り口に掲げられてもいた。


下りはまだ歩いたことのない前田橋へのコースを採った。”関東ふれあいの道”でもある山道は歩きやすく、しかも終始森のなかを行く。往路に耳にしたエンジン音はなく、聞こえるのは葉のそよぎだけの嬉しくなる下りだ。あちこち開発された大楠山にありながら山の雰囲気が味わえて好ましい道のりだ。
前田橋コース下り始め脇の静かな林
前田橋コース下り始め脇の静かな林
右手の谷間から前田川の水音が聞こえるようになると山道の終点は近い。車道に出てほんの少しで川を渡る橋に出るが、そのすぐ脇から川べりの遊歩道に入ることができる。水際を行く愉しいもので、瀬音を耳にしながら飛び石で対岸に渡ったり、木道を歩いたりする。先行する親子連れの子どもたちも愉しそうで、なかなか歩みが捗らなさそうなのだった。
前田川遊歩道
前田川遊歩道
ふたたび車道に出るとすぐ先に交差点があり、そこが前田橋バス停だった。休日の16時台でもバスは10分間隔で来ており、たいして待つことなく逗子駅行きに乗ることができた。車窓からの相模灘が穏やかだった。
2009/04/29

回想の目次に戻る ホームページに戻る


Author:i.inoue
All Rights Reserved by i.inoue