入小沢ノ峰の先で広がる広葉樹林深山橋から三頭山
ひところ、奥多摩三山を中心に、ガイドマップ(「奥多摩」)に載っているコースを一通りたどるというのに集中していた時期があった。三頭山周辺の一般登山道もよく歩いたが、未訪のものもいくつかあり、深山橋のムロクボ尾根もそのうちの一つだった。季節は秋、好シーズンの奥多摩に行くのもよいかなと、久しぶりに青梅線に乗りにでかけることにした。


10月の紅葉シーズンを前に奥多摩駅前はすでに朝から賑わっていた。辛うじて席を確保したバスは満員で出発。奥多摩湖畔まで立ち客がなくならないまま走り、昨日開会したらしい国体で賑わうなかで相当数を降ろしてようやく身軽になった。
深山橋バス停で降りたのは2名。湖を巡る国体自転車ロードレースが多摩川を渡るのはここでらしく、そこここに警備員や応援の人がいる。最初の橋を渡り、もう一つのを渡る。山道入口には警備員が一人いて、もうすぐ先頭走者が来ることを教えてくれる。せっかくなのでその走者が見えるまで待つことにする。
競技は八王子を出発して奥多摩湖畔がゴールらしい。すでに10時過ぎだが傾斜と距離とを考えれば人力でよくも飛ばしてくるものだなどと考えているうちに半時ほどが経過する。ようやく一位選手がやってきた。先導バイクが普通に走っているのと同じ速度で猛然と走り抜けていく。なんというスピード。警備員のかたも少々興奮したようだ。「バイクにぜんぜん負けてないですね」「そうですね迫力ありますね」。
国体の自転車ロードレース、左端に先頭走者
国体の自転車ロードレース、左端に先頭走者
その後も二位、三位選手が走り抜け、四位だか五位だかの集団がやってくる。名残惜しいがこの調子で見ているといつまでも山に登れないので警備員のかたに挨拶して山道に入った。


まずは山肌を絡むような急な登りが続くが、麦山の浮き橋を渡って取り付くヌカザス尾根ほどの傾斜ではない。この年は水位が低下しているとかで全ての浮き橋が撤去されているらしく、奥多摩湖側から上るのであれば本日の深山橋ルートを皆選ぶのではと思えたが、想像通りかどうか、都民の森側からのに対して距離のある北側ルートは不人気のようで、だいぶ静けさに浸れることができる。長い距離も悪いことばかりではない。
ちょっとした平坦面を左に見ると尾根筋に乗った。出だしこそ斜度が緩んだものの、やせた尾根のアップダウンが繰り返されるのでさほど楽になったわけではない。眺望も開けないので自分がどれほど高度を稼いだのかわからないまま進む。短いとはいえ急な登りを越えてみると、その先にも傾斜があってしかも少々長そうなのが窺える。傾斜があるのに手で掴まるよすがの少ない、下りたいとは思わないような急坂だった。登り切ると左からヌカザス尾根ルートが合流してくる。三頭山頂は右へだが、左にやや戻って、ヌカザス山頂標識のある山のてっぺんで腰を下ろし、木々の葉群越しに奥多摩湖方面を窺いながら休憩とした。ロードレースの歓声もここまでは聞こえてこない。あいかわらず静かな山上だった。
さて改めて登高を開始する。傾斜が緩んで安心していると、なぜか妙に足下の安定していない山腹の道を進んでいる。尾根筋は左手上だ。ほんとうにこの道筋でよいのだろうかと思ううち、右手に下っていく小さな尾根に乗り上げ、左へと垂直に曲がる。ようやく標高を上げていく道のりになった、と思いきや、なぜか十字路にぶつかる。左右に延びる踏み跡はなんなのか?これを無視してさらに標高を上げ、やっと主たる尾根の上に出ると、そこが正規のコースで、ほどなくして尾根筋途中のピークである入小沢ノ峰に出た。前回ヌカザス尾根からこの尾根を登った時も、同じく道を間違えて妙なコースをたどった気がする。二度続けて間違えるとは、いかに間違いやすいということか(単に、自分が、かもしれないが)。次回来る時は気をつけよう。


入小沢ノ峰から先、尾根はやや平坦になって広がり、木々もゆったりと枝を広げて立ち並ぶ。本日の登路でもっとも気分の良い部分だ。樹林越しに右手を窺うと、鶴峠に続く尾根がようやく近づいてきていた。足下の斜度が上がり、尾根筋も狭くなってくる。いよいよ山頂近くか、正面に見えるピークらしきに直登するのか、と思っていると、やや拍子抜けしたことに山道は左へとそれていき、稜線上の峠状の部分に出る。左行けば最高点の東峰、右行けば広いスペースのある西峰で、三頭山は何度か来ているので最高点にさほど思い入れはなく、迷わず右に行く。階段道を暫しでベンチがそこここにしつらえられた広いピークに飛び出す。
山頂から彼方に御坂の山々を望む
山頂から彼方に御坂の山々を望む
正面やや左に大きいのは三ツ峠山 
さすが人気の山で人影は多いが、やや遅い時間のせいか、窮屈に感じるほどではない。ベンチの一つを占めてバーナーに火を点けヤカンをかける。顔を上げれば正面に富士山、その手前には中央線沿線の見慣れた山影。あれはどの山と考えていれば、待っている気がしないまま湯が沸いてしまう。コーヒーを淹れる間も山座同定に勤しむ。
ついでベンチの周囲を見渡せば、若い男性だけ、若い女性だけ、などというグループが目に入る。都民の森から楽に上がれるせいか、昨今のファッション性の強い山ブームを受けつつ、平均年齢が低くなっているのだろう。若草色のウェアなりザックも目立つ。この年5月の連休でも感じたことで、まずこれは流行色か、そうでなければ定番色になったのに違いない。明るい感じを受けることだけは確かだ。


コーヒーを飲み終えて日の傾きだした山頂を後にする。今回は三頭大滝の脇をかすめて都民の森バス停に出ることにした。笹尾根に続く尾根筋を下り、途中で左手へ、沢沿いの道を行く。谷間が少々広がってくると平石を配置して歩きやすいように整備されたところが多々あるが、なにぶんにも傾斜があるのでそうそうスピードが出るわけではない。
気分的に長い時間がたったところで狭い谷筋が開け、ようやく滝見物の場所に出る。初めて見る三頭大滝は、予想外の高度を落ちる優美な滝で、名瀑と呼ばれるのもむべなるかなと思えるものだった。きっと日の高い時刻には見物客が多いことだろう。
三頭大滝
三頭大滝
遊歩道のようになった道筋を、夕照を浴びる周囲の山肌を眺めつつ早足で下った。そんな時刻でも滝を見に行くらしい観光客風情の人たちには何度か出会った。滝までは谷側に手すりが設置され途中にトイレも建つ整備された遊歩道なので、みな安心して登ってこれるのだろう。


都民の森バス停からは、通常は数馬で乗り換えになるようだが、本日は乗降客が多いせいか、武蔵五日市駅への直通となっており、しかも増発が2便も出て全部で3台がつかず離れず駅まで走ることになった。おかげで車内は混み合わずに済み、快適に思っているうち例によって寝入ってしまった。目を醒ますと車窓外は阿伎留神社例大祭に沸く町中で、夕暮れ迫る時刻になっても沿道の人波は随分と多い。この祭りだけ見に来るのも愉しかろうと思ううちに駅に着いたのだった。
2013/09/29

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