鋸山林道から5月の本仁田山。左に突き出すのは平石山、右に伸びるのはゴンザス尾根

本仁田山

本仁田山(ほにたやま)は奥多摩駅の裏に立ち上がり、そのため同駅や鳩ノ巣駅からすぐに登り出せて人気が高いと聞く。一昔までは鳩ノ巣駅から杉ノ殿尾根経由で山頂を踏み、大休場尾根を阿寺沢に下るコースがよくガイドされていたと思うが、登る途中の大根ノ山ノ神に車で上がれるようになってしまい、電車で来るハイカーにとってはあまり気分のよい登路ではなくなってしまった。そのためか最近ではもっぱら逆コースが案内されているようだ。
大根ノ山ノ神が静かな休憩地点だったころに登ったことがあるが、鳩ノ巣駅からの道はよく踏まれていて安心とはいえ植林のなかの単調な道のりで、あまり感銘を受けるものではなかった。進むに連れて右手奥に赤杭尾根や川苔山が望めるようになって楽しめなくもないのだが、いつのまにか本仁田山直下の急登に行き当たり、息を切らせて登るとそこが山頂だった。下山にとる大休場尾根の急降下はあたりを見渡す余裕もなく、いつのまにか集落に出てわりとあっさりと山行が終わってしまった。それ以来、本仁田山は面白くない山と思っていた。
しかし本仁田山はじつのところ形のよい山だ。川苔山からだと見下ろす形になるので印象は薄いが、ここから本仁田山に繋がる尾根筋を辿っていくと正面にそびえる姿は大きく立派である。大岳山から続く鍋割山の北尾根を大楢峠に下っていくと途中に開けたところがあって本仁田山が正面に眺められるが、その姿がまたすっきりとした三角形で美しい。
鍋割山北尾根から2月下旬の本仁田山
2月の鍋割山北尾根から夕暮れ近い本仁田山を望む。
山頂から手前左側へあまり高度を落とさず伸びているのがゴンザス尾根。
その右手、中間部に伐採地が広がるのが花折戸尾根。
右奥は川苔山。
正面奥に蕎麦粒山、左手奥に三ツドッケが見える。
右手下は鳩ノ巣城山。
1986年頃の山頂は雑木に囲まれ、展望用のヤグラが立っていた。これに登って周囲を見渡してから、眺めのない足下で食事を作って食べた記憶がある。20年ほどを経て2005年の初春に訪れてみたが、川苔山方面が切り開かれて高水三山、棒ノ折山、赤杭尾根の展望がよく、いつ撤去されたのかヤグラもない。まるで別な山に来たかのような変わりようだった。


大岳山や御前山と同様に本仁田山にもガイドブックに載らないようなルートがいくつかある。南に延びるゴンザス尾根やその東の花折戸尾根の上を行くものなどで、好天の休日でも静かな山歩きができる。花折戸尾根は途中に伐採地があって眺めが開けるが、おおむね植林のなかを歩く淡々とした道のりで、下りにはよいかもしれないが概して単調だ。ゴンザス尾根はアンテナ施設や送電線鉄塔がルート上にあるものの、登り始めの急登をこなして斜度が緩み出すと雑木林がほとんど途切れず、冬は見通しがよく新緑の季節は若葉が目に眩しい。広葉樹の枝振りも見応えのあるちょっとした公園のような平坦地を行くかと思えば、岩混じりの痩せ尾根を登りもし、道ばたに鎮座する大岩も謎めいていたりと、登っていてとにかく楽しい。
ゴンザス尾根と花折戸尾根は上部で合流し、ゆるやかに登りながら山頂直下まで稜線をたどる。葉の落ちている季節ならば山頂に近づくにつれて左手に本仁田山の丸いドームを望むこともできるが、実のところこれはまったく予想外の眺めだろう。これが本仁田山かと思える形のよさで、ゴンザス尾根のカラフルと言ってよい登高と併せてすっかりこの山を見直すことになるだろう。
ゴンザス尾根に取り付くには、奥多摩駅から日帰り入浴施設の”もえぎの湯”を目指し、これを横目に通り過ぎて交通量の多い車道に出る。多摩川側の歩道脇の柵に手作りの小さな案内板があり、ゴンザス尾根の取り付き方法をガイドしてくれているのでこれに従って行くと、山腹にある団地内に導かれ、再び手作りの標識が現れて登り口を教えてくれる。あとは道なりに高みを目指していけばよい。
大岳山(中央上)を望む。手前は天地山の尾根
大岳山(中央上)を望む。
手前は天地山の尾根
ゴンザス尾根は変化があって愉しい
ゴンザス尾根は変化があって愉しい
ゴンザス尾根と花折戸尾根の合流点より上部から初春の本仁田山
ゴンザス尾根と花折戸尾根の合流点上部から初春の本仁田山


ゴンザス尾根を登りに取った日、山頂から西に延びる平石尾根に入った。川苔山へと続く尾根筋から分かれ、進入禁止サインをまたいで植林と雑木林の合間を尾根筋をはずさないように下って行く。右手には梢越しに川苔山が浮かび上がっているが、人気の山の喧噪があったとしてもまったく感じられない。ほんの少しルートを外すだけで、奥多摩といえどもこれほど閑かなものかと驚くほどだ。
平石山への尾根筋から右手に川苔山を透かし見る
平石山への尾根筋から右手に川苔山を透かし見る
この尾根の途中に高まる平石山は、立木に小さな標識があるだけの山頂らしくない山頂だった。枯れ葉を踏みしだく自分の足音が消えると落ち着かない気分になり、歩いてきた勢いそのままにほんの少しあたりを行ったり来たりする。心騒ぐのには理由があり、平石山の手前から沢沿いに下る道のりが不安だったのだ。
斜光線を浴びる平石山頂
斜光線を浴びる平石山頂
平石山手前の小さな鞍部に戻り、ここから浅く湾曲した沢とも谷とも言えない場所を下っていく。踏み跡はあるような無いような、たとえあったとしても土砂に覆われた急斜面なのでつけるそばから消えていくことだろう。地図にはかつてのルート表記があるが、どうも廃道になっているようだ。しかたがないので沢が明瞭な形を取るだろう地点を目指して安全そうな部分をキックステップで下っていくことにする。見通しはよいのだが土壌が崩れやすく、浮き石だらけの斜面に入り込むと足を踏み入れるそばから岩雪崩が起きそうだ。かつて西上州で富士浅間山に登ろうとして隣の山に登ってしまい、半身を土のなかに埋めたりしながら道なき斜面を下ったことを思い出す。
木々がかたまって生えており、その先がどうなっているのかわからないところまで下ると、枝葉の下に沢筋が明瞭になってきていた。脇には土手のようなものもあってそこが山道かと思いもするのだが、すぐに踏み跡らしき痕跡も消えてしまう。沢筋の左右の歩きやすいところを拾って歩いていくうち、わさび畑が現れ、かつて人が住んでいた家も現れ、阿寺沢に沿う山道に合流して人家の前に出た。
阿寺沢合流点近くで
阿寺沢合流点近くで


平石山近くの稜線からわさび畑を見るまでは1時間もかかっていなかっただろう。それでもゴンザス尾根と同様に「奥多摩のこんなところにこんなところが」と思わせられた。このルートを下ることはもうないだろうが、昔の道筋はどうだったのか、登って確かめてみたいとは思うのだった。
2005/04/09 (ゴンザス尾根を登り、平石山から下る)

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