万六尾根左手の万六の頭を巻いていく

奥多摩の市道山から中央本線沿線の醍醐丸へと吊尾根を歩くと、右手になだらかな尾根が併走する。万六尾根(ばんろくおね)と呼ばれるもので、突出したピークもなくいかにも人の訪れが少なさそうだ。静かな散策気分の山歩きができそうだと期待感をもって出かけてみたところ予想に違わず、南秋川の柏木野から登って万六の頭を巻くようになれば尾根終点の連行峰まで楽に歩け、秋の盛りにでかけたというのに1パーティにしか出会わなかった。


武蔵五日市駅から数馬行きバスで向かうのは柏木野で、民家は目立つが商店はないようだ。頭を巡らせて登山口を探すと数馬側に連行峰へを教える標識がある。民家脇の細く急な簡易舗装道を下り、人道橋で南秋川の流れを渡って植林の山肌にとりつく。先週の臼杵山への登り同様に本日も急傾斜の山道が続く。傾斜が緩むと植林の木立を通して正面左右に伸びる石垣のようなものが見えてくる。驚いたことにアジサイの群落で、突入してみると踏み跡は明瞭なものの大きな葉の被さるヤブっぽい道のりになってしまう。花の季節にはよいかもしれないが、盛夏に辿るには少々鬱陶しいところだろう。
アジサイ群落のヤブが待ちかまえる
登りだして早々にアジサイ群落のヤブが待ちかまえる
再び急になった斜面をジグザグを切りながら上がっていくと左右に延びる尾根筋に出る。このあたりも先週の元郷からの臼杵山と同じ展開だ。雑木林が目に入るようになって明るくなると、梢越しに浅間尾根、その彼方の三頭山、意外な近さの大岳山が窺える。西方近くに立つ顕著なピークは山頂の眺めがないというトヤド浅間だ。足下の道幅は広くなり、かつての峠道であることを伝えている。傾斜の緩急にかかわらずよく踏まれていて歩きやすい。
再び植林の道のりとなると林のなかをまっすぐに通る一本道で、上り下りもあまりなくリズミカルに歩ける。眺望はないが、それでも正面に見上げる大きな高みの影が目に入る。今歩いている尾根の名にもなっている万六の頭だ。辿っている峠道は余計な高度を稼がず西側の山腹を巻いていく。左手に見上げる山稜側は雑木林となって明るく、透かし見る稜線は意外と高い。巻き終わるあたりに標識が立っていて後方の柏木野バス停と前方の連行峰を教えている。標識に案内のない左後方への踏み跡が万六の頭に向かうものだ。
万六の頭へも穏やかな道のりだ。片側斜面は見てきたように雑木林だが、山稜反対側は植林帯だ。先日の臼杵山から醍醐丸への縦走で遠望した東半身は暗い姿だった。きっと麓から頂稜まで植林に覆われてるのだろう。頂上らしき場所には分岐からわずか5分ほどで達した。古びた木製のプレートが山名を告げるくらいで開けた眺めはないが、大岳山や御前山が葉の落ちた枝越しに指呼できる。足下は広葉樹の落ち葉が散り敷かれ、休憩するには悪くない場所だ。
万六の頭の山頂
万六の頭の山頂
分岐まで戻る道すがら、色づいた木々を透かして正面右手に鋸歯状の稜線が浮かんでいるのが目に入る。右奥から三国山、生藤山、茅丸と続くものだ。さらに左の平坦に長いのが登り着く連行峰らしい。かなり近い。登山口から連行峰までコースタイムだと2時間20分とされている。万六の頭でその半分だった。


分岐からしばらくは細く曲がりくねるような道のりだった。そのうち再び尾根が広くなり、左右は植林となる。大した上り下りのないまま快適に歩いて行くと、ようやく登り勾配の道筋となり、連行峰の手前にある湯葉の頭というピークに登ろうとしていることがわかる。気づけば足下は矮性のササが茂り、針葉樹の林床を明るくしている。ときおり思い出したように倒木が行く手を塞ぐが、歩くペースを崩さずに迂回したり跨いだりできるので大した問題にならない。湯葉の頭は南北に細長い平坦な頂稜で、山名を告げる標識も見あたらず、どこが最高点なのかよくわからない。このあたり全体が湯葉の頭だということにして連行峰との鞍部に下る。
万六尾根を行く
万六尾根を行く
ようやく左手の見通しが多少なりともよくなり、臼杵山から続く稜線が見通せるようになる。反対側、右手には生藤山あたりの稜線が高い。茅丸など1,000メートルを超えているのだから当然だろう。鞍部から登り返し、ここが山頂かと思わせられかけたのをやり過ごすと、正真正銘の連行峰の山頂ベンチが目に入る。かつて夏場に訪れたときは草深いなかの踏み跡のように思えた山道だが、晩秋の季節は別なものかと思うほど歩きやすかった。
連行峰に出て
連行峰に出て
関東ふれあいの道も通る山頂はさすがに人通りが絶えなかった。都会の雑踏にはほど遠いが、5分か10分で新顔が到着するというペースは、誰ともすれ違わなかった万六尾根と比べれば賑やかというものだ。かくいう具合で落ち着かないので山頂を外した日当たりのよい場所に移動し、腰を下ろして湯を沸かした。


連行峰からは茅丸、生藤山を巻きながらかつての峠道の続きを歩いた。右手の奥多摩側には相変わらず大岳山が目立つ。本日は辿ってきたばかりの万六の頭が加えて目を惹く。和櫛のような山頂部の頭だけ紅葉に染めて、その下の胴体部分はすべて植林で黒く見えている。境界がちょうど巻き道が通る場所なので、どのあたりを歩いてきたのか瞭然だ。その右手彼方には市道山と臼杵山が浮かんでいる。とはいえ見る方向が悪いのか大気が霞んでいるのか、臼杵山の双耳峰姿は判然としなかった。
茅丸付近から万六の頭を遠望する
丸付近から万六の頭(中央)を遠望する
峠道としては三国山手前で西側の山腹道に入り、甘草水を経て佐野川峠に出るのだろうが、その道のりは登りで歩いたことがあるので本日は三国山を超えることにする。ひろびろと視界の開ける三国山では都留の権現山と扇山が変わらず伸びやかに稜線を延ばしている。二山の後ろにはいつものように南大菩薩の連嶺が悠然と浮かぶ。とはいえ南側を眺めるので昼過ぎのいまはすべてが逆光なのが残念だ。山座同定している先行者の会話を後に熊倉山方面に下り出す。
三国山から扇山(左奥)と権現山。権現山手前に低く見えるのは二本杉。
三国山から扇山(左奥)と権現山。権現山手前に低く見えるのは二本杉
熊倉山まで足を延ばそうかとも思ったが、未踏のコースを辿ってみようと軍刀利神社への分岐から下りだす。山腹を絡む道のりは足下が不安定で、おっかなびっくり通るところも一度ならずある。左から三国山手前より直接下る山道を合わせると、多少安定した。ハンターが一人下ってきて、近頃クマが吉野という地域で目撃されたので鈴を鳴らして歩いてほしいと言われる。クマは子熊だったそうだが、とすれば母熊も一緒だったかもしれない。このあたりでもいまの季節はクマが出るものなのだなとあらためて思う。
沢沿いになった道のりは岩も出てきてよそ見は禁物だ。ようやく着く軍刀利神社の元宮は社前に立つカツラの樹が圧倒的だ。幾本もある幹が寄り集まって天を摩するような枝を広げている。これを見るだけでも価値はあるというものだろう。
軍刀利神社の桂の巨木
軍刀利神社の桂の巨木
元宮のすぐ下から舗装路となり、神社本宮の境内を通り抜けて驚くような段数の石段を下り、人家の建つなかへと下っていく。大きな道路に出て左手のだいぶ先にあるバス停に向かう。右手の彼方に浮かぶのは権現山の一峰である雨降山で、山頂のアンテナ施設がよく目立つ。万六尾根の穏やかさは権現山主稜線と似ているなどと考えつつ、本数の少ないバスの時刻に間に合うよう足早に歩いていった。
2010/11/21

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