伊豆ヶ岳と武川岳は尾根続きで、"奥武蔵全山縦走ルート”なる設定ルートでは両山を縦走するようになっている。おのおのは個別に登ったことがあるが繋げて歩いたことはなかったので、二山のあいだがどういうルートなのか知りたくて出かけてみた。伊豆ヶ岳からの下りはなかなかの急坂で、これというほどのものはないまま鞍部である山伏峠に着いた。登り返す武川岳は、途中、背後に伊豆ヶ岳の全貌を望む展望地があり、この一点で歩く価値があるルートと思えた。


縦走が目的だったので伊豆ヶ岳への最短ルートはと考えると、やはり正丸駅からのコースとなる。駅前広場を出て集落の中の車道を辿ると、春の彼岸の季節、軒先や斜面に開かれた畑地で満開の梅が陽光に輝く。お休み処の看板を掲げる店で前回の山行時に買いそびれた手作り饅頭(二個入り)を買い求め、山中での楽しみと荷の重さを増やす。
胸突八丁の登り
胸突八丁の登り
沢沿いの山道に入り、変わらず優しげな水音を耳にしながら小さな谷底を進む。よく見ないと見落とす"胸突き八丁入り口”の小さな標識を見ると急傾斜の登りで、傾斜が緩んで稜線に乗ると右手の展望が開ける。正面のすぐ近くに望める三角錐の川越山が端正な姿を見せ、左手奥に顔を出す二子山の影を薄めている。
なだらかな道のりを行くと男坂・女坂の分岐で、最近ではガイドマップでも男坂のルートは破線表示さえされないが、男坂を前にするといつものように登らずにはいられず、自分の岩場への適応力がどうなっているか確かめたくもあり、躊躇することなく岩盤の上に足を踏み入れる。山行を怠っているためか加齢のためか、前回訪問時よりは鎖を掴む時期が早かったものの、途中で振り返って二子山を眺め来し方を見下ろす余裕くらいはあった。
伊豆ヶ岳頂稜の岩場から前武川岳(手前)と武川岳
伊豆ヶ岳頂稜の岩場から前武川岳(手前)と武川岳。
右奥に武甲山。中央やや左奥に大持山。
頂稜に出て岩場の上に立つと、この先に辿る予定の武川岳が文字通り視界に飛び込んでくる。初めて伊豆ヶ岳に登って以来、変わらない姿に一安心だ。(採石場で山裾が抉られているのも変わらないが。)伊豆ヶ岳最高点近くで梢越しに飯能市街地方面を眺めると、四度目の山頂にして初めて天覚山と大高山を認めることができた。これは嬉しい。何度も登っている山頂でもなんらかの発見はあるものだ。
ちょうど午時、そこここにハイカーが休憩していた。広くて休むには適した山頂なのだが、まだ歩き出して一時間半ほどでもあるし、先は長いしで、行動食を食べた程度で伊豆ヶ岳を後にする。


子ノ権現への縦走コースへと入り、早々に出てくる分岐を、大勢のハイカーとは別に、右に行く。峠への下りは意外なほどの急傾斜だった。斜度が緩むとよく踏まれた植林のなかの径となり、さらにしばらくするとエンジン音が前方から響いてくるようになった。
山伏峠
山伏峠
車道が越える山伏峠を前にして山道は左右に分かれる。山道としてのコースは右手のものをたどるのだったがそのときはわからず、すぐに下り出しそうに見えた左手に入って車道に出た。山伏峠最高点の近くだったが登り返す予定の武川岳側はコンクリ壁のため登れず、登り口までへは車道を多少歩いて北方へ軽く峠越えすることになった。登り口からは今度は山道を車道沿いに同じだけ戻るので、若干、不便を強いられた気になる。まぁ、”山伏峠”の交通標識を眺められたのでよしとしよう。
伊豆ヶ岳の下り同様に植林のなかを行く武川岳の登りは、途中に伐採地があって、右手が開けてくる。振り返ると背後の伊豆ヶ岳が大きい。あちこちの山からよく眺めた山だが、これほど近くから相対するのは初めてのことだった。さらに登って振り返ってみると木々に遮られて見えなくなっており、そのままこの日はもう目にすることがなかった。


ところどころにある急登をこなして前武川岳に着く。名郷のバス停から延びる天狗岩コースが合流するところで、一帯は植林が途切れて葉が落ちた木々が立ち並び、勝手に武川岳ファンタジーランドと呼んでいる(冬季限定)明るい高原風情を生みだしている。すっかり気をよくしたものの、最高点へはもう半時ほど歩かなければならない。淡々と歩いて最後に一登りして山頂に着く。
前武川岳から武川岳を目指す
前武川岳から武川岳を目指す
昼下がりとも呼べないほど午後も遅くなった山頂は寂しげで、開けているのは蕨山、棒ノ折山方面のみ、それでも奥多摩の大岳山が霞むのを眺められて嬉しくなる。北側には梢越しとはいえ間近に武甲山、その左手高みに大持山。秩父の山は時刻が遅いためか暗く沈みがちで、削られ続けた山肌がなおのこと痛々しい。日が傾いてきたため空気は冷たさを増してきており、湧かした湯で淹れたコーヒーがことのほか美味い。麓で買った手作り饅頭がこの寒さなのに柔らかいままでおいしかった。
しかしだいぶ冷えてきた。そろそろ下山しよう。妻坂峠への道のりへと踏み出すと、これがまた急降下といってよい下りで緊張する。山伏峠への伊豆ヶ岳といい、本日の下りコースは短時間とはいえ急傾斜に事欠かない。下るにつれ武甲山の採石場が隠れていって山の表情が和らぐ。武川岳山頂では見えなかった秩父盆地が穏やかに見下ろされる。
さすがにいつまでもつるべ落としのような下りではなく、落ち着いて歩けるようになってしばらくで妻坂峠に着く。峠名の印象からして、開けた、明るい場所を想像していたのだが、実際には木々に囲まれてさほど展望のないところだった。葉が落ちて秩父側がやや見通せるが、夏にもなればこの峠はどういう表情になることだろう。ともあれ傍らに立つ古びた石仏は変わらずかつての峠の重要さを伝えるにちがいない。
妻坂峠に立つ石仏。後方は武川岳に続く尾根
妻坂峠に立つ石仏。
後方は武川岳に続く尾根
登り返せば大持山に達する峠は、右手に下れば武甲山の麓を回って横瀬駅に出る。本日は左手へ、名郷バス停方面に下った。日の差さない植林帯のなかをジグザグを切って下り、沢筋に出て緩やかに行くと林道終点で、舗装された道が谷底を右に左に続いていく。流れの上にはところどころ岩壁が目立ち、悪くない渓谷美を見せていた。


人家が見えてくると、正丸からの登路同様に梅が満開の里だった。飯能駅行きのバスの時刻を見るとあと一時間以上ある。改めて梅を見て回ったりして時間を潰し、時刻通りに来たのに乗ったのは日が山の端に隠れつつあるときだった。
2016/03/20

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