- 本件の事案の概要
控訴人らは、自ら又はその配偶者その他の肉親らが、昭和12年(1937年)7月頃から昭和20年(1945年)8月頃までの間に、中国大陸において、旧 日本軍の構成員から、強姦未遂、拷問、捕虜虐待、人体実験、無差別爆撃等の非人道的で残虐な加害行為を受けて著しい精神的苦痛を被ったとして、陸戦ノ法規 慣例二関スル条約(ヘーグ陸戦条約)3条若しくはこれを内容とする国際慣習法に基づき、又は法令11条1項を介して適用されるとする本件当時の中華民国民 法に基づき、被控訴人に対して損害賠償を求める権利を有する旨主張し、慰謝料として、被害当事者各2000万円の支払いを求めた。原審は、控訴人らの本件請求をいずれも棄却し、これに対し、控訴人らが本件控訴の申し立てをした。
- 本件の主な争点
- 外国軍の構成員による本件加害行為のような行為について被害者個人が当該外国に対して国際法上の損害賠償を求める権利の成否
- 旧日本軍の構成員による本件加害行為のような行為について控訴人らの被控訴人に対する国際司法(凡例11条)に基づく損害賠償請求の可否
- 民法724条後段の適用による損害賠償請求権の除斥期間の経過の有無
- 参考法令
【争点(1)関係】
ヘーグ陸戦条約
第1条
締結国ハ其ノ陸軍軍隊ニ対シ本条約ニ付属スル陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則ニ適合スル訓令ヲ発スベシ第2条
第一条ニ掲ケタル規則及本条約ノ規定ハ交戦国力悉ク本条約ノ当事者ナルトキニ限締約国間ニノミ之ヲ適用ス第3条
前記規則(ヘーグ陸戦規則)ノ条項ニ違反シタル交戦当事者ハ損害アルトキハ之力賠償ノ責ヲ負フヘキモノトス 交戦当事者ハ其ノ軍隊ヲ組成スル人員ノ一切ノ行為ニ付責任ヲ負フ【争点(2)関係】
法例11条- ・・・不法行為二因リテ生スル債権ノ成立及ヒ効カハ其原因タル事実ノ発生シタル地ノ法律ニ依ル
- 前項ノ規定ハ不法行為ニ付テハ外国ニ於テ発生シタル事実カ日本ノ法律ニ依レハ不法ナラサルトキハ之ヲ適用セス
- 外国ニ於テ発生シタル事実力日本ノ法律ニ依レハ不法ナルトキト雖モ被害者ハ日本ノ法律カ認メタル損害賠償其他ノ処分ニ非サレハ之ヲ請求スルコトヲ得ス
この法律施行前の行為に基づく損害については,なお従前の例による。大日本帝国憲法61条
行政官庁ノ違法処分ニ由リ権利ヲ傷害セラレタリトスルノ訴訟ニシテ別ニ法律ヲ以テ定メタル行政裁判所ノ裁判ニ属スヘキモノハ司法裁判所ニ於テ受理スルノ限ニ在ラス行政裁判法16条
行政裁判所ハ損害要償ノ訴訟ヲ受理セス裁判所構成法2条
通常裁判所ニ於テハ民事刑事ヲ裁判スルモノトス但シ法律ヲ以テ特別裁判所ノ管轄ニ属セシメタルモノハ此ノ限ニ在ラス【争点(3)関係】
民法724条
不法行為ニ因ル損害賠償ノ請求権ハ被害者又ハ其法定代理人カ損害及ヒ加害者ヲ知りタル時ヨリ三年間之ヲ行ハサルトキハ時効ニ因リテ消滅ス(※後段)
不法行為ノ時ヨリ二十年ヲ経過シタルトキ亦同シ - 当裁判所の判断
- 争点(1)について
外国軍の構成員による本件加害行為のような行為につき,国際法上,被害者個人が直接に外国に対して損害賠償を求める権利はない。なぜなら,- 控訴人らが請求の根拠として主張するヘーグ陸戦条約3条は,軍隊構成員による違法行為について,当該軍隊構成員の所属国が被害者である個人に直接損害賠償責任を負うことを定めたものではない。同条約の交戦法規としての性格を考えても,同様である。
- 本件当時,個人の損害賠償請求権の請求主体性を認める国際慣習法も成立していない。
- 争点(2)について
旧日本軍の構成員による本件加害行為のような行為について,国際私法としての法例11条は,適用されない。したがって,中華民国民法による請求は,理由がない。- 控訴人らは,法例11条1項の適用を前提として,中華民国民法により損害賠償を求めるが,本件加害行為に係る関係は,旧日本軍又はその軍隊構成員による戦 争行為そのもの又はこれに関連し若しくは付随する行為とそれによって発生した被害の関係で,対象とする責任主体も軍隊構成員個人ではなく国であって,国家 の権力的作用(公権力の行使)に属する極めて公法的色彩の強い行為に係る関係に該当するから,国際私法の適用される場面そのものではなく,その行為は法例 11条1項にいう「不法行為」に当たらない。
-
仮に,本件加害行為について法例11条1項が適用されて,不法行為地法である中華民国法が選択され,これによって被控訴人について不法行為が成立するとし
た場合であっても,同条2項により,当該行為が「日本ノ法律」によれば「不法ナラサルトキ」に当たるから,不法行為として認められず,結局,中華民国法の
適用が否定される。
- なぜなら,本件加害行為については,国家賠償法附則6項により,同法施行前の行為として,同法施行前である大日本帝国憲法下の法制度が当てはまるが,大日 本帝国憲法下においては,公権力の行使に当る公務員の職務上の行為について国が賠償する責任を負うとの定めがなかったからである。このことは,当時の法律 の立法過程,学説及び判例から明らかである。
- 控訴人らは,本件加害行為が著しく残虐な非人道的行為であるから,国家賠償法附則6項の適用を制限すべきであると主張するが,特定の事例について,明文の 規定なしに,国家賠償法を遡及適用するという法律不遡及の原則に反する措置を採ることはできない。
- 争点(3)について
仮に,本件加害行為につき,法例11条1項によって不法行為地法である中華民国民法が適用されて不法行為の成立が認められ,かつ,同条2項により日本法に よっても不法行為であると評価されたとしても,同条3項により,不法行為の効力に係る日本法が累積適用されることになり,民法724条後段が適用され,本 件請求に係る訴えは,本件加害行為があったとする時期から20年以上を経過した後に提起されたものであるから,請求権が消滅した。なぜなら,-
法例11条3項は,同条2項と併せて,同条1項によって準拠法として不法行為地法が選択された場合であっても,不法行為による救済を日本法の救済の限度に留めたものであるからである。
法例11条3項の規定について,損害賠償の額及び方法にとどまるとする控訴人らの主張は,採用できない。 - 民法724条後段の規定は,不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものである(最高裁平成元年12月21日判決)。これを時効期間を定めたものとする控訴人らの主張は,採用できない。
-
法例11条3項は,同条2項と併せて,同条1項によって準拠法として不法行為地法が選択された場合であっても,不法行為による救済を日本法の救済の限度に留めたものであるからである。
- 争点(1)について
- 参考判例
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