夕暮れになり、少し早いのだが、「スターライト・エクスプレス」を観るため、ヴィクトリアに引き返すことにする。タクシーに乗ろうとつかまえるが、「この時間は混んでるから、地下鉄のほうが速いよ」と言われ、それに従い、すぐ近くのコベントガーデン駅に向かう。この駅は、ホームと地上との間がエレベーターでつながれていて、初体験の両親は、とても不思議そうな顔をしていた。ヴィクトリアで降りると、劇場近くのブラッスリー(単品ものも頼める気軽なレストラン)に入り、オムレツやサラダで腹ごしらえを済ませる。
それでもまだかなりの時間が余ってしまった。僕は一人早めに店を出て、すぐそばにあったインターネットカフェに入ってみた。ホテルではできなかったサイトの更新が、ここでできるかと思ったのだ。しばらくカウンター前で並び、自分の順番が来て、「このパソコンを、インターネットにつなぐことはできますか?」と聞いてみた。が、答えは「No」だった。店内に置いてあるパソコンで繋ぐことはできるが、持ち込んだパソコンを電話回線でつなぐというのは無理だという。ここに入る前に公衆電話も見て回ったのだが、モジュラープラグを差し込む造りにはなっていなくて、最後にここで、と望みをかけていたのだが..。仕方ない、サイトの更新は、パリまで持ち越しだ。
劇場に行ってみると、まだ開場しておらず、10分ほど待つことになった。待っている客は我々ともう一組程度。結構すいているかな、と思っていた。ところが、開場直前にいきなり日本人のツアーコンダクターらしきおじさんが現れ、引き続いて大量の日本人がなだれこんできた。もう、人の波、波。狭いエントランスホールがすぐにいっぱいになってしまった。おじさんツアコンは、「それではここでしばらくお待ち下さい。それからチケットは各自で〜云々」と大声でまくしたて始める。正直、うんざりだった。海外で日本人を見かけると不快になるのは、僕も例に漏れない。しかも、人数がべらぼうで、200人ぐらいはいるだろうか。開場後は、1階のフロアも彼らで埋め尽くされてしまった。
それからまたひたすら待った末、観客席への扉が開くと同時に入り、席を探す。チケットに書いてある席を見つけるが、ステージまではだいぶ遠い。いったん席についた後、何かおかしいと思い、一階に行って確認した。
やはり、間違っていた。我々の席はそんな所ではない。奮発して買ったのだ。本当の席は、一階のステージから小さく輪を描いたローラーリンクの内側に設けられた特等席だった。さっきの日本人グループは2階席に収まり、騒音に悩まされることはなくなった。ローラーリンクをまたいで、席につく。
「スターライト・エクスプレス」は、ローラースケートを履いた役者達が各国の機関車となり会場を走り回る、というミュージカルだ。僕らの席からは、周囲を走り回る役者の姿をすぐ近くで観ることができる。入ってそのセットを目にしただけでもうわくわくして止まらなくなってきた。両親に話の筋を聞かせて、開演を心待ちにする。周りを見渡すと、おもちゃの小さな機関車が、一階席を取り囲むように静かに動いていた。
午後7時45分。ショーが始まる。ローラースケートを履いた役者達が次々に現れてくる。2度の観劇と繰り返し聞いたCDで自分の頭にこびりついたメロディーが流れ始める。やった。「スターライト」だ。9年ぶりに、ラスティが、グリースボールが、パールが、目の前で踊り、歌っている。涙が溢れて止まらない。そして、僕の大好きな曲、「AC/DC」。現れる電気機関車エレクトラ。感動で、体が震えた。
話によると、何年か前に構成が一部変わったということで、確かに以前観たものとはかなり違った演出になっていた。新しい曲も加わっている。ただ、話の大筋に変わりはない。あの、「スターライト」だ。
2時間のショーはあっという間だった。大盛り上がりのうちに、幕は下りた。タクシーで帰る間も興奮は冷めず、両親もかなり気に入ってくれたようだった。それでも、演出については、以前のものの方が良かったようには思った。踊りのノリが今一つ悪い部分もあったし、新曲も、以前からのものに比べると弱い気もする。そして何より、ラスト前のクライマックス、スターライト・エクスプレスが降りてくるところで、以前ならレーザー光線で表現していたのがなくなり、迫力がなくなったのが残念だった。もしかして、十何年続いたこの演目もそろそろ終わりが近いのかな、と感じたりもした。
それでも、やっぱり面白いし、感動する。子供向けだと言われようが、落ち目だと言われようが、僕はこのミュージカルが一番好きだ。帰りに、ショップでCDを買ってしまった。日本で買ったのが2枚もあるのに。でも、新曲が入っているので、買わないわけにはいかない。
これで、3回目。前回観た時には、まさかもう一度ここに来て観ることができるとは思いもしなかった。次は、あるのだろうか。日本にもう一度来てほしいけど、それはたぶん無理だろうな。