正社員から退職の申出があった場合の取扱い
当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する。
【解説】民法では、労働者の一方的な意思表示で退職することを認めており、2週間の予告期間を置けばいつでも退職することができるとしています。
期間によって報酬を定めた場合には、使用者からの解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。
【解説】下線は2020年4月の改正部分で、627条2項の規定は使用者からの解約申入れに限定されました。期間によって報酬を定めた場合とは完全月給制の場合をいい、完全月給制で例えば月末締めの場合、月の前半であれば当月末に、月の後半であれば翌月末に解約が成立します。また、15日締めのようなケースでは15日以前1か月間の期間をみて、当期の前半・後半となります。
6箇月以上の期間によって報酬を定めた場合には、前項の解約の申入れは、3箇月前にしなければならない。
【解説】年俸制の場合は、当該規定が適用されます。
民法627条の規定は労働者の一方的な退職申出を規定していますので、双方で合意すればいつでも退職は可能です。
一方で、異なる解釈の判例も存在しますので、会社側としても就業規則の規定に固執することなく、柔軟な対応も必要と思われます。
パートタイマーなど有期雇用契約(期間の定めのある労働契約)における、契約期間の途中退職(解約)については、以下の取扱いとになります。
1 1年を超える労働契約を締結している場合で、契約期間が1年を経過している場合
労働基準法附則137条により、当面の間、労働契約が1年を超えるものは、1年を経過した日以後であればいつでも退職は可能とされます。ただし、労働基準法14条に規定する満60歳以上の労働者および高度の専門的知識等を有する者は、この条文は適用されません。
●(関係法令)労働基準法附則137条
期間の定めのある労働契約(一定の事業の完了に必要な期間を定めるものを除き、その期間が1年を超えるものに限る。)を締結した労働者(第14条第1項各号に規定する労働者を除く。)は、労働基準法の一部を改正する法律(平成15年法律第104号)附則第3条に規定する措置が講じられるまでの間、民法第628条の規定にかかわらず、当該労働契約の期間の初日から1年を経過した日以後においては、その使用者に申し出ることにより、いつでも退職することができる。
2 上記1に該当しない場合
上記1に該当しない場合は、原則として途中解約はできませんが、民法628条の規定により、やむを得ない事由があるときは途中解約が可能とされます。ただし、労働者の途中退職によって使用者が具体的な損害を受けたときは使用者は損害賠償請求ができるとしており、一方で、使用者側からの途中解雇についても、残存期間の賃金について損害賠償請求の対象となり得るとされます
。
●(関係法令)民法628条
当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合において、その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。
3 有期雇用契約期間満了後、双方の異議なくそのまま継続される場合
有期雇用契約期間満了後、双方の異議なくそのまま継続されることがよくありますが、この場合は、従前の契約と同一の条件で更新されたみなされます(黙示の更新)。このケースでは、民法627条の規定により、2週間前に予告すれば退職は可能となります。
●(関係法令)民法629条1項
雇用の期間が満了した後労働者が引き続きその労働に従事する場合において、使用者がこれを知りながら異議を述べないときは、従前の雇用と同一の条件で更に雇用をしたものと推定する。この場合において、各当事者は、627条の規定により解約の申入れをすることができる。
従業員が退職の意思を撤回した場合はどうする
退職は、労働者の一方的な労働契約の解約告知とみる場合と、合意解約(双方が合意のうえ労働契約を解約する)とみる場合があります。
1 労働者の一方的な労働契約の解約告知の場合
労働者側から一方的に退職の申出がなされた場合は、撤回の余地はありません。
2 合意解約である場合
会社が労働者からの退職の申し入れを承諾するまでは、労働者はいつでも退職願を撤回できるされます。ただし、会社が承諾する前であっても、退職願の撤回により会社が不測の損害を被るなど信義に反する特段の事情が生じる場合には、退職願は撤回できないとされています。
会社が承諾した後は、労働者の一方的な意思により退職願を撤回することは特別の事情がない限り認められないとするのが通説です。特別の事情とは、退職願の提出において、(1)心裡留保が認められる、(2)錯誤による、
3 労働者の一方的な解約告知なのか、合意解約の申入れなのかの判断
●(参考判例)大通事件、H10.7.17大阪地判
労働者による退職又は辞職の表明は、使用者の態度如何にかかわらず確定的に雇用契約を終了させる意思が客観的に明らかな場合に限り、辞職の意思表示と解すべきであって、そうでない場合には雇用契約の合意解約の申込と解すべきである。
□ 実務ポイント
労働者が退職届を提出し会社がこれを承諾したのであれば、撤回の余地はありません。ただし、人事権のない直属の上司等が一時的に預かっていた場合などは会社の承諾とはみなされない場合がありますので要注意です。
実務上は、退職を申出た労働者には速やかに退職届を提出させ、人事権者名で「退職承認書」などを交付しておけば万全です。また、誰が人事権者であるかなどを、あらかじめ周知しておいた方が良いでしょう。
早期退職制度の応募に会社の承認が必要との条件をつけられるか
早期退職制度は、退職金を増額するなどの好条件をつけることによって、高齢で給与の高い社員の自発的な早期退職を促し、会社の活性化と人件費の削減を図る制度です。また、従業員サイドから見ても、早めにセカンドライフへの取組みをスタートできることや、希望職種への早期転職ができるなどのメリットがあります。一般に○歳以上などの年齢条件をつける場合が多いようです。
早期退職制度は、整理解雇のような指名解雇を行うなどの積極的なリストラ策ではなく、あくまで従業員の自主的な退職を促すという消極的なリストラ策で、希望退職や整理解雇などの前段として行われることが多いようです。
□ 実務ポイント
早期退職優遇制度で会社の承認を必要とする条件をつけることは適法という判例もあり、早期退職制度を導入する場合は、優秀な人材の流出を防ぐという意味からも、会社の承認を必要とするなどの条件をつけることも一考と思われます。
希望退職を募るときの注意点
希望退職は、一般に整理解雇の前段として行われることが多く、早期退職制度などと比べより緊急性の高いものです。早期退職制度と同様、退職金を増額するなどの条件を付けて従業員の自発的な退職を誘い、人件費の削減を図ります。
□ 実務ポイント
(1) 具体的には、会社の適正従業員構成を想定した上で、募集する人員、対象従業員の範囲、条件、募集期間、退職日などを決定し実施します。対象従業員の範囲は、例えば50歳以上としたり、特定の職種の従業員とすることもできます。
(2) 募集期間開始の前に説明会を開いて、会社の状態や希望退職を募集することになった経緯、退職金等の条件の内容などを従業員に説明し理解を得ます。労働組合がある場合は、事前に労組への説明も必要です。
(3) 希望退職は人件費の削減が大きな目的ですから、給与額の高い中高年齢者層から多数応募があれば効果が大となります。したがって、年齢が上がるごとに退職金の割増率を高くする、再就職のあっせんをする、年次有給休暇の買い上げを行うなどの条件を勘案しながら希望退職を募ります。
(4) 希望退職は、優秀な従業員ほど募集に応募して来ることが多いという欠点があります。そのため個別面談などの場で「あなたは会社に必要な人間だ」などをシッカリと伝える必要があります。場合によっては、希望退職制度の適用を受けるには会社の承認が必要との条件を設けることも有効な方法です。
(5) 注意すべきは、希望退職の上乗せ条件を小出しにするようなことは避けるべきです。従業員が次を期待してしまい、思ったように希望退職者の応募がなされなくなる可能性があります。一般的に、1次募集・2次募集・3次募集など募集の回を重ねるごとに退職金の割増率を低くすることなどがよく使われます。希望退職は、最初の制度設計が重要とされる所以です。
退職勧奨を行うときの注意点
退職勧奨とは、会社が個々の従業員に対して、従業員の自発的な意思による退職を働きかけることをいいます。したがって、退職勧奨は使用者と労働者の労働契約の合意解約との位置づけにあり、解雇ではありません。例えば、会社が業績悪化等のため人員整理を行うことがやむを得ない場合などに従業員がこれを理解し、退職勧奨により自発的に退職するのであれば、何ら法に触れることはありません。
□ 実務ポイント
退職勧奨に業務上の必要性があり、かつ適正に行なわれたかどうかがポイントとなります。実務上は、退職勧奨も希望退職と同じく、退職金の上乗せや年休の買い上げなどの条件を付けて勧奨するのが一般的です。
従業員が退職勧奨に応じる意思がないのに執拗な説得を繰り返すとか、虚偽や誇張した情報を与え判断を誤らせたり、強迫によるような場合などは不法行為となる恐れがあります。また、退職勧奨基準を男女別に設けたり、結婚退職や出産退職を迫るなども男女雇用機会均等法違反となりますので、注意が必要です。
退職証明書は交付しなければならないのか
労働基準法22条では「労働者が、退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあっては、その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。」としています。
したがって、労働者から退職証明書の交付請求があれば交付義務が生じますが、請求がなければ交付の必要はありません。
□ 退職証明書の記載事項
(1)使用期間、
(モデル退職証明書)厚生労働省のHP
【解説】記載事項は、労働者の請求した事項に限るとしています。例えば、労働者が(3)についての記載を望まない場合は(3)についての記載はできませんし、(5)の解雇の理由の記載をしないように請求した場合は、解雇したという事実のみを記載することになります。
労働者が単に退職証明書の交付を請求した場合は、この5項目全てを記載すればよいと思われますが、できれば本人から確認を取ったほうが良いでしょう。交付する時期については、遅滞なくとしていますので、速やかに交付すべきと考えます。
解雇とは何か
解雇とは、使用者の一方的な意思表示により労働契約を終了させることをいいます。
一方、@労働者からの意思表示による退職、A定年退職、B使用者・従業員双方の意思表示の合致に基づく労働契約の合意解約などは解雇とはいいません。
また、パートタイマーなどの有期労働契約(期間の定めのある労働契約)の期間満了による解約解除も解雇ではなく「雇止め」といいます。ただし、労働契約期間の途中において、使用者の意思表示により労働契約を終了させる場合は解雇となります。
解雇には、普通解雇と懲戒解雇があります。また、従業員個々の理由による個別解雇と、会社の経営上の理由による整理解雇という分け方もします。
整理解雇の4要素とは何か
「整理解雇」とは、企業の経営上の必要に基づいて行われる余剰人員の整理をいい「リストラ」という呼び方をする場合もあります。労働契約法16条では「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とする。」としており、整理解雇も当該条文の拘束を受けます。
整理解雇を行うには、4つの要素が必要といわれています。
これを「整理解雇の4要素」といい、裁判所の判断として概ね確立されています。整理解雇の4要素とは、@人員削減の必要性、A解雇回避努力、B非解雇者選定の合理性、C手続の妥当性をいい、以前はこのどれか一つ欠けても整理解雇は無効という判示が主流でしたが、「4要素を全て満たさなければ有効とならないということではなく、整理解雇が有効かどうかは事案ごとの具体的な事情を総合的に考慮し判断すべきである。」という考え方に変わってきているようです。
また「これらの整理解雇の要素を厳格に適用するのは大企業に勤める労働者についてであり、中小零細企業に勤める労働者についても一律に適用されるべきではなく、当該雇用契約の実態等を踏まえ、その事案に応じて解雇権乱用の有無を考察すべき」という考え方もあるようです。
なお、整理解雇を行うには、就業規則の解雇規定中の「事業の縮小その他事業の運営上やむを得ない事情により、従業員の減員等が必要になったとき」などを根拠にすることが一般的です。
以下に、各要素の内容について簡単に説明します。
□ 人員削減の必要性
具体的には、会社が「黒字経営であった」「新規の事業計画に着手した」「株式の高額配当をした」「新規採用を行った」などのケースでは、一般的に人員削減の必要性はなしと判断されます。
正社員を解雇し、パートタイマーやアルバイトを新たに採用したようなケースでは、「事業コストを削減し、経営を合理化するための措置の一つとして、人員削減の必要性に抵触しない。」という判示もありますが、整理解雇としての正規の手続を行った上で認められるとされますので、整理解雇以外の通常解雇に安易にこの方法を使うと、解雇権の濫用とされる恐れがあります。
人員削減の必要性については「明らかに矛盾する措置が採られるなどがない限り、概ね否定されることは稀ではない。」という学説もあります。
□ 解雇回避努力
いきなり整理解雇するのではなく、整理解雇を回避する努力をしたかということです。
具体的には「経費の節減」「新規採用の停止」「時間外労働や労働時間の短縮」「従業員の配転・出向」「役員報酬の削減」「管理者の給与・手当の削減」「賞与・昇給の停止」「一時帰休や希望退職者の募集」などが考えられますが、具体的に、解雇回避を検討し実施したかがポイントとなります。
また、正社員の解雇は、先にパート・アルバイトや派遣社員等を削減してからとの考えが主流でしたが、これらを行わなくても「解雇回避努力を怠ったとはいえない。」という判示も出てきています。
□ 非解雇者選定の合理性
整理解雇対象者の選定には公正さと合理的であることが求められます。
一般的な選定基準としては、「パートタイマー・嘱託社員・派遣社員」「一定の年齢以上または一定の年齢以下の社員」「欠勤・遅刻・早退の多い社員」「解雇によって生じる生活上の打撃が低い社員」「勤務成績や能力の劣る社員(判定が難しいため解雇権濫用とみなされる恐れあり。)」などが基準として考えられます。
「女性であること」「労働組合員であること」「身障者であること」などを基準とした場合は解雇権の濫用とされます。
□ 手続の妥当性
会社は整理解雇についての内容を従業員に十分に説明し、労働組合があれば労働組合との協議を行ったかということです。
会社の経営状況や収益改善策、人員整理の必要性、整理解雇に至った経緯、解雇対象者の選定基準、時期や規模などを誠意を持って協議・説明する必要があります。また、整理解雇の必要性が早期に分っていれば、できるだけ早い時期に協議・説明を行う義務があるとされています。
解雇は最終手段
わが国は諸外国と比べ、解雇における司法判断は厳しいといわれています。
解雇事案で裁判となった場合は、仮に労働者側に非違行為があったとしても会社側敗訴のケースも少なくありません。労働審判においても同様のようです。仮に敗訴となった場合、裁判費用も含め高額の出費が必要となったケースも稀ではありません。
一方、退職勧奨に関しては日本の裁判所も比較的寛容なようです。したがって、解雇は最終手段と考え、対象者にはまずは条件等を提示しながら退職勧奨を勧め、合意退職への道筋をつけることも一考と思われます。
ただし、合意退職であっても、民法95条(錯誤)や96条(詐欺又は脅迫)と認められる場合は、その意思表示は無効とされます。
□ 実務ポイント
不良社員等を解雇するには、就業規則の解雇事由や懲戒事由に基づき解雇することになりますが、段階を踏みながら慎重に行うなどの手続きが不可欠です。事案にもよりますが、即時解雇は会社にとって大きなリスクとなります。非違行為に対して注意を行い、記録し、最初は軽い処分、非違行為が改まらなければ次第に重い処分(解雇等)へと段階を踏むなどの慎重さも必要かと思われます。
重大な非違行為があって止むを得ず会社が解雇を決断した場合でも、即時解雇は避け、30日前の予告期間を置くなどの対応も必要かと思われます。
解雇が制限される場合
解雇は民事上の事案です。ただし、以下のような法令による解雇制限もあり、一部の法律では違反者に対して刑事罰を科すものもあります。以下に、解雇を禁止する法令の主だったものを掲載しました。
■ 労働基準法による制限
(1) 労働者の国籍、信条、社会的身分または性別を理由とした解雇の禁止(労働基準法3条)
(2) 労働者が業務上の傷病のために休業する期間とその後の30日間、また女性労働者の産前6週間(多胎妊娠の場合は14週間)と産後8週間及びその後の30日間の解雇の禁止(労働基準法19条)
(3) 労働者をを解雇する場合には少なくても30日前に解雇予告をするか、若しくは30日分の平均賃金を解雇予告手当として支払わなければその解雇は無効(労働基準法20条)
(4) 企画業務型裁量労働制の対象業務に就けることについて同意しないことを理由とする解雇は禁止(労働基準法38条の4)
(5) 労働者が労働基準法違反の事実を労働基準監督署長や行政官庁に申告したことを理由とする解雇の禁止(労働基準法104条2項)
【注】申告に関する同様の規定は、労働安全衛生法、労働者派遣法、賃金支払確保法にもあります。
(6) 労使協定の過半数代表者になること、なろうとしたこと、また過半数代表として正当な行為をしたことを理由とする解雇の禁止(労働基準法施行規則6条の2第3項)
【注】正当な行為をしたことを理由とする解雇禁止の同様の規定は、企画業務型裁量労働制の労使委員会の労働委員(労働基準法施行規則24条の2の4第6項)、一般派遣業務の派遣可能期間決定の際の意見聴取労働者の過半数代表者(労働者派遣法施行規則33条の4第3項)にもあります。
■ 育児・介護休業法による制限
労働者が育児休業・介護休業を申し出たこと、あるいは育児休業・介護休業をしたことを理由とする解雇の禁止(育児介護休業法10条、16条)
■ 男女雇用機会均等法による制限
(1) 労働者が女性であることを理由として、解雇について男性と差別的取扱いをすることを禁止(男女雇用機会均等法8条1項)
(2) 女性労働者が婚姻し、妊娠し、出産したこと、また産前産後の休業をしたことを理由としての解雇を禁止(男女雇用機会均等法8条3項)
■ 雇用保険法による制限
労働者が被保険者であることの確認請求したことを理由として、解雇その他不利益な扱いをすることの禁止(雇用保険法73条)
■ 労働組合法による制限
労働者が労働組合の組合員であること、労働組合を結成しようとしたこと、また正当な組合活動をしたことを理由とする解雇の禁止(労働組合法7条)
■ 個別労働関係紛争解決促進法による制限
労働者があっせん申請したことを理由として、解雇その他不利益な扱いをすることの禁止(個別労働関係紛争解決促進法4条)
■ 公益通報者保護法による制限
労働者が公益通報したことを理由とした解雇は無効(公益通報者保護法3条)
労働基準法19条による解雇制限
●労働基準法19条
使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間並びに産前産後の女性が第65条の規定によつて休業する期間及びその後30日間は、解雇してはならない。但し、使用者が、第81条の規定によつて打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合においては、この限りでない。
2 前項但書後段の場合においては、その事由について行政官庁の認定を受けなければならない。
【解説】労働基準法19条では、労働者が業務上の傷病のために休業する期間とその後の30日間、また女性労働者の産前6週間(多胎妊娠の場合は14週間)と産後8週間及びその後の30日間の解雇を禁止しています。
この解雇制限期間中は、19条1項の但し書きに記載の2つの例外事由を除き、仮に労働者の責めに帰すべき事由があったとしても解雇は許されないとします。なお、労働者からの退職申出や定年退職あるいは有期労働契約の期間満了により労働関係を終了させる場合は、解雇制限には該当しないとしています。
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就業規則には「解雇事由」の記載が必須だが、就業規則がないときの解雇はどうする
労働基準法89条では「常時10人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。」として、就業規則に掲げなければならない事項を定めています。また、同条3号において、退職に関する事項と併せて解雇の事由の記載も必須としています。
では、常用労働者10人未満の就業規則の届出義務がない事業場での解雇はどうするのでしょうか。この場合は、民法628条の規定により「やむを得ない事由があるとき」によって雇用契約を解除することになります。
この場合、普通解雇を行うことは可能ですが懲戒解雇を行うことは不可能です。なぜなら、就業規則の規定がないと懲戒処分はできないからです。懲戒解雇に該当する場合であっても普通解雇とするしか方法はありませんので、懲戒解雇としたいのであれば、常用労働者10人未満の事業所であっても就業規則を作成しておくしかありません。
●(関係法令)民法628条
当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合において、その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。
解雇予告手当とは何か
労働基準法20条では、労働者を解雇する場合には30日前の予告を義務付けると共に、予告日数を短縮する場合は平均賃金の支払いを義務付けています。
● 労働基準法20条
1 使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くても30日前にその予告をしなければならない。30日前に予告をしない使用者は、30日分以上の平均賃金を支払わなくてはならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合又は労働者の責に基づいて解雇する場合においては、この限りでない。
2 前項の予告の日数は、一日について平均賃金を支払つた場合においては、その日数を短縮することができる。
【解説】この「30日分以上の平均賃金」のことを「解雇予告手当」といいます。したがって、労働者を解雇する場合は、30日前に解雇の予告をするか、即時解雇する場合は平均賃金の30日分以上の解雇予告手当を支払う必要があります。また、予告の日数について平均賃金を支払った場合はその日数を短縮することも可能です。
なお、解雇予告期間中であっても引き続き雇用関係は継続していますので、その間に労働者が欠勤すれば欠勤控除できますし、事業主都合で休業させれば労働者に対し休業手当の支払いが必要となります。
□ 予告の日数を短縮するときの解雇予告手当の計算例
(解雇日を5月31日とし、5月15日に予告した場合)
・解雇日までの日数/5/31−5/15=16日
・解雇予告手当の額/30日−16日=14日×平均賃金額
□ 適用除外(労働基準法21条)
解雇予告の制度は下記の者には適用されません。
(1) 日々雇い入れられる者(1か月を超えて引き続き使用されるに至った場合を除く)
(2) 2か月以内の期間を定めて使用される者(所定の期間を超えて引き続き使用されるに至った場合を除く)
(3) 季節的業務に4か月以内の期間を定めて使用される者(所定の期間を超えて引き続き使用されるに至った場合を除く)
(4) 試みの試用期間中の者(14日を超えてを超えて引き続き使用されるに至った場合を除く)
(関連Q&A)平均賃金の算出はどうする 休業手当とは何か
解雇予告手当は賃金ではない
解雇予告手当は賃金でないとされています。賃金ではないので社会保険料控除はしません。また、税務上は退職所得とされますので、所得税控除も行いません。
なお、賃金の請求権には消滅時効がありますが、解雇予告手当については時効の問題は生じないとしています。(S27.5.17基収1906号)
●(参考通達)S23.8.18基収252号
(問)法第20条第1項後段の解雇予告手当は、退職手当とその内容は類似するものの、過去の労働と関連が薄く、むしろ労働者の予測しない収入の中絶を保護するもので、労働の対償となる賃金とは考えられないから、必ずしも通貨支払、直接支払の要件を具備しなくても差支えないものと解されるが如何。
ただ、指導方針としては、法第24条に準じて通貨で直接支払うよう取り計るべきものと思われるが如何。
(答)解雇予告手当が賃金でないこと見解の通りであるが、これの支払について見解の通り指導すること。
(関連Q&A)休業手当は賃金か
解雇予告手当はいつ支払えばよいか
解雇予告手当の支払時期については、以下の通達が参考となります。
●(参考通達)S23.3.17基発464号
(問)法第20条第1項の即時解雇の場合における30日の平均賃金の支払時期については、解雇と同時に支払うべきものと解せられるが、右についても法第23条第1項の期間(請求後7日間)の適用があるか。
(答)法第20条による解雇の予告にかわる30日分以上の平均賃金は解雇の申渡しと同時に支払うべきものである。
【解説】法解説などによると、解雇予告手当の支払いは即時解雇における効力の発生要件であり、解雇予告手当の支払いがなされるまでは即時解雇の効力が発生しないとしています。したがって、速やかな解雇予告手当の支払いが求められます。なお、30日の予告の一部を予告手当で支払う方法を採る場合は、解雇の日までに支払えば足りるともしています。
解雇予告手当を受領拒否されたときはどうする
法務局で供託手続を行うことにより、解雇通知日に解雇予告手当を支払ったとみなされます。
なお、法務局での供託手続が厄介であれば、現金書留などで労働者宛に発送する方法(次の通達(1)参照)や、
●(参考通達)S63.3.14基発150号
30日前に解雇予告をしない使用者が、労働者を即時解雇するときは、解雇の意思を表示するとともに、法第20条第1項の規定により予告に代えて30日分以上の平均賃金を支払わなければならないが、この平均賃金の支払とは、通常の賃金その他の債務が支払われる場合と同様に、現実に労働者が受け取り得る状態に置かれた場合をいう。
次のような場合には、平均賃金の支払がなされたと認められる。
(1) 郵送等の手段により労働者あてに発送を行い、この解雇予告手当が労働者の生活の本拠地に到達したとき。なお、この場合、直接本人の受領すると否と、また労働者の存否には関係がない。
(2) 労働者に解雇予告手当を支払う旨通知した場合については、その支払日を指定し、その日に本人不参のときはその指定日、また支払日を指定しないで本人不在のときは労働者の出頭し得る日。なお、解雇の申渡しをなすと同時に解雇予告手当を提供し当該労働者が解雇予告手当の受領を拒んだ場合には、これを法務局に供託できることはいうまでもない。
解雇予告除外認定とは何か
労働基準法20条では「使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも30日前にその予告をしなければならない。30日前に予告をしない使用者は、30日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。」としています。
【解説】上記の但書に基づいて解雇する場合は、解雇予告や解雇予告手当の必要はないとしますが、この場合には所轄労働基準監督署長の認定が必要となります。この認定を「解雇予告除外認定」といいます。ただし、解雇予告除外認定を行うにあたり労働基準監督署は慎重な場合が多いと聞きます。
また、解雇予告除外認定申請を行えば、必ず認定される訳でもありません。結果が分かるまでかなりの時間を要しますので、申請を行わずに、30日分の解雇予告手当を支払って解雇することもあるようです。
(ダウンロード)解雇予告除外認定申請書
□ 労働者の責めに帰すべき事由
●(参考通達)S23.11.11基発1637号、S31.3.1基発111号
(1) 原則として極めて軽微な場合を除き、事業場内における盗取・横領・傷害等刑法犯に該当する行為のあった場合。
(2) 一般的に見て極めて軽微な事案であっても、使用者があらかじめ不祥事件の防止について諸種の手段を講じていたことが客観的に認められ、しかもなお労働者が継続的にまたは断続的に盗取・横領・傷害等刑法犯またはこれに類する行為を行った場合。
(3) 事業場外で行なわれた盗取・横領・傷害等刑法犯に該当する行為であっても、それが著しく当該事業場の名誉若しくは信用を失墜するもの、取引関係に悪影響を与えるものまたは労使間の信頼を喪失せしめるものと認められるもの。
(4) 賭博・風紀紊乱等により職場規律を乱し、他の労働者に悪影響を及ぼす場合。またこれらの行為が事業場外で行われた場合であっても、それが著しく当該事業場の名誉若しくは信用を失墜するもの、取引関係に悪影響を与えるものまたは労使間の信頼を喪失せしめるものと認められる場合。
(5) 雇入れの際の採用条件の要素となるような経歴を詐称した場合及び雇入れの際、使用者の行う調査に対し、不採用の原因となるような経歴を詐称した場合。
(6) 他の事業場へ転職した場合
(7) 原則として2週間以上正当な理由なく無断欠勤し、出勤の督促にも応じない場合。
(8) 出勤状況が不良で、数回に渡って注意を受けても改めない場合。
解雇理由証明書は交付しなければならないのか
労働基準法22条2項では「労働者が、第20条第1項の解雇の予告がされた日から退職の日までの間において、当該解雇の理由について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。ただし、解雇の予告がされた日以後に労働者が当該解雇以外の事由により退職した場合においては、使用者は、当該退職の日以後、これを交付することを要しない。」としています。
したがって、解雇した従業員から解雇理由証明書を請求された場合は、これを拒否することはできません。ただし、「請求した場合においては」とあるように、労働者が請求しなければ交付の必要はありません。なお、上記の但し書き部分は、解雇通知後、労働者が何らかの事由により自主退職した場合などをいいます。
□ 実務ポイント
解雇理由証明書の記載方は任意ですが、同条3項には「前2項の証明書には、労働者の請求しない事項を記入してはならない」としていますので、ご留意ください。
労働者を解雇するにあたっては解雇理由を慎重に検討し、仮に労働者が解雇理由証明書を請求したときに備え、その記載内容については事前に予定しておいたほうがよいでしょう。
(様式集)東京労働局のHP
従業員が解雇無効を主張してきたときはどうする
一般的に、解雇予告手当、離職票、退職金など受領し、かつ特段の留保の意思表示もない場合は、解雇の承認と推認されます。
特に、解雇通告に対して特段異議を申し出るもなく、争う姿勢も見せておらず、かつ自ら退職届を提出しており、後になって、解雇の無効を主張して来るようなケースでは労働者の主張が通る可能性は低いと思われます。
ただし、「退職金を受領したが使用者の承諾前に退職金を返還した」「退職届の提出が本人の意思でなかった」「退職金を受領したがその前から解雇不当を訴えていた」「退職金の受領直後に解雇の撤回を申し入れた」「退職金を給料の前渡し金として受領したと思っていた」など、解雇の効力を否定する判例も数多くあり、ケースバイケースです。
行方不明者の解雇はどうする
解雇するには、解雇の意思表示を相手方に到達させる必要がありますが、行方不明者には解雇の意思表示を到達させることができません。この場合は、公示送達の手続きを採るしかありません。
公示送達とは、従業員の住所地を管轄する簡易裁判所に申し立てると、裁判所がその旨を裁判所に掲示するとともに、官報等に掲示したことを掲載します。その官報等に掲載された日から2週間を経過した日を、相手方の従業員に意思表示が到達したものとみなし、解雇若しくは解雇予告が成立します。
公示送達手続は面倒であり、かつ時間がかかりますので、便宜上の方法として退職扱とする方法も一考です。
行方不明の従業員の家族から退職届を代筆してもらい、取り敢えず退職の処理をします。本人名で退職届を提出させることについて異議があるような場合は、家族が従業員の退職に至る経緯を添えた内容を記し、家族名で退職届を提出するという方法も可能と考えます。
ただし、これはあくまで便宜上の方法ですので、法的には問題が生じる恐れもあります。正式の扱いは、やはり公示送達です。
通常、就業規則の解雇事由に「○日間、無断欠勤を続けた場合は解雇する。」といった規定を設けておきますが、解雇となると、どうしても本人に対する意思表示や解雇予告手当の問題が生じます。最初から「○日間、無断欠勤を続けた場合は退職とする。」とする方法もあろうかと思います。
ただし、解雇にこだわるなら次の方法もあります。解雇事由に「行方不明となり、その期間が○日に達したときは解雇する。」という条文を設け、かつ退職事由に「行方不明となり、○日以上連絡が取れないときで、解雇手続をとらない場合は、その期間が○日に達した日を退職日とする。」のように、2段構えにしておくという方法も可能かと思われます。
上記の○日間は、何日がよいかという問題があります。解雇予告期間の30日、あるいは民法427条の規定による14日間など意見が分かれますが、「解雇予告除外認定の対象となる労働者の責めに帰すべき事由」の一つとして行政通達に記載された「2週間以上正当な理由なく無断欠勤し、出勤の督促に応じないときは解雇予告なしに即時解雇することができる。」も判断材料の一つになろうかと思われます。
転勤命令を拒否した従業員を解雇できるか
日本の裁判所は、概ね転勤命令には寛容なようです。
就業規則には「会社は業務の都合により、従業員に異動を命ずることがある。」等の規定を置くのが一般的です。この規定を根拠として、会社が一方的に転勤命令を発することができるとされ、その拒否に対しては、従業員は解雇等のリスクを負うことになります。
とはいうものの転勤命令も無制限に行なえる訳ではなく、判例では「業務上の必要性と労働者の不利益の程度を比較勘案して判断すべき」としています。
また、業務上の必要性がある場合であっても、他の不当な動機・目的をもってなされたような場合(労働組合役員を狙い撃ちにするようなケース)や、労働者の不利益が著しい場合(介護が必要な両親の面倒を見る必要があり代替不能なケースや、子供が病気で他の病院に転院が不可能なケースなど)には、権利濫用とされる可能性があります。
また、地域限定で採用した従業員の地域外の配転は、本人の同意なくしては無理ですし、また「事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない(育児介護休業法26条)」にも留意する必要があります。
特情もなく転勤命令を拒否した従業員に対しいきなり解雇通告するのではなく、従業員が正当な理由なく転勤命令を拒否した場面で、このままでは解雇もありうることを通告し、転勤に応じられなければ退職するように勧奨することも一考と思われます。手続上のプロセスを重要視している判例も多くありますので、考慮すべき点と思われます。
経歴詐称した者を解雇できるか
経歴詐称の中でも特に学歴詐称については、低い学歴を高く詐称する場合のみならず、高い学歴を低く詐称する場合も、裁判所は概ね厳しい判断を下しています。したがって、学歴詐称による解雇は有効とされるケースは多いものと思われます。ただし「学歴不問」として採用した場合の学歴詐称は解雇事由にならないとする判示があります。
経歴詐称には、ほかにも年齢詐称、職歴の詐称、犯罪歴の詐称等がありますが、職場秩序の維持という点から見て軽微なものは解雇事由に該当しないという判示もあります。
具体的には「その経歴詐称が事前に発覚すれば、使用者は雇用契約を締結しなかったか、少なくとも同一条件では契約を締結しなかったであろうと認められ、かつ客観的に見てもそのように認めるのを相当とする前歴における秘匿若しくは虚偽の表示をさす。」という判例が、解雇事由となりうる経歴詐称の一つの判断材料になろうかと思われます。
また最高裁判決では「使用者が、雇用契約の締結に先立ち、雇用しようとする労働者の経歴等、その労働力の評価と関係のある事項ばかりではなく、当該企業への適応性、貢献意欲、企業の信用の保持等企業秩序維持に関係する事項について必要かつ合理的な範囲内で申告を求めた場合には、労働者は、真実を告知すべき義務を負っているというべきである(炭研精工事件
H3.3.9最判)」として、労働者には事実告知義務があるともしています。
なお、解雇予告除外認定における行政通達でも「雇入れの際の採用条件の要素となるような経歴を詐称した場合、及び雇入れの際に使用者の行う調査に対し不採用の原因となるような経歴を詐称した場合」を、労働者の責めに帰すべき事由の一つとしています。
就業規則への記載と周知がないと懲戒処分はできない
労働基準法89条では「表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類および程度に関する事項について就業規則を作成し、行政官庁に届出なければならない。」としています。
判例でも「使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する(国労札幌運転区事件 S54.10.30最判)」とし、更に「就業規則が法的規範としての性質を有するものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要する(富士興産事件
H15.10.10最判)」としています。
要約すれば、@就業規則に制裁の種類及び程度に関する事項を規定し、A当該就業規則を労働者に周知しなければ、労働者に対し懲戒処分はできないということになります。
ただし、上記の手続きを経れば、どんな内容の懲戒処分でも可能という訳ではありません。
労働契約法15条では「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」とします。
また、@二重処罰の禁止(一つの行為に対して二重・三重の処分を科すること)、A不遡及の原則(新たに懲戒規定を設け、これを過去の事象に適用すること)、B平等取扱の原則(過去に同様の非違行為があり、それに対して懲戒処分を行ったことがあったような場合は、今回の処分に対してもこれと同程度の処分とする必要がある)などにも留意する必要があります。
懲戒処分にはどんなものがあるか
法的に明確な区分はありませんが、一般的には、譴責・減給・出勤停止・諭旨解雇・懲戒解雇などがあります。
(1) 譴責…始末書を提出させ、行為をいさめる
(2) 減給…制裁として、賃金を減額する
(3) 出勤停止…一定期間就労を禁止しその間の給料は支払わない(期間ついては特に規制されたものはありませんが、あまり長期に渡って出勤停止にすることは好ましくないと言われています。)
(4) 諭旨解雇…懲戒解雇に相当する程度の事由がありながら、会社の酌量で懲戒解雇より処分を若干軽減した解雇処分
(5) 懲戒解雇…労働者の責めに帰すべき理由による解雇で、懲戒処分において最も重い処分。即時解雇で、退職金が支給されないことが多い
他に「降職降格」などの処分を設けるケースもあります。
減給の制裁には上限がある
労働基準法91条では「就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。」としており、減給の制裁の上限を設けています。
●(参考通達)S23.9.20基収1789号
法第91条は、1回の事案に対しては減給の総額が平均賃金の1日分の半額以内、又1賃金支払期に発生した数事案に対する減給の総額が、当該賃金支払期における賃金の総額の10分の1以内でなければならないとする趣旨である。
●(参考通達)S63.3.14基発150号
制裁として、賞与から減額することが明らかな場合は、賞与も賃金であり、法第91条の減給の制裁に該当する。したがって、賞与から減額する場合も1回の事案については平均賃金の2分の1を超え、また、総額については、1賃金支払期における賃金、すなわち賞与額の10分の1を超えてはならないことになる。
【解説】1回の事案について平均賃金の1日分の半額を何日も渡って減給しても良いということではありませんが、懲戒事由に該当する行為が2回あれば、その2回の行為について各々平均賃金の半額ずつを減給することは差支えないとされます。
また、複数事案であっても、減給の総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1以内でなければならないとしていますので、各事案ごとに賃金の10分の1を合算して減給できる訳ではありません。この場合は、10分の1以内を複数月にわたって減給することになります。
懲戒処分として従業員を降格・降職させるにはどうすればよいか
懲戒処分として降格や降職させるためには、懲戒規定に降格や降職できる旨を定めておくことが必要です。
なお、労働契約法15条では「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」としていますので、懲戒処分として降格・降職をする場合においても、当該条文に留意する必要があります。
なお、懲戒規定がなくても、職制上における役職等の降格・降職との位置づけで、使用者の人事権行使上の措置として降格・降職することも可能と考えられています。これについても「裁量権の逸脱にならないように合理性の枠内で行うべき」という判示もあることから、合理的理由のない降格・降職は争いとなる可能性が高いことに注意が必要です。
また、職能資格制度における降格・降職については、就業規則などの労働契約上の明確な根拠がなければならないとする判例(アーク証券事件)があることから、より一層の慎重さが求められます。
懲戒処分の手続
(1) まず問題となった従業員の行為が会社の就業規則の懲戒事由に該当するか否かの確認を行います。
(2) 次に、就業規則等に本人の弁明手続や懲罰委員会等の規定があるならば、これらの手続を実行します。ない場合でも弁明の機会は与えておくことをお勧めします。
従業員が弁明聴取に応じない場合は、口頭若しくは書面で弁明聴取に応じるよう指示を行います。応じない場合は、再度期限を付けて書面通告します。そして、欠席を出席とみなして処分を決定します。
(3) 労働組合と協議を行う旨の取り決めがあれば、労働組合と協議を行います。組合側の反対で決議できなかった場合は「会社はそれを参考にはするが直ちに拘束されるものではなく、懲戒処分は有効」という判示もありますが、できれば組合側と協議を整えた方が無難と思われます。
(4) 懲戒処分の決定がなされれば、本人に対して処分の通告と処分理由の通知を行います。
□ 実務ポイント
(1) 平等処遇
ある非違行為に対して過去に同様の非違行為があり、それに対して懲戒処分を行ったことがあったような場合は、今回の処分に対してもこれと同程度の処分とする必要があります。懲戒処分を決定する前に、会社の過去の事例や同業他社等の事例等の調査を行った方が良いでしょう。
(2) 一事不再理
同一の非違行為を繰り返す従業員の懲戒処分を行うに当たっては、軽い処分から重い処分へと段階的に行うことが求められます。ただし、同一の懲戒事由に対しては二重の処分はできないという判例が主流を占めていますので、例えば、ある非違行為に対して一度出勤停止にしたものを、考え直して懲戒解雇にし直すようなことはできません。
始末書を提出しない者を懲戒処分できるか
懲戒規定には「けん責…始末書を提出させて将来を戒める。」などがありますが、労働者が始末書の提出を拒んだ場合は強制できるか、始末書を提出しないことをもって更に懲戒処分できるかという問題があります。
これについては、裁判例の多くが個人の良心の自由に関わる問題として否定的な見解を示しています。会社が労働者に始末書の提出を求めること自体は可能としても、始末書を提出しない者を強制したり、懲戒処分に付すは無理と思われます。
なお、始末書は本人の反省や謝罪を盛り込んだ誓約文書とされるのに対し、顛末書や報告書などは単に事実関係を報告する文書とされますので、このようなケースでは顛末書や報告書などの提出に留め置くことも一考と思われます。顛末書や報告書などの場合は、業務命令として提出を指示することは可能とされます。
自宅謹慎者の賃金はどうなる
従業員の非違行為につき、懲戒処分の決定が下りるまで自宅謹慎を命じることがありますが、謹慎中の賃金はどうするかについては、以下の判例が参考となります。
● 日通名古屋製鉄作業事件(H3.7.22 名古屋地判)
…自宅謹慎は、それ自体として懲戒的性質を有するものではなく、当面の職場秩序維持の観点から執られる一種の職務命令とみるべきものであるから、使用者は当然にその間の賃金支払義務を免れるものではない。そして、使用者が右支払義務を免れるためには、当該労働者を就労させないことにつき、不正行為の再発、証拠隠滅のおそれなどの緊急かつ合理的な理由が存するか又はこれを実質的な出勤停止処分に転化させる懲戒規定上の根拠が存在することを要すると解すべきである(以下略)
【解説】当該判例によれば、自宅謹慎中の賃金支払義務を免れるためには、労働者を就労させないことにつき、不正行為の再発、証拠隠滅のおそれなどの緊急かつ合理的な理由があるか、当該自宅謹慎期間を出勤停止期間に組入れるとする規定上の根拠が必要とします。したがって、上記に該当しない場合は通常の賃金の支払が必要になると思われます。
運転中の「ながらスマホ」の厳罰化
令和元年12月から、運転中の「ながらスマホ」が厳罰化されました。
(参考)警察庁のHP
1 携帯電話の使用等(保持)
保持とは、@携帯電話を持って通話する(通話)A携帯電話の画面を注視する(画像注視)Bカーナビの画面を注視する(画像注視)をいい、運転中のこれらの行為が処罰の対象となります。
(1) 罰則:5万円以下の罰金→6か月以下の懲役または10万円以下の罰金
(2) 反則金:普通車の場合 6,000円→18,000円
(3) 点数:1点→3点
2 携帯電話の使用等(交通の危険)
交通の危険とは、上記1の携帯電話等の使用等(保持)により事故を起こした場合や事故を起こしかけた場合をいいます。
(1) 罰則:5万円以下の罰金→1年以下の懲役または30万円以下の罰金
(2) 反則金:普通車の場合 9,000円→反則金の適用はなく、直ちに上記の罰則が適用される
(3) 点数:2点→6点に変更され、一発免停に
【解説】通勤途中や営業車の運転中に限らず私生活においても、携帯電話等の使用等(保持)により事故を起こした場合や事故を起こしかけた場合には直ちに免許停止となり、職種によっては直ちに業務に支障が生じることが考えられます。携帯電話の使用等(保持)とは、携帯電話を持って通話する(通話)だけでなく、携帯電話の画面を注視する(画像注視)ことや、カーナビの画面を注視する(画像注視)ことも含まれますので、これらも踏まえて、従業員に対する周知啓蒙が必要と思われます。