お化け屋敷なんぞは怖くはない

小野田 学


お化けとはそも何物なりや。 残念ながら僕はほとんどそれを知らない。
 ましてや、幽霊とお化けの違いなどと言うことになると全くお手上げである。 何しろお化けとか幽霊とかに関する僕の知識などはきわめて曖昧模糊たる物。

幽霊とは人々の不条理な仕打ちへの恨みつらみを死後の世界から現れ出て、その恨みを晴らそうと言う怨念のなせるわざと言った程度にしか分からない。 何しろ、僕は過分にして未だかつて幽霊とかお化けとかにお目にかかったことがないからだ。

そうだとしても、このごろの幽霊どもはずいぶん元気がなくなり、懇情がすっかり薄れてしまったらしい。
 愛されていたはずの女性が彼に殺され、加害者宅の床下に埋められ、なんと25年余りも経て立ち退きをよぎなくされたばかりに、ついに自首に及んだと言うニュウスを聞いたものの、その彼が地下の女性の霊に呪い殺されたとか、夜な夜な幽霊が出たとか言う話は全く聴かれない。

お化けにお目にかかったことはないが、幼い頃周囲の大人どもから真しやかに聞いたところでは、どことなくひょうきんで愛すべき1面を持っているものらしい。
 一つ目こぞうとか三つ目こぞう、はては狸が化けただの、化け猫が登場しただのと言う話も聴かぬでもない。河童もお化けの仲間に入れたら河童に叱られるだろうか。

「幽霊の正体見たり枯れ小花」などと言う古川柳もあるくらいだ。
 世の中がこれほど慌しくなり、明るくなり、森や林が減ってくるといわゆる「お化けのすみか」が乏しくなってしまったと言うことか。 それとも、雑誌やテレビにQ太郎と呼ぶお化けが現れて、子供たちの人気を浚ってもう30年くらいにはなるだろうか。 そのために、「お化け」がすっかり身近な存在となり、市民権を獲得してしまったために、おいそれと悪戯できなくなってしまったと言うことかも知れない。
 それどころか、数多お化けを登場させて山陰の某県の経済発展を彼らに託そうなどと言拝金主義に毒された人間どもこそお化けにとって「恐ろしい存在」と言うべきかも知れない。

「お化け屋敷」と言えば夏の風物詩。 とは言っても、今でもそんな催し物が行われているだろうか。
 もっとも昨年だったか、当地の子供会が主催して、児童館のホールなどにお化け屋敷を設え孫どもがはしゃいでいたのだから、お化け屋敷がなくなってしまったのでもないらしい。

半世紀も昔の話で恐縮だが、僕と友人の二人が恩師に招かれて隣県の大都会に1泊遊びに出かけた時のことである。

夕暮れ近い頃そこの目抜き通りを散歩していたら「お化け屋敷をやっている」と言う話。それでは・と言うことで、お化け屋敷に近づくと子供たちを中心に大賑わい。
 宣伝の呼び声。 僕が早速「お化け屋敷探訪」とばかりに入場。
 「怖くなったらいつでも横道から外へ出てください」と言う注意の声に送られて、にわか作りの藪の中へ入る。

「あのおじさん(失礼ながら僕は当時は好青年でしたぞ)が入ったから後に続こう」と子供たちが大騒ぎしながらぞろぞろついてくる。
 多くの杭と竹矢来で囲み、内部も杭などを豊富に使って迷路を作り、笹竹などを豊富に設えて実に立派な藪である。

柵で囲った迷路。 Uターンを繰り返すごとに足元に何かがうごめき現れたり、異様な叫び声も。風にそよぐ藪のはずれの音の姦しいところも。
 足元の木道がふと沈み込んで驚かされたり、頭の上から手が伸びてきて、頭を掴んだり。
 そのグローブのような手を掴んで下へ引っぱったら、「放せ放せ!」と頭の上で人の声。 「お化けがものを言った」と言い返したら、「ごちゃごちゃ言わずに早くその手を放せ」と言う。 漸く手を放したらそのお化けの手はなりを静めてしまった。

白杖を頼りに漸く迷路を抜け出てみたら、後に続くものは一人もなし。 途中からみな落伍したらしい。

お化け屋敷の中はさまざまな電飾や薄気味悪そうな姿の人形や人がうごめいていたに違いない。が、こんな所では視力のない全盲者は真に幸せ。
 光と色と怪しい姿の演出など僕らにはまるで用を成さない。 恐ろしさなど少しも感じない。 「目明きとはなんとまあ不自由なものよのう」と言たい気分。

もっとも、僕の声では歴史上絶対に残るまい。 有名な盲目の国学者の言葉を皆さんご存知ですか?

その後、全国大会のため、比叡山の宿坊に2泊三日間を過ごしたことがあった。
 夏の暑さとうんざりするような会議の連続に辟易しながら、漸く帰りと言う談になって、「比叡山の麓の有名なお化け屋敷を見学するように」との監事の言葉。
 長い夏の日もすっかり西に傾き、帰路を急ぐ愛知県代表団の都合でついに見学できなかった。 今にして一寸残念。

夜も更けて来た。 お化けが怖くないなどと言っていると、彼らからどんな悪戯を仕掛けられるやも知れぬ。 お化けはやはり一寸怖い。 この辺りで指をとどめることにしよう。