白杖のつぶやき
近藤 貞二ボクは色白ですらりとスマートな白杖(はくじょう)!!
最初は人もうらやむような美白でスマートではありますが、あちらこちらにぶつかって、いつの間にかシミだらけの人生を送っております。
ボクのご主人はどうも目が見えないらしい。だからボクの役目は、ご主人の目の代わりをすることだ。
道路交通法の第2章第14条によれば、
“目が見えない者(目が見えない者に準ずる者を含む)は、道路を通行するときは、政令で定めるつえを携え、又は政令で定める盲導犬を連れていなければならない。”
とあります。
これは目が見えない者は、自分が目が見えないことを他者からも判るようにしておけってことだ。そうすれば法的に守ってやるってことだろう。
しかし、法的に守られたとしても、痛いのは自分持ちだ!!
どうもボクは政令で決められた杖のようであるが、わざわざ道路交通法などに定めてもらわなくても、これでもご主人はボクを体の一部として必要としてくれている。
だから、ご主人が出かける時はいつもボクも一緒に連れ出されるのだ。
それはもちろんボクの役目であるし楽しみでもあるのでいいのだが、左右に勢いよく振られて目が回りそうになる時もしばしば!!
それだけならまだいいのだが、あちらこちらにぶつけられたり、コンクリートにがりがりこすられたりして、僕の体はいつの間にか擦り傷とあざだらけ!!
せっかくのボクの美貌をどうしてくれるのかって感じですが、それでもご主人、以前は1週間に3本も杖をダメにしたこともあるのだから、それを思えば最近は石突きを換えるだけでずいぶんボクは生き延びている。
もっとも以前はボクのご主人、杖の石突きが換えられることを知らず、石突きが削れて減るとすぐに新しい杖に買い換えていたのだった。それに加えて、中には車に踏まれて曲がったり自転車のスポークに巻き込まれて折れてしまった物もあったりして、1週間に3本も換えるはめになったのだ。それくらいよく歩いていたということだろう。
今はご主人宅には通勤用、お出かけ用、予備用、予備予備用、予備予備予備用…とこれくらいでやめておくが、ボクの兄弟はとにかくたくさんいる。
そんなに予備の杖が必要なほどボクが頼りないのかよっと思うのだが、まぁそれぐらいご主人にとっては無くてはならない必需品なんだろう。
ボクの役割は、まずは安全性の確保だ。
ご主人はボクを左右に振って、1・2歩前方を確認しながら、電柱、段差、自転車など道路上の障害物などを判断することにより、安全が確保できるということらしい。
ということで、ご主人の安全のためだから、ボクの目が回るぐらいは我慢しなければならない。
次に情報の入手だ。
やはりボクを左右に振りながら、路面の変化や頭の中にあるランドマークとなる物の確認をしたり、誘導ブロックを探したり、自分の位置、または行きたい場所の方向などの情報の手がかりを得ることができるらしい。
これもご主人の安全歩行のためだから、ボクのあざぐらい仕方がないだろう。
三つ目は視覚障害者としてのシンボルだ。
上のふたつはボクでなくても他の棒きれで代用できるが、三つ目の目的だけはボクの体が白いゆえんでもある。ボクのご主人のように目が見えない人たちが使う杖は、ボクと同じでみんな白だ。
しかし、道路交通法施行令によれば、杖は白または黄色と規定されているようであるが、ボクの仲間には黄色いやつはいない。
いずれにしても、目が見えない人たちが安全のために使う杖の色は、一定しているからこそ周囲の人たちに、目が悪いことをアピールして注意を促すことができるのだ。
細くて頼りなく見えるかもしれないボクだが、ご主人にとっても周囲の人にとっても、このように法律以上に重要な役割をしているのだ。
なのにボクのご主人、バスや電車を待っている時、人に連れられてボクの出番がないような時には、足でボクの先をポンポンけったり、ストラップを持ってグルグル回したりして、ボクをおもちゃによく遊ぶ!!
ボクは「おもちゃじゃないんだぞ」!!と怒鳴ってやりたいところだが、ご主人もボクの必要性は十分認めてくれているようだし、まぁそこは大人になってぐっとがまんするのである。
それにしても、またまた道路交通法で申し訳ないのだが、同法の第71条の2では、“目の見えない者などが白杖を持ったり盲導犬を連れている所では運転者は一時停止し、又は徐行して、その通行又は歩行を妨げないようにすること。”
とあります。
しかし、ボクの経験では徐行などしてくれる車など珍しい。ましてや一時停止してくれる運転者など皆無に近い。ましてや朝の通勤時間帯はまず無い。
これではボクが白色である意味がないのだが、まぁそれでも、運転者の目にボクの白い姿が見えてることを信じて、ご主人とともに今日も歩いている。
けれどご主人よ、ボクだって泥が付いたり雨で汚れたりするのだから、たまにでいいからきれいにふいてもらいたいものだ。