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「近代世界システム」感想文 (1/3)

2021/2/13

「近代世界システム」は、アメリカ人の社会学者が書いた歴史書で、およそ15世紀から19世紀頃までのヨーロッパを中心とした近代世界を社会科学の視点から分析しています。歴史を国単位でみるのではなく、複数の国や地域が連動して動く「世界システム」としてとらえる方法は世界中から高く評価されています。とても難解な本ですが、何とか読了しましたので、その感想をレポートします。

マドリード王宮

マドリード王宮(スペイン)


目次


1. はじめに

著者のI.ウォーラーステイン(Immanuel Wallerstein)は、1930年生まれのアメリカ人社会学者(2019年8月1日逝去)で、訳者の川北稔氏は、1940年生まれ、イギリス近世・近代史を専門とする歴史学者です。
この本は全4巻で構成されており、それぞれのサブタイトルと原本の初版刊行年(<…>内)は次のとおりです。

訳者は、この本の特徴を「近代世界を一つの巨大な生き物のように考え、近代の世界史をそうした有機体の展開過程としてとらえる見方である」(「世界システム論講義」,Ps109) と言います。従来の歴史書のイメージでこの言葉通りにとらえると、拍子抜けするかもしれません。ふつうの歴史書のように事件や戦争などの歴史事象を軸にして叙述するのではなく、ある時期の経済とか政治の状況をマクロに分析し、なぜそうなるか、を考えていきます。このような手法をとる歴史家たちを「アナ―ル派」と呼ぶそうです。

ウォーラーステインがこの本を書こうとしたきっかけは、アフリカの植民地を訪問した際、「植民地状況の一般的特質をみつけだし、その『自然史』とでもいうべきものを叙述したい」(Ⅰ_P4)と思ったことで、その目標は、「ある程度抽象的なレヴェルで世界システムを捉えること、つまり全体としてのシステムの構造上の進化を記述すること」(Ⅰ_P10) と述べています。こういわれてもピンとこないと思いますが、「史的システムとしての資本主義」というウォーラーステインの著書を読むと、彼がどのような考えをもち、なぜこの本を執筆したのかがおぼろげながらわかってきます。

おそらく、アフリカでの体験がきっかけになって、旧植民地と欧米など先進国との格差はどのようにして作られていったのかに興味をもち、それを社会科学の視点で調べてみようと思ったのではないでしょうか。彼はそれを資本主義経済の問題として、列強による植民地経営や覇権争いなどを分析しています。

とても難解な本ですが、社会学者という目で分析した歴史の"なぜ"には、新鮮さを感じるところも多く、歴史の見方についてとても良い刺激を与えてくれる本でした。

(注1) 引用範囲は{ … }で示しますが、要約している部分は{ }を省略することがあります。引用元は、例えば「近代世界システム」全4巻については、(Ⅱ_P123)のように巻番号とページを表示します。それ以外の文献は書名とページを表示します。ただし、電子書籍の場合は"Ps1234"のように位置を表示します。参考文献の著者名、出版社、刊行日付などは最後部にまとめて記載しました。

(注2) 「イギリス」は「United Kingdom」、「アメリカ」は「United States of America」をさします。

2. 近代世界システムとは…

(1) 近代世界システムの構造

ウォーラーステインが「世界システム」と呼ぶものには、「世界経済」と「世界帝国」があります。「世界経済」は複数の国や地域からなり、それらが経済のつながりで結ばれています。これに対して、「世界帝国」は単一の政治構造、つまりひとつの国家として成立しているものです。近代世界システムは、資本主義による「世界経済」になります。

図表1 世界システムの構成

世界システムの構成

中核/半周辺/周辺

近代世界システムは、次の3種類の国や地域から構成されています。ウォーラーステインは、これら要素を厳密に定義していないので、彼が断片的に述べている「定義」を多少補足して記します。

・中核 … 資本主義的"世界経済"の中心になる国や地域。{ "世界経済"の先進地帯で、強力な国家機構がつくられ、都市が発達して工業が生まれ、商人が経済的にも政治的にも大勢力となった }(Ⅰ_P100,P410) { 資本主義的な"世界経済"の中核に位置する諸国は周辺を搾取する }(Ⅰ_P209)

・半周辺 … "中核"と"周辺"の中間に位置する国や地域。{ 半周辺国家とは、(中核から)下降しつつあるか、(周辺から)上昇しつつあるか、いずれかの国家であった。}(Ⅱ_P222)

・周辺 … "中核"や"半周辺"に対して従属的な関係を強いられる国や地域。原材料や農産物などを供給する場合が多い。{ "世界経済"の周辺とは、基本的に、低位の商品――労働報酬の低い商品――を生産するが、重要な日用消費財を生産するという意味で、全体としての分業体制の大切な一環をなしている地域のことである。}(Ⅰ_P354)

外延部(external arena)

近代世界システムの外部にある国や地域を「外延部」と呼びます。ウォーラーステインは次のように定義しています。{ 外延部とは、「資本主義的世界経済」はその地域の商品を求めているものの、その地域は対貨として〔ヨーロッパの〕工業製品を輸入することに … 抵抗しており、なお、政治的にも十分強力で、そうした選択を維持できるような地域のことである。 }(Ⅱ_P187)

ヘゲモニー国家

中核国家のうちで、生産効率、商業上の覇権、金融部門での支配権、の3つを獲得した国家をへゲモニー(=覇権)国家と呼びます。

{ 生産効率の点で圧倒的に優位に立った結果、世界商業の面で優越することができる。こうなると、世界商業のセンターとしての利益と「見えない商品」、つまり運輸・通信・保険などを押さえることによって得られる貿易外収益という、互いに関係した2種類の利益がもたらされる。こうした商業上の覇権は、金融部門での支配権をもたらす。ここでいう金融とは、為替、預金、信用などの銀行業務と投資活動のことである。}(Ⅱ_P46)

ウォーラーステインによれば、ヘゲモニー国家は過去、次の3つがありました。(Ⅱ_Pxx)

(2) 中核/半周辺/周辺の推移

具体的にどんな国や地域が近代世界システムを構成したかについて、ウォーラーステインは厳密に明確化していません。下の表は、本文中からひろって表にまとめたものです。なお、19世紀後半以降については、未刊の第5巻以降のテリトリになるので、不明です。

図表2 近代世界システムを構成する国・地域の変遷

近代世界システムを構成する国・地域の変遷

注)表中の(Ⅲ-P117)等の標記は引用元文献である「近代世界システム」の巻番号とページを示す。

(3) 藤瀬モデル

西洋史学者の近藤和彦氏は、同様のモデルを{ 藤瀬浩司が「近代ドイツ農業の形成」(1967)でとなえていた。}(「イギリス史10講」,P194) という。そこで、藤瀬の著書をあたってみると、{ 19世紀の諸国民の歴史的運動のうちに農業対応形態を国別に類型化を試みる場合、まずそれは、二つの大きな対立する群に分けられる。}として、つぎのように類型化していました。(「近代ドイツ農業の形成」,P7-P8<要約>)

①中核に相当 イギリス乃至は先進資本主義国

②第一群(対抗群)

・フランス、ドイツの過渡的転化形態 … 19世紀第3四半期に資本主義を確立した国

・旧露、日本、伊などの反封建的転化形態 … 封建的統一権力のもと、19世紀末から20世紀初頭に資本主義を確立した国

・合衆国を典型とする旧白人植民地 … 移民増加とともに資本制的農業に転化されてくいく型

③第二群(従属群)

・インド、中国を典型とする農民的壊滅形態

・中南米、南アフリカに認められるプランターゲン形態

ウォーラーステインの"半周辺"を"対抗群"、"周辺"を"従属群"と分類しており、定義内容はやや異なるものの、名称はこちらの方が直感的です。

余談ですが、日本は明治維新後にヨーロッパとの交易を始めたように思われれていますが、近藤和彦氏によれば、1813年頃から、イギリスを通じてヨーロッパ更紗やインド更紗を輸入していたそうです。

次項「3.ウォーラーステインの見た近代世界システム」へ続く