4月13日(現地時間)にイランは、イスラエルによるイラン在シリア領事館に対する攻撃への報復として、ドローン及びミサイルによるイスラエルに対する軍事作戦を敢行しました。イスラエルは、300基以上のドローン及びミサイルの99%以上を撃墜し、数基のミサイルがイスラエルの軍事基地に命中したもののその被害は軽微だった、として「勝利宣言」(ネタニヤフ首相)を行いました。日本を含む西側メディアも「イランの軍事作戦の失敗」と報道しました。
 しかし、イランは軍事行動を取る前にいくつかの「警報」「予告」を行っていました。すなわち、イスラエルの領事館攻撃は国際法違反であり、アメリカが国連安保理でその旨のイスラエル非難決議成立に賛成するならば、軍事行動を思いとどまる用意があると、第三国を通じて伝えました。また、ドローン及びミサイルが上空を飛行する可能性があるサウジアラビア、カタール等の国々に対しては、攻撃を開始する72時間前にその旨の通報を行っているのです。しかも、アメリカと緊密な関係にあるサウジアラビア、カタール等はイランの通報内容をアメリカ、イスラエル等に知らせました(バイデンが、イランの攻撃が切迫していると明らかにしたのはこの通報を受けたもの)。日本の真珠湾奇襲攻撃を思い出すまでもなく、もしイランが対イスラエル攻撃の軍事的成功を考えていたとすれば、あり得ない行動です。
 果たせるかな、4月14日付のニューヨーク・タイムズ(NYT)、4月15日付のAmwaj.media(2021年1月にイギリスで設立した、イラン、イラク、アラビア半島をカバーする独立メディアWS)、4月17日付のロシア・スプートニク通信などがこぞって真相究明の分析記事を掲載し、私の疑問に答えてくれました。毛並みが変わったものとしては、4月14日付のアトランティック・カウンシルのブログ(New Atlanticist)に掲載された文章も、イランの動機を冷静に捉えています(ただし、イランに対するアメリカ、イスラエルの対処のあり方に関する提言部分は冷戦的発想で貫かれています)。これらの分析記事における主なポイントは次のようにまとめることができます。
 第一、イランのこれまでの「戦略的忍耐」に終止符を打つことをアメリカ、イスラエルに知らしめる。すなわち、アメリカ、イスラエルがイランの「戦略的忍耐」を「弱さの表れ」(イスラエルに対して軍事行動を取る能力も意思もない)と捉えてきたことは誤りであることを自らの軍事行動によって証明する。
 第二、今回の報復作戦は、イランがイスラエル全土を対象とした軍事作戦能力を備えていることを認識させ、イスラエルがイランに対する敵対行動を今後は慎まざるを得ないように仕向けること(イランは軍事的デタランスを備えていることを分からせること)に目的がある。したがって無差別攻撃の意図は最初からなく、攻撃対象は領事館攻撃を行ったイスラエル軍の基地に限定している。
 第三、イスラエルが今後「報復に対する報復」に訴えるのであれば、容赦ない軍事的対抗措置を執る(意思と能力がある)ことを認識させ、「負の連鎖」を断ち切る。イスラエル基地攻撃に使用されたミサイルは最新鋭超音速ミサイルであり、7基のうち5基が迎撃網を突破した事実は、イランの攻撃能力を実証した。
 第四、アメリカがイランの軍事作戦に過剰反応しないことを確保する。そのためイランは、中東地域に展開・在留する米軍基地・アメリカ人を攻撃対象にしないことを、作戦開始前に第三国を通じてアメリカに「確約」した。
 第五、大量のドローン及びミサイルを投入したのは、イスラエル及びアメリカの迎撃能力を把握するためである。したがって、投入されたのは「足の遅い」(容易に迎撃される)ドローン及びミサイルがほとんどである。  結論として、イランは以上の諸目的を達成し、したがって今回の軍事作戦行動は成功したといえる。イランが「作戦終了」を早々と宣言したのは「負の連鎖」を未然に防止するためであると同時に、所期の目的を達成したという認識にも基づいている。
 以下では、4月14日付のニューヨーク・タイムズ(NYT)、4月15日付のAmwaj.media、4月17日付のロシア・スプートニク通信、アトランティシストに掲載された記事・文章の要旨を紹介します。

<4月14日付NYT「イスラエルの対イラン認識を覆した軍事作戦」(原題:"Strikes Upend Israel's Belief About Iran's Willingness to Fight It Directly")>
*NYTは17日付でバージョン・アップ版の記事「誤断に基づく衝突のエスカレーション」(原題:"Miscalculation Led to Escalation in Clash Between Israel and Iran")を掲載し、イラン側だけでなく、アメリカ・イスラエル側の対応についても取り上げています。
 イランがイスラエルに対して行った未曾有の攻撃は、イランに関するイスラエルのこれまでの想定、すなわち、イランに行動を慎ませる上での最善策はイスラエルがイランに対する敵対行動を強化していくことだという確信を揺るがせた。長年にわたってイスラエルは、イランに対する打撃を強めれば強めるほど、イランはますます反撃することについて弱気になる、と主張してきた。イランによるイスラエルに対する初めての直接攻撃となった4月13日の大規模攻撃は、このようなイスラエルの主張をひっくり返した。
 イスラエルの対外諜報機関・モサドで調査主任を務めた経歴を持つシーマ・シャイン(Sima Shine)は、「これまでの経験値から、イランは報復するだけの手段はなく、戦争に巻き込まれることを望んでいない、という判断がイスラエルでは支配的だった。我々は誤っていた」と述べた。
 シャイン女史は、イランは「まったく新しいパラダイム」を作り出したと述べた。イランの今回の攻撃はイスラエルに大きな被害を与えなかったが、それは主として、イランが攻撃意図を事前に通報し、イスラエル及びその同盟諸国が強力な防衛体制を準備する数日間(浅井:4月1日のイスラエルによるイラン大使館施設攻撃から12日のイラン攻撃開始までの12日間を指す)の余裕を与えたことによるものである。イランはまた、軍事作戦終了に先立って声明を発表し、追加的攻撃計画はないことも明らかにした(浅井:17日付のNYT記事では、①イランは攻撃開始当初から、イスラエル(ましてやアメリカ)との正面切った戦争は望んでいないことを非公式に伝えていたこと、②4月7日にイランのアブドラヒアン外相は、仲介役のオマーン外相に対して、イランは反撃せざるを得ないが、攻撃は抑制的にし、地域戦争になることを望んでいないというメッセージを伝えたこと、③攻撃期間を通してイラン外務省及びイラン革命防衛隊はオマーン政府とのホット・ラインを通じてアメリカとのメッセージのやりとりを行っていたこと、を指摘)。以上のように振る舞うことで、イランは強力な軍事力を保有しており、イスラエルが有効に対処できるのは同盟諸国による緊密な支援がある場合だけであること、逆に言えば、そういう支援が得られない状況下では、イランはイスラエルに甚大な被害を与えることができることを誇示した。
 こういう事態を招致することになったのは、イスラエルが4月1日に犯した判断の誤り、すなわち、イランの在シリア大使館施設に対する攻撃で3人の司令官を含む7人のイラン軍人を殺害することにより、イランの中東全域に対する野心に対して圧力をかけることができ、地域におけるエスカレーションを防止することができる(イスラエルのギャラン国防相発言)と考えたことにあった。こういう誤断を生んだのは、過去にイスラエルがイランの軍高官を暗殺した際に、イランが強い対抗措置を執らなかったことに起因する。もちろん、イスラエルはイランによる核反撃の日がやってくる可能性については恐れてきたが、イランの直接の反撃がないことをいいことに、イラン当局者を標的にすることが習慣的になってしまっていた。
 インタナショナル・クライシス・グループのアナリストでイラン人のアリ・ヴァエズ(Ali Vaez)は、イランが今回反撃の決定を行った背景には、過去の受け身的対応に対するイラン社会の怒りに押された一面があると述べた。彼によると、「政権に対する過去10日間のボトム・アップの圧力の強さは、私はかつて見たことがない」ものだった。ヴァエズはさらに、イランとしてはヘズボラなどに(イランが)立ち上がることができることを示す必要もあった、と付け加えた。「ダマスカスにある大使館施設に対する攻撃に対してすらイランが反撃できないとなれば、中東地域のパートナーたちとの関係及びイランの信用に深刻な打撃となっただろう。」
 また、カーネギー・エンダウメント(the Carnegie Endowment for International Peace, a Washington-based research group)のアナリストであるアーロン・デイビッド・ミラーは、イスラエルは過去1年足らずの間に2つの戦略的誤りを犯した、と指摘する。(一つは今回のケースであり)、もう一つはハマスに関することで、2023年10月7日(ハマスの奇襲攻撃が起こった日)まで、イスラエルは、ハマスはイスラエル攻撃を思いとどまらざるを得ないという誤った判断を下していた。しかし、ハマスはイスラエル史上最悪の攻撃を仕掛けた。つまり、「イスラエルは、ハマスの能力と動機を見破ることができなかったし、4月1日の(イスラエルによる)イラン大使館施設攻撃に対するイランの予想される対応に関しても誤った判断をしていた」のである。
<4月15日付Amwaj. media記事「内幕:イランの「新常態」宣言とイスラエルの次なる動き」(原題:"Inside story: Iran declares 'new equation' as all eyes on Israel's next move")>
 考察するべき主要問題は2つある。一つはイランの作戦意図、もう一つはそれを受けた今後の事態の展開(浅井:省略)である。
(イランの作戦意図)
 イランが「戦略的忍耐の時代は終わった」、今後はイスラエルのいかなる攻撃に対しても即時対応すると宣言したことは、リスクを高める方向へのシフトが起こったことを示している。同時にイランは、新攻勢ポジションは攻撃を意味するものではない、という用心深いシグナルも発出している。
○イランの「非エスカレーション的」対応(Iran's 'de-escalatory' response)
 イランによる4月14日の対イスラエル攻撃は予想を上回る規模で行われたが、周到な計算に基づくものでもあった。攻撃対象は軍事施設に限定されたし、一週間以上も前に攻撃予告が行われた。その結果、イスラエル、米英仏及びヨルダンの対空防衛網及び戦闘機は侵入してくるドローン及びミサイルのほとんどを迎撃することに成功した。イランの当局者はAmwaj.mediaに対して、「イランは、被害を未然に防止し、イスラエルとの紛争継続を防止することに努めた」と述べた。同時にその当局者は、イスラエルが攻撃停止についてイランと同調しない場合には、「イランが単独で抑制する理由はない」とし、「次回は今回のようなケースにならない」と警告した。
 イラン政治に通じているインサイダー(A)によれば、イランの今回の軍事作戦は「非エスカレート的にデザインされている」。すなわち、対イスラエル攻撃は「イランにとって戦略的勝利」だが、焦点がガザから移り、西側諸国がイスラエル支持で結束するという点では「政治的損失」でもある。
 他のインサイダー(B)は、攻撃開始前に第三者を通じてバイデン政権とメッセージ交換が行われたことを強調した。このコミュニケーションの中で、イスラエル国内に深刻な事態が起こることも、中東地域に災難が及ぶこともイランは望んでいないことが伝えられ、攻撃開始時間と発進・発射されるドローン・ミサイルの数に関する詳細情報も伝えられた。
○「新常態」創出(Creation of a 'new equation')
 対イスラエル攻撃開始後、IRGC司令官のフセイン・サラミはイスラエルの攻撃に対するイランの対応は根本的に変わることを、「イスラエルとの間で新常態を創出することを決定した。今後は、イスラエルがイランの利害、資産、人物に対して攻撃する場合、その場所の如何を問わず、反撃で対応する」という表現で公に宣言した。司令官は、今回の「トゥル-・プロミス」作戦は新常態の典型例である、と付け加えた。
<4月17日付スプートニク記事「イランの報復攻撃が暴露したイスラエルの軍事的脆弱」(原題:"The Game Has Changed: Iran's Retaliatory Attack Revealed Israel's Military Weaknesses")>
 イランの大規模な攻撃により、アメリカとイスラエルは中東地域で保有するミサイル迎撃テクノロジーを露呈することを余儀なくされた。イランは今やイスラエルのミサイル防衛システムの全容を把握した、と言われるゆえんである。以下は、スプートニクとのインタビューに応じた独立系ジャーナリストであるジム・カヴァナフ(Jim Kavanagh)氏の見解。
 今回のイランの軍事作戦は失敗ではない。これまでのゲームのあり方を様変わりさせる行動だった。というのは、(イランの軍事作戦によって)イスラエルはアメリカによって守られていることが証明されたからである。米英仏及びヨルダンはイランのミサイルとドローンのほとんどを撃墜した(が、それが可能となったのは)72時間前の予告があった(からだ)。また、イランは民間及び都市を標的にせず、特定の軍事施設のみを標的にした。
 これによってイランが証明したのは、その気になれば効果的にイスラエルを打ち負かすことができるということである。イスラエルは世界でもっとも防衛されている国である。レーダー、防衛システムは最先端だ。しかるになお、イランは7基のミサイルを軍事施設攻撃に振り向け、5基が防衛網を突破して目標に達した。つまり、イランはイスラエルが安全ではないことを証明し、イスラエルが西側諸国に頼りきりである実態を明らかにした。そして、全面戦争になった時には72時間の予告が与えられることはない。
<4月14日付ニュー・アトランティシスト掲載文章「新常態創出を試みるイラン対処策」(原題:"Iran is trying to create a new normal with its attack. Here's how Israel and the US should respond")>
*執筆者のウィリアム・ウエシュラー(William F. Wechsler)は、アトランティック・カウンシルの中東プログラム上級ディレクター。アメリカ国防省で副次官補を務めた経歴の持ち主。
 イラン最高指導者はじっくり時間をかけて4月1日のイスラエルによるダマスカス攻撃への対処策を考えた。
 直近の対策としては、イスラエルが外交施設攻撃を再び攻撃することを思いとどまらせることを確保するための方策である。
 作戦的には、イランは地域戦争の引き金となるような紛争のエスカレーションを回避したいというシグナルを送った。すなわち、イスラエルの防衛網で簡単に無力化される長距離攻撃を選択し、アメリカ人・施設は攻撃対象から外した。それと同時に、イランは英語で書かれた声明を発出し、「一件は落着したと結論づけることができる」、「アメリカは局外にいなければならない」("U.S. MUST STAY AWAY!"-原文-)と強調した。
 ハマスは紛争を拡大させることに必死かもしれないが、パトロンであるイランはポスト10月7日の現状に満足している。というのも、中東地域の多くの人々は、パレスチナの窮状イメージに心を奪われ、イスラエルに単独で「立ち向かっている」イランという認識だからだ。ヨルダンがイランからイスラエルを守るために積極的に関与したという報道は、シオニズムに対する抵抗のシンボルであることを売り込むイランと、自国民からイスラエルに肩入れしていると見なされているアラブ諸国政府、という二分法的見方をますます強めている。
 戦略的には、イランは進行中のイスラエルとの紛争の性格をイランに利益になるように変えようとしている。すなわち、最近の数ヶ月の間に、イランはその長期的利益に働くいくつかの「新常態」("new normals")を確立することに成功している。例えば、フーシ派の活動を通じて、好きな時に誰に対してもバブ・エル・マンデブ海峡を封鎖する能力を証明した。また、ヘズボラを通じてイスラエル国内を脅かし、大量の入植者を国内難民にさせる能力があることを証明した。また自らは、国際的非難を浴びることなく、ホルムズ海峡で略奪行為に訴える能力を再度証明している。イラン国内から直接イスラエルを標的にすることができるという先例を確立することに成功するならば、その「新常態」は、イランが核保有国を宣言する暁には、イランにとってことのほか価値があることになるだろう。
 外交的には、アメリカの力の限界と自らの力の信頼性とを証明することが期待できる。アメリカは長年にわたってイスラエルの安全にコミットしてきたし、バイデン大統領は個人的にもこの大義にコミットしている。ところがイランは、アメリカの軍事的反応を引き起こすことなしにイスラエルに対して直接脅威を及ぼすことができた。イランは今回の軍事作戦を通じて、サウジアラビア以下の湾岸諸国が信頼を置けないアメリカの安全保障の傘に依存するべきではないという教訓を学び取るように仕向けている。同様にイランは、実質的同盟国のロシア、最大の貿易パートナーである中国が、緊張を増大させるイスラエルを非難し、国連安保理でイランを擁護することを期待している。現実に、安保理はハマスによるイスラエルに対するテロ攻撃を6ヶ月経っても公式に非難できていないし、イランの行動を非難する決議も採択できないでいる。
 如上のとおり、イランが設定している目標は合理的かつ熟慮を経たものであり、しかも自らの強みと敵対勢力の弱みに関する認識に立っている。イランの行動に対するアメリカの対応もそのようなものでなければならない。(具体的に、イランのパートナーであるハマスの壊滅作戦貫徹をガザ住民の保全と同時並行的に進めること、イスラエルにパレスチナ国家創設を承認させること、サウジアラビアの取り込み等の必要性を指摘した上で)最近数十年にわたり、歴代政権に政策的一貫性がない事実に鑑みれば、以上に指摘したアプローチを採用することはアメリカの能力の範囲を超えているかもしれない。