世界的な「脱ドル化」の動きは今に始まったものではありません(5月29日付けコラム参照)。世界的な「脱ドル化」の背景には、アメリカ及び米ドルに対する不信感があります。1971年の金兌換停止以来、米ドルは一種の信用通貨になりました。それでもなお米ドルが世界的な準備通貨という特権的地位を占めてきたのは、アメリカの政治的経済的実力(石油及び食糧貿易がドル建てであることを含む)の裏付けがあったからです。しかし、「アメリカは長年にわたってこの特権を乱用してきた。特に過去数年間の通貨財政政策は放漫の限りであり、このことはアメリカ国内でインフレをもたらし、多くの国々は脱ドル化を語り始めることとなった」(クローリー元財務次官補)のです。ところが米ソ冷戦が終結してアメリカの一極支配が実現した1990年代以後、アメリカは多国籍軍方式による武力行使に加え、アメリカの言うなりにならない諸外国に対する経済制裁の一環として、アメリカが事実上支配しているSWIFTのメカニズムを利用して、ドルを武器として頻繁に使用するようになりました。制裁対象がイラク、ヴェネズエラ、イランのような西側諸国においていわゆる「札付き」の国々であったときはまだしも、ロシア・ウクライナ戦争勃発後、ロシアに対して全面的な経済制裁を発動し、特にロシアの在外資産を凍結、没収まで公然と意図するに至って、「ドルの武器化」の危険性が国際的に深刻に認識されるに至ったのです。

<アメリカの自覚>

 この点については、4月15日にイエレン財務長官自身が、「我々がドルの役割にリンクした制裁を行うとき、最終的にドルのヘゲモニーを損なうリスクがある」("There is a risk when we use financial sanctions that are linked to the role of the dollar that over time it could undermine the hegemony of the dollar")と認めざるを得ませんでした(この引用は4月22日付けロシア・スプートニク通信。米財務省WSでチェックしたのですが見当たりませんでした。しかし、イエレンの当該発言は広く報道されていますので、発言自体は間違いないと思います)。また、ツイッターを買収したイーロン・マスク(電気自動車テスラの最高経営責任者)も4月25日、ドルの「武器化」の頻度が高くなれば、世界各国がドルの使用をストップするだろう、と述べています(「ビジネス・インサイダー」WS。4月26日付け環球網)。
 1946年創立のFoundation for Economic EducationのWSは、5月7日付けで、アメリカ実業家ダニエル・コワルスキ署名文章「いじめっ子と遊ぶものなし:ドルの世界的地位を破壊したアメリカの政治」(原題:"No One Wants to Play With Bullies: How US Politicians Are Destroying the Dollar's Global Primacy")を掲載しています。私は中国のメディア・『参考消息』WSがこの文章を紹介してるのを見て知ったのですが、アメリカの対ロシア制裁発動が世界的な「脱ドル化」への動きを強めていることについて、歴史的経緯を踏まえながら分かり易く説明しています。大要、以下のとおりです。
 1971年にドルと金とのペッグが解かれると、アメリカの政治家たちはドルを大量に印刷することとなり、インフレという大きな問題が続いて起こった。特に21世紀に入ってインフレ問題が深刻になるとともに、アメリカ政府の借金は膨れ上がっている。ドルの信用は低下し、サウジアラビアなどは今や、中国に人民元建てで石油を売ることを真剣に考えている。
(制裁)
 制裁は経済的武器である。1990年以後、各国政府が行った制裁の2/3はアメリカ政府によるものだ。イランとか朝鮮とかの中小国に対して行われた制裁に関しては、軍事手段に訴える必要がないものとして、一般に好意的に受け止められていた。しかし、2022年のロシアによるウクライナ侵攻に際して、アメリカは広範な制裁をロシアに対して行うという行き過ぎを犯した。ロシアは世界第11位の経済大国であり、欧州に対する最大のエネルギー輸出国でもある。多くの欧州諸国は、アメリカとの関係を犠牲にするか、それともエネルギー価格の高騰を受け入れるのかという選択を迫られることとなった。また、約3000億ドルのロシア資産が米西側によって凍結された。この凍結はロシア経済を麻痺させるべく行われたのだが、結果としては失敗した。しかし、このアメリカ等による凍結を見ていた諸外国は、自分たちがアメリカに預けている資産は安全ではなく、意のままに没収される可能性があることに気づかされた。
(中国とロシア)
 4月に習近平がロシアを訪問し、中ロ関係の関係を促進した。その一環として、両国貿易をドルではなく人民元で行うことにした(浅井:正確には元とルーブル)。これは、ロシアにとって限られた選択肢の一つであるとともに、アメリカと対抗する中国にとっての勝利でもある。
 また、BRICSはドルの代替案を鋭意模索中であり、合意の暁には世界的な脱ドル化を加速することに貢献するだろう。対ロシア制裁はドルに依存することへの懸念を高めているからである。BRICS5ヵ国は経済的に強力であり、世界支配におけるG7の有力なライバルである。ドルが一夜にして王座から滑り落ちることはないとしても、長期的には可能性がある。
(形勢逆転の可能性)
 歴史的に言って、どの通貨も永久に世界基軸通貨であり続けたことはない。米ドルの前は英ポンド、その前はスペイン通貨だった。ところが、アメリカの指導者は(ドルが基軸通貨であるという)幸運を所与の前提と見なしてあぐらをかき、浪費することでその価値を落とし、また、ドルを使って他国を意のままにしようと脅しあげてきた。もし、今のままで行くならば、誰もアメリカのいじめに付き合おうとしなくなるだろう。アメリカは世界中から孤立することになるだろう。

<中国側指摘・分析>

 中国メディアでは、「ドルの武器化」が世界の「脱ドル化」への動きを加速させているという基本的判断に立った報道が数多く行われています。ここでは、昨年(2022年)9月23日の人民日報海外版に掲載された高喬記者署名文章「グローバルな「脱ドル化」を加速させる米ドル「武器化」」(原題:"美元"武器化"加速全球"去美元化"")、本年4月21日の玉淵譚天(中国中央テレビのペンネーム)署名文章「「脱ドル化」が向かう先」(原題:""去美元化"去向何方?")、4月22日の経済日報記事「不可逆な「脱ドル化」」(原題:""去美元化"不可逆转")、4月25日の環球時報放送(环球资讯广播)「一方的制裁で返り血を浴びたアメリカの衰退」(原題:"美国之衰:单边制裁"制裁"了谁")の大要を紹介します。
(「グローバルな「脱ドル化」を加速させる米ドル「武器化」」)
 米連邦準備制度理事会による本年に入ってから4回目の利上げは世界の多くの国々に連鎖反応を生み、国際金融市場は動揺している。アメリカの通貨政策と金融覇権乱用がもたらしている大きなショックに、多くの国々が「脱ドル化」を目指す積極的な模索を行っている。グローバルな「脱ドル化」の流れの由来は既に久しいが、アメリカがドルを「武器化」することにより、米ドルの信用はさらに失われ、世界的な「脱ドル化」の流れが加速している。
-「米ドル迂回」-
 本年に入ってから、アメリカは超緩和的な金融政策を終了して連続的に利上げを行い、貸借対照表の規模を不断に縮小しようとしているが、このことはアメリカ経済衰退のリスクを高めているに留まらず、グローバルな金融市場の連鎖反応をも引き起こし、多くの国々では高インフレ、対外債務増加、外資引き揚げ等一連の問題に直面している。アメリカの金融政策及び自国経済への巨大な影響に対処するべく、多くの国々は、二国間及び多国間での自国通貨による決済取引、外貨準備の多元化、米債券保有縮小などの様々な手段で「脱ドル化」を模索し始めている。
 アメリカのロシアに対する金融制裁に対して、ロシアは「脱ドル化」措置の起動に迫られている。すなわち、4月1日を期して、ロシアは「非友好国」及び天然ガス供給についてルーブル決済に転換した。アジアでは、7月、インド中央銀行が国際貿易におけるルピー決済メカニズムを打ち出し、また、ASEANは地域の統合決済ネットワークを作ることで米ドル決済を迂回する計画を打ち出した。中東では、イランが外為市場におけるリアルとルーブルの取引を開始し、ロシアは両国貿易におけるドル使用を段階的に停止する意向を示している。トルコもロシアとの間で通貨に関する取り決めを行い、ロシアからのエネルギー資源購入にルーブルを使用すること、ロシアからの旅行者がトルコでルーブルを使用することができることとした(ロシアのクレジット・カード「ミール」の使用許可)。イスラエル中央銀行は年初から、外貨準備の中にカナダ・ドル、オーストラリア・ドル、日本円及び人民元を含め、外貨準備に占める米ドルの比率を66.5%から61%に減らす計画だ。エジプト中央銀行は第1四半期に44トンの金を購入し、金保有を54%増加した。
 多くの国々は、米債を大量に売却している。米財務省の最新報告によると、米債最大保有国の日本は6月までの3ヶ月間連続して米債保有高を減らしている。米債第3保有国のイギリスは、6月に米債191億ドルを減らした。米債10大保有国の中のアイルランド、ベルギー、ルクセンブルグ、スイスなども米債を売却している。
-趨勢としての「脱ドル化」-
 アメリカ『キャピトル・ヒル』の報じるところによれば、アメリカがロシアを制裁した後、多くの国々が国際貿易でドルを継続使用することに疑念を持つようになり、その一角を占めるBRICSのGDPは世界の24%以上を占める。ロシア・ウクライナ戦争勃発以後、米西側はロシア経済を破壊するべくSWIFTからロシアを締め出したが、アメリカによるドルの「武器化」は多くの国々の警戒感を引き起こした。
 中国国際経済交流センター米欧研究部の張茉楠副部長(研究員)は、次のように指摘している。「ロシア・ウクライナ戦争勃発後、アメリカはロシアに対して空前の金融制裁を発動したが、これが世界的な「脱ドル化」の流れの直接の原因の一つとなっている。この戦争は地縁的な争いであるとともに、「幣縁」的な争いでもある。アメリカはロシアの海外資産を没収するとともに、その主権的財産を凍結し、ロシアの主要銀行をSWIFTから閉め出すなど、金融面でロシアの国家的財産を大規模に略奪している。」つまり、アメリカの金融制裁は今や、これまでの特定国家に対する金融制裁のオペレーション上のロジックを変えてしまい、国際金融市場はもはや中立原則を遵守せず、主権国家が保有する財産は不可侵ではなくなってしまった。しかし、長期的に見た場合、アメリカのこのような行動は、ドルの国際的信用に深刻なダメージを与えることとなった。
 張茉楠はさらに次のように述べる。「アメリカは米ドルの国際的地位の最大の破壊者であり、アメリカの制裁という棍棒は米ドルの信用を深刻に損なっている。」それはまた、世界的な通貨システムの多元化プロセスを助長している。さらに深遠な影響があるのはマネー・サイクルの背景にある世界的な産業サイクルであり、これまでの「米ドル-石油ドル-商品ドル」という世界的なマネー・サイクルが破壊されることだ。つまり、米ドル・システムは2つのサイクルで実現してきた。一つは、中東産油国等がエネルギー貿易で決算された米ドルによる収益をアメリカ政府債券に投資し、「米ドル-石油ドル」のサイクルを実現する。もう一つは、中国や日本などの主要商品貿易大国が獲得した利益をアメリカの金融市場に投資することで「米ドル-商品ドル」のサイクルを実現することである。ところが今や、この二つのサイクルに変化が生まれている。すなわち、一つには、近年、アメリカがエネルギー自給戦略を推進するに従い、アメリカは世界の最大石油輸入国から石油純輸出国になっており、アメリカの中東産油国に対する依存が低下し、その結果、中東産油国は石油輸入国を求めて輸出先の多元化を推進している。他方でアメリカは、中国との間の供給、産業、価値等チェーンのディカップリングを一方的に強行しており、これに対して中国としては、アメリカに対する投資を抑える流れだ。このような変化は、「米ドル-石油ドル-商品ドル」という世界的なマネー・サイクルに変化を及ぼし、世界の通貨システムの循環構造に影響するに留まらず、世界の金融上のシステム・パラダイム自身に深刻な影響を及ぼすことになるだろう。
 張茉楠は次のように考えている。「国際通貨システムにおいて米ドルの覇権的地位は今のところ維持されているが、世界的な「脱ドル化」の趨勢はもはや不可逆的であり、国際通貨システムの多元化パラダイムが形成されつつある。」すなわち、ユーロは世界第2位の通貨であり、本年に入ってから地縁政治やエネルギー危機によって深刻な打撃を被っているとは言え、やはり欧州経済一体化のシンボルであり、EUのユーロ防衛の決意が変わることはあり得ず、ユーロと米ドルの闘いは今後も続くだろう。また、中国は世界第2の経済大国であり、近年、人民元の国際化プロセスが加速している。人民元は現在既に世界第3位の貿易金融通貨、第4位の支払い通貨、第5位の基軸通貨である。人民元の国際的な影響力はこれからも不断に拡大するだろう。
(「「脱ドル化」が向かう先」)
 アメリカは自身の支配的地位をバックに、金融システムをも「武器」にしようとしたが、それは図らずも、「米ドル覇権」の「最後の障子紙」を突き破ることになってしまった。
 2022年2月、アメリカはロシアの一部銀行に対してSWIFT利用禁止を宣言した。しかし、いわゆる金融核爆弾の攻撃下で早くから「脱ドル化」を準備していたロシアは依然としてしたたかであり、ルーブルの対ドル為替レートはすでにウクライナ危機が爆発する以前の水準にまで回復している。つまり、最後の切り札を切ったが、期待した「一太刀で相手を倒す」ことにはならなかったというわけだ。
 「脱ドル化」を考えてもアメリカの報復を恐れてみだりには動けなかった国々にとっても、今や二つのことが明らかになった。第一、米ドル資産はいつ何時でもアメリカが攻撃に使う爆弾に変わることがあるということ。第二、アメリカの報復に対応するすべがないわけではないこと。すなわち、各国は自主性を高め、資産配置の多元化を図り、もって自国経済の安全を維持することができるのである。
 「最後の障子紙」が破られて、「脱ドル化」は世界中の共鳴を引き起こしている。長い間アメリカの「庭」と見なされてきた南米では、本年、SURという共通通貨を設定して米ドルに対する依存を減らそうという提案が行われている。太平洋のもう一方の端では、先頃、マレーシアのアンワル首相が地域的な通貨基金組織の考えを打ち出した。この考えは1990年代のアジア金融危機の際にIMF及びアメリカによって強力に抑え込まれたものである。しかし、新興市場諸国の興隆に伴い、アンワルが言うように、今後も引き続き米ドルに依存するいわれはないのだ。
 現代金融の本質は信用取引であり、金融市場の安定に影響を与える核心的要素の一つは市場のコンフィデンスである。アメリカはこれまで様々な手段で制裁、打撃を与えることによって市場にパニックを起こしており、市場のパニックは信用失墜に直結する。今日、これが現実になりつつある。米ドル建て資産である米国債は各国の米ドルに対する信用度の風向計である。米財務省公表統計によれば、外国投資者が所有する米国債規模は下がり続けている。その原因はアメリカ自身が作り出しているのだ。
(「不可逆な「脱ドル化」」)
 西側としては、グローバルな経済秩序が変化を起こしつつあることを見たくはないだろう。米ドルに対する弔い鐘が鳴っているというのは早すぎるが、西側がロシアに対して発動した「金融核爆弾」はグローバル・サウスが米ドルに代わる通貨を探そうとするプロセスを加速している。もっとも、それは米ドルに代わる他の通貨が覇権的地位に就くということではなく、世界の多極化のもとで、多元的な通貨経済秩序の夜明けを予兆しているということである。
 今なぜ突然に「脱ドル化」のプロセスが加速し始めたのだろうか。原因はロシアとウクライナの衝突にある。この衝突に際して、米西側はロシアに対して金融面での制裁を発動し、このことが「脱ドル化」の国際的潮流を引き起こした。ワシントンはロシアの主権を無視し、3000億ドルにも達するロシアの外貨準備を凍結し、ロシアの銀行と世界の同業銀行とを結ぶSWIFTから締め出した。しかし、この制裁はアメリカの意図に反して、アメリカは今後も米ドルを政治圧力行使の手段にするのではないかという、グローバル・サウスの警戒心を引き起こした。
(「一方的制裁で返り血を浴びたアメリカの衰退」)
 長年にわたり、アメリカは政治的戦略的私利に基づき、国際法を顧みずに国内法に基づき、「民主」「人権」等の価値観に基づいて、中東から中央アジア、アフリカからラ米まで、各国に対して一方的かつ不法の制裁を行い、それらの国々の正当かつ合法な利益を侵害し、それら諸国の人民の生存権と発展権に対して深刻な脅威を与えてきた。さらに残酷なことは、アメリカの制裁は敵と見なす国家に対してだけではなく、これらの国家と往来のある第三国に対しても「域外管轄」の制裁を加えてきたことである。アメリカの同盟国、友邦国といえどもこの「第二次制裁」の魔手から逃れることはできない。
 ウクライナ危機以来、ロシアの農産物輸出に対してもこの魔手が及んだ。米西側はロシアの農産物及び化学肥料に対しては制裁を加えていないと言うが、多くの国の企業は「第二次制裁」を恐れてロシアの農産物及び化学肥料に対して事実上の障壁を設けている。
 G7広島サミットではロシアの輸出を全面禁止する問題が議論されているが、ここでも「第二次制裁」が浮上している。報道によれば、第三国が制裁を回避する問題を解決するべく、G7は今後各国に外交圧力をかけていくという。4月初にアメリカは「モスクワの制裁回避を幇助している」ことを理由として20ヵ国の数十のエンティティに制裁を加えた。
 ロシア制裁問題で各国に去就を迫るやり方は、多くの国々、なかんずく途上諸国の広い反発を招いている。アメリカのポリティコ紙は次のように指摘している。西側世界以外の多くの国々のウクライナ問題に関する立場はアメリカと一致しているわけではない。アメリカが現実を直視しないで、世界諸国は必ずアメリカとともに歩むという幻想を振り払わないと、必ずや失敗することになるだろう。アメリカ・タフツ大学のダニエル・ドレズナー教授は次のように直言したことがある。20年間に及ぶテロ戦争、経済衰退、両極分化、コロナによってアメリカの力は弱まっており、アメリカはもはや向かうところ敵なしの超大国ではない。「意気阻喪した大統領が手にする手段はますます少なくなっており、そのために彼はもっとも手っ取り早い手段、すなわち制裁に手を出している。」しかし事実は、「アメリカが制裁にのめり込むことと制裁の効果とは無関係であり、(制裁にのめり込むことと)関係があるのはアメリカの衰退ということである。」