*明治学院大学国際平和研究所(PRIME)に寄稿した文章(昨年10月)を2回に分けて紹介します。

 ロシアによるウクライナ侵攻を含むウクライナ問題に関する中国の立場を理解・認識する上では、以下の諸点を踏まえることが不可欠である。
 第一、ソ連崩壊後のロシアとアメリカ以下の西側諸国との関係の歴史的推移に関する中国の受け止め方。日本を含む西側諸国の見方においては、この歴史的経緯に関する視点が完全に抜け落ちており、このことがロシアに対する一方的批判につながる重要な原因の一つとなっている。しかし、ロシアのウクライナ侵攻の是非を判断するに際して、中国政府及び中国専門家はこの歴史的経緯を極めて重視している。ウクライナ問題に関する中国の立場を正確に認識する上では、この点に関する考察は欠かせない。
 第二、西側諸国と中国との関係の推移、特にバイデン政権成立以後の西側諸国(日本を含む)の対中国政策ひいては対外政策全般の基調変化に関する中国の受け止め方。西側諸国は中国とロシアを等しく強権国家と見なしている。特に、中国を最大のライバル視するバイデン政権の登場そしてウクライナ問題に関して独立自主の立場を堅持する中国に対する苛立ちにより、西側諸国の対中政策はますます対決的色彩を強めている。そのことは皮肉にも中ロ両国の対西側認識の接近という結果を招いている。ウクライナ問題に関する中国の立場を考える上で、この点の考察が欠かせないゆえんである。
 第三、中国とウクライナとの関係の推移及び中国のウクライナ問題に対する政策アプローチ。このポイントは、独立自主を標榜しかつこれにこだわる中国外交の本質を理解する上でも格好のケース・スタディの材料であり、やはり欠かすことはできない。
 第四、中ロ関係の推移・到達点とウクライナ問題。日本を含む西側諸国の国際情勢・関係に関する認識の根底に座るのは、牢固として変わらないゼロ・サム(勝つか負けるか)かつ西側中心・一極支配に固執するパワー・ポリティックス思考である。中国(及びロシア)も核心的利益(国益)擁護という点では西側諸国と変わることはない。しかし中ロ両国は、新興国・途上国の台頭が著しい21世紀はもはや20世紀以前と異なり、ウィン・ウィンを基調とする民主的・多極的な国際秩序の構築が求められていると認識し、主張する。さらに習近平・中国においては、古代中国思想を今日的に活かす取り組みも顕著である。もっとも代表的な事例として、古代の「大同世界」思想を「人類運命共同体」として具現することが中国外交の基本に据えられ、中ロ共同声明にも盛り込まれるに至っている。中ロ関係に対する中国の認識・視点の所在を正確に認識することが、ウクライナ問題に関する中国の立場を理解・認識する上で欠かすことができないゆえんである。
 第五、ウクライナ問題と台湾問題を同列におく西側の発想・アプローチに対する中国の立場。ウクライナ問題と台湾問題は本来同次元で論じるべき対象ではないが、現実に議論対象になっているので、中国の対応を含めて検討する。
 本稿では、以上の5点を主に中国側資料に基づいて検証することで、ウクライナ問題をめぐる中国の立場を総合的に考察することを目的とする。

1.ロシアと西側諸国の関係

 1990年代から今日に至るロシアと西側諸国との関係の変遷に関する中国専門家の基本的判断は次のようにまとめることができる(崔小涛、呉文成)。
 エリツィン政権時代のロシアは、NATO加盟を含めて「西側の一員」として受け入れられる可能性を追求した。西側諸国はロシアのこの希望に沿う姿勢を示す(その象徴的表れは1998年のG8実現)一方、ロシアを徹底的に無害化・弱体化させるべくNATOの東方拡大を推進する、いわゆるダブル・トラック戦略を採用した。ロシアと西側との関係は、コソヴォ独立問題をめぐり、1999年にNATOが国連安保理決議の授権を経ないでユーゴスラヴィア(当時)を空爆したことにロシアが反発し、NATOとの関係を中断したことで最初の試練を迎えた。
 2000年に登場したプーチン政権は、いわゆる9.11事件を契機にNATOを含む西側との関係改善を進めた。2002年5月にはNATOとロシアとの間のローマ宣言が署名され、対テロ問題、核拡散防止、軍備管理等の分野で、ロシアはNATO加盟国(当時は19ヵ国)と「完全に平等」の権利を約束された。当時は、この宣言によって、NATOとロシアの関係が新段階に入ったと評価された。
 だが、プーチン政権は西側に対してエリツィン政権のような幻想を抱いているわけではなかった。特に、2003年のジョージアにおけるバラ革命、2004年のウクライナにおけるオレンジ革命などに直面して、プーチン政権は西側に対する不信感を深めていった。
すなわち、2007年のミュンヘン安全保障会議で、プーチンはNATOの東方拡大は深刻な挑発行為であるとし、NATOが当初東方不拡大を約束していたのに、これに違反した行動を進めていると公然と批判した。また2008年には、NATOの存在が「ロシアの安全保障に対する直接の脅威となっている」と非難した。この年にはロシアとジョージアとの軍事衝突も起こり、ロシアとNATOの関係は再び険悪な状態に陥った。
 プーチン政権の強硬姿勢に対して、西側諸国はなおダブル・トラック戦略に基づいてロシアとの関係を維持する方針を示した。しかし、ウクライナとジョージアを取り込むNATOの方針は不変であったため、ロシアの西側に対する不信感を緩和させることはできなかった。
以上の背景を踏まえるとき、2014年にウクライナで起こったいわゆるマイダン革命(親ロ派と目されていたヤヌケヴィッチ政権を打倒して、親西側勢力が政権を掌握した事件。ロシアはクーデターとして非難)に対して、ロシアがクリミア併合で対抗したのはいわば必然の成り行きだった。「2014年のウクライナ危機以後、NATOとロシアの緊張関係は量的変化から質的変化に変わり、ロシアはもはやNATOと西側に対して如何なる幻想も持つことはなかった」(呉文成)と評されるゆえんである。G8はロシアを締めだし、再びG7に戻った。
 中国政府の見方・立場に関しては、2014年のロシアによるクリミア併合に関する中国外交部報道官の発言さらには中ロ首脳の相互訪問の成果文書である累次共同声明等をチェックすることで確認できる。
 中国外交部報道官は、2014年3月4日の定例記者会見で、記者の質問に対して次のように答えた。
(質問) 中国は一貫して内政不干渉原則を堅持すると同時に、ウクライナ問題の歴史的経緯及び現実的複雑性をも考慮すると表明している。「歴史的経緯」とは具体的に何を指しているのか。中国は、ロシアのクリミアにおける行動はウクライナの内政に対する干渉であると考えているのか。
(回答) ウクライナ問題の歴史的経緯に関しては、ウクライナ及びこの地域の関連する歴史を思い出すか、調べてほしい。関係する歴史を理解すれば、我々の言っていることの含意が何であるかを理解できると確信する。
 質問の第二点に関しては、中国の立場を全体的、系統的に理解してほしい。我々は内政不干渉原則を堅持し、国際法及び公認の国際関係準則を尊重すると同時に、ウクライナ問題の歴史的経緯及び現実的複雑性をも考慮している。最近数ヶ月来の各国の言動から、ウクライナ問題がどうして今日の状況に至っているかについて分析することができるだろう。
 中ロ両国が内政不干渉を含む国連憲章諸原則遵守を共通の基本的立場とすることは、「中ロ関係発展を指導する綱領的文件」(2004年10月15日 中ロ共同声明)と位置づけられている、2001年の中ロ善隣友好協力条約(7月16日)前文、累次中ロ首脳会談の成果文書である共同声明でも常に確認されている。それはまた、独立自主を標榜する中国外交が重視する基本原則の一つでもある。その点のみに着目すれば、ロシアによるクリミア併合(2004年)、ドンバス等併合(2022年)を中国政府が承認するという選択はあり得ないはずであり、ロシアの行動を「内政干渉」と批判しないのかという趣旨の記者の問いかけは当然だった。
 しかし報道官発言は、ロシアと西側諸国との間のウクライナ問題をめぐる関係の推移は複雑である、と指摘する中国専門家の認識を中国政府が100%共有していることを示している。中国政府のウクライナ問題に関する立場は、国際法上の原則問題とこの問題の歴史的経緯・現実的複雑性との総合的判断に基づいて導き出されているということだ。
 また、中ロ両国は、「両国の核心的利益にかかわる問題について相互に支持し合うことは中ロ戦略パートナーシップの重要な内容」(2009年6月18日の中ロ首脳共同声明)と位置づける立場を早くから打ち出している。
 例えば、2009年及び2010年の共同声明(9月27日)では、コーカサス地域の平和と安定のためにロシアが行っている努力に対する中国の支持表明が記録された。2010年の共同声明はまた、ロシアが新たな安全に対する脅威・挑戦に対して『欧州安全保障条約』締結、軍事同盟拡張反対を推進していることを積極的に評価する、とも述べている。つまり2000年代の早い時期から、ロシアがNATOの東方拡大問題について中国と最高首脳レベルでの意思疎通を重ねてきたこと、それに対して中国政府はロシア政府の立場を支持する姿勢を明らかにしてきたことが読み取れるのである。
 NATOの東方拡大を牽制するためのロシアの努力(ヘルシンキ宣言以後米欧諸国も繰り返し同意した「安全保障の不可分性」原則に法的拘束力を持たせる提案。後述参照)に関しては、2011年の共同声明(6月16日)が早くも肯定的に言及している(第12項)。またこの共同声明では、「中国は、ロシアがコーカサス及びCIS地域の平和と安定‥を推進するために行っている努力を支持する」(16項)とも述べている。
 ロシアがクリミアを併合した2014年の共同声明(5月20日)では、ロシアによるクリミア併合を念頭に置いたと思われる次の記述が国際情勢関係の筆頭に盛り込まれた。
 「双方は次のことを強調する。各国の歴史的な伝授継承、文化伝統及び自主的に選択した社会政治制度・価値観・発展の道は尊重するべきである。他国の内政に干渉することには反対する。一方的制裁並びに他国の憲法制度の変更あるいは他国を特定の集団または同盟に加入させ、吸収する行動を画策・支持・支援・そそのかすこと‥は放棄するべきである。」
 また、この声明ではウクライナ問題についても次のように言及している。
 「双方は、ウクライナで続いている内部政治危機に対して重大な関心を表明し、関係方面が自制を保ち、衝突のエスカレーションを避け、平和的支持的に現在の問題の解決を探求することを呼びかける。また、ウクライナのすべての地域及び社会政治組織が広範な民族対話に参与し、国家憲法制度の発展的構想を共同で制定することにより、公民の基本的な権利と自由を全面的に保障することを呼びかける。」
 ウクライナ情勢が進展しないことを受け、翌2015年(5月8日)の共同声明では、次のように述べている。
 「双方はウクライナ危機が解決しないことに関心を表明し、衝突当事者が政治的な危機解決を堅持し、ウクライナ国内各地及び各民族の合理的権益を十分に考慮し、関係方面の合理的な利益と関心に配慮する基礎の上で、全面的、均衡的な政治的解決方案を早急に達成して、ウクライナの安定と発展を実現することを呼びかける。」
 ロシアがウクライナに侵攻を開始する直前の2022年2月にプーチンは北京冬季オリンピック開催に合わせて訪中した。この時に発出された共同声明(2月4日)は、ウクライナと明記することはなかったが、この問題についてプーチンと習近平が突っ込んだ意見交換したことを窺わせる以下のような文面がちりばめられている。
 「如何なる国家も‥他国の安全を犠牲にして自らの安全を実現することはできないし、またそうするべきではない。」
 「双方は、彼我の核心的利益、国家主権及び領土保全を確固として支持することを表明し、外部勢力が両国の内政に干渉することに反対する。」
 「中ロは、‥外部勢力が主権国家の内政に干渉することに反対し、「カラー革命」に反対し、これらの分野における協力を強化する。」
「双方は、NATOの拡大継続に反対し、NATOが冷戦期のイデオロギーを放棄し、他国の主権、安全、利益並びに文明の多様性及び歴史文化の多様性を尊重‥することを呼びかける。」
 「中国は、ロシアが提起した法的拘束力がある欧州長期安全保障に関する提案を行ったことを理解し、支持する。」
 以上から、中ロ首脳間では、両国関係の発展・深化を受けて、中国の台湾問題とともに、ロシアと西側諸国との関係について随時かつ緊密な意思疎通が行われてきたし、中国政府がロシア政府の立場・政策を理解し、支持してきたことも明らかである。つまり、ロシアのウクライナ侵攻に対して中国政府が「内政不干渉原則を堅持すると同時に、ウクライナ問題の歴史的経緯及び現実的複雑性をも考慮する」(中国外交部報道官)立場を堅持するのは決してご都合主義によるものではないことが確認されるのである。

2.西側諸国と中国の関係

 1990年代のロシアと中国を比較するとき、国家再建に向けたアプローチは極めて対照的だった。すなわち、エリツィン・ロシアは脱社会主義(脱ソ連化)を標榜し、国家再建の青写真も持ち合わせないまま、ひたすら「西側との一体化」を追求した。これに対して鄧小平・中国は、社会主義堅持を大前提とした改革開放路線を打ち出し、試行錯誤を通じて経済再建・国民生活向上を目指す堅実な政策運営を心がけた。西側との関係に関しては、鄧小平・中国はあくまで独立自主の立場を堅持しつつ改善・促進を目指した。
 西側諸国の戦略アプローチは、中ロ両国の弱体化、無害化ひいては(対西側)隷従化を基本方針とした点で本質的に同じである。具体的には、最初から「白旗を揚げた」ロシアに対しては、NATOの東方拡大、ロシア周辺諸国の「カラー革命」等を通じて容赦ない弱体化を推し進めた。独立自主の中国にはいわゆる「関与」戦略(クリントン政権)で懐柔を図りつつ、台湾、香港、新疆、チベット、人権等の問題を利用して揺さぶりをかけ続けた。
 西側のアプローチに対する中国の対応は、ロシアとの比較において如何なる特徴があるか。いわば「軍強経弱」のロシアでは、2000年のプーチン政権登場以後、軍事・安全保障面ではアメリカ・NATOに対する警戒感を深めるととともに、経済面では西側諸国との良好な関係を維持することに腐心した。しかし、ウクライナ問題を契機に欧州諸国及び日本が対米協調・対ロ対決を鮮明にしたことで、ロシアは西側全体(the collective West)との全面対決の姿勢を鮮明にし、中国を筆頭とする非西側諸国との経済関係促進(「ルック・イースト」)戦略を明確にしている(徐坡岭)。
 これに対して「経強軍弱」の中国の西側諸国に対する対応は、鄧小平が打ち出した「韜光養晦・有所作為」外交から、2010年に中国が世界第2位の経済大国に躍進したことを受け、習近平が頂層設計する「中国特色大国外交」への飛躍的変化のプロセスとして特徴付けることができる。
 中国はもちろん一貫して「軍事強国」を目指してきた。しかし、それは「弱いために侮りを受けた過去を繰り返さない」ための保証手段、台湾の平和的統一実現のための担保手段という位置づけである。中国にとっては経済建設・生活向上が長期にわたる中心戦略課題であり、改革開放はその課題実現のための長期路線である。この課題実現・路線堅持を不動のものとして維持していく上で、良好な国際環境、特に西側諸国との平和的安定的関係を確保することは死活的に重要である。このことは習近平・中国においてもまったく変わらない。
 しかし、ゼロ・サムのパワー・ポリティックスに固執するアメリカの対中認識は大きく変化してきた。対中関与政策を打ち出したクリントン政権にはまだ余裕があった。ブッシュ政権は中国に対する警戒感を隠さなかったが、対テロ戦争遂行への中国の協力取り付けを優先させた。アジア太平洋戦略を打ち出したオバマ政権の対中政策は関与と警戒との間で揺れ動いた。「アメリカ・ファースト」を打ち出したトランプ政権は中国との「経済戦争」を中心に据えた。バイデン政権は国際主義を標榜するが、その戦略の中心に座るのは、同盟国・友好国を「アメリカ・ファースト」に従わせ、全面的な対中対決戦略を実行することである。こうしたアメリカの対中戦略を前提とするときには、「ウクライナ問題に関する戦略は、ロシアを抑え込むと同時に中国をも抑え込むことにある」(韓毓海)という認識も牽強付会とは言えず、この状況に直面して、「中国もロシアと似た状況に直面している」(呉夢琦)という声が出るのも故なしとしない。
 対中戦略アプローチをめまぐるしく変化させてきたアメリカに対して、中国は一貫して共存共嬴(ウィン・ウィン)の中米関係構築の主張を対置してきた。具体的には、胡錦濤政権までは「韜光養晦・有所作為」外交であり、核心的利益については譲歩しないが、人権・デモクラシーの分野ではことさらにことを荒げず、アメリカとの妥協点を模索することに重点を置いた。しかし、「中国特色大国外交」を標榜する習近平政権は、人権・デモクラシー分野を含め、中国の認識・政策・主張を前面に押し出して、アメリカと全面的に渡り合うことを回避しない。
 しかし、経済建設を戦略の中心に据える中国にとって、アメリカを含む西側諸国と良好な関係を発展させることは、習近平政権のもとでも最優先課題と位置づけられている。西側との対決を鮮明にしたロシアとは異なり、中国はあくまでも理非曲直を明らかにすることを通じて西側諸国の認識・政策の転換を辛抱強く促す方針を堅持している。ウクライナ問題に対する対応も例外ではない。
 ロシアのウクライナ侵攻開始直前にプーチンが訪中した際の共同声明(2月4日)には次の一節が盛り込まれた。
 「双方は次のように認識する。個別の国家、軍事政治同盟は直接間接に一方的な軍事的優位を図り、不当な競争などを通じて他国の安全を損ない、地縁政治的争いを激化させ、対立対決を喧伝し、国際安全秩序を深刻に破壊し、グローバルな戦略的安定を破壊している。双方は、NATOの拡張継続に反対し、NATOが冷戦時代のイデオロギーを放棄し、他国の主権、安全、利益及び文明の多様性を尊重し、他国の平和的発展に対して客観的かつ公平に対処することを呼びかける。双方は、アジア太平洋地域に閉鎖的な同盟システムを構築すること、陣営間の対決を作り出すことに反対し、アメリカが推進する「インド太平洋戦略」が地域の平和と安定に消極的影響を作り出すことを高度に警戒する。中ロは一貫して平等、開放、包容かつ第三国を対象としないアジア太平洋地域の安全保障システムを構築し、平和、安定及び繁栄を維持することに努力している。」
 一読すれば分かるように、中ロ双方の認識が一致するNATOの東方拡大とアメリカのインド太平洋戦略については公然と反対、警戒を表明しているが、ウクライナ問題に関する直接の言及はない。すでに紹介したように、2014年及び2015年の共同声明はウクライナ問題に直接言及しているが、西側諸国を直接批判することは慎重に避けていた。西側との正面衝突をあくまで回避したい中国の意向が働いた結果であることは明らかだろう。

3.中国とウクライナの関係

 中国専門家の文章を読めば、中国がウクライナの内政及び外交について正確な認識を備えていることが分かる。ウクライナ国内の政争の本質は「大国の争いを背景とする寡頭(少数の支配者)間の争い」であり、「寡頭統治は国家の災いであって福ではない」、「ウクライナは西側政治制度を機械的に引き写しにしている」が、国民としての帰属意識が確立していないウクライナで西側民主制度を導入しても「民族的、イデオロギー的対立・矛盾の激化をもたらすのみである」とするウクライナ内政に関する指摘(田文林)は正鵠を射ている。また、ウクライナが陥っている「民主化のワナ」も自業自得の結果である以上に、アメリカ以下の西側諸国によるデモクラシー、市場経済等の西側の価値観の強要の結果であり、寡頭支配の経済は自国経済から遊離して西側経済の従属物・付け足しになってしまっている、とする分析も正確である(同)。
 また、ウクライナ問題の焦点の一つであるウクライナ東部のドンバス(ロシア系住民が多数を占める)に対する中央政府の疑心暗鬼・迫害がウクライナ問題の根幹にあるとして、その原因として、歴史的背景、経済的要因(ロシアの経済発展及び社会保障がウクライナを上回っていること)、外部の干渉を挙げる分析(于洪君)も穏当である。
 アメリカのウクライナに対する戦略的関心は並々ならぬものがあり、そのことが今日の事態を生み出しているという指摘も説得力がある(王湘穂、潘維、呉白乙)。ブレジンスキーが著作"The Great Chessboard"で「ロシアがウクライナを手に入れれば帝国になる。ウクライナを失えば帝国にはなり得ず、一介のアジア国家になる可能性すらある」と指摘したことは、王湘穂を含めた中国専門家が等しく重視するところである。ゼレンスキー政権が3月末にロシアとの休戦協定締結に積極的に臨んだこと、その直後にいわゆるブチャ事件が大々的に報道され、アメリカの軍事的テコ入れが本格化して、ゼレンスキーが全面抗戦に舵を切った経緯もこの脈絡の中で理解されている。
 ロシアのウクライナに対する特別軍事行動に対する評価では、中国国内において先鋭な対立が生まれており、支持と反対に真っ二つに二分されている(胡偉、閻学通)。しかし興味深いのは、「反対論=ウクライナ支持」ということではないことである。私が接した限りの反対論は、「ロシアのウクライナに対する開戦は国連憲章の基本原則に違反している」(馮玉軍)という原則的立場に立つもの、あるいは、戦況はロシアに不利に動いているという情勢判断に立つもの(胡偉、高玉生)である。
 そのことを理解するのは難しいことではない。すでに紹介したとおり、ウクライナの内政及び外政に関する中国側評価はおしなべて客観的かつ厳しく、私が調べた限りではウクライナに対する好意的見方には接していない(この点は、「ウクライナ=善、ロシア=悪」という決めつけが圧倒的に支配している日本とは決定的に異なる)。
 中国政府の立場に関しては、王毅外交部長の2月25日、3月7日、4月1日の発言がある。中国外交部の発表によれば、王毅はウクライナ問題解決に関する中国の原則的立場・方針(問題の平和的外交的解決へのコミットメント)を表明した。中国とウクライナとの関係にかかわる具体的発言はない。また、国連総会に出席した王毅は精力的に各国外相と会談・会見をこなし、9月22日にはウクライナのクレバ外相とも会見した。そこでの発言にも特に新しい内容はない。
 王毅の一連の発言は、中国政府のウクライナ問題に対する慎重な姿勢・アプローチを改めて確認するものである。すなわち、中国外交は内政不干渉原則を基軸に据えており、ロシアの厳しいゼレンスキー政権批判、あるいは中国専門家のウクライナ内外政に関する厳しい評価にもかかわらず、ウクライナとの関係においてこの原則を堅持している。
 アメリカ及びEUは、中国が対ロシア批判・制裁に参加しないことは実質的にロシアを支持するに等しいとして非難する。しかし、西側諸国には一層の軍事支援を要求することをはばからないゼレンスキー政権が、中国に対するアプローチでは西側諸国と距離を置いている。否、距離を置かざるを得ないと言うべきだろう。この事実は、独立自主外交の中国に対するウクライナの期待の所在(戦争終結そしてその後のウクライナ復興に対する中国の外交的経済的役割)を示しているし、中国もその点を踏まえたしたたかな対応を行っていると判断される。

4.中ロ関係とウクライナ問題

中ロ関係の歩みを確認することから始める。両国関係は、1991年12月27日(ソ連崩壊翌日)に中国がロシア連邦を承認して外交関係を設立したことに始まる。主な出来事について年を追って紹介する。
○1992年:「相互関係の基礎に関する共同声明」(12月8日 北京。楊尚昆-エリツィン)。中ソ関係から中ロ関係への安定的移行を実現。
○1994年:「共同声明」(9月3日 モスクワ。江沢民-エリツィン)。「建設的パートナーシップ」を樹立。
○1996年:「共同声明」(4月25日 北京。江沢民-エリツィン)。関係を「平等信用、21世紀に向けた戦略協力パートナーシップ」へ。
○2000年:「世界の多極化と国際新秩序建設に関する共同声明」(11月7日 モスクワ。江沢民-エリツィン)
○2001年:中ロ善隣友好協力条約締結(7月16日 モスクワ。江沢民-プーチン)。
○2004年:共同声明(10月15日 北京。胡錦濤-プーチン)。「国際情勢がいかに変化しようとも、中ロ戦略協力パートナーシップを深めることは両国外交政策の優先方向である」と指摘、「国家統一、主権及び領土保全という重要問題で相互に支持する」ことを確認。中ロ国境東段補充協定署名。
○2005年:「21世紀国際秩序に関する共同声明」(7月1日 モスクワ。胡錦濤-プーチン)。6月、中ロ国境東段補充協定批准書交換によって中ロ国境問題最終解決。
○2006年:「共同声明」(3月21日 北京。胡錦濤-プーチン)。「中ロ戦略安全協議メカニズムの枠内で両国の安全保障にかかわる重要問題を議論する」ことを指摘。
○2007年:「共同声明」(3月26日 モスクワ。胡錦濤-プーチン)
○2008年:「重要国際問題に関する共同声明」(5月23日 北京。胡錦濤-メドベージェフ)。「国際安全保障はトータルで分割できない。他国の安全を犠牲にして国家の安全を保障(軍事政治同盟拡大を含む)してはならない」と言及。
○2009年:共同声明(6月18日 モスクワ。胡錦濤-メドベージェフ)。「両国の核心的利益にかかわる問題で相互に支持することは中ロ戦略協力パートナーシップにおける重要な内容である」と強調。コーカサスの平和と安定のためのロシアの努力を中国が支持。
○2010年:共同声明(9月28日 北京。胡錦濤-メドベージェフ)。両国の核心的利益として、主権、統一及び領土保全を指摘。自国の核心的利益を擁護し、コーカサス及びCISの平和と安定のためのロシアの努力を中国が支持。ロシアが安全保障不可分原則に基づく欧州安全保障条約制定を推進し、軍事同盟拡張に反対することを中国が積極的に評価。
○2011年:「当面の国際情勢及び重要国際問題に関する共同声明」(6月16日 モスクワ。胡錦濤-メドベージェフ)。「全面的戦略的協力パートナーシップ」の樹立を宣言。双方は、欧州大西洋及びユーラシアに不可分の安全・安定建設推進、アジア太平洋でも不可分の安全を承認するべしと主張(第12項及び第13項)。
○2012年:「全面的戦略協力パートナーシップ深化に関する共同声明」(6月6日 北京。胡錦濤-プーチン)。双方は、共同、平等、不可分の安全を擁護し、冷戦思想及び集団的対抗を放棄し、国連憲章を迂回する武力使用・威嚇に反対。
○2013年:「合作共嬴、全面戦略協力パートナーシップ深化に関する共同声明」(3月23日 モスクワ。習近平-プーチン)。「中ロ関係はいまだかつてない高い水準に達し、大国間の和諧共存のモデルを確立、地域及び世界の平和と安全促進に重要な役割を発揮している」(第1項)。「普遍平等、不可分の新安全観を推進。アジア太平洋でも」(第2項)。
○2014年:「全面戦略協力パートナーシップ新段階に関する共同声明」(5月20日 上海。習近平-プーチン)。「主権、領土保全、国家安全等両国の核心的利益にかかわる問題で相互に断固支持。一国内政に対する干渉に反対」(第1項)。「不可分の安全原則擁護」(第8項)。「アジア太平洋でも安全不可分のメカニズム構築」(第22項)。
○2015年:「全面戦略協力パートナーシップ深化、合作共嬴に関する共同声明」(5月8日 モスクワ。習近平-プーチン)。「中ロ関係は歴史的に最良の時期にある」とし、「両国関係深化は外交の優先方向」と指摘。「平等不可分の安全原則に基づく問題解決」の必要性も。
○2016年:「グローバル戦略的安定強化に関する共同声明」(6月26日 北京。習近平-プーチン)。絶対的安全を図る動きがグローバルな戦略的安定に影響を及ぼしていると指摘。両国外相による「国際法促進に関する声明」(6月25日)。
○2017年:「当面の世界情勢及び重要国際問題に関する共同声明」(7月5日 モスクワ。習近平-プーチン)。「他国の安全を犠牲にして安全を保障するやり方をやめるように呼びかけ」(第5項)。
○2018年:共同声明(6月9日 北京。習近平-プーチン)。「中ロ関係は戦略的意義が突出した大国関係」(第1項)。「中ロ協力は世界の戦略的なバランスと安定を維持するカギ」「平等及び不可分の安全の安全枠組み構築」(第3項)。
○2019年:「現代グローバル戦略的安定強化に関する共同声明」(6月6日 モスクワ。習近平-プーチン)。「絶対的安全を目指す動きが安定維持メカニズムを破壊する。」
○2020年:「共同声明」(外相レベル。9月12日 モスクワ) *新型コロナの影響。
○2021年:「当面のグローバルガヴァナンスの若干問題に関する共同声明」(外相レベル。3月24日 桂林) ○2021年:「中ロ善隣友好協力条約締結20周年に関する共同声明」(6月28日 ビデオ会議。習近平-プーチン)。「中ロ関係はすでに歴史的最高水準に達し、‥国家間の和諧共存及び互利協力のモデルを樹立した。ロシアは繁栄安定の中国を必要とし、中国は強大成功のロシアを必要とする。中ロは互いを優先的協力パートナーとし、条約に基づき、政治、安全、経貿、人文、国際等各領域での協調協力をさらに深化させる」、「中ロ関係は冷戦時代の軍事政治同盟に類するものではなく、そのような国家関係のモデルを超越し、目先のことを図らず、イデオロギー的色彩を帯びず、互いの利益を全面的に考慮し、互いに内政に干渉せず、独立した価値を備え、第三国に体するものではない新しいタイプの国際関係である」(第2項)。「元首外交は双方の戦略協力の推進に対して核心的指導的役割を発揮する」(第3項)。軍事協力の深化拡大(第4項)。「世界が激動すればするほど、中ロは戦略協力をますます強化する必要」(第8項)。「核エスカレーションのリスクを考慮し、核兵器国間の軍事衝突を全力で回避すべし」(同)
○2022年:「新時代の国際関係及びグローバルな持続可能な発展に関する共同声明」(2月4日)。「カラー革命反対」、「NATOの継続拡張反対」、「ロシアの提案に対する中国の理解と支持」(第3項)。
 以上に素描した30年間の中ロ関係史から、以下のポイントを指摘することができる。
 第一、中ロ関係は30年間を通じて、特に2004年-2019年は、毎年の首脳相互訪問を通じて順調に発展してきた。このような頻繁な二国間首脳外交は世界的に突出している。元首外交が両国関係に核心的指導的役割を発揮する(2021年共同声明)という指摘は、習近平とプーチンが中ロ関係に個人的にコミットしていることの証左であり、二人が政権の座にあり続ける限り両国関係は盤石であることを推定させるに十分なものがある。
 第二、ロシアが西側に受け入れを迫る「不可分な安全保障」原則に対する中国のコミットメント。中国が早くから(2008年の共同声明以後)この原則にコミットしている事実は、中ロ間における意思疎通、認識の共有が元首レベルのものであって一朝一夕のものではないこと、NATOの東方拡大問題に関するロシア(プーチン)の懸念・警戒を中国(習近平)が早くから理解し、支持していたことを示す。今日のウクライナ問題がNATOの東方拡大の一環である以上、中国(習近平)がロシア(プーチン)の立場を理解し、支持することも当然である。
すでに述べたとおり、ウクライナ問題への対処の仕方をめぐっては、中国専門家(及び中国国内世論)の見方は二分されている。ただし中国国内の議論は、問題の原因の所在(NATOの東方拡大がウクライナにまで及ぶことに対するロシアの危機感)を疑問視するのではなく、中国の対応のあり方に集中している。
 胡偉は、持久戦に追い込まれたロシアは国内外ともに不利な状況に陥っているとし、「内乱、政変等によってプーチンが下野するとなれば、ロシアはもはや西側に対抗できず、西側に屈服するか、崩壊させられる」可能性まで指摘する。その結果、反西側勢力の力は激減し、中国はさらなる孤立に追い込まれるだろうと予測する。したがって、中国にとっての戦略的選択は、プーチンと手を切り、中立の立場を捨てて戦略的突破を図り、西側とのさらなる孤立を防止することだ、とする。胡偉は国務院参事室公共政策研究中心の副理事長という立場にあり、以上の分析と対策を「中国最高政策決定層の研究判断の参考に供する」としているだけに、軽々に無視することはできないと思われる。
 黃靖は、中ロの関係の緊密さから、西側は「中ロ一家」と見なされていることを認めつつ、中国の実力と優位性をしっかり踏まえ、中米競争をコントロールし、中国の持続的発展のための外部環境(特に欧州との関係)を保全する努力が重要だと指摘する。その一環として、ウクライナとの良好な関係を維持する必要性も指摘している。
 閻学通は、中国がロシアに対してどのような対応をとるにしても、アメリカの中国抑え込み戦略は変わらないし、ロシアが軍事力強大な隣国である以上、ロシアと対抗するという選択はあり得ないとする。他方で閻学通は、ロシア非難に加わらないことによる国際的孤立、経済的損失というコストも織り込む必要があると指摘する。そして、1958年から1971年にかけて米ソを敵に回した「恐ろしい歴史」の記憶から、中国としては中庸の道をとることが賢明であるとする。閻学通の解釈によれば、中国政府が採用しているのもこの道である。例えば、秦剛駐米大使が、北京はモスクワと協力関係を追求するが、ウクライナでの戦争は支持していないし軍事援助も行っていない、「中ロ間には協力上のタブーはないが、国連憲章が確立した精神と原則というボトムラインはある」と述べたのがそれであると指摘する。最後に閻学通は、アメリカが台湾「独立」に軍事支援を行わない限り、中国としてはこの中庸の道から逸脱することは不可能であるとする。
 以上から明らかなとおり、ウクライナ問題に対する対応の仕方をめぐる中国国内の議論は、中国にとって最善の道は何かという次元で行われているのが特徴である。日本におけるような「勧善懲悪」という次元ではないことを確認するべきだろう。習近平が中ロ関係に個人的にコミットしている(元首外交)もとでもなお、ウクライナ問題が中国外交にとって極めて難題であることを確認するに十分なものがある。