<国連安保理討議>

2022年9月26日にノルドストリーム・パイプラインが爆破されてからすでに5ヶ月以上が過ぎました。アメリカ・コロンビア大学のジェフェリー・ザックス教授は2月21日に行った国連安保理に対するブリーフィング発言で、①70-90メーターの深い海底に、内径15メーター、4.5センチの分厚い鋼板のパイプ、しかも10.9センチのさらに分厚いセメントで覆われた頑丈な作りのパイプラインがデンマークとスエーデンの排他的経済水域の海底に横たわっているのを秘密裏に爆破するのは国家レベルの関与なくしては不可能であり、技術的能力とバルト海へのアクセスの二つを備えた国家のみがなし得ること、以上の条件を満たす国家はロシア、アメリカ、イギリス、ポーランド、ノルウェー、ドイツ、デンマーク及びスエーデンのみであること、②当初西側は「ロシアの仕業」と言っていたけれども、西側情報機関がその可能性を完全に打ち消したこと(ワシントン・ポスト紙報道)、③このテロ事件についてはデンマーク、ドイツ及びスエーデンが調査を行ったと伝えられているが、もっともよく知る立場にあるのはスエーデンであること、ところが④スエーデンは調査結果を秘密にし、ロシアとの情報共有を拒否し、デンマーク及びドイツとの共同調査も却下していることを明らかにした上で、以上に鑑み、⑤世界平和のために国連安保理は、調査を行った3ヵ国に対してその結果を直ちに安保理に提出するよう要求するべきであることを提言しました。
 さらにザックス教授は、事件に関する詳細を明らかにしているのはセイモア・ハーシュだけであるとした上で、①ハーシュはノルドストリーム破壊がバイデン大統領の命令でアメリカの機関によって行われたことを指摘していること、②ホワイトハウスはハーシュの指摘を「完全かつまったくのウソ」としながら、それに代わる説明をまったく行っていないこと、しかも③破壊前後に米政府高官がパイプラインに対する敵意をむき出しにしていること(2月23日のコラムで紹介した、2022年1月27日のヌーランド国務次官、同年2月7日のバイデン大統領、同年9月30日のブリンケン国務長官、2023年1月28日のヌーランド次官の発言を紹介)を紹介した上で、ノルドストリームというテロ事件を安保理が客観的に調査することが安保理に対する世界的信頼のため、そしてもっと重要なこととして、世界の平和と持続的発展のために重要であると訴えました(政治活動家のレイ・マクガヴァンもハーシュが公表した文章を信頼できるものであると証言するブリーフィングを行っています)。
 以上のザックスの発言に対して、国連の政務・平和構築担当のディカルロ事務次長は、①これらの事件に関する如何なる主張についても証明・確認する立場になく、各国の調査結果を待っていること、②スエーデンの進行中の調査暫定結果によれば、「被害は大きく」、「大規模なサボタージュ」の形跡があり、「異物」が現場で押さえられていること、③事件の詳細は明らかではないが、ウクライナ侵攻が引き起こしている多くのリスクの結果であることは間違いないこと、等を説明するに留まりました。
 国連が発表したダイジェストによれば、安保理会合では各国が発言しました。ロシアは安保理のもとで独立の調査機関を立ち上げることを要求、これに対してアメリカは、ハーシュの摘発をにべもなく否定するだけに留まらず、ロシアはウクライナ侵攻1周年が近づいていることから世論の注目をそらすために動いていると、明らかに苦し紛れの反論を行いました。中国、モザンビーク、ガーナ、ブラジルがロシアに賛同する立場から発言したのに対して、アルバニア、イギリス、フランス、日本はアメリカを支持する立場の発言を行いました。なお、エクアドル、ガボン、UAEは中立的発言と分類できるでしょう。

<中国の論評>

 中国は連日のようにノルドストリーム関連の報道を流しています。その中でも特にまとまっているのは、3月1日付けの光明日報が掲載した王妤心泓記者署名記事「爆破背後の魑魅魍魎・アメリカ」(原題:""北溪"爆炸案背后的美国魑魅")です。また、事件の問題の本質を剔抉する論評の白眉は3月2日付けの環球時報社説「事件摘発に異様に逃げ回る米西側」(原題:"对"北溪"爆料,美西方躲躲闪闪很反常")です。ノルドストリーム爆破事件を闇に葬り去ることは許されないことを確認する意味を込めて、両文章(要旨)を紹介します。

(光明日報報道記事)

 ノルドストリームの新事実に鑑み、ロシアは安保理で討論することを要求した。ところが、事件関係国のドイツとノルウェー、また、排他的経済水域を抱えるデンマークとスエーデンはアメリカの「言いなり」になって異常な冷淡さを示している。そのため、ロシアはデンマーク、スエーデン、ドイツの調査に対する「不信任」を表明し、国連が独立の調査を行うことを要求した。安保理にブリーフィングを行ったザックスも安保理による調査は「グローバルな優先事項」と強調した。

-浮かび上がるアメリカの魔手-

 事件発生から5ヶ月になるが、事件の主要ポイントは①自然の事故か人為的爆発か、②人為的とすれば誰がやったのか、の2つである。2022年9月にデンマーク、ドイツ及びスエーデンが調査することを発表、今年2月21日に3国共同の安保理宛書簡で、破壊目的の爆破で2つのパイプラインに大規模な破壊が起こったこと、しかし、調査は終わっておらず、何時終了するかも確定できないことを通報した。
 西側メディアは事件発生後しばらくの間、ロシアの仕業だと喧伝した(例:9月27日付けワシントン・ポスト紙)。しかし、同年12月21日に同紙は、「欧州の指導者はロシア関与の証拠はないと認めた」と報道、ドイツの司法相もロシアが爆破した証拠はないと公式に証言した。
 世界的な疑惑の焦点は一貫してアメリカである。動機、能力から言ってその可能性がもっとも高いからだ。ハーシュは先日、バイデン政権が否定しているのは「ウソ」であり、アメリカの爆破意図は「欧州のNATO支持を確保し、対ロシア代理戦争を行っているウクライナに対する武器提供継続を確保することにある」と述べた。
 ハーシュの5000字以上に及ぶ重量級の文章は、「アメリカの安全保障部門が計画し、バイデン自らが命令を下し、アメリカ海軍が実行し、ノルウェーが加担してパイプラインを破壊した」経緯をつぶさに描き出している。それによると、アメリカが事件を画策し始めたのはバイデン就任の2021年末だった。2022年3月にノルウェー側と協議し、バルト海の浅い水域で行動地点を見つけた。6月に第6艦隊が大規模なNATO演習を行って爆発物設置行動の煙幕を行った。9月26日、ノルウェー海軍のP8偵察機がソーナー・ブイを投下し、数時間後にパイプライン4カ所のうちの3カ所の爆破に成功した。
 西側諸国のいずれからも指示されたわけではないが、西側メディアは集団的に口をつぐんでいる。しかし、このようなことをすることについて「アメリカなしにはあり得ない」ことは誰の目にも明らかだ。2023年1月末、アメリカ上院外交委員会で証言したヌーランド次官は「ノルドストリームが海底の鉄くずになったことに、アメリカ政府は至極満足だ」と述べた。

-米西側世論の異様な静けさ-

 ハーシュの文章が発表された後、世界の世論が大騒ぎとなることはなく、西側メディアに至っては常態からかけ離れた「慎重さ」が目立っている。カナダのウェスタン・スタンダード紙は、米西側のこの奇怪な現象を取り上げ、ハーシュの報道は「ここ10年で最大のニュースの一つ」であるのに、アメリカのほとんどのメディアが深い分析を加えていないと評した。
 もっとも奇怪を極めるのは、ハーシュはアメリカ主流メディアの出身であり、ピューリッツァ賞受賞者、メディアの世界では極めて信頼性が高く、業界でキャリア豊富な先輩であるというのに、そういう人物による重量級スクープについて、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストといったアメリカの主流メディアがことさらに無視し沈黙していることであり、新聞一面のトップを飾っても良い爆弾的ニュースがかたくなに冷淡視されていることである。このことに、国際社会は身の毛がよだつ寒々とした思いに襲われる。
 ロシア・ウクライナ紛争勃発1周年を迎えるにあたり、アメリカは銃口の照準をロシアに向けることを通じて国際社会の我が身に対する疑問の目を回避しようとしている。安保理において、アメリカは世論操作及び責任回避の能力を発揮し、ロシアがこの時期にノルドストリーム破壊を持ち出すのは「ウクライナ侵攻」1周年から注意をそらすためである、と同盟諸国と口裏を合わせている。

-苦い目に遭わされるドイツ-

 ノルドストリーム爆破以来、ドイツ政府は沈黙を続けていることで批判を浴びている。ドイツの緑の党議員で情報機関監督の任にある委員会の主席であるコンスタンティン・フォン・ノッツはターゲスシュピーゲル紙に対して、「人々は何が起こったのかを知る権利がある」と語った。ノッツは、ドイツの供給インフラに対する「この史上前例がないテロ攻撃」に鑑み、情報をもっと開示し、「連邦政府は速やかに沈黙を破り、透明性を高め、少なくとも爆破事件に対する合理的な説明を行わなければならない」と呼びかけた。世界社会主義者WSドイツ語編集者のペーター・シュウォルツは、「ハーシュの報告が信頼できるとすれば、これはアメリカによるNATO同盟諸国に対する戦争行為である。ノルドストリーム・パイプラインの建設コストの半分(約200億ユーロ)は西欧のエネルギー会社が負担しているからである」と述べた。
 ところが、大多数のドイツ・メディアはアメリカ政府の否定をオウム返しするばかりで、ひどいものになるとハーシュの名声を黒塗りにする始末である。ドイツのテーグリッヒ紙は「ピューリッツァ賞受賞者が道を間違えた」と言い、南ドイツ新聞は「スター記者の暗黒面」に焦点を合わせた。
 事件が起こってからすでに5ヶ月が経ち、事件現場は徹底的に調査されたというのに、ドイツ、デンマーク、スエーデンは相変わらず沈黙し、調査の真相を隠して語らない。議員の質問に対して、ドイツ政府は「国家利益」「秘密保持」等を理由にして調査結果を回答することを拒否している。ドイツは、西側の「ポリティカル・コレクトネス」の言葉の罠にはまり、ウクライナ・ロシア衝突という戦車に縛り付けられ、経済利益の損失は深刻である。ペーター・シュウォルツは次のように非難している。「アメリカによるパイプライン破壊という行動は、NATOはロシア・ウクライナ紛争の中で自由のために戦っている民主国家の同盟である、というお仕着せの神話を打ち砕いた。事件が明らかにしたのはNATOの真の顔である。つまり、共同の敵に対する強盗同盟であり、しかもその裏では互いに刃を交えているということだ。」

-茫漠たる欧州自主の道-

ノルドストリームはドイツとEUが直面する困難の拡大鏡である。着工以来、アメリカによる全力の妨害と制裁、ロシア反対派ナバルヌイの「中毒」事件、そして今回の爆破と、紆余曲折の限りだ。この困難は、アメリカの覇権政治環境の下で経済利益と外交政策のバランスを図るというドイツの難しさに起因している。もともとドイツは貿易と政治とを分離する原則に基づき、ノルドストリームは純粋に商業アイテムであるとしてきた。しかし、EU諸国の意見の違いは大きく、ポーランド等中東欧諸国の反対の声は絶えることがなかった。ロシア・ウクライナ紛争勃発後、ドイツは批准プロセスの中断を余儀なくされた。
ロシアの天然ガスが止まってから、欧州のエネルギーの安全はますますアメリカに依存することとなり、「戦略的自主性」の実現はますます困難となり、いわゆる欧州主権を語ることは贅沢ごとになっている。アメリカについて言えば、大西洋パートナーシップの基礎は一貫してアメリカ国益優先である。欧州がアメリカの提供する安全保障に依存し続ける限り、第二のノルドストリームは必ずや再現するであろうし、エネルギー危機の下における欧州経済の前途は暗く、その総合競争力もそれに従って低下していくだろう。

(環球時報社説)

 水面に石を投じても波が起きない。これは正常か。もちろん違う。ハーシュが2月8日にノルドストリームを報道して遭遇したのはそれをすら上回る異常さである。しかも、ハーシュの報道は石ころではなく重量爆弾である。事が異常であるときは必ず理由がある。今回もその例外ではない。
 報道直後、アメリカ政府は簡単乱暴に否定し、そのまま口を閉じた。利益当事者の欧州諸国は見て見ぬふりをしてコメントすることを拒否している。もっとも奇怪なことは、アメリカの主流メディアが集団的に沈黙していることだ。このことにはハーシュ自身も失望を表明している。米西側の聞こえぬふり、話せぬふりはいつまで続くのだろうか。
 ハーシュは情報源を秘匿しており、かつ、十分な証拠も不足しているから、米西側メディアはためらっているという人もいる。この説は成り立たないし、米西側メディアに対する買いかぶりと言うべきである。アメリカの大手メディアは、ハーシュの詳細を究める調査報道よりも信頼性が低いものをいくらでも報道している。もっと説得力がある解釈は、彼らがハーシュ報道の奥深さを知っており、そのために「忖度」し、回避しているということだ。この事件の最大の被害者であるドイツも今に至るまで公式の態度表明をしていない。西側世界全体がハーシュの名前すら言及しようとしていない。これまた極めて異常である。
 ノルドストリーム破壊は極端な国際政治事件である。これほどの大事件が意識的に覆い隠され、曖昧に糊塗され、責任者が如何なる懲罰も受けないとしたら、被害者の損害というだけでは到底すまないこととなる。国際社会共通の利益という角度から見ても、このままでうち過ごされた場合には、大国間の争いの下限が引き下げられることとなる。つまり、今日パイプラインを破壊できるとすれば、明日は海底光ケーブルを壊しても良いということとなり、世界のインフラ設備の安全が深刻な脅威にさらされることとなって、世界全体が深刻な状況に陥るということだ。
 今世界が直面しているのは次のようなリスクである。(中国の)気球は大騒ぎされるのに、ハーシュ報道は米西側世界によって集団的に無視されるという、実に寒々した光景であるということだ。客観的で公正かつ専門的な調査を行うことは単に必要であるだけでなく、極めて切迫したことであり、それはすべての国家の利益と密接にかかわっている。国際社会はこの問題に関して強力に力を合わせるべきである。
 近年、ワシントンは事があればすぐに「脅迫」という帽子を取り出し、あれを罰しこれを罰する。しかし、ノルドストリーム爆破事件は人類社会が直面する安全上の「抜け穴」を暴露している。「安全」問題に関して「千人を誤って殺してでも必ず一人の犯人を見つけ出す」スタイルの米西側は、これ以上「知らぬ、存ぜぬ」を押し通すべきではない。一時は声の大きいものが場を支配するとしても、永久に真相を独占するということは不可能である。