ノルドストリーム・パイプライン破壊に関する2月8日のセイモア・ハーシュのブログ(the Sudstack platform)発言に対する西側主要メディアの対応は総じて異様です。私は日本のマスコミにはとうの昔から愛想を尽かしていますが、ハーシュのスクープに対する米英主要メディアの対応を知って、「ブルータスよ、おまえもか」という絶望感を今更ながら味わいました。ハーシュ自身が2月11日、Radio War Nerdとのインタビューの中で、主要メディアがモスクワとキエフの紛争に関して多くのことを報道していないと指摘し、「私が知っているこの戦争はあなたたちが読んでいる戦争とは違う」、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CNNなどはバイデン政権の宣伝塔になってしまっており、「その画一報道ぶりは驚くばかりだ」と指摘しています(2月13日付けロシア・トゥデイ)。イギリスのフィナンシャル・タイムズ、ガーディアン紙なども無視です。
 比較的まともな報道が絶無というわけではありません。例えば、ロイター通信(ただし、後述参照)とAFPはハーシュ発言内容を速やかに紹介するとともに、ハーシュがかつてヴェトナム戦争時のミライ虐殺報道でピューリッツア-賞を受賞した経歴の持ち主であることも紹介しました(2月9日付け環球時報ニューメディア)。また、カナダのニューズ・メディアであるウェスタン・スタンダード(2月10日)は、ハーシュの報道はここ10年で最大のニュースの一つであり、「仮にアメリカがノルドストリームを破壊したとするならば、ドイツ、ロシア及びNATOに対する戦争行為であるとともに、経済及び環境テロリズムである」と本質を摘発する指摘を行っています(2月13日付け環球時報)。

<ハーシュの資質に対する疑問符>

 しかし、ニューヨーク・タイムズ、ウォールストリート・ジャーナル、CNNなどのアメリカの主要メディアは「集団失語症」(2月16日中国外交部定例記者会見における汪文斌報道官形容)にかかったかのごとく、バイデン政権の否定反応も含めて取り上げない姿勢を貫いています。ハーシュの経歴等に疑問符をつけるなどすることにより、ハーシュ発言の信憑性について疑問を抱かせるように読者を誘導する報道もあります。2月9日付け環球時報傘下の公式アカウント「補壹刀」によれば、ワシントン・ポストは、ハーシュ発言を紹介していますが、同じ程度の分量でハーシュの経歴を紹介しているそうです。ところが、ピューリッツァ賞受賞などの経歴には言及せず、ビン・ラディンを殺害したオバマ政権に疑問を呈したことについてホワイトハウスやCIAから猛反発を受けたことを紹介しているというのです。また、イギリスのデイリー・テレグラフは、ハーシュが「匿名のソースに依拠しすぎている」ことで批判を受けたとか、彼について「陰謀論を振りまく」という批判が少なくないとかを取り上げているそうです。また、2月13日付けの環球時報は、ロイター通信やドイツのドイッチェス・ハンデルスブラット紙が、ハーシュのかつての功績を承認しつつ、近年の報道に対しては疑問符をつけていることを指摘しています。すなわち、ロイター通信は、ハーシュの報道内容を独自に確認するすべがないとし、「この記者に対してはいろいろ議論がある」と付け加えました。ドイッチェス・ハンデルスブラット紙に至っては、「85才と高齢になったハーシュは伝説的人物から、もはや信用のおけない独り言をつぶやく作家に変わってしまった」とけなす始末です。
 ハーシュは2月15日のブログの中で、アメリカ主要メディアが彼の発言を無視していることを批判して、次のように指摘しました。ハーシュによれば、彼は1970年代(1972年-79年)にはニューヨーク・タイムズで報道記者をしていたし、ワシントン・ポストでも彼の文章や記事が掲載されることは普通でした。ところが今回は、「両紙はパイプラインに関するハーシュの発言について一言もなく、ホワイトハウスがハーシュ発言を否定したことについても取り上げなかった」のです。もっともこうしたことは過去にもあったそうで、1969年のヴェトナム・ミライ虐殺に関する彼の報道も同じ目に遭ったとハーシュは指摘します。この記事は1969年に5週間にわたって5回シリーズで地下メディア・グループのDispatch Newsで報道されたそうです。ハーシュは最初、ライフ誌、ルック誌などの主要誌にアプローチしたのですが門前払いを食ったそうです。

<記事内容の歪曲化>

 週刊誌ニューズウィークの場合、ハーシュの記事を大きく取り上げました(2月8日及び9日)。しかし、アメリカとロシアの対決という枠組みの下でハーシュ発言を紹介し、ハーシュの発言がロシアの立場を強める性格のものであることを強調し、問題の本質(バイデン政権の犯罪・テロ行為)を覆い隠しているのです。この中で登場するキミッジ教授に至っては、バイデン政権の行動を「行き過ぎ、茶目っ気」という表現を使って覆い隠すことに加担しています。ニューズウィークの悪辣さを確認するため、記事のあらましを紹介しておきます。
(2月8日)
 事実関係の紹介というスタイルで、「ノルドストリーム・パイプラインとは何か」、「パイプラインに何が起こったのか」を紹介した上で、「ハーシュの言い分」、「ロシアの立場」そして「ホワイトハウスの立場」を次のように紹介しています。
(ハーシュ)名声あるこのジャーナリストは、アメリカが攻撃したとされるパイプラインについて、「作戦計画を直接知る立場にある」とハーシュがいう匿名のソース(単数)を引用した。ハーシュの記すところによれば、省庁間グループが高度に秘匿された計画を立案実行し、「技術力を持った潜水夫」が6月にパイプラインに爆発物を仕掛け、3ヶ月後に爆破させたとされる。バイデンがミッションにゴー・サインを出した理由に関しては、ハーシュは、大統領が「プーチンは自己の政治的領土的野心のため、天然ガスを武器として使うための道具としてパイプラインを使っている」と見ていたとした。
(ロシア)ロシア外務省のザハロワ報道官はハーシュ発言の要点を指摘した上で、アメリカの行動を疑った。「我々は繰り返しアメリカとNATOの関与に関する立場を述べてきた。ホワイトハウスはいま、これらの事実のすべてについてコメントしなければならない。」
(ホワイトハウス)ホワイトハウスの国家安全保障会議のワトソン報道官は、「まったく間違った、完全なフィクションである」と述べた。CIA及び国務省の報道官もハーシュの主張を否定した。
(2月9日)
 アメリカがノルドストリーム爆破の黒幕であるというストーリーは、アメリカの評判を落としたいと願っているプーチンにとって願ったり叶ったりのものとなる可能性がある。攻撃にはアメリカの関与があるとするストーリーは、ピューリッツァ賞受賞ジャーナリストであるセイモア・ハーシュがブログで発表した。彼の報告の詳細については、ニューズウィークは独自には確認できなかった。
 匿名のソースを引用したハーシュによれば、バイデン大統領は、バルト海経由でロシアからドイツに天然ガスを輸送するためのパイプラインに爆発物を仕掛けることを米海軍特殊任務潜水夫に命じた。爆発物は後に爆破され、世界的事件となるガスの大量漏れを引き起こした。
 ジョージ・メーソン大学のマーク・カッツ教授は、この報告は「アメリカがロシアにダメージを与えるためにパイプラインを壊すことに関心があるとするロシアの主張を強め、また、特に米独間に緊張を生み出すだろう」とニューズウィークに語った。カッツはさらに、モスクワが狙っているのは、米独間の緊張が「ドイツのウクライナ軍事支援を弱めることだ」と付け加えた。
 ホワイトハウスの報道官は直ちにハーシュ発言を「完全な間違い」と否定した。しかし、ロシアは即座に報告を取り上げ、ハーシュの主張を主要争点とした。ロシア外務省のリャブコフ次官、ザハロワ報道官そしてクレムリンのペスコフ報道官はハーシュ発言の内容について公式に説明するように要求した。ペスコフはハーシュを賞賛し、ロシアはパイプライン攻撃の背後には米英の関与が疑われると前から指摘していたと述べた。ペスコフはさらに、ハーシュの発言によって「国際的調査を加速させる動き」が強まるべきだとも述べた。
 ノースウェスタン大学のウィリアム・レノ教授(政治学)はニューズウィークに対し、「これは典型的な情報戦だ」と述べた。レノはさらに、「ハーシュ発言に見られるような重要かつ不都合な介入は自由な報道につきものであり、権威主義的な相手側(ロシア)にはない「弱み」である。プーチンはこの利点を利用しようとしている」と続けた。
 アメリカ・カソリック大学のマイケル・キミッジ教授(歴史学)はニューズウィークに対し、ハーシュ発言について「プーチンが狙いをつけている欧州の聴衆に対しては、明らかに役に立つものだ」と述べた。しかし、キミッジはハーシュ発言の「価値は限られている」とも付け加えた。彼によれば、「プーチンは戦争及び戦争犯罪など山のような悪材料の下にあり、(それを乗り越えるためには)ハーシュ発言だけでは到底足りない」からである。
 キミッジは、「ハーシュ発言のロシアにとっての利点は話題を変えるという効果だろう。つまり、ウクライナの土地で何が起こっているかというテーマから話題が変わっている。人々は今、アメリカ、その行き過ぎ、茶目っ気を話題にしており、そのことはロシアにとって大いに価値があることではある」と述べた。

<政権寄りの報道>

 私が近頃注目するようになった政治サイトであるPOLITICOは、自らの紹介の中で、「我々は、然るべき人たちに然るべき時に正確で偏りがない、しかも影響力に満ちた情報を提供することで、そうした人たちが確信とスピードをもって行動できるようにすることに専心している」(We dedicate ourselves to providing accurate, nonpartisan impactful information to the right people at the right time so that they can act with confidence and speed)と謳っています。ところが、2月19日に掲載されたオリヴィア・オランダー署名文章("John Kirby denies U.S. sabotaged Nord Stream pipelines")は、そのタイトルが示すとおり、ハーシュの発言を全面的に否定するホワイトハウス国家安全保障会議スポークスマンであるジョン・カービーの発言を紹介することに終始するものです。しかも、私のこれまでのチェックに見落としがないとしての話ですが、POLITICOがハーシュ発言を取り上げたのはこのオランダーの文章が最初なのです。私のPOLITICOに対する期待感は一気に削がれました。自己宣伝と現実との乖離の大きさを確認するべく、オランダーの文章も紹介しておきます。
 カービーは、フォックス・ニューズ・サンデーの中で、アメリカが爆発にかかわっていることを繰り返し否定した。アメリカの関与を主張するハーシュの文章について問われたカービーは、ホストに、「それはまったく間違ったストーリーである。そこには真実はない」と述べた。「ひとかけらの真実もない。真実ではない。アメリカも、その如何なる代理人もこのことには一切関係がない。ゼロだ。」
 事件が起こった当初、アメリカ及び欧州の関係者は、ガス漏れを引き起こした9月の爆発についてロシアに責任がある可能性があると示唆していた。ノルドストリーム・パイプライン1及び2はバルト海海底でロシアとドイツを結んでいる。
 ハーシュはブログで今月早く、一人の匿名のソースに基づいて、アメリカがパイプライン破壊にかかわったと書いた。
 そのような作戦について政府は議会に報告する義務があるのではないか、というホストの質問に対して、カービーは次のように述べた。「秘密であるとそうでないとを問わず、我々が議会に報告しているのはもちろんである。しかし今ハッキリ言えることは、通報手続き如何にかかわらず、この件に関するアメリカの関与はないということだ。」
 ハーシュは、米軍がヴェトナムで起こし、隠蔽を図った1986年のミライ虐殺を摘発したことで知られるピューリッツァ賞受賞のジャーナリストである。2004年には、イラクのアブ・グレイブにおける捕虜拷問について記録した。しかし近年では、オサマ・ビン・ラディン殺害に関する公式記録に対する異議申し立てのように、彼の報道について批判を招いたこともある。
 1年前の今週にウクライナに侵攻したロシアは、戦争費用をまかなうためにエネルギー輸出による収入に頼っている。バイデン大統領は、昨年、パイプライン元請けのロシア企業に対して制裁を科した。

<ハーシュ発言を支持する声>

 ロシア及び中国のメディアは、ハーシュの発言を支持、肯定する論者の存在についても紹介していますので、紹介しておきます。
 2月17日のスプートニク通信は、元CIA分析官で、2003年1月にアメリカ諜報コミュニティ元官僚グループが結成した組織(Veteran Intelligence Professionals for Sanity)の共同発起人であるレイ・マクガヴァンの発言を次のように紹介しています。
 ハーシュの摘発にかかわってもっとも興味深いのは、「アメリカとドイツのメディアが完全に沈黙していることだ。」マクガヴァンは、民主党全国委員会(DNC)盗聴事件に関する「ロシア・ゲート」でっち上げが暴露されるまでにかかった時間の長さを指摘しながら、「主要メディアは一体何時まで沈黙を続けることができるだろうか」と問いかけた。「アメリカ政府がロシアによるDNCハッキングはなかったことを知ってから5年以上かかって(やっと事実が明るみに出て)いる。アメリカ人はそのことを知っているか。」マクガヴァンは、アメリカ人は「ロシアとプーチン個人に対する深い憎しみにとりつかれている」ので、ウクライナにおける代理人戦争を支持することに熱狂している、と述べた。しかし、ペンタゴンが組織した軍事キャンペーンは脱輪し、メディアの論調もボロボロになりつつある。マクガヴァンによれば、「物事は後1,2ヶ月でハッキリしてくるだろう。ウクライナ軍の大敗北となるだろうが、アメリカはどう反応するかだ。」「アメリカの政策を動かしている連中は世間知らずで、しかも傲慢だ。彼らはアメリカだけは例外だと考えている。しかし、プーチンはこう言った。彼らは自分たちがしたことの結果について完全に罪を免れることができると思っている。しかし、もはやそうではない、と。」
 2月17日付けの中国中央テレビ・クライアント端末は、コロンビア大学のジェフェリー・ザックス教授の発言を次のように紹介しています。
 ハーシュが暴露した内容は極めて信用できる。ザックス自身、昨年ノルドストリームが破壊された後にメディアの取材に対して、様々な形跡により、「もっともクロの可能性があるのはアメリカだ」と直言した。ハーシュの暴露に関してザックスは、アメリカ政府には他国のインフラに対して秘密裏に行動を起こした大量の前科がある、と指摘した。ザックスによれば、これはCIAの行動スタイルである。彼らは多くのインフラ破壊に関してフタをしてきたが、今回は隠し通すことは難しい。なぜならば、動機と破壊能力があるのはアメリカだけであるし、(バイデン、ヌーランドは)事件の前にノルドストリーム・パイプラインを終わらせると公言していたからだ。
 ザックスはさらに、パイプライン破壊には高度の技術を要し、しかも、周辺諸国の厳しい監視があり、アメリカに発見されないでこのような攻撃を発動できる国家は極めて少ない、と指摘した。しかも、事件が起こったデンマークの当該海域はアメリカの軍事衛星等の監視下にある。
 最後に、2月17日付けの環球網は、同日付のスプートニク通信の報道として、アメリカの記者ジョン・ドゥーガンがスプートニクに提供した、匿名の米軍関係者の郵便物の内容を紹介しています。この米軍関係者はバルトップス22NATO演習(バルチック作戦22)に参加していた人物であり、ドゥーガンが紹介している内容はハーシュ発言を裏打ちするものです(6月15日に米軍の潜水夫が米海軍中将に伴われてヘリコプターに乗ってやってきたこと、潜水夫たちの装備は海軍常備のものとは違っていたこと、それほど大きくない箱を携帯しており、6時間潜水(海軍は最長3時間)していたこと、上がってきたときには箱はなくなっていたこと等々)。