2022年9月26日に爆破されたノルドストリーム(ロシア産天然ガス輸送海底敷設パイプライン)について、ヴェトナム戦争当時にアメリカ軍が行ったミライ村虐殺事件(1968年3月。ソンミ虐殺とも)を摘発(1969年12月に雑誌『ニュー・ヨーカー』で)してピューリッツァ賞を受賞(2004年にはその前年のイラクのアブ・グレイブ捕虜収容所スキャンダルをスクープ)した経歴を持つセイモア・ハーシュ記者(現在85才)が2月8日、独自の取材に基づく「アメリカはどのようにノルドストリーム・パイプラインをぶっ壊したのか」(原題:"How America Took Out The Nord Stream Pipeline")と題する文章をブログに掲載して、バイデン大統領直々の命令に基づいてアメリカ軍が行ったと指摘しました。2月8日のコラムで紹介したベネット発言同様、西側メディアはだんまりを決め込んでいますが、同日(2月8日)付のロシア・トゥデイ(RT)WSは、ハーシュの指摘した内容を詳細に紹介しています。主なポイントは以下のとおりです(2月10日付けの韓国ハンギョレ日本語WSも内容を紹介しており、RTが紹介していない部分についてハンギョレで適宜補足を加えます)。

○爆発物(遠隔作動爆弾-C4爆弾-)は、バルトップス22NATO演習(バルチック作戦22)という偽装の下、2022年6月に米海軍潜水士によって据え付けられた(ハンギョレによれば、「議会に報告義務のないパナマシティ駐留米海軍の「ダイビング救助センター」の「熟練の深海潜水士たち」が動員され、C4爆弾を設置した」とあります)。「4つのノルドストリーム1及び2のパイプラインのうちの3つ」(ハンギョレ)を3ヶ月後の9月にソーナー・ブイから送られた信号によるリモート操作で爆発させた。
○作戦は、アメリカが関与したという証拠を残さないために数ヶ月にわたって行われたホワイトハウス、CIA、軍の間のやりとりを経て実行された。
○計画は2021年12月に、サリヴァン補佐官の下で作られた特別タスク・フォースの直々の関与の下で開始された。「ノルウェー海軍の支援を受けた工作チームは、水深が浅く工作が容易なバルト海にあるデンマークの島ボルンホルム付近を通過するパイプラインに狙いを定めた。」(ハンギョレ) なお、ノルウェーの関与の理由に関しては、ノルウェーのジャーナリストであるGeir Furusethがスプートニク(2月11日付け)に対し、NATOのストルテンベルグ事務総長がノルウェー出身であること、ノルウェーの特殊部隊が有能であることを挙げています
○情報提供者はハーシュに対して、この作戦は「戦争行為」であることを誰もが理解していたと話した。
○計画作成過程では、ホワイトハウスはこのアイデアを全面的に取り下げるべきだと主張した者もいた。情報提供者によれば、CIA及び国務省からは、「やめよう。馬鹿げており、表沙汰になったら大変なことになる」という声も出た。
○当初の計画では、爆発物は演習終了までに据え付けて48時間の時限装置をつける予定だった。しかし、ホワイトハウスが2日間は短すぎるとし、タスク・フォースは最終的にソーナー・ブイによることとした。(ハンギョレは、「潜水士たちは48時間タイマーが装着されたC4爆弾を設置した。だが、土壇場でホワイトハウスから爆破延期指令が出された。3カ月後の9月28日、ノルウェーのP8哨戒機が水中音波探知機のブイを工作地点に投下して爆弾を作動させ、1時間後に爆破が起きた」と紹介しており、若干食い違っています)
○バイデン政権は、当時すでに雲行きが怪しくなっていたウクライナ紛争におけるアメリカの大義に欧州をなびかせるべく、パイプラインを危険に陥れること(当初は制裁を通じて、そして最終的には破壊工作で)に集中していた、とハーシュは記している。ハーシュによれば、「欧州が安価な天然ガスに依存し続ける限り、ドイツのような国々は、ロシアを打ち負かすためにウクライナが必要とするカネと武器を出し惜しみすることをワシントンは恐れていた。」
 2月8日、タス通信の取材に対して、ホワイトハウスは「まったく間違ったフィクション」と否定(国家安全保障委員会スポークスマン)、また、ペンタゴンも「アメリカは爆発に関与していない」(国防省ガルン報道官)と答えました。しかしハーシュはタス通信に対して、「出来事について詳しく知っていると思われる誰か」による情報として、その信憑性を再確認しました。
 ロシア大統領府のペスコフ報道官は9日、著名なアメリカ人ジャーナリストであるハーシュによる報道だけに、事の真相を明らかにする努力につなげるべきだと強調して、次のように述べました。
○ハーシュの文章は、「この重要なインフラに対する前例のない攻撃に対するオープンな国際調査の必要性」を示している。
○「犯人を見つけ出して処罰することなしに済ませることはあり得ない。」
○ロシアはすでに「この事件へのアングロサクソンの関与を示す」データについて明らかにしているが、このデータの情報とピューリッツァ賞受賞ジャーナリストの報道とには「一定の共通部分」がある。
○ハーシュのジャーナリスト的調査を証拠資料と見なすことはできないが、「極めて重要なものであり、…国際的調査を加速させなければならない。ところが、そうした国際的調査をないことにしようとする密かな動きが見られる。」
○ノルドストリーム・パイプラインの出来事は「極めて危険な先例」となる。なぜならば、「もし誰かがやったとすれば、またどこかでやる可能性があるからだ。」「世界でこのような破壊工作ができる国はそんなに多くはない」とペスコフは付け加えた。
 ノルウェーのサウス・イースタン大学教授のグレン・ディーセン(Glenn Diesen)は、2月9日付けのロシア・トゥデイWSに掲載された「ノルドストリーム・パイプライン破壊者を見つけ出すのは一本道」(原題:"There's only one way to find out who destroyed the Nord Stream pipelines")と題する文章で、次のような具体的事例を並べてアメリカの関与の可能性が極めて高いことを示唆しています。
○米陸軍の委託に基づいてランド・コーポレーションは2019年、どのようにしてロシアを弱めるかに関する報告を発表している。報告は、ベルリンとモスクワとの間のエネルギー協力がロシアの経済的収入及び欧州における影響力の源泉と指摘し、「第一ステップはノルドストリーム2をストップさせることが含まれる」とした。
○2020年7月、ポンペイオ国務長官(当時)は、「我々はこのパイプラインが欧州を脅かさないようにするためには何でもやることができる」と警告した。
○2021年5月、トム・コットン上院議員は、「まだストップさせる時間はある。…ノルドストリーム2をなき物にして、バルト海で錆びさせよう」と述べた。
○2022年1月14日、サリヴァン補佐官は、「ロシアがさらにウクライナに深入りするならば、パイプラインは危機に直面するとロシア側に明らかにした」と公言した。
○同年2月3日、テッド・クルーズ上院議員は、「パイプラインはストップさせなければならず、その完成を妨害する唯一の方法は利用できるすべての手段を使うことだ」と述べた。
○同年2月7日、バイデン大統領はショルツ首相の傍らで、ロシアがウクライナに侵入するならば、「ノルドストリーム2はなくなるだろう。我々はそれを終わらせる」と警告した。ドイツの管理下にあるものをどうやって破壊するのかについてジャーナリストから問われたバイデンは、「約束する。我々にはできる」と答えた。ヌーランド政策担当次官も、「極めて明確にしておきたい。ロシアがウクライナを侵略するならば、ノルドストリーム2は前に進まない」という脅迫を繰り返した。
○ノルドストリーム攻撃後、ポーランドのシコルスキー外相(当時)は、「ありがとう、アメリカ」とツイートし、パイプラインの破壊写真を添えた。ついで、ブリンケン国務長官はノルドストリームの破壊について「とてつもないチャンス。ロシアのエネルギーに対する依存を根こそぎにするとてつもないチャンス」とハッキリ主張した。ブリンケンはまた、ロシアのガスをより高価なアメリカの燃料で代位することで欧州を援助すると提案した。最近、ヌーランドも「ノルドストリーム2が今や海底の金属の塊になったことをとても喜ばしく思っている」と言い放った。
 以上の諸事実を紹介した上で、ディーセンはさらに次のように指摘しています。
 アメリカはノルドストリームの破壊についての関与を一切否定して、犯人の可能性としてモスクワを挙げている。しかし、ロシアはスエーデンによる調査へのアクセスを拒否され、さらに奇妙なことにスエーデンは、調査結果は「あまりにセンシティヴ」として、ドイツとデンマークに対しても共有することを拒んでいる。メディアもまた一所懸命になってワシントンの語り口を守ろうとしている。ジェフェリー・ザックス教授が、アメリカが破壊したと非難してレーダーに基づく証拠を示したとき、彼の声は瞬く間に消された。
 今週になって、セイモア・ハーシュが文章を発表し、アメリカの情報筋を引用して、パイプライン破壊に関する政策決定及び作戦の詳細を明らかにした。それによれば、アメリカはノルウェーの助けでパイプラインを攻撃したという。ハーシュの報告により、公開と犯人処罰を要求するモスクワの要求は息を吹き返した。ハーシュの報告は一人のソースに基づくものなので確たる証拠とは言えないけれども、議論と調査が必要なことを示している。我々はなんとかして犯人を知るに値する。犯人がロシア、アメリカ、あるいは鋭利な歯を持つ魚だとしても。
 最後になりますが、中国もハーシュの報道に大きな関心を寄せています。「この事件は一見我々中国人には関係がないようではあるが、アメリカの政府及びメディアが連日にわたって、不可抗力で流れていった中国の気球について「グローバル規模のスパイ事件」と汚名を着せている事実、及び、「アメリカが他人をあしざまに言うことは、アメリカ自身も必ずやっている」という法則に鑑み、アメリカ政府に対して「泥棒が泥棒を捕まえろと叫ぶ」ような真似はするな、共和党が支配する米下院に対してはホワイトハウスの秘密指令でノルドストリームが破壊された問題を調査しろ、と言いたくもなる」(2月9日付け環球時報ニューメディア)というあたりがホンネでしょう。しかし、2月10日付け環球時報社説「ノルドストリームで説明が求められるワシントン」(原題:"在"北溪事件"上,华盛顿欠世界一个解释")はさすがに感情を抑えて、末尾で次のような正論を展開しています。
 ノルドストリーム事件が如何にして起こったのか、最終的には21世紀の羅生門(真相は闇)となる可能性がある。しかしだからといって、真相追究を放棄すべきだということにはならない。なぜならば、この問題は、道義、責任そして良知にかかわっているのみならず、後世の人類がこの歴史を振り返るとき、戦争と平和にかかわって如何なる注釈をつけるかにかかわっており、これこそが非常に重要なことだからである。