10月26日付けのタス電は、ロシア世論調査センター(the Russian Public Opinion Research Center)のトップであるヴァレリィ・フェドロフ局長の発言として、2つの世論動向について紹介しています。一つは8~10年後のロシアに関する世論調査結果で、約80%のロシア人がロシアの状態は「良くなる」「大いに良くなる」と回答したというものです。「悪くなる」「大いに悪くなる」と回答したロシア人はわずか16%だったそうです。もう一つは、プーチン大統領が出した部分的動員令に対するロシア人の反応に関するもので、フェドロフは、社会学的指標で明らかなように、ロシア人はこの動員令に接してパニックに陥ったと指摘しました。しかしフェドロフは続けて、動員令が出たわずか10日後にはパニックは収まったことをすべての指標が示していると強調しています(この点は、これから紹介するシャラフチノヴァの指摘でも確認されています)。フェドロフはその理由として、なぜ動員令が必要なのか、どのように生活を続けていくかについて、ロシア人は自ら納得し、再び団結したからだと解説しました。
 私はかねがね、プーチンに対するロシア人の支持が一貫して高く、おおむね80%強の支持率で推移しており、ウクライナに対する特別軍事行動が開始されてから今日に至る8ヶ月間もおおむねこの高いレベルで推移していることについて、どのように理解すれば良いのか計りかねてきました。日本の専門家諸氏によると、ロシア政府に近い世論調査機関による調査結果は「当てにならない」で切り捨てられます。独立系の世論調査機関の調査結果でも高い支持率の数字が出たという結果に接すると、専門家諸氏は「ホンネで答えることについてためらい・警戒が働くからだ」と「説明」します。ロシア問題には全くの門外漢の私としては、「そうなのかなあ」という素朴な疑問が膨らむばかりでした。
 しかし、10月27日付のニューヨーク・タイムズが掲載した、ロンドン・キング・カレッジのグルナッツ・シャラフチノヴァ(Gulnaz Sharafutdinova)教授の寄稿文章「戦争の現実を知ってもプーチンを支持するロシア人」(原題:"Russians Know the Reality of War, and Many of Them Still Support Putin")を読んで、「目からうろこ」の説明に接しました。彼女は、社会的アイデンティティ理論(social identity theory)に基づいて、ロシア人の集体的な国民的アイデンティティ(collective national identity)の高さがプーチン高支持率を生んでいると説明しています。ちなみに、彼女には"The Red Mirror: Putin's Leadership and Russia's Insecure Identity"と題する著作(2020年)があります(AmazonのKindle版電子書籍を早速購入しました。彼女の自己紹介によれば、アメリカで高等教育を受けたロシア人で、「プーチンは私の好みではない」と公言しており、プーチンに対するロシア人の支持の高さの原因を客観的に把握することが本書執筆の一つの動機になっているとのことです)。
 また10月26日付けの環球時報は、8月のテロで愛娘を失ったロシア人哲学者・アレクサンダー・デューキンが中国人学者(中国人民大学重陽金融研究院・王文執行院長)との対談(中国語原題:"俄哲学家杜金:俄罗斯已越过防线,正与西方进行对抗")の中で行った発言を紹介しています。この対談の主軸をなすのは、西側の敵対的政策に対するロシア(軍事対決)と中国(対話の可能性追求)の違いを生み出す原因についての探求にあります。しかし、シャラフチノヴァの発言と照らし合わせると、デューキンの発言の中にもシャラフチノヴァの指摘と平仄が合う内容を見いだす箇所があります。ということで、二つの記事を紹介する次第です。

<「戦争の現実を知ってもプーチンを支持するロシア人」>
 2022年の秋、ロシア人は戦争の現実を直視することを強いられた。プーチンのロシア人動員の決定(9月)は、ウクライナにおけるいわゆる特別軍事行動のヴェールを引き剥がした。独立系レヴァダ・センターが行った調査によれば、ロシア人の約半数が「不安、恐れ、恐怖」を感じ、13%は怒った。しかし、そうした感情が引き起こされたにもかかわらず、今回のエスカレーションがロシア人のこの戦争に対する見方に影響を及ぼしたとは見られない。最近の調査によれば、43%のロシア人はウクライナ諸都市に対する爆撃を支持しているし、戦争に対する支持自体も大きく変わっていない。国際的に孤立し経済も不安定という国家の危険な状態を考慮するとき、クレムリンの行動に対するこの不動の支持は驚きですらある。しかし、この支持は最近数十年に培われてきた集体的な感情によるものであり、具体的には、個人の利益とプーチンに具現される国家の利益とが融合したものである。この支持は衰えるかもしれないが、なくなることはないだろう。最初に起こった抗議のデモに見られるように、一部のロシア人は侵略に怒りを呼び起こされたけれども、大多数のロシア人が受けたのはショックだった。しかし、この未知の領域を経験した後、ロシア人は総じて集体的ナショナル・アイデンティティという慣れ親しんだ領域に行き着いた。「正しかろうが間違っていようが、我が国家」という反応だ。人々は逆にバイデン、NATOの拡大、西側そしてウクライナの民族主義者を非難した。
 (特別軍事行動が開始されて)時が過ぎるとともに、ロシア人は戦争と距離を置くようになっていた。彼らは、何事もなかったかのように夏を過ごした。戦場が困難となったことを受けたプーチンの動員令はこの平静をズタズタにした。人々が戦争に召集されるとなって、この戦争に対するロシア人の態度が再び試されることとなった。当初は一部の地域で動揺が起きたが、ロシア人社会はおおむね事態を受け入れた。召集回避や国外脱出の動きもあったが、多くの普通のロシア人にとっては、国家及び自国民に対する責務は避けることのできない義務と受け止められた。
 以上のことはあまり驚くことではない。戦争は集体的アイデンティティを増幅するし、集体的アイデンティティは多くのロシア人が現実を理解する上での出発点だからだ。ロシア市民のほとんどは中央がコントロールするメディアから手がかりを得ることは事実だが、プロパガンダがすべてということではない。集体的アイデンティティは認識及び解釈におけるより深層で働いており、彼らは、支配的あるいは社会的に望ましい見方を知るまたは想像する基礎の上で、自分の意見を作り上げるのである。
 以上のことを踏まえれば、世論調査に現れる一見矛盾した反応も理解できることとなる。最近の世論調査が示すところによると、プーチンの決定が平和協定署名であれ、キエフへの進軍であれ、その仮説的決定を約40%のロシア人が支持すると答えている。この矛盾した回答も、人々が個人としてではなく集体として答えていることを理解すれば氷解することとなる。つまり、彼らは自分たちの大統領が表明した、集体的利益にかなうと考えられるものを支持しているということだ。国家が敵に立ち向かう戦時においては、こうしたダイナミックスはいやが上にも強化される。
 戦時に旗の下に結集するということはロシアに固有なことではない。今日のロシア人に固有なことは、ナショナル・アイデンティティがプーチン個人と融合している点にある。この奇妙な現象は20年に及ぶ脱政治化プロセスの成果である。この20年間にクレムリンは、波乱に満ちた苦痛の1990年代から国家を救った英雄としてのプーチンを信用し、他の政治家は一切信用しないように誘導してきた。2000年代に入ると、この戦略の成功は生活水準の向上に依拠した。過去10年間は経済成長が停滞したので、この戦略はナショナル・アイデンティティ政治の形態をとってきた。愛国主義、国家シンボルに対する尊敬、栄光あるロシア史に対する賞賛等の中に、市民は自分自身を投影してきたのである。その中心にプーチンが座っているのだ。
<デューキンと王文の対話>
(王文) ロシアの現況をどのように見ているか。
(デューキン) 現在、ロシアには深刻な思想革命が起こりつつある。ロシアとウクライナの衝突エスカレーションは徹底的変化の開始である。1990年代のロシアは、西側の覇権、制度、価値観、政治的デモクラシーを受け入れ、西側をモデルとし、西側がロシアの「救命主」になると考えていた。
 この点がロシアと中国との違いだ。ロシアは当時国家の独立性と背馳していた。プーチンは2000年に大統領となり、ロシアの独立自主のために戦いを開始した。しかし、過去20年間、ロシアは一貫して西側が定めたルールから抜け出すことができなかった。西側はロシアを弱体化し、攻撃しようとしてきたのだ。
 プーチンは当初、ロシアの台頭とグローバル化への参入との矛盾を調和させようと試みたが、それは不可能なことだ。特別軍事行動開始後、この矛盾は頂点に達した。プーチンはやむを得ず激しく反応したが、ロシア社会は長い間そのための準備をしてこなかった。我々は社会的理念と自己評価とを調整することで今の状況に適応しようとしているが、それは激烈かつドラマチックなプロセスとなっている。
(王文) ロシアと西側の衝突の不可避性に関して貴方は2008年に文章を表しているが、中国人学者としては大国間の衝突のエスカレーションを避ける提案をするところだ。ロシアのエリートはなぜ衝突のエスカレーションを全力で回避しようとしないのか。政策決定者に特別軍事行動以外の方法を採用するように働きかけないのはなぜか。
(デューキン) この問題は個人と集体の意識におけるバランスと関係がある。ロシア社会は極めて特殊であり、指導者は社会全体に対して安全を保障しなければならない。この関係を如何に調和させるか、プーチンは一貫してこのことを考えている。西側を受容することとロシアの独立自主を保障することとは矛盾の組み合わせである。プーチンは矛盾を調和させることを望み、一種のバランスを保とうとしたが、このバランスは極めて脆弱なものだった。
 プーチンは一貫して西側との平和的発展を保とうと努力し、軍事手段を使用せず、衝突のエスカレーションを避けようとした。しかし、西側はロシアを騙したので、戦争はますます不可避となった。惜しまれてならないが、政治、経済、文化等々の面で、我々はもっと準備しておくべきだった。
(王文) 貴方は現代ロシアの「新ユーラシア主義」の旗手と見なされている。西側メディアは、近年のロシアの対外戦略の中に「新ユーラシア主義」理論の影響を見て取ることができるとしている。このことから、貴方は「プーチン大統領の幕僚」、「プーチンの知恵袋」だとする西側の言説も出てくる。
(デューキン) 私はプーチンを大いに支持しているし、我々の精神は似ている。しかし、私と彼の間には何の関係もない。私は、誰よりもロシア人及びロシア史に通暁しているという自信がある。こう言うと謙虚さが足りないようだが、私はロシア人民とロシア史とを深く愛している。
 「新ユーラシア主義」とは、ユーラシア大陸一体化の理論であって、歪曲される類いのものではない。ロシアではこれを「新植民地主義」と見なすものがいるし、中国では「ロシア版帝国主義」と見なすものがいる。我々は様々な方法で相互理解を深めるべきである。私が言うユーラシア大陸一体化は、ロシアと中国の経済協力だけではなく、インド、東南アジア、西アジアとの協力も含む。
(王文) 西側との協力を保つことは理性的かつ実際的な選択である。私はイランにも何度も行ったことがある。イランは資源が豊富な潜在力豊かな国だが、その経済発展は西側の長期にわたる制裁の深刻な影響を受けている。ロシアが西側と完全にディカップリングすると、イランのような状況になるのではないか。
(デューキン) 西側とは、経済及び科学技術の発展の代名詞だけではなく、覇権、人種主義、植民地主義、一極化などのイデオロギーを表すものでもある。これが西側の本質だ。ロシアはすでに西側に対して宣戦し、西側との協力は断絶を強いられており、西側の覇権に打ち勝つことを通じて西側を世界の中心ではなく、一地方に変えようと努力している。この目標を達成するため、我々は自己を高め、「非西側化」し、西側を辺境化しようとしている。
 ロシアは独力でこの目標を完成することはできず、他の非西側諸国と共同して西側の覇権に抵抗することを希望している。一緒になれば彼らに打ち勝つこともあるいはできよう。これは多極化と一極化との戦争である。
(王文) 貴方の論理によれば、世界は次第に二極化し、新たな冷戦が始まることになる。貴方の最近の文章では、「我々は第三次大戦すれすれに位置しており、西側は執拗に我々を戦場に押しやるだろう」と書いている。
 現在、世界はますます危険になりつつある。中国としては、新たな冷戦に入ることは考えない。中国としては、グローバル化の環境の中で発展したいし、経済のグローバル化の発展を推進することに注力したい。中国はアメリカと競争してはいるが、この激しい矛盾の中においても新たな平衡点を全力で探している。インド、ブラジルなど他のBRICS諸国も新たな冷戦や世界大戦に巻き込まれることを望んでいない。
(デューキン) 現在の情勢はもはやロシアが一方的に決定できるものではない。我々はすでに防衛ラインを超えて西側と対決している
 多くの国々が地縁政治的に直面しているのは海洋国家(シー・パワー)によって支配されるか、闘争を通じて陸上国家(ランド・パワー)となることを勝ち取るかという選択である。陸上国家として、ロシアは今正に海洋国家に抵抗している。ロシアがなくなれば、中国、インドなど他の国々も西側の次の最終的な敵となるだろう。
 私からすると、次の二択しかない。西側世界の影響力のもとで生存するか、ロシアのように戦うかである。これは非常に重要な地縁政治的分析であり、私の見方と中国の見方とはまったく異なることを理解している。いずれにせよ、中国の戦略家は地縁政治情勢を正しく認識し、ロシアが陥っているような境遇を避けるだろうと信じている。
 中国は独立自主の平和外交政策を奉じているが、これはバランスという位置づけ上のものである。このバランスという観点からいうと、仮にロシアがアメリカの覇権とバランスをとる天秤上にいなかったならば、中国は容易に海洋国家が起こす攻撃的な軍事衝突の被害者になり得るだろう。ただし、中国は主権擁護及び持続的繁栄を強調する国家である。現在、同様に独立自主を強調するインド、ブラジル、南アフリカ、イスラム世界もすべて選択中にある。しかし、選択の結果どうなるかは、天秤の向こう側の実力によって決まることになる。
 私は中国が獲得した巨大な成果を非常に評価している。中国はロシアの主要な希望であり、イラン、インド、アラブ諸国にとってもそうだろう。結論として、我々も西側と対抗したいわけではなく、我々は多極化のために奮闘するべきである。
(王文) 西側諸国の挑戦に対して、中国は心理的な準備は備えている。貿易戦争、科学技術戦争、世論戦争のいずれをとっても、中国の主たる対応の道は、2000年以上の伝統的知恵に基づき、多元的かつ温和な解決方法の探求に力を尽くすことであり、これまでにも良好な闘争の成果を獲得している。ロシアは極めて大きい戦略的縦深と資源的潜在力を備えており、西側に対処する上でより賢明かつ多元的な方法はないだろうか。
(デューキン) 既成事実となった解決方法は特別軍事行動だ。我々は他のもっと多元的な方法を採用しなかったし、また、そういう方法をとることもかなわなかった。特別軍事行動は極めてまずい選択であるが、平和的な方法でウクライナ及び西側と和解を達成する能力がなかった。現下の戦局は極めてまずいことになっているが、西側に粉々にされる状況よりはましである。
 中国の対応方法は知恵を深く秘めたものだ。我々は、もっと中国を観察対象にするべきだ。中国共産党は慎重かつ穏当な政策決定により、国家利益の確保とグローバル化発展の推進とを結びつけている。中国は社会、経済の発展と同時に、中国共産党の領導を堅持している。西側は、文化的浸透、サイバー攻撃などの方法を通じて中国共産党をぶち壊すこともできず、ましてや中国を混乱に陥れることもできていない。
 ロシアはその正反対で、西側はロシア政府の支配権をぶち壊して、人民と対立する立場に押しやろうと試みている。エリツィン時代を振り返ると、西側の攻撃による被害者はやはりロシア人民だった。プーチン政権は正にこうした局面を阻止し、転換しようとしているわけであり、改革と再建を選択して自己救済しようとしている。
 我々は今、希望をロシアの石油天然ガス資源に託しており、西側がエネルギー危機のために妥協してくることを待ち構えている。事態がそのように動けば、ロシアとしても違った角度から問題解決に向かうことにもなるだろう。
(王文) ロシアと中国の協力について話し合いたい。今回、ロシアの20都市以上を訪れ、地方の関係者と様々なレベルで中ロ関係を強化する方法について話し合った。分かったのは、どのレベルにおける認識も同じではないということだった。頂層設計という点では、中ロ両国の相互信頼及び協力に関する戦略的意思は十分だし、確固たるものがある。しかし、民間レベル、エリート・レベルでは、中ロ協力に対する見方は非常に多元的だし、両国の協力にとって必ずしも好意的でない見方すらあった。
(デューキン) ロ中間ではなお多くの問題を克服する必要がある。例えば、文化的な違いについて、我々はもっと時間を費やして相手側を理解する必要がある。我々に必要なのはもっと多くの「ダブル・トラック対話」を開拓することだ。人類の将来はロ中の深層レベルの協力にかかっており、我々は如何なる時にも増してもっと効果的に相互理解を深める必要がある。ロ中は多極世界における2極であり、両国民衆はロ中の発展のために努力を継続し、両国関係をさらに和諧的なものにするべきである。
 実を言えば、西側社会とロシアはともに、中国の政治及び社会の構造に関する理解が足りず、中国に対する分析を行うに際して文化の特殊な意味をほとんどおろそかにしている。中国は一つのことを行う際の軽重緩急について極めて意を用いる。中国の対外政策は、矛盾を激化するのではなく、衝突を緩和し、解消することに向けられる。私の見るところ、この種の文化は儒教文化だけではなく、道家思想に由来するところもある。
 これに対して、西側文化、ロシアを含む政治文化は過激的であり、常に黒か白か、善か悪かである。中国が世界を観察する思惟及び角度は健康的だ。しかし、西側国家が中国を観察する際の思惟及び視覚は必ずしも健康的ではなく、不正常ひいては病的な思惟と角度も含まれている。