1962年10月16日にいわゆるキューバ・ミサイル危機が起こったことを背景に、ロシア・ウクライナ戦争が核戦争にエスカレートするのではないかという問題が真剣に論じられる状況があります。日本国内の議論はもっぱらプーチン・ロシア批判・非難の立場からのもので、「ためにする議論」ですから論外です。しかし、問題の真の原因(この戦争を「ロシア潰し」のチャンスと捉える米西側と「ロシア憎し」に凝り固まったゼレンスキー政権が交渉による事態打開の可能性を入り口で排除していること)を明らかにし、このことがロシア国家の生存そのものを脅かしていると認識するプーチン・ロシアをして「背水の陣」を布くことを余儀なくさせているという因果関係を明らかにするいくつかの分析は読み応えがありますし、"絶対に核戦争はあってはならない"という万人が同意する原理原則に立つとき、私たちが備えなければならない基本的立場は何であるべきかについて認識を深めさせてくれます。 このほかにも、いくつかの興味深い論考を見つけました。
 私が紹介するのは、①キューバのハヴァナ国際関係高級研究所(the Higher Institute of International Relations of Havana)教授のモンロー(Juan Sanchez Monroe)がキューバ危機と今回の戦争の本質的違いを指摘した短文(10月17日付けのタス通信とのインタビュー記事)、②この戦争がロシアにとっては「生きるか死ぬか」がかかっているのに対して、アメリカにとっては「ロシアを叩き潰す材料であって、重要ではあるけれども死活的ではない」という決定的違いが核戦争の危険を招いていると喝破した、ロシアの世界経済国際関係研究所(the Institute of World Economy and International Relations)主席研究員のトレーニン(Dmitry Trenin)「まだキューバ危機から学ぶ時間があるロシアとアメリカ」(原題:"Russia and the US still have time to learn the lessons of the Cuban missile crisis and prevent a nuclear war" 9月26日付けのロシア・トゥディ掲載)、③バイデン政権の脳天気なアプローチが問題の根幹であることを鋭く指摘したベンジャミン(Medea Benjamin)及びデイヴィス(Nicolas J.S. Davies)の「約束破りのバイデンの危険性」(原題:"Big Danger After Biden's Broken Promise on Russia" 10月17日付けのアメリカのフェア・オブザーヴァーWS所掲)、そして④NATOの東方拡大は戦争につながるということはつとに指摘されてきたのに、どうして誰も耳を貸さなかったのか、と問いかけるグリャゼフ(Alexey Gryazev)の「専門家の警告無視が戦争を導いた原因」(原題:"Experts warned for decades that NATO expansion would lead to war: Why did nobody listen to them?" 5月24日付けロシア・トゥデイ掲載)です。ちなみに、③のフェア・オブザーヴァーWSは、独立公正を標榜するサイトです。

○モンロー発言
 モンローはキューバ危機と今回の戦争を比較するとき、次の4点で今回の方が核戦争の危険性が高いと指摘します。第一は、キューバ危機の時は実際の戦争はなかったのに対して、今回は現実に戦火が交えられていること。第二は、キューバ危機では外交交渉が機能していたのに対して、今回の戦争では外交交渉が早々と頓挫してしまっていること。第三、キューバ危機の時はキューバ政府が冷静に対応したのに対して、今回の戦争ではウクライナ指導部が反ロ親米に凝り固まっていること。第四、キューバ危機の時は外に波及することはなかったが、今回はノルド・ストリームの破壊工作、クリミア大橋の爆破工作など、外に波及していること。
○トレーニン文章
 本年10月はキューバ・ミサイル危機60周年である。幸いだったことは、当時の指導者であるフルシチョフとケネディは瀬戸際から引き返す知恵を持っていた。同時に、キューバ危機とウクライナ危機の間には大きな違いがあることに留意するべきだろう。クレムリンにとっては、問題は文字通り生存にかかわる。ホワイト・ハウスにとっては、重要ではあるが危機的というわけではない。問題となっているのはアメリカのグローバルなリーダーシップ、クレディビリティそして本国人との関係(アメリカ人にとってウクライナは最大関心であるわけがない)ということである。ウクライナにおける戦争は、ロシアを打ち負かし、もはや脅威とならないまでに弱体化させる歴史的なチャンスと捉えられている。「ロシア問題」を最終的に解決するという誘惑が頭をもたげているというわけだ。そのことはまた、中国にとっての最大の同盟国を奪いあげ、中国との争いでアメリカが優位を占める条件をも生み出すだろう。そうなれば、今後数十年にわたってアメリカの世界的覇権が保障されるというわけだ。
 ロシアが戦術兵器を使う可能性についていえば、アメリカは絶対に回避しなければならない大惨事として捉えるよりも、(戦術核兵器を使用させることによって)ロシアを国際的無法者に仕立て上げるチャンスだと見なしている可能性すらある。これは、バイデン政権がロシアとの核戦争を望んでいるということを意味するというより、同政権の極めて積極的なウクライナ政策が、ロシアが「戦略的敗北」を受け入れるという誤った前提、そして、核兵器が使われるとしても、ウクライナ限り、せいぜい欧州までというこれまた誤った前提に立っていることによるものである。
 キューバ・ミサイル危機から学ぶべき教訓は二つある。核デタランスを弄べば全人類に致命的結果をもたらすということ、核大国間の危機解決はいずれか一方の勝利によってもたらされるということはありえず、相互理解によるしかないということである。まだそのための時間は残されている。
○ベンジャミン&デイヴィス文章
 2022年3月11日にバイデンはアメリカと世界に対して、アメリカとNATO同盟国はロシアとは戦争状態にはなく、「我々はウクライナでロシアと戦争することはない」、「NATOとロシアの直接衝突は第三次大戦であり、それは防止しなければならない」と述べた。しかし今や、アメリカとNATOがウクライナの作戦計画に全面的に関与しており、ロシアの軍事的弱点を利用するための情報収集・分析が動員され、ウクライナ軍はアメリカとNATOの武器で武装し、NATO諸国で訓練を受けている。10月5日、ロシア安全保障会議議長のパトリチェフは、ロシアは今ウクライナでNATOと戦っていることを認めた。
 また、プーチンは、「国家の存亡の脅威にあるときは」核兵器を使う用意があることを世界に注意喚起した。ロシアのドクトリンによれば、ロシア国境でアメリカとNATOとの戦争に敗北することが核兵器使用の敷居になると理解されている。バイデンは10月6日、プーチンがふざけているのではないことを認め、全面核戦争の危険は1962年のキューバ・ミサイル危機当時より高まっているとした。
 ところがバイデンは、アメリカ人と世界に警告を発するわけでもなく、アメリカの政策の変化を口にしてもいない。ハーヴァード大学の核兵器問題専門家であるバン(Matthew Bunn)は、ロシアが核兵器を使う可能性を10~20%と見ている。バンがこの見積もりを出したのはクリミア大橋爆破の少し前だった。今後戦争がさらにエスカレートするとき、バンの見積もりはどうなるだろうか。
 西側の指導者にとっての答えのないジレンマは「勝ちがない」状況を前にしているということである。ロシアは6000の核弾頭を有し、致命的軍事敗北を受け入れるよりは核兵器を使用すると明記する軍事ドクトリンがある。ところが、ロシアに軍事的に勝利するということが今西側がウクライナでやっていることなのだ。アメリカとNATOの対ロ政策そして我々の生存そのものは首の皮一枚でかろうじてつながっている。
 西側は4月に致命的なステップをとってしまった。西側は、ゼレンスキーを説得して、トルコが仲介したロシアとの15項目の休戦枠組み(ロシアの撤兵とウクライナの中立)に関する交渉を放棄させた。西側諸国はこの協定の保証人になることを拒否し、2014年以降に失われたすべての領土を取り戻すためにロシアを徹底的に打ち負かす長期戦に向けてウクライナを支援することを約束した。オースチン国防長官は、西側の戦争目標は、ロシアが二度とウクライナに侵攻するだけの軍事力を持つことができなくなるまで「弱体化」させることだと宣言した。しかし、アメリカ及び同盟国がこの目標実現に近づけば近づくほど、ロシアは「国家の存続自体が脅威下にある」と認識することになるから、核兵器使用の引き金となるわけである。
 5月23日付のニューヨーク・タイムズは「複雑になる一方のウクライナ戦争に対応できていないアメリカ」(原題:"The Ukraine War is Getting Complicated, and America Is Not Ready")と題する社説を掲げ、アメリカの政策に根本的疑問を提起した。「アメリカはウクライナの主権を保ち、かつ、米ロ関係にも一定の配慮をする解決を通じて紛争終結をもたらそうとしているのか。それとも、ロシアを恒久的に弱体化しようとしているのか。政権の目標はプーチン追い出しに移ったのか。プーチンを戦争犯罪人にしようとしているのか。より大規模な戦争を回避しようとしているのか。こうした質問について明確な答えがないのであれば、ホワイト・ハウスは欧州大陸の長期的な平和と安全を危険に陥れることになる。」さらに社説は、ウクライナが2014年以後に失った領土をすべて回復するのは非現実的であり、それを目的とする戦争は「ウクライナに甚大な被害を引き起こす」と述べて、「ウクライナがこれ以上どれだけの破壊に耐えられるのか」、「アメリカとNATOがロシアと対抗できる限度」について、バイデンがゼレンスキーと正直ベースで話し合うことを呼びかけた。
 一週間後にバイデンは、「アメリカがウクライナですることとしないこと」(原題:"What America Will and Will Not Do in Ukraine")と題する返事を同紙に掲載した。この中でバイデンは、ウクライナに対して限度なしの支持を誓約したが、ウクライナにおける幕の引き下ろし方、アメリカの戦争関与の限界、ウクライナはどれほどまでの破壊に耐えられるかといった難問には答えなかった。
 戦争がエスカレートし、核戦争の危険性が増しているのに、こうした問題には答えが示されていない。戦争の早期終結を求める声は9月の国連総会でも満ちあふれ、世界人口の大半を占める66ヵ国が全当事者による和平交渉を緊急要請した。我々が直面する最大の危険は、こうした和平を求める声が無視され、アメリカの産軍複合体によって甘い汁を吸っている手先たちがロシアに対して圧力をかけ続け、1991年以来そうしてきたように、ロシアの「レッド・ライン」を無視し続けることにより、最終的にそのレッド・ラインを超えてしまうことである。
○グリャゼフ文章
 国際関係の専門家たちは(ロシア・ウクライナ戦争の)リスクを過去30年間にわたって警告してきた。どうして西側の政治家は聞く耳を持たなかったのだろうか。以下に解説しよう。
 プーチンは2021年12月末に次のように述べた。「国内外に向けてはっきりさせておきたい。事実は、我々にはどこにも退却できるところもないという事実を。」NATOのウクライナへの拡大というレッド・ラインは、ロシアの現指導部によって生み出された主観的コンセプトではない。ロシアとの間で議題になるはるか以前から、西側で議論されていた。
 1998年にジョージ・ケナンは、NATOの拡大は「新冷戦の開始」を意味し、NATO拡大は「悲劇的なミス」だと述べた。「そのような事態となればロシアの悪い反応を引き起こすだろう。NATO拡大決定者はロシア側に常に話してきたと主張するだろう。しかし、それは違う。」
 1997年に50人の著名な対外政策専門家がクリントン大統領に公開状を送り、NATOの拡大を「歴史的な政策の誤り」として反対した。1999年に保守的政治コメンテーターのパット・ブキャナンは自著の中で、「NATOがロシアの国境まで移動すれば21世紀の対決を予定することになる」と記した。ウィリアム・バーンズ現CIA長官は2008年に、「ウクライナのNATO加盟はロシアにとって最大のレッド・ラインである」と述べていた。
 過去20-25年に西側政府当局者が行ってきたことは、以上の諸専門家の忠告と矛盾するものだった。2019年、当時のウクライナ大統領府長官の顧問だったアレストヴィッチ(Alexey Arestovich)は次のように述べた。「ウクライナのNATO加盟の代価は99%の確立でロシアとの大戦争だろう。」この言葉が意味するのは、ウクライナ指導部にはロシアとの戦争を回避する意思はまったくなかったということだ。否、彼らは戦争を準備することがNATO加盟という「勝利」獲得のための正当な手段だと確信していた。
 しかし、以上のことは、アメリカ、あるいは少なくとも欧州が欧州における戦争を防止しようとしなかったことの説明にはならない。事実は、西側指導者は、ウクライナでの戦争に参加することはないという前提で動いていたということだ。核デタランスの存在を前提とすれば、全面破壊戦争を他のすべてのリスクから分けて局地化し防止することは簡単だとみんなが理解していた。今我々はそのことをアメリカと同盟国の行動から見ることができる。彼らは今この戦争において、直接介入以外のすべての手段を執っている。つまり、自らに危険を及ぼすシナリオは除いている。彼らが意に介さないのはウクライナ人がどれほど死ぬことになるかということだ。
 政治家の行動が専門家の見立てから乖離するのには他の理由もある。政治家は専門家の意見を聞かないというのではなく、間違った意見に耳を傾けるということだ。西側専門家の間でも意見の一致はない。NATO拡大の危険性を警告してきたのは、主に米欧のリアリストである。しかし、冷戦終了後、西側対外政策エスタブリッシュメントに対するリアリストの影響力は弱まってきた。冷戦が終了すると、リベラル及びネオコンの見方が急速に人気を集めることになった。彼らによると、ロシアは衰退過程にあり、もはや西側に挑戦する気がないだろう。ロシアは究極的には(西側のいう)歴史の正しいサイドに加わり、世界政治で従属的立場を受け入れるだろう、ということになる。
 ロシアの1990年代の行動もリアリストの見立てを疑わせるものがあった。ロシアはNATOの拡大に対して決然と、明確に反対しなかった。1997年に署名されたNATO・ロシア基本議定書により、西側はロシアがNATO拡大にわざと目をそむける用意があるのだと確信した。この文書は、ロシアがウクライナ攻撃を開始するまでの25年間、ロシアとNATOの関係を定めてきた。この文書では、欧州国家が「自国の安全を確保する手段を選択する」固有の権利を確認している。ストルテンベルグNATO事務総長は、ジョージア、ウクライナがNATOに加わることについてロシアは何も言えないのだと説明するのに、この権利を引用した。
 基本議定書はNATOが新加盟国を認める上での法的根拠を与えたが、ロシアがNATO拡大を認める用意があることについて西側が確信したのは、旧ソ連邦諸国のバルト三国の加盟だった。実はこの問題が1997年に持ち上がったとき、米上院対外関係委員会委員長だったバイデンは、ロシアはポーランド、ハンガリー、チェコの加盟には文句ないが、バルト三国については抵抗するだろうと述べていた。しかし、ロシアは何もしなかった。ロシアが拡大に反対したのはジョージアとウクライナの時だった。
 現在のロシアと西側の関係において、NATOがロシアの国境まで広げようとしていることは何の疑いもない。そして、そのことはリアリストの立場を強めることになる。これはウクライナの紛争だけのことではなく、アメリカと中国の対決にも当てはまる。中国は強くなりすぎ、アメリカは押さえ込もうとしている。したがって、今後は西側の政治家はリアリストの意見に耳を傾けることとなるだろう。それでは、リアリストが欧州での紛争について示す解決方策は何だろうか。
 リアリストは、アメリカがウクライナの地政学的ロスを「原状」として承認すること、キエフに対して攻撃的武器を提供することをやめること、さらにはウクライナが独立中立に留まる取引をロシアとの間で行うことを主張している。アメリカがこの勧告に従うならば、二つの重要な問題解決に役立つだろう。第一、アメリカは自らに不利な中ロ親善のさらなる進展をストップできるだろう。第二米ロの緊張を和らげることができるだろう。