9月7日にウラジオストックで開催された東方経済フォーラムで基調演説を行ったプーチン大統領は、本題である極東・シベリアの経済問題について論じる前に、「国際関係のシステム全体が不可逆的で、地殻変動的な変化を経験している」と切り出してアジア太平洋地域を筆頭とする興隆中の国々・地域が国際的な役割を増していることを指摘するとともに、西側諸国は相変わらず昔ながらの世界秩序を保全して自分たちの思い通りを続けようとし、自分たちの「ルール」を世界に押しつけようとしている(しかし、そのルールが自分たちに都合が悪くなると平然と破る)と指摘しました。プーチンはさらに、もっとひどいこととして、「西側諸国は歴史の流れを妨害しようとして、数世紀にわたって築かれてきた世界経済システムの土台を突き崩している」とし、その結果、「ドル、ユーロ、ポンドは取引を行い、資産を蓄え、評価するのに適した通貨としての信用を失うに至っている」とも指摘しました。
 これは、8月30日のコラムで紹介したラブロフ外相の以下の発言と軌を一にするものです。

 我々は、西側が意図する、国際法ではなく彼らのルールによって動かされる世界を選ばなくてはならないかという問題だ。彼らは「ルールに基づく世界秩序」という表現を編み出した。西側の実際の行動を分析すれば、これらのルールがケース・バイ・ケースで違うことが分かる。単一の基準は存在しない。そこにはたった一つの原則しか存在しない。すなわち、西側が欲することには従え、さもなければ罰せられる、ということだ。これが西側の推進する「ルールに基づく世界秩序」の示す将来の姿だ。要するに、EU及びアジアの同盟国を自分の意志に従属させたアメリカの一極世界である。これは提案ではなく最後通告だ。
 アメリカ支配の一極世界に代わる世界は、独立し、自らの伝統、歴史に依拠し、友邦を頼りこれを裏切らない世界である。ほとんどの国々は植民地時代に戻って存続することを望まないはずだ。2,3の途上国を除いて、AALA諸国の大半が違法な米欧の対ロ制裁に加わっていないという事実からも以上のことは明らかだ。
 アメリカとアメリカの要求のもとにあるEUはロシアの資産を凍結することを決定した。しかも彼らは、ロシアの資産を没収するための基礎を準備する手続きを真剣に開始している。明日あるいは明後日、彼らが誰かにむかついたら同じことをするだろう。言い方を変えよう。世界経済を支える道具としてドルに頼ることには明るい未来がない。ますます多くの国々が他の通貨の使用に転換し、自国通貨の使用に転換しつつあることは偶然ではなく、むしろ勢いがかかっている。
 西側は、自由な市場、公平な競争、私有財産の不可侵、推定無罪等々の原則に基づくシステムを創造した。ところが彼らは、ロシアを罰するために必要となったとき、これらの原則をあっさりとドブに放り投げたのだ。西側をあれやこれやでいらつかせる国が現れれば、西側が同じことをするのをためらわないことには疑問の余地はない。
 実は私も、プーチンやラブロフが提起している問題意識を共有しています。つまり、米西側が支配してきたゼロ・サム(弱肉強食)の権力政治秩序はもはや21世紀国際関係を支配できず、ウィン・ウィン(共存共嬴)の民主的国際秩序に席を譲らざるを得ない歴史的な転換点が近づいているのではないかという問題意識です。この問題意識を以下に詳しく展開してみたいと思います。

 2月24日にロシアがウクライナに対して開始した「特別軍事行動」は、戦争を禁止した国連憲章(第2条4項)に違反するものとして、アメリカを筆頭とする西側諸国の強烈な非難・制裁に直面した。「西側の一員」を自認する日本の岸田政権もロシア非難・制裁の大合唱に加わった。西側主要マス・メディアも「親ウクライナ・反ロシア」報道で歩調を合わせた結果、西側世論にもロシア非難の声が浸透し、ロシア自身が「米ソ冷戦時代にもなかった」と驚き戸惑うほどの、異常なまでの「ロシア嫌い」の雰囲気が醸成された。特に欧州では、スポーツのみならず、クラシック音楽、古典文学にまでロシア排斥の動きが現れたという。
 しかし、日本を含む西側諸国・世論が見落としている重要な事実がある。すなわち、アジア・アフリカ・中南米諸国つまり非西側諸国の大部分は西側諸国のロシア非難から距離をおき、対ロシア制裁にも加わっていない。NATOの一員であるトルコは、ロシアとウクライナの停戦に中立の立場で積極的に関与し、米日豪とともにQUADを構成するインドに至っては、西側のロシア制裁の主要対象である原油をロシアから大量に買い付ける始末だ。
 ロシアのウクライナ侵攻が際立たせたのは、日本、韓国、オーストラリア等を含む西側諸国と国際社会の大半を占める非西側諸国との認識・対応の懸隔の甚だしさということだった。この懸隔を生んだ原因を整理し、それらの原因が21世紀国際関係の構図に対して如何なる意味を持つのかを探るのが本稿の目的である。

1.西側のロシア非難・制裁の問題点

 西側諸国はもっぱらロシアの軍事侵攻の非を高唱する。しかし、途上諸国はロシアが軍事侵攻を余儀なくされた原因が西側の対ロシア戦略・アプローチにあることを正確に理解している。具体的には、ソ連崩壊で東西冷戦が終結した後も西側は手を緩めず、NATOの5次に及ぶ東方拡大でロシアの安全保障環境を脅かし、2014年のウクライナの反ロシア勢力による政変を支援し、今やロシア国境まで脅かすに至っている。ソ連崩壊後もロシアは非西側諸国との関係を維持・発展させる地道な努力を続けてきており、これら諸国はロシアと西側との以上の関係の推移を基本的に理解しているということだ。
 また、米ソ(東西)冷戦終結後、アメリカを筆頭とする西側が、西側の意向に従わない国々に対して経済制裁を乱発することに対する非西側諸国の警戒・反発の強まりも見逃すことはできない。
 経済制裁自体は、アパルトヘイト時代の南アフリカに対する安保理決議に基づくものなど、正当性を持つケースがあることは確認しておく必要がある。しかし、アメリカが「テロ支援国家」と指定して発動した、キューバ、朝鮮、リビア、イラン等に対する経済制裁は早くからその不当性が指摘されてきた。
 21世紀に入ってから、西側は対外政策遂行手段として経済制裁を本格的に採用している。最初に対象となったのはイランである。すなわち、国際決済通貨であるドル、ユーロ等を持つ西側諸国は、本来は国際取引を円滑にするための技術的仕組みであるSWIFTを利用して、核開発疑惑を指摘されたイランに対して国際取引を遮断し、イランの在外資産を凍結するなど、強烈な経済制裁を発動した。ちなみに、その重圧解除を求めるイランとイランの核開発抑え込みを狙った西側との利益のバランスを計ったのがいわゆるイラン核合意(JCPOA)である。
 ロシアのウクライナに対する軍事侵攻に対して、西側はイランに対する以上の経済制裁を発動してきた。その最たるものは、ロシアの在外資産を凍結するに留まらず、没収することまで視野に入れていることだ(前例:アメリカによるアフガニスタン中央銀行の在米資産の半分没収)。
 しかし、「財産権の不可侵」は資本主義の拠って立つ基本であり、基本的人権のもっとも重要な柱の一つでもある。これを踏みにじることは、西側の存立基盤(精神的支柱)の否定に等しい。新自由主義、金融投機主義にむしばまれた西側資本主義の本質的腐敗を集中的に表現するものである。
 ソ連崩壊によって、資本主義か社会主義かという体制・イデオロギーの優位性を競う争いは事実上幕を下ろした。今や非西側諸国のほとんどが市場経済メカニズムを前提にした開発戦略を採用し、自由な市場、公平な競争、財産権の不可侵等の原則に基づく、西側主導で作られた国際経済の枠組みに参加することを通じて、自国経済の発展を目指している。
 ところが、資本主義自由経済の本家本元である西側が今やこれらの原則をかなぐり捨て、イラン次いでロシアを力尽くで押さえ込む制裁に訴えたのだ。非西側諸国にとっては「明日は我が身」であり、この危機感・警戒感が西側と一線を画する重要な原因となっている。

2.国際秩序のあり方をめぐる対立

 アメリカは、米ソ冷戦終結後一貫して世界一極支配を目指してきた。問題は、アメリカの実力はもはやかつてのように絶対的ではなくなっていることだ。歴代政権もそのことは自覚し、調整・適合の努力を行ってきた。具体的には、覇権維持のための同盟国・友好国の動員(ブッシュ(父)政権の多国籍軍、クリントン政権の選択的介入・国連利用、ブッシュ(子)政権の対テロ戦争)、また地政学的には、全世界に睨みをきかせる戦略から重点地域(アジア)に資源を集中する戦略への転換(オバマ政権のアジア太平洋戦略、バイデン政権のインド太平洋戦略)を指摘できる。その際、アメリカが重視したことは、国際情勢の変化に応じてNATOの対応能力を拡大することそして日米軍事同盟を変質強化することだった。
特にバイデン政権は最大の脅威を中国と措定し、ウクライナ危機以後はロシアを直接の脅威と規定して、中ロ両国を国際的に孤立させ、無力化する戦略を採用して、アメリカ中心の世界一極支配を追求している。その中心軸は「ルールに基づく国際秩序」である。しかし、アメリカは「ルール」が何を指すかは一度として明らかにしたことはない。「西側の実際の行動を分析すれば、これらのルールがケース・バイ・ケースで違うことが分かる。単一の基準は存在しない。そこにはたった一つの原則しか存在しない。すなわち、西側が欲することには従え、さもなければ罰せられる、ということだ」(ロシア・ラブロフ外相)という指摘は的を射ている。要するに、昔ながらのゼロ・サム(弱肉強食)のパワー・ポリティックス(権力政治)に固執しているのだ。
 しかし、1945年に成立した国際連合(国連)は、「すべての加盟国の主権平等の原則」に基礎をおき(第2条1項)、国際紛争を平和的手段で解決(同2項)することを定めて、平和で民主的な国際秩序を構築することを目的としている。東西冷戦の激化によって国連の活動が制約されたことは事実だ。しかし、東西いずれに与することも拒否した多くの非西側諸国が参加して1961年に発足した非同盟運動は、公正で民主的な国際秩序を目指して活動してきた。民主的な国際秩序の実現を目指す動きは一貫して存在してきたということだ。
 ウィン・ウィン(共存共嬴)の民主的な国際秩序の実現を目指す動きは、中ロ両国がこれに加わる立場を鮮明にしたことで一気に勢いを増すこととなった。すなわち、中ロ両国外相は2016年6月25日に「国際法を促進することに関する声明」を発表して、国連憲章遵守、主権平等原則を強調し、国際法に背馳する「一方的な制裁」に反対した。また、両外相名で2021年3月24日に発表した「グローバル・ガヴァナンスの若干問題に関する共同声明」では、「国連を核心とする国際システム、国際法を基礎とする国際秩序」を堅持すべきことを主張した。

3.21世紀国際関係の構図

 こうして、ゼロ・サム(弱肉強食)のパワー・ポリティックス(権力政治)秩序か、ウィン・ウィン(共存共嬴)の民主的国際秩序かという対立は、今や21世紀国際関係における最大の争点となっている。西側世界対非西側世界の雌雄を分ける争いでもある。
 短期的にはウクライナの抗戦継続能力、中期的にはドル・ユーロの支配力、長期的には西側と非西側の総合力比がこの争いの帰趨を左右するだろう。国内矛盾山積の西側諸国がウクライナに対する軍事支援を無期限に継続できるとは考えられない。非西側諸国の脱ドル化・脱ユーロ化への動きはもはや動かすことはできない。中国は2010年に日本を抜いて世界第2位の経済大国となり、インドは最近イギリスを追い越して世界第5位の経済大国となった。2030年頃には中国が世界第1位、インドが第3位の経済大国になることも現実味を持って語られるようになった。つまり、西側世界と非西側世界の実力比は今後ますます広がる。これらのことを勘案すれば、21世紀中葉にはゼロ・サム(弱肉強食)のパワー・ポリティックス(権力政治)秩序がウィン・ウィン(共存共嬴)の民主的国際秩序に席を譲ることはもはや歴史の流れと言って良いだろう。私たちに求められることは、目先に一喜一憂せず、歴史的に物事を考え、自らも歴史の流れに即した生き方を心がけることだと思う。