5月9日のフィナンシャル・タイムズが掲載したインタビュー記事の中で、EUのボレル対外代表は、「(西側諸国が)凍結したロシアの対外準備資産をウクライナの戦後再建費用の支払いを支援するために使用することを考えるべきだ」と発言し、「我々のポケットにはお金(浅井:ロシアの在外凍結資産)があり、アフガニスタンのお金ならいいがロシアのお金ならよくない、ということについては説明が迫られる」("We have the money in our pockets, and someone has to explain to me why it is good for the Afghan money and not good for the Russian money,")と発言しました(同日付ロイター通信)。ボレルが「アフガニスタンのお金ならいいがロシアのお金ならよくない」と述べた「アフガニスタンのお金」とは、2月11日にバイデン大統領が出した行政命令(Executive Order on Protecting Certain Property of Da Afghanistan Bank for the Benefit of the People of Afghanistan)のことが念頭にあります。
<バイデン大統領行政命令>
バイデンの行政命令は、タリバンによる全土掌握後にアメリカが凍結した、旧アフガニスタン政権下のアフガニスタン中央銀行(DAB)がアメリカに預けていた70億ドルの資産の扱いに関するものです。バイデンはこの大統領令において、この資産をアフガニスタン人民のために用いるために取っておくとしつつ、「テロの犠牲者(浅井:具体的には9.11事件の犠牲者)の相続人等がDABの資産に対して法的請求を行っていることを理解している」とも述べ、財務長官に対して、国務長官及び検事総長と協議して、この行政命令の目的を遂行する権限を与えました。行政命令にはそれ以上の言及はありませんが、70億ドルの半額は前者(アフガニスタン人民)に、残りの半額(35億ドル)は9.11事件犠牲者の遺族等による賠償請求に充てることが具体的内容であると説明されています。つまり、ボレルは、アフガニスタンの凍結資産を9.11事件犠牲者のために使うことはよいが、ロシアの凍結資産をウクライナ再建費用に充てることはだめだ、というのは理屈が通らないと主張したということです。
 しかし、常識的に考えても、バイデンがやろうとしていることは"他人様から預かっている財産を断りもなしに勝手に使う"ことであり、とても許されるものではありません。法的に言えば、刑法第247条に定める背任罪(「他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する」)に相当する行為です。
 この大統領令が出るとすぐ、アメリカ国内からも厳しい批判が提起されたのは当然です。例えば、タフツ大学フレッチャー法律外交大学院のD.W.ドレズナー(Drezner)教授は、「アメリカはアフガニスタンのお金を盗もうとしている」と題する文章(2月14日付けワシントン・ポスト)で、「アメリカ政府が外国の資産を勝手に取り上げる(commandeer)のは極めて異常なことだ」と指摘し、次の趣旨を論じています。

 バイデン政権のために公正を期して言えば、(DABの資産を遺族のために使うという)法的理屈は同政権が作り出したわけではない。9.11事件の遺族は10年前にタリバンに対する欠席裁判においてその権利を獲得していた。当時は(タリバンが政権を追われていたために)シンボリックな、実効性のない判決と受け止められていた。しかし、タリバンが昨年アフガニスタンを再び支配したため、遺族たちはDABの資産を狙うこととなった。遺族たちの訴えに対して、連邦地裁は、アメリカはタリバンをアフガニスタンの合法的支配者として承認していない(承認していたとしても、当初の訴訟において、アフガニスタンは被告とは名指しされていなかった)としても、タリバンは今やアフガニスタンを支配しているので、原告は凍結資産に対する権利を要求することができると、"突飛な理屈をつけて"判示した。
 安全保障会議は、司法省、国務省そして財務省のトップを巻き込んで数ヶ月に及ぶ検討を行った後に上記の行政命令にたどり着いた。すなわち、行政命令ではまず、大統領が国際的非常事態における経済権限法(the International Emergency Economic Powers Act)に基づく権限を使って、DABの全資産を連邦準備銀行の特定口座にまとめ、その上でこれを凍結する(ただし、資産の所有権はなおADBにある)。行政命令では次に、連邦準備法(the Federal Reserve Act)の規定(外国の中央銀行に属する財産に関して、国務長官が当該外国を正式に代表すると認める者によるお墨付きを得れば、それを処分できるとするもの)を使うことを予定している。問題は、アフガニスタンの前政府はもはや存在しない以上、「当該外国を正式に代表すると認める者」という資格を満たす者は果たして誰かということにある。この難問に関して、バイデン政権がいかなる答を出したかは明らかにされていない。
 以上はこの行政命令の内容に関わる法的問題点だが、もっと本質的な問題は次の点にある。すなわち、アメリカ政府は、他の主権国家が法的に所有する資産を自国民に報いるために略奪しようとしているということである。いかなる法的理由が示されようと、アメリカ政府はアフガニスタンのお金を盗もうとしているのであり、ドルの力を武器にして使うアメリカに対する他国の当然の警戒と反感を招くことになる。
 アメリカ有数のシンク・タンクの一つであるアトランティック・カウンシルWSも2月16日、「アフガニスタンの資金を分割する決定を行ったバイデン政権に対する専門家の反応」と題して、南アジア・センターの5人の専門家の発言を掲載しています。
○J.B.カニンハム:バイデン提案には大きな問題がある。この資産が誰に属するのか、そして、アフガニスタンの準備預金を預かっているアメリカがそれを押収して使う法的または道義的権限を有しているかという問題である。この資金は、崩壊したイスラム共和国(アフガニスタン前政権)に代表されたアフガン人民に属する。この政権を継承するべき正統かつ公認された政権は存在していない。法的には、アメリカの裁判所は、①すべてのアフガニスタンの資産はアフガニスタン人民及び正統なアフガニスタン政府の財産として認められるべきであり、したがって②9.11事件の犠牲者のタリバンに対する請求を満足させるために使うことはできない、と結論するべきである。政策的には、アフガニスタン人民を代表してアフガニスタン・イスラム共和国資産を所有するべき、立憲政府として承認される政権が登場するまで、アメリカはその資産を預託された状態で保管するべきである。
○ハミード・ハキミ(及びオマル・サマド):(バイデン政権の決定は、第一、タリバンに対する影響力をますます失うことにつながり、第二、アフガニスタンの通貨・アフガニの公信力であるはずの対外準備資産を奪いあげれば、アフガニひいてはアフガニスタン経済そのものの崩壊につながる、と述べた上で、第三として)この決定は、バイデン政権が他国の主権的富を押収し、当該他国の市民に発言の機会も与えずに一方的に使い方を決めてしまうという、問題ある前例となる。アメリカに必要なことは、国際問題における信用のおけるリーダーと認められることである(が、この決定はそれに逆行する)。
○サハル・ハライムザイ(及びニロファー・サクフィ):アフガイスタン人民は9.11テロ事件に対する責任はない。アフガニスタン人民に属する資金を取り上げ、911犠牲者の家族に与えるというバイデンの異常な決定は、9.11に関してアフガニスタン人民を罰することに他ならない。しかも彼らは今、数百万人が飢餓に見舞われており、この決定は冷酷かつ不可解である。
<ボレル発言を支持する声>
 5月9日のエマージング・ヨーロッパWS(中東欧23カ国をカバー)は、「ウクライナ再建に凍結ロシア資産の使用を支持する声の高まり」("Support builds for use of frozen Russian assets to reconstruct Ukraine")と題する文章で上記ボレル発言を紹介した上で、次のように述べています。
○3月にウクライナ中央銀行のシェヴチェンコ総裁は、ロシアは最終的にウクライナ侵略による被害を修復するために支払うことを命じられることになるだろうと述べた。彼は、「必要な金額は巨大である」とし、「その大部分は侵略者からの賠償として獲得する必要があり、その賠償の中には同盟諸国で凍結されている資金を含むことになるだろう」と述べた。
○4月の終わりにブリンケン国務長官は、ウクライナ再建用にアメリカにおいて凍結されている数百億ドルのロシア政府資産を振り向けるという「オプションを考慮中」であると述べた。彼は、下院外交委員会で、「ロシア政府の資産を押収するだけではなく、ウクライナ再建に使用するためには、いかなる権限が必要かについて法律専門家に検討してもらっている」と述べた。その前日には、下院は、アメリカが制裁した外国人(その富の一部はプーチンを支持ししたことに由来するもの)が所有する500万ドル以上の資産を押収し処分する権限をバイデンに与える法案を可決した。
 5月13日に、ウクライナのクレバ外相は、ウクライナがG7に対して、差し押さえたロシア資産をウクライナに引き渡し、ウクライナの戦争終結後の再建を支援するように要求したと述べました。クレバは、ドイツで行われたG7外相会議の席上でこの要求を行ったと述べるとともに、「我々が議論したのは数千億ドル(の再建費用)であり、ロシアはツケを支払わなければならない」と、会議の合間に記者に語りました(5月13日付け環球網及びタス通信)。
 ウクライナのゼレンスキー大統領は5月20日、多国間協定でメカニズムを設置し、そのメカニズムを通じてロシアの行動によって被害を受けた個人が賠償を得られるようにすることを提案しました。彼はさらに具体的に、この協定に基づき、各国管轄範囲内のロシア資産を押収ないし凍結し、その後、専門に設立するファンドに集中して、ロシアの行動で損失を被ったものが賠償を受けるようにする、と指摘しました(5月21日付け中国中央テレビWS)。(浅井:ゼレンスキーの提案は、バイデン大統領の行政命令の内容を踏まえたものと理解できます。)
 また、ロイター通信によれば、ドイツのリントナー財務相も欧州メディアに対し、ロシアの国有資産を取り上げてウクライナ再建のための資金として提供するというアイデアに対してオープンな態度であり、G7とEUはすでにこの問題について議論を進めていると述べました(5月18日付け環球網)。ただし、アメリカのイエレン財務長官は5月18日、アメリカにおいて凍結したロシア中央銀行の資産を没収することは違法であり、アメリカ政府がそうすることは法律で認められないと述べました。しかし同時に、アメリカはパートナー諸国との間で、ウクライナの戦後再建費用を如何にしてロシアに支払わせるかについて議論を進めているとも述べました(5月19日付け中国中央テレビWS)。
<ロシアの反対>
 ロシアはこのようなウクライナ及び西側の動きに強く反発しています。5月9日にロシア外務省のグルシュコ次官は、ボレル発言に対して「無法の極みであり、国際関係の基礎を破壊するものだ」と述べ、「EUが仮にそのような決定を行うならば、現代金融システムを揺るがし、欧州ひいては西側全体に対する信頼を弱めることになる」と指摘しました(5月10日付け環球時報ニュー・メディア)。
 また、ラブロフ外相も翌日(10日)、ボレル発言に関するロシア・テレビ(RT)の質問に対して、ロシアの外貨準備を没収するということは「窃盗行為」以外の何ものでもないと指摘し、西側諸国はロシアの約3000億ドルの外貨準備を凍結しているというRTの提起に「外国資産を「窃盗する」ことはもはや西側の「習慣」になってしまっている」と表明し、バイデン政権がアフガニスタン中央銀行の資産を凍結したことに言及しました(5月11日付け環球時報ニュー・メディア)。
 さらにラブロフ外相は5月14日、外交防衛政策協議会の第30回集会で演説し、この問題を含めたロシアの国際情勢認識を、次のように述べました(ロシア外務省WS)。
 「外部環境は急激に変わりつつあるだけではなく、日々に深刻かつ広範囲に(残念ながら、いい方向にではない)変化しつつある。ロシアもそれとともに変化し、そこから結論を引き出している。我々は、「西側集団」がロシアに対して全面的なハイブリッドな戦争を宣言したことで、選択がより容易になった。どれぐらい続くかを予想するのは困難だ。我々は、直接の紛争を避けるためにできる限りのことはした。しかし、彼らが挑戦状を発したので、我々はそれを受け入れた。我々は制裁には慣れっこである。実に長い間あれこれの制裁の下でやってきた。今回、驚くことがあるとすれば、ほとんどすべての「文明」諸国でロシア恐怖症が急激に巻き起こっていることである。ロシア的なすべてのことに対して「キャンセル文化」を使っている。我が国に対するありとあらゆる敵対的な行動が、窃盗を含めて許されている。このキャンペーンはロシアの外交官をも素通りしない。冷戦時代においてすら、今起きているような外交官の大量かつ歩調を合わせた追放は記憶にない。西側との関係の全般的雰囲気が破壊されている。
 以上の状況はウクライナに関わってだけのことではないし、ウクライナとはあまり関係がない。ウクライナは、西側が追求している一極支配の世界秩序を恒久化しようとする路線との関係で、ロシアの平和的発展を封じ込める上での道具として使われている。アメリカは冷戦終了直後から現在の危機を準備し始めた。NATOの東方拡大はそういう路線の中心的構成要素である。我々は彼らにそうしないように懸命に努力した。我々はどこにそしてなぜレッド・ラインを引いたかを示してきた。我々は柔軟だったし、譲歩し、妥協する用意もあった。しかしすべては無駄だった。
 今日、西側諸国は、「ウクライナ人の最後の一人まで」ロシアと対立させようとしている。これは、大西洋越しにこれらのプロセスを取り仕切っているアメリカにとっては特に都合のよい立ち位置である。アメリカは同時に、欧州を弱体化しようとしている。
 情勢は多層的である。ロシア、アメリカ、中国そしてすべてのものが、以下のことを理解している。すなわち、世界秩序は公正で、民主的で、多極的になるのか、それとも、このごく少数の国々が国際社会に対して、彼らは「例外的」であり、残りは彼らの思いのままになるように運命づけられていると考える新植民地主義的な世界分割を押しつけるのか。これこそは、彼らがここ数年持ち込もうとしている「ルールに基づく秩序」の目的とするところである。これらの「ルール」を誰も見たことはないし、議論したこともなく、ましてや承認したこともない。
 一例を挙げよう。最近、イエレン財務長官は新たなブレトン・ウッズの枠組みを提唱した。この枠組みのもとでは、世界経済を如何に動かすかについて「一連の規範及び価値」を共有する信頼の置ける国々に対して、アメリカがサプライ・チェーンの支柱になるとしている。その意味するところはあまりにも明らかだ。米ドルと国際金融システムはアメリカの「ルール」に従うものだけのためにあるということだ。これに同意しないものは罰せられる。ロシアだけが標的というわけではないが、ロシアは反撃しようとするので、余計に標的にされる。しかし、独立した政策を行うことができる国はすべて攻撃の対象になる。例えば、アメリカのインド太平洋戦略では中国が標的になっている。また、アメリカはインドをアメリカとNATOに役立たせようとしている。モンロー・ドクトリンに従い、アメリカはラテン・アメリカに対しして振る舞い方を押しつけようとしている。問題は、アメリカが「国連はすべての加盟国の主権的平等に基礎を置く」と定める国連憲章に従うことができるかという点にある。
 「ルールに基づく秩序」においては、デモクラシーはもちろん、「西側集団」内部における多元主義すら認めない。そこでのカギは、強靱なブロックの規律を回復し、「同盟国」がワシントンの指令に無条件で服従するということである。EUはすべての独立性を喪失し、一極世界秩序を目指すアングロ・サクソンの計画に従順に従うことになるだろう。2013年12月にヌーランドがアメリカの駐ウクライナ大使に語った、ワシントンのウクライナ再編計画におけるEUの位置づけがどういうものだったかを思い出そう。彼女の予言はその通りになった。安全保障に関しては、EUは世界的野心をますます強めるNATOと一緒になっていく。NATOが防衛同盟であるという点に関しては、NATOの拡大は防衛的プロセスで、誰をも脅かさないと、我々は今日に至るまでいわれ続けてきた。冷戦時の防衛ラインはベルリンの壁だった。そのラインはその後5回にわたって東に移動してきた。今日では、NATO事務局長以下は、NATOにはインド太平洋地域を主とする安全保障問題を解決する世界的責任があると語っている。私の予想では、次の防衛ラインは南シナ海に動いていくだろう。さらに、デモクラシー・コミュニティの前衛であるNATOは国際政治問題で国連に取って代わるべきだと遠回しに言われるようになっている。また、G7は世界経済を切り盛りすべきなのだ。
 西側の政治家たちは、ロシアを孤立させようとする努力は失敗する運命にあるという事実を受け入れるべきだろう。それが今起こりつつあることなのだ。非西側世界は、世界がますます多様になりつつあることを見ている。ますます多くの国々が自国の発展の道を自分で選択する真の自由を持とうとしている。AALAの圧倒的多数の国々は対ロシア制裁に加わっていない。他の国々の資産を略奪することにより、西側諸国は評判を落としている。なぜならば、今や「国家による海賊行為」から自由で安全なものはなくなっているからだ。だからこそ、ロシアだけではなく、他の多くの国々も対米ドル依存を減らそうとしている。世界経済の非独占化は遠い将来のことではないと私は確信している。露中関係は史上空前のレベルにある。ロシアは、インド、アルジェリア及びエジプトと戦略的パートナーシップを強めている。湾岸諸国との関係もまったく新しいレベルに引き上げられている。同じことは、ASEAN諸国及びアジア太平洋、中東、アフリカそしてラテン・アメリカの国々にも当てはまる。