台湾海峡を巡る軍事的緊張の原因は、対中全面対決政策をやみくもに推し進めるバイデン政権が、その一環として「台湾独立」志向の台湾・蔡英文当局にテコ入れを強めていること、それに気をよくした蔡英文当局がますます大陸に対する対決姿勢をエスカレートさせていること、日本(特に安倍晋三氏以下の極右勢力)が「悪乗り」して「台湾海峡有事」を煽っていること、にあることは公知の事実です。
 アメリカの支離滅裂が際立つのは、アメリカの中国に対する軍事的優位は大きく揺らいでおり、圧倒的軍事優位を前提として成り立ってきたdeterrence by denial戦略(アメリカの核・非核戦力による報復威嚇によって中国の台湾の武力解放意図を抑え込む戦略)がもはや通用しなくなっている(少なくとも、通用しなくなりつつある)ことを自ら認めざるを得なくなっている現実があるのに、米中軍事激突招来につながる蔡英文当局の「台湾独立」志向を煽るアプローチに固執していることです。この支離滅裂を解消する道は至極単純明快です。要するに、蔡英文当局へのテコ入れを止めて、3つの米中共同声明の原則(一つの中国原則+中国政府が唯一合法政府であること+台湾との関係は民間実務レベルに限定)に立ち戻ることを明確にすることです。そうすれば、蔡英文当局の「暴走」は止まるほかなく、中国としては台湾の平和的祖国復帰を気長に待つ、これまでの平和統一の立場に回帰できるのです。
 ところが、アメリカの発想の煮ても焼いても食えない所以は、自分たちの支離滅裂な政策が中国の「武力解放の可能性を排除せず」という強硬姿勢を招いていることを認めようとせず、中国の強硬姿勢を議論の出発点に据え、これに如何に対処するかで大騒ぎしていることです。ちなみに、ウクライナ問題を巡るアメリカ・NATOとロシアの軍事的緊張に関しても、アメリカはまったく同じ構図で議論しています。つまり、アメリカ・NATOの際限ない東方拡大-ウクライナをも勢力範囲にのみ込む動き-がロシアの警戒感を高めているのが問題の本質であるのに、アメリカはもっぱらロシア・プーチンの対ウクライナ強硬姿勢を問題にしています。
 12月25日付の環球時報は、中国社会科学院台湾研究所研究員の汪曙申署名文章「荒唐無稽な「焦土拒統」」(「拒統」は「統一拒否」の意味)を掲載しました。汪曙申は、米陸軍戦争アカデミーの季刊誌Parametersに掲載された文章について論じています。興味深い内容だったので、早速ネットで検索して、J.マッキニー及びP.ハリスによる"Broken Nest: Deterring China from Invading Taiwan"であることを確認しました。その内容は、deterrence by denial戦略がもはや中国には通用しなくなっていることをくり返し指摘した上で、中国の台湾侵攻を思いとどまらせる新たなdeterrence戦略として、deterrence by punishment戦略を提起するというものです。
 彼らによれば、①deterrence by denial戦略はもはや中国には通用しない、しかし②米中軍事激突は問題の答にはなり得ない、したがって③中国が軍事力行使を思いとどまらざるを得ない(あるいは得にならないと判断する)新たなdeterrence戦略を考える必要がある、ということで、それがdeterrence by punishment戦略ということになります。その要諦は、"中国が台湾を武力解放するとしても、待ち受ける結果は中国にとって最悪なものになることを知らしめることで、中国が武力行使を思いとどまらざるを得ないようにする"ということです。「待ち受ける結果」として二人は、中国が武力侵攻しようとすれば、世界的半導体メーカーTSMCをはじめとする台湾のチップ製造系統をすべて破壊するいわば「焦土」作戦を行うことを提案します(この文章のタイトルである'Broken Nest'とは、「壊れた巣には卵は残らない」という趣旨の中国のことわざに由来します)。「待ち受ける結果」として二人はさらに、台湾住民の不服従運動やゲリラ闘争の可能性も指摘しますが、台湾の世論調査結果に鑑みるとあまり期待できないとする判断を覗かせています。
 汪曙申は、中国の武力行使を思いとどまらせる手段としてTSMC破壊等の「焦土」作戦を持ち出すのは、"荒唐無稽であるだけでなく、それ以上によこしまなメンタリティだ"と不快感をあらわにしました。私は'よこしまなメンタリティ'という評価にまったく同感です。しかし、それにも増して、議論の出発点を間違えることが如何に誤った結論に導かれるか、という生々しい実例を突きつけられた感じです。支離滅裂が二重三重に重なると如何にグロテスクな結果を生み出すか、という怖ささえ感じます。アメリカの「知」はここまで病んでいるのかという思いです(特に、マッキニーの肩書きは'the Chair of the Department of Strategy and Security Studies at the School of Graduate Professional Military Education'と紹介されていますので、アメリカの「知」を十分に代表する資格を備えていると思われます)。