岸田新首相に日中関係改善への積極的取り組みを緊急提言しました(9月30日コラム)が、中国も岸田氏に期待を寄せている様子が浮かび上がってきています。10月4日、習近平主席と李克強首相は岸田氏が首相に当選したことに対して祝電を送り、同8日には習近平主席と岸田首相の電話会談が実現しました。5日付及び9日付の人民日報は1面(右上)で報道しました。習近平主席と李克強首相は菅義偉首相の当選の時も同じく祝電を送り、人民日報も同じ取り上げ方をしていましたので、以上の事実関係自体に格別の意味があるわけではありません。しかし、2つの祝電・電話会談の内容を読み比べる時、いくつかの重要な違いを読みとることができます。
 まずは、祝電・電話会談を訳出して紹介します。

<祝電>
(菅義偉宛) 2020年9月17日
 習近平:中日は友好的隣国であり、同様にアジア及び世界における重要な国家であって、長期にわたって安定した、友好協力の中日関係を発展させることは、両国人民の根本的な利益に合致し、アジア及び世界の平和、安定、繁栄にも有利である。双方は中日4政治文献が確立した原則と4点の原則的共通認識の精神を厳守し、新時代の要求に合致した中日関係の構築を積極的に推進し、両国及び両国人民に幸福をもたらし、世界平和を擁護し共同発展を促進するために、積極的な貢献を行うべきである。
李克強:中国は日本とともに、両国の各分野における友好交流と実務協力を強化し、両国関係が新たな更に大きな発展を得られるよう、共同で推進することを望んでいる。
(岸田文雄宛) 2021年10月5日
 習近平:中日は一衣帯水であり、中日善隣友好協力関係を発展させることは、両国及び両国人民の根本的な利益に合致し、アジア及び世界の平和、安定、繁栄にも有利である。中日双方は中日4政治文献が確立した原則を厳守し、対話と意思疎通を強化し、相互の信頼と協力を増進し、新時代の要求に合致した中日関係の構築に努力するべきである。
 李克強:双方は、政治的な共通認識を擁護し、交流と協力を強化し、両国関係が正しい軌道に沿って健やかに安定的に発展することを推進し、明年の中日国交正常化50周年を共同で迎えるべきである。
<電話会談>
(習近平・菅義偉) 2020年9月25日(祝電から8日後)
 習近平は次のように強調した。中日は互いに重要な隣国かつ協力パートナーであり、同じくアジア及び世界の重要な国家であって、広範な共同利益と広々とした協力スペースを擁している。双方の共同の努力のもと、近年中日関係は正しい軌道に戻り、良い方向への流れを維持している。中国は日本の新政府とともに、中日4政治文献の原則と精神に従い、歴史等の重大で敏感な問題を適切に処理し、政治的な相互信頼を不断に増進し、相互の利益となる協力を深め、人文交流を拡大し、新時代の要求に合致する中日関係の構築に努力したい。
 習近平は次のように指摘した。共同の利益を持続的に開拓し、両国人民により良い幸せをもたらすことは、新時代における中日関係発展の本質的な要求である。今日、新型コロナが相変わらず世界的にまん延しており、コロナと戦い、経済を安定させ、民生を保つことは各国共通の政策的選択となっている。中日双方は相互に支持し、ウィン・ウィンを実現することができる。中日の経済貿易協力はコロナ・ショックをはね返して伸びており、強靱なレジリエンスと強大な潜在力を示している。中国は現在、国内大循環を主体とし、国内国際双循環が相互に促進し合う新しい発展のパラダイムの形成を強力に推進している。双方が共同して、安定的で闊達な産業チェーン、サプライ・チェーンと開放的な貿易投資環境を維持し、協力の質とレベルを高めることを希望する。中国は、日本が明年のオリンピックを成功裏に行うことを支持する。
 習近平は次のように強調した。中日は、世界の平和安定発展を擁護する重要な責任を共同で担っている。双方は、人類運命共同体の理念に基づき、多国間主義を積極的に唱道し、実践し、国連を核心とする国際秩序と国際システムを確固として擁護し、国際組織及び地域協力システムのもとで疎通、協調、協力を強化し、様々なグローバルの挑戦に手を携えて対応し、アジアの繁栄と発展に積極的に貢献するべきである。
 菅義偉は次のように表明した。日本は中国を高度に重視し、日中関係を最重要な二国間関係の一つと見なしている。両国は、コロナとの戦いにおいて互いに支持し合っている。安定した日中関係は両国人民の利益に合致するだけでなく、世界の平和と繁栄にとっても欠くことができない。私は習主席と緊密な疎通を保ち、両国の経済貿易協力の強化に力を致し、人文交流を深め、日中関係が新たなステージに向かうことを推進することを希望する。日本は中国と密接に疎通し、年内の地域的な包括的経済連携協定署名を確実にし、日中間自由貿易地域交渉の推進を速め、地域の産業チェーンとサプライ・チェーンの安定を共同で維持したい。
 双方は、共通の関心がある問題についても意見を交換した。
(習近平・岸田文雄) 2021年10月8日(祝電から3日後)
 習近平は次のように強調した。中日は隣国であり、「親仁善隣、国之宝也」。中日友好協力関係を擁護し、発展させることは、両国及び両国人民の根本利益に合致し、アジアひいては世界の平和、安定、繁栄にも有利である。現在、中日関係にはチャンスとチャレンジが共存している。中国は日本の新政府が両国ハイ・レベルの疎通を保つことを重視していることを賞賛し、日本と対話協力を強化することを願っている。歴史を鑑とし、未来を切り開く精神に基づき、新時代の要求にマッチした中日関係の構築を推進しよう。明年は中日国交正常化50周年であり、双方が初心を温め、同じ目標に向かって歩み寄り、この重要な歴史的節目を共同で迎え、両国関係における新たな発展の展望を切り開くことを希望する。
 習近平は次のように指摘した。中日は両国関係における正反両面の経験を真剣にくみ取り、中日4政治文献が確立した原則を厳守し、「互いに協力パートナーとなり、互いに脅威とならない」という政治的な共通認識を確実に履行し、歴史、台湾関連等の重大で敏感な問題を適切に処理し、隔たりを巧みにコントロールし、正しい方向をしっかり把握し、両国関係の政治的基礎と大局を擁護するべきである。双方は、治国理政の交流と経済政策の協調を強化し、公平で開放的な貿易投資環境を共同で擁護し、より高いレベルでの長所補完と互利共嬴を実現し、両国人民により良い幸せをもたらすべきである。双方は、本当の多国間主義を実践し、それぞれの根本利益と人類共同利益に基づき、和而不同、和衷共済の東アジアの智慧を発揚し、地域協力を積極的に推進し、グローバルなチャレンジに協調して対応し、世界の平和安定発展を擁護するべきである。日本の東京オリンピック開催成功を祝福し、明年2月の北京冬季オリンピックに日本が積極的に参加することを歓迎する。
 岸田文雄は中国の国慶節に対するお祝いを述べた。岸田は次のように表明した。目下の国際的及び地域の情勢の下、日中関係は新しい時代に入ろうとしている。日本は中国とともに日中関係の歴史の中から重要な教えをくみ取り、明年の日中国交正常化50周年を契機として、新時代の要求にマッチした、建設的で安定した日中関係の構築に共同で努力したい。双方は、対話を通じて隔たりをコントロールするべきである。日本は中国とともに経済協力と民間交流を強化し、コロナ対策、気候変動等の重要な国際的地域的問題について緊密に疎通、協力したい。日本は北京冬季オリンピックが順調に開催されることを期待している。
 双方は今回の対話が極めて時宜にかなった、極めて重要なものであると認識し、引き続き様々な方法を通じてインタラクションと疎通を保ち、両国関係が正しく発展するように方向性を導くことに同意した。
 私が注目したのは以下の諸点です。習近平・中国が岸田政権に期待を寄せており、中日関係をリセットする強い意欲を抱いていることは明らかだと思います。岸田首相及び岸田政権にとっては極めて重い課題が負わされたとも言えます。中国側は全面的に日中関係改善のために積極的に行動する用意があることを示したのであり、このチャンスを活かすか逃すかはひとえに岸田首相・政権の今後の対応にかかっているからです。
 第一、中日関係について、祝電では「一衣帯水」「中日善隣友好協力関係」という1970年代を彷彿させる懐かしいフレーズで言い表すとともに、電話会談では「親仁善隣、国之宝也」という、習近平が2013年3月22日にモスクワで行われた「ロシア中国旅遊年開幕式」にプーチンとともに出席して挨拶した際に、中ロ両国の親密な関係を表現した際に用いたフレーズを使って中日関係を言い表したこと。祝電では1970~80年代の良好な関係を維持していた時期に復活させたいという願いを、また電話会談では、中国にとってもっとも親密な中ロ関係のレベルに中日関係を引き上げていきたいという強い意思を感じます。
 ちなみに、「親仁善隣、国之宝也」は、習近平が2014年9月24日の孔子生誕2565周年国際学術検討会及び国際儒学連合会第5回会員大会開幕式で行ったスピーチで、儒家の平和愛好思想を示す言葉として、「協和万邦」の次に挙げたフレーズです。この二つのフレーズの後には、「四海之内皆兄弟也」、「遠親不如近隣」、「親望親好、隣望隣好」、「国雖大、好戦必亡」が続きます。「親仁善隣、国之宝也」は『左伝』に現れ、中華民族の平和愛好の伝統を体現するとともに、地縁政治の中で隣国と友好的に共存するという重要な意義を表しているとされます(人民日報社『習近平用典』)。
 第二、来る2022年の日中国交正常化50周年に関して、祝電では李克強が簡単に言及しましたが、電話会談では習近平が「明年は中日国交正常化50周年であり、双方が初心を温め、同じ目標に向かって歩み寄り、この重要な歴史的節目を共同で迎え、両国関係における新たな発展の展望を切り開くことを希望する」と立ち入って述べていること。私は、中国側が事あるたびに取り上げる「中日4政治文献」の作成がその時々の中国の最高指導者によって担われていたことに思いを致すべきだと思います。すなわち、日中共同声明は毛沢東・周恩来、日中平和友好条約は鄧小平、1998年共同宣言は江沢民、2008年共同声明は胡錦濤です。容易に想像できることは、習近平が自らの手で「両国関係における新たな発展の展望を切り開く」、いわば21世紀の日中関係を規律する文書を作成することに並々ならぬ意欲を持っているだろうということです。2022年の機会を逃せば次の機会は2028年(条約締結50周年)ということになります。仮に2022年の党大会で習近平が再選され、国家主席の座に留まるとしても、その任期は2027年までですから2028年は届きません。
 第三、中国は菅政権を安倍政権の延長として捉えていましたが、岸田政権についてはむしろ安倍政権と独立した存在と位置づけていること。菅政権を安倍政権の延長として捉えていたことは、「4点の原則的共通認識」(祝電)への言及、「双方の共同の努力のもと、近年中日関係は正しい軌道に戻り、良い方向への流れを維持している」(電話会談)という中日関係の現状認識から明らかです。「4点の原則的共通認識」とは、2014年11月7日に、安倍政権下で悪化した日中関係打開のために行われた谷地正太郎・楊潔篪会談の「成果」を指しますし、「双方の共同の努力のもと、近年中日関係は正しい軌道に戻り、良い方向への流れを維持している」の「双方の共同の努力」も谷地・楊潔篪会談後の日中関係を言い表しています
。  岸田首相に対する祝電及び電話会談ではこのような言及はありません。むしろ、電話会談で習近平は、「現在、中日関係にはチャンスとチャレンジが共存している」と提起し、「日本の新政府が両国ハイ・レベルの疎通を保つことを重視していることを賞賛」した上で、「新時代の要求にマッチした中日関係の構築を推進しよう」と呼びかけています。その上で、国交正常化50周年に係わる上記発言が続いているのです。
 更に、日中関係のあるべき姿に対する習近平の言及も突っ込んだ内容であることに気づかされます。すなわち、「中日は両国関係における正反両面の経験を真剣にくみ取り、中日4政治文献が確立した原則を厳守し、「互いに協力パートナーとなり、互いに脅威とならない」という政治的な共通認識を確実に履行し、歴史、台湾関連等の重大で敏感な問題を適切に処理し、隔たりを巧みにコントロールし、正しい方向をしっかり把握し、両国関係の政治的基礎と大局を擁護するべきである。双方は、治国理政の交流と経済政策の協調を強化し、公平で開放的な貿易投資環境を共同で擁護し、より高いレベルでの長所補完と互利共嬴を実現し、両国人民により良い幸せをもたらすべきである。双方は、本当の多国間主義を実践し、それぞれの根本利益と人類共同利益に基づき、和而不同、和衷共済の東アジアの智慧を発揚し、地域協力を積極的に推進し、グローバルなチャレンジに協調して対応し、世界の平和安定発展を擁護するべきである。」というくだりです。大胆にいえば、2022年に作成されるべき政治文書の骨格を示しているとすら言えます。
 第四、電話会談における菅首相の発言の紹介はありきたりですが、岸田首相の発言については「日本は中国とともに日中関係の歴史の中から重要な教えをくみ取り、明年の日中国交正常化50周年を契機として、新時代の要求にマッチした、建設的で安定した日中関係の構築に共同で努力したい。双方は、対話を通じて隔たりをコントロールするべきである。」と、好意的かつ積極的に捉えていることを窺わせる紹介内容になっています。同様に、電話会談の「締め」では、菅首相との間では「双方は、共通の関心がある問題についても意見を交換した。」と味も素っ気もありませんが、岸田首相との「締め」では、「双方は今回の対話が極めて時宜にかなった、極めて重要なものであると認識し、引き続き様々な方法を通じてインタラクションと疎通を保ち、両国関係が正しく発展するように方向性を導くことに同意した」と紹介しています。いずれも中国側が習近平・岸田文雄会談の結果を高く評価していることを示しています。