9月15日に米英豪3国首脳はビデオ記者会見を行い、AUKUS(安全保障パートナーシップ)創設を発表するとともに、オーストラリアは米英の協力を得て8艘の原子力潜水艦の導入を進めることを発表しました(オーストラリア政府はフランスとの間で結んでいた通常型潜水艦導入契約を破棄したため、フランスのみならずドイツ、EUなども強く反発していますが、ここでは取り上げません)。これは、米日豪印によるQUADと同じく、アメリカの対中国対決戦略の一環です。中国が強く反発しているのは当然ですが、東南アジア非核地帯条約さらには核不拡散条約に抵触するものとして、東南アジア諸国からも懸念と警戒の声が上がっています(17日にはインドネシア外務省、18日にはマレーシアのイスマイル・サブリ首相がそれぞれ懸念表明。インドネシアは豪首相の同国訪問をキャンセル。28日にはフィリピンのドゥテルテ大統領報道官が、同大統領の閣議での指示に基づいて反対表明)。
ところが日本国内ではこの問題がほとんど素通りされている状況です。私がネットで検索した限りでは、「NPTの「抜け穴」懸念 焦る米、他国悪用の恐れも」と題する9月17日付の中日新聞記事がヒットしただけで、日本共産党のしんぶん『赤旗』も正面から取り上げていません(私の読み過ごしでしたら、ごめんなさい)。核問題に日頃敏感な日本世論のこの問題に対する無関心さは異常ですらあります。自民党総裁選挙期間中に、河野太郎氏と高市早苗氏は日本も原潜導入を考えるべきだという「勇ましい」発言をしましたが、その事実すらほとんどスルーされ、私は中国のニュースをチェックする毎朝の作業の中でこの事実を知ったぐらいです。思うに、アメリカによる「中国叩き」を肯定的に受け止める反中・嫌中の世論状況はいまや「病膏肓に入る」で、原潜問題とNPT・東南アジア非核地帯とのかかわりという大切な視点まで抜け落ちる、由々しき事態に陥ってしまっているのではないかと思います。
 中国及びロシアが、米英協力によるオーストラリアの原潜取得についてNPT条約上の「違反性」を問題視するのは、同条約第3条2項の次の規定に係わります。

 各締約国は、(a)原料物質若しくは特殊核分裂性物質又は(b)特殊核分裂性物質の処理、使用若しくは生産のために特に設計され若しくは作成された設備若しくは資材を、この条の規定によって必要とされる保障措置が当該原料物質又は当該特殊核分裂性物質について適用されない限り、平和的目的のためいかなる非核兵器国にも供給しないことを約束する。
中ロ両国の問題視発言が「ためにする」ものではないことは、国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長がこの問題について9月28日、「米英豪の原子力潜水艦配備における協力は、保障と監督の視点からみると、非常に厄介な問題となる。核拡散防止条約(NPT)下の非保有国が初めて原子力潜水艦を導入することでもある。原子力潜水艦の動力炉で使用される高濃縮ウランは、同機関の保障措置の対象外となることを意味する。IAEAは、国際的な核拡散防止体制が損なわれないように、今後も米英豪と複雑な技術交渉を行っていく」と発言したことから確認できます。10月3日付の人民日報が掲載した「「パンドラの蓋」を開ける「豪核問題」」と題する鐘声署名文章は、「歴史的な制約により、この条約は十全なものとはなっておらず、原潜の動力炉の問題について明確な規定はなく、IAEAの査察システムも動力炉中の核物質が核兵器の研究開発に転用される可能性をチェックすることができない」と条約の不備を指摘した上で、「米英豪は正にこの曖昧さを利用して公然と「核取引」を行った」と批判しています。
以下では、中国外交部の公式発言を紹介します。私は、至極当然な提起だと思います。皆さんにも先入主を脇に置いて読んでいただきたいと思います。
 9月24日の中国外交部定例記者会見において、今回の問題が核拡散のリスクという問題について質問が出され、趙立堅報道官は中国政府の認識を次のように表明しました。
(問)米英がオーストラリアに提供する原潜のテクノロジーには93%以上の高濃度の兵器クラスの濃縮ウランが関係しており、核拡散のリスクがあると指摘する学者がいる。イランのウィーン駐在代表は、いくつかの国々はイランの核活動についてはあれこれ容喙するのに、米英がオーストラリアに濃縮ウランを輸出することについては口を閉ざしており、これは典型的な二重基準だと批判した。中国側コメント如何。
(答)関係国及び学者が、米英によるオーストラリアに対して行う原潜協力は核拡散の深刻なリスクがあり、NPTの精神に違反すると関心表明するのは、まったく正当で、合理的なものだと考える。米英豪の協力はうさんくさい手口だ。
 まず、米英豪の協力は深刻な核拡散リスクがあり、NPTの精神に違反している。アメリカの原潜は90%以上の濃縮ウランを使用し、これは兵器クラスの核物質だ。米英がオーストラリアという非核兵器国に原潜を輸出するということは、高度にセンシティヴな核物質と関連テクノロジー・設備を譲渡することを意味し、しかも、IAEAのセーフガード・システムはオーストラリアが濃縮ウランを核兵器に転用しないことを効果的に査察することができない。オーストラリアはこのことを明らかに知りつつ、フランスとの通常型潜水艦購入を破棄し、米英からの原潜購入に切り替えた。オーストラリアの魂胆は何か。オーストラリアはNPTの非核兵器国締約国であり、核不拡散義務の履行継続に対して大きな疑問が起こる。
 次に、米英豪協力は、米英が核輸出問題で露骨な二重基準を行っていることを改めて証明しており、このことは国際的な核不拡散努力を深刻に損なうものである。アメリカは一貫して、朝鮮半島核問題、イラン核問題で両国による濃縮ウラン取得を阻止することを重要目標とし、非核兵器国に濃縮ウランを輸出することを拒否し、濃縮ウラン原子炉を低濃縮化することをグローバルに推進してきた。ところがアメリカは地縁政治上の目的のためには関係国に「扉を開ける」ことをいとわず、今回のオーストラリアとの原潜協力はその最新の例証である。三国の今回の行動は世界に対して誤ったシグナルを発出し、他の非核兵器国がこれに倣おうとする動きを刺激するとともに、アジア太平洋地域における核拡散防止というホット・イッシューに対しても深遠なマイナスの影響をもたらすだろう。さらに、オーストラリアが原潜を導入することは南太平洋非核地帯条約及び東南アジア非核地帯創設努力をも損ない、地域の平和と安定を破壊することになる。
 最後に、米英豪は長年にわたって国際的核不拡散のリーダーであることを自認している。今回の事実はまことに自己矛盾極まりない。彼らは名実ともに核拡散者だ。三国は国際社会のアピールに耳を傾け、古くさい冷戦ゼロ・サム思考と狭隘な地縁政治の考え方を清算し、間違った決定を取り下げ、国際的な核不拡散の義務を忠実に履行し、地域の安定と平和に利することを大いに行うことを、中国は促すものである。
 王毅外交部長は9月28日、EUとの第11回中欧ハイ・レベル戦略対話をボレル外務・安全保障政策上級代表と共同主催する中でこの問題に言及して、冷戦復活、軍備競争及び核拡散という3つの潜在的危険をもたらすという認識を表明しました。翌29日にはマレーシア及びブルネイの外相と電話会談を行って、以上の3つに加え、地域の繁栄と安定に対するマイナスの影響及び東南アジア非核地帯建設の破壊をつけ加えました。
 9月30日の中国外交部定例記者会見では、この問題と朝鮮半島核問題との関連について、以下のような質疑が行われました(回答者は華春塋報道官)。
(問)アメリカのソン・キム駐インドネシア大使・朝鮮問題特別代表は29日に行われたネット上でのフォーラムで、米英豪のAUKUSは「前向き、積極的」なものであり、インド・太平洋地域の安定に脅威となるものではなく、この取り決めが軍備競争や核拡散を引き起こす心配はないと述べた。中国側のコメント如何。
(答)その報道には留意している。連日来、国際社会関係者が次々とこの協力に対する関心と懸念を表明している。ソン・キムの発言の自信と根拠はどこから来たものなのかまったく分からない。ロシア外務省のリャブコフ次官も最近、この問題をアメリカ側に提起し、原潜協力は国際的な核不拡散原則に合致しないと指摘した。
 リャブコフ次官の提起した問題は国際社会の共通の関心を反映している。米英豪は真剣に対応し、以下の問題に対して一つ一つ答えるべきである。
 第一、アメリカは、オーストラリアに提供する兵器クラスの濃縮ウランが国際核不拡散上のルールと要件に合致することを如何にして確認するのか。
 第二、オーストラリアは、兵器クラスの濃縮ウランがIAEAのセーフガードを離脱しないことを如何にして保証するのか。
 第三、非核兵器国のオーストラリアが兵器クラスの濃縮ウランを保有できるのであれば、米英豪は、朝鮮、イラン等が同様に保有することを反対するいかなる理由があるのか。
 第四、アメリカが国際ルール及び核拡散リスクを無視してオーストラリアには高度にセンシティヴな核物質と核テクノロジーを引き渡すことができるのであれば、核テクノロジー開発を理由として行っている朝鮮、イラン等に対する一方的制裁及び対外国法的管轄(longarm-jurisdiction)を即時停止するべきではないのか。
 第五、米英豪と同じく各国がこのようにルールを無視し、束縛なしに核拡散活動を行ったならば、NPT及び国際核不拡散システムの権威はどこにあるというのか、また、その存在理由はどこにあるというのか。
 (王毅のマレーシア、ブルネイ外相との電話会談における発言を紹介した上で)米英豪のAUKUSはQUADと同様、アメリカ主導の「インド・太平洋戦略」に奉仕するものであり、この地域で新たに事を起こそうとするものである。これは時代の潮流に逆らう動きであり、この地域の国々及び国際社会は警戒し、抵抗するべきである。中国はIAEA事務局及びメンバー国と意思疎通を図り、国際核不拡散システムの権威と有効性を断固として守り抜く。