菅義偉首相の退陣表明を受けて、総裁選出馬表明済みの岸田文雄氏と出馬意欲をほのめかす石破茂氏が台湾問題について発言しました。岸田氏はブルームバーグとの9月3日のインタビュー、また石破氏は同日の週刊東洋経済とのインタビューです。
 岸田氏の発言を紹介したブルームバーグの記事は「日本を主導する主要候補 台湾が「次の大問題」と警告」("Key Contender to Lead Japan Warns Taiwan Is 'Next Big Problem'")と題するものです。この記事によると、岸田氏は次のように述べました。

○権威主義的国々がますます力をひけらかすので、日本は、台湾及び自由、デモクラシー、法の支配という価値を共有する国々と協力していくべきだ。
○中国が香港を取り締まった後の次なる主要な外交問題は台湾海峡となるだろう。
○(台湾がらみの有事に日本はどう対応するかという質問に)法律に従って行動するだろう。
 同日付の環球時報WSもこのインタビュー記事の内容を紹介していますが、若干出入りがあり、かつ、より詳しい内容もあるので、紹介しておきます。
○岸田文雄は「香港及び新疆ウイグル族の状況に鑑み、台湾は次の巨大な課題になるだろう」と公言し、中国の「権威主義的な態度」に関心を表明し、「現実的な目で中国との距離を考慮していく」とした。
○岸田文雄は、日本が「中米対決」の最前線に位置し、「民主主義、法の支配、人権等の基本的価値」を遵守する覚悟を明らかにする必要があり、「基本的価値観」を共有するアメリカ等の国々と協力するとともに、「台湾との持続的協力を実施していかなければならない」と公言した。
 石破氏の台湾関連の発言は以下のとおりです。
――カブールの日本大使館員は英国の飛行機で出国しました。逆のケースは日本にはできないでしょう。となると、「同盟国として日本は頼りになるのか」と不信を抱かれませんか。
私は、韓国でこのような事態が起きた場合を最も危惧している。いちばん近いのは日本だから、効率的にピストン輸送ができるはず。でも韓国には、日本の自衛隊の航空機や艦船が来ることに心理的な抵抗がある。有事の際でも、日本側が「日本人だけでなく他国人も輸送します」と言わないと、韓国政府の受け入れは難しいだろう。事前に交渉しておくべきだ。
台湾有事もしかり。台湾の場合は、まず国交がない。また有事になり、中国が制空権を取ってしまえば、そもそも自衛隊機を飛ばせるのかという問題も出てくる。ありとあらゆるケーススタディをやっておかないといけない。
――政府内でそういったシミュレーションはなされたことがないのですか。
内部ではされていると信じるが、韓国や台湾の当局と対話できているか。アフガニスタンでの教訓を踏まえ、政府として対話を急ぐべきだ。
――今後、米国は内向きになって海外でのプレゼンスを維持することに関心を失っていくのでは。
アフガニスタンで、米国がこれ以上の関与をやめるのはある意味合理的だと思う。ガニ大統領は、国民に支持基盤を持たない人だった。米国が打ち立てた政権というのは、往々にして持続性を持たないことがある。かつての南ベトナム政権もそうだった。
日本も自戒せねばならないのは、米国議会上院の1948年「バンデンバーグ決議」についてだ。これは「自分の国の防衛を自分でやらない国を米国は助けない」という決議だ。日米間の安全保障体制は条約本体と地位協定に加え、米大統領と議会との関係を規定した戦争権限法とこのバンデンバーグ決議を含めたセットで考えないといけない。「米国は必ず日本を助けてくれる」は自助努力が前提、ということだ。
――中国が経済面ではパートナーである日本は米中対立のもとで難しい立場です。
漢民族ではなく「中華民族」という概念を持ちだして「中国の夢」を実現するという姿勢と、軍の膨張に対してわれわれはもっと認識をすべきだ。
中華人民共和国憲法は前文で「台湾の統一は中国国民の神聖な責務である」とうたっている。習近平国家主席が、権力闘争が激しい中国で絶大な権限を握り続けていられる理由として、「台湾統一を俺がやる」と言ったのではないかと私は考えている。
軍産複合体の資金は軍に回り、人民解放軍は共産党の軍隊であって国民の軍隊ではない。そして、中国の勢力によって国境は変動するという「戦略的国境」の発想。中国の本質はこういうものだろうと思っている。
一方の米国は、「自由」を信奉するイデオロギー国家だ。そして国民の4割が毎週教会に行き、8割が神を信じているという宗教国家でもある。さらに移民の国であるがゆえに「合衆国市民」という概念を中心とするという意味では民族主義国家だ。そんな米国が、中国と対立するのは一面においては必然だろう。日本は、米国のイデオロギー的な面と中国が持つおそろしさを厳しく認識すべきだと思う。
 岸田氏は自民党・第二次安倍政権での外相経験者、石破氏は小泉政権での防衛庁長官(及び福田康夫政権での防衛相経験者)です。彼らが日中共同声明及び日中平和友好条約の歴史を知らないことはあり得ません。しかし、小泉首相は靖国参拝を重ねて日中共同声明の礎石ともいうべき「侵略戦争への反省」(歴史認識)に公然と挑戦した人物、第二次安倍政権は、日中共同声明交渉時及び日中平和友好条約交渉時の日中首脳間の尖閣問題「棚上げ」合意を「なかった」とし、尖閣「国有化」を強行した民主党政権の「遺産」をちゃっかり頂戴して、声明・条約の拠って立つ土台を突き崩した政権であることを考えれば、両氏から上記発言が飛び出すのに不思議はありません(絶対に許すべからざることですが)。
 中国外交部が岸田発言に厳しく反応したのは当然です。9月3日の定例記者会見で、ブルームバーグ記者からコメントを求められた汪文斌報道官は次のように述べました。
 台湾は中国領土の不可分の一部である。台湾問題は中日関係の政治的基礎にかかわる。日本は台湾問題で中国人民に対して歴史的な罪責を負っており、言動はなかんずく慎重であるべきだ。我々は、日本の関係者がいかなる形においてであれ中国内政に干渉せず、いかなる形式であれ「台独」勢力に間違ったシグナルを出さないことを厳正に促す。
 中国外交部の以上の反応は100%予想範囲内のものです。私が中国の今や「腹をくくった」対日観に接したのは9月4日付(ネット掲載は3日20時23分)環球時報社説「日本で誰が菅義偉の後継になろうとも中国は対応できる」(中国語:"日本谁接替菅义伟,中国都应对得了")です。日本国内の反中感情及びアメリカの反中戦略の対日影響力を考えれば日本の対中路線が変わりうる条件は存在しないこと、唐時代の状況(中国の圧倒的対日優勢)にでもならない限り日本が中国に対する態度を改めることは考えられないこと、しかし、互恵的日中経済関係が日本の対中強硬姿勢によって根底から突き崩される可能性はないこと等を考えれば、中国は対日関係を従容と処理できるとする内容です。実は、環球時報の公式アカウント「補壹刀」も9月3日、「日本政局急変! 誰が新首相?中国により強硬に?」と題する記事で、筧志剛、呉懐中、周永生などの対日専門家の発言を紹介して、環球時報社説とほぼ軌を一にする見方を紹介しています(もちろん、岸田氏、石破氏の挙げた「台湾有事」に日本が軍事的に首を突っ込むことになればm中国の対応はまったく別になるであろうことは改めて言うまでもありません。念のため)。環球時報社説は対日専門家の見解を基に書かれた可能性も大いにあり得ます。  環球時報社説(要旨)は次のとおりです。
 菅義偉のこの1年間の中日関係はめちゃくちゃだった。「正常軌道に戻った」と評された2018年のピークから今日の深い谷底へと落ち込んだ。誰が自民党新総裁・新首相になろうとも、中日関係に「大きな変化」が出現すると考えるのは非現実的だ。なぜならば、日本国内における中国に対する友好的でない雰囲気は日増しに濃厚となっており、国際的にはアメリカの中国抑え込み戦略は日本に対して大きな牽引力を持っており、日本内外に対中新路線を形成する条件は存在しないからだ。
 他方、中日のパワー・バランスというパラダイムには歴史的な変化が起こっている。北京オリンピック当時(2008年)の日本のGDPは中国より上だったが、2020年の中国のGDPは日本の約3倍であり、これは20世紀末における中国大陸と台湾の経済規模格差にほぼ等しい。細かく見ると、中国の自動車販売数は日本の約5.5倍、新幹線の距離数は約13.7倍である。これらに伴って、日本の対中強硬政策の地縁政治的含意も変化している。
 中短期的に見ると、中日間の感情を接近させるのは極めて難しい。日本は心底アメリカに従っている。だからこそ、原爆投下から今日の米軍占領に至る屈辱もすべて自分で消化している。唐朝時代の対日全面優位という状況でも作り出さない限り、日本が中国に「膝を屈する」ことはあり得ず、短時間内に中国との間で「相互尊重」となることも難しい。おそらく日本は、長きにわたって中国と「そりが合わない」ということになるだろう。
 しかし、日本が中国に対して根本的な脅威となることはもはや極めて難しく、その地位と役割は長期にわたって「アメリカの相棒」ということになるだろう。我々はこの点をしっかり見ておくべきだ。したがって、中国の対日関係は、中日間のパワー関係における以上の新パラダイムという現実から出発し、日本社会の中国に対する心理状態を正確に把握し、日本の脅威を客観的に評価することで、この隣国とどのように付き合うかを決定するべきである。
 中日間の経済貿易協力のボリュームは極めて大きい。このことを中日関係におけるもっとも実質的な中身と捉えるべきである。誰が日本の次の首相となるとしても、また、日本の中国に対する強硬な発言がどのように多くなるとしても、両国の経済貿易関係の互利的な性格と規模に対して衝撃が起こる可能性は大きくない。また、日本が先頭を切って中国に喧嘩をふっかける可能性も大きくはない。これらを考えると、中国が対日関係を従容と処理するスペースは実際には大きいと言える。
したがって、日本の次の首相が対中強硬面で惰性的に走って行くか否かにかかわらず、中国としてはそれがもたらす挑戦に対応する能力がある。中国は今後ますます日本よりも強大になるだろうから、中日関係の悪化によって損害を受けるのがより大きいのは間違いなく日本、ということになるだろう。