バイデン政権は香港、新疆、南シナ海、コロナ等の問題について中国批判の国際キャンペーンを行っています。バイデンの大統領としての初めての外国訪問となるG7サミット、NATO、EUでも中国批判に欧州諸国を巻き込むことに主たる狙いがあることは、米欧主要メディアがこぞって指摘していることです。冒頭指摘の諸問題をめぐる中国批判はもともとトランプ政権(中心的役割を担ったのはポンペイオ国務長官)が始めたものですが、バイデン政権はトランプ政権以上に力を入れています。そして、トランプ政権とバイデン政権との以下の諸点における違い故に、バイデン政権の批判キャンペーンはより多くの国際的な同調者を獲得していることは否定できない事実だと思われます。両政権の間の違いとは以下の数点です。
第一にそしてこれがもっとも重要な要素ですが、トランプ政権の場合は経済貿易をめぐる中国との対決において、中国から譲歩・妥協を引き出すための手段という位置づけでした。トランプもゴリゴリのパワーの信奉者ですが、それはあくどい商売人として経験的に培ってきたパワー意識であり、米欧国際政治の伝統的パワー・ポリティックスにおけるパワーとは異質なものです。これに対してバイデン政権は国際政治の伝統的パワー・ポリティックスの信奉者であり、パワー・ポリティックス特有の考え方である「敵か味方か」という基準に立って中国を戦略的なライバル・「敵」と見なしており、したがって、その中国批判キャンペーンはライバル・「敵」を追い詰め、追い落とす戦略の不可欠の要素と位置づけられています。したがって、トランプ政権の場合は、中国から経済貿易上の譲歩・妥協を勝ち取れば、このキャンペーンは「お役御免」となり得るわけですが、バイデン政権の場合は、中国をライバル・「敵」の地位から追い落とすという戦略目標が実現しない限りは執拗に追求されます。簡単に言えば、トランプ政権にとっての中国批判キャンペーンは戦術的手段ですが、バイデン政権にとってはそれ自体が戦略的目標です。
 第二の違いは、「アメリカ一国主義」のトランプ政権においては国際世論に訴えるという視点は本質的ではないのに対して、バイデン政権においては、中国の国際的イメージを損なわせ、アメリカと対抗する国際的地位から蹴落とすために、国際世論に訴えることが最大限に重視されていることです。バイデン政権は、台頭する中国がアメリカの世界的覇権(浅井:「覇権」という言葉に抵抗を感じる向きは「リーダーシップ」という言葉に置き換えても一向に差し支えない)を脅かしつつあると認識しており、これに対抗するために政治的、軍事的、経済的その他すべての手段を動員するわけで、国際世論を「アメリカの味方」に引きつけることも不可欠な手段の一つという位置づけです。
 第三の違いは、トランプはいうならば「脳天気」にアメリカの実力を過信しており、ブルドーザー的に批判キャンペーンを張ることで中国を屈服させようとしたわけですが、バイデン政権の場合はアメリカの実力が相対的に衰えつつあることを自覚しており、その中国批判キャンペーンは、中国の台頭を阻み、蹴落とすことによって世界No.1のアメリカの地位を保全するという目的意識のもとで営まれている点にあります。この点について、軍事、政治、経済、文化の4つの側面からさらに検証します。
 まず軍事ですが、アメリカが世界最強で他の追随を許さない圧倒的軍事パワーであることは自他共に認める事実です。しかし、台湾海峡、南シナ海というシアターに局限すれば、中国の増大を続ける軍事力はすでにアメリカの軍事力に十分拮抗するに至っていることはアメリカも認めざるを得なくなっています。アメリカの軍事的実力は間違いなく「相対的に衰えつつある」のです。台湾海峡有事、南シナ海有事は中国にとって文字どおり死活的利益ですが、アメリカにとってはそうではありません。したがってアメリカとしては、軍事激突という最悪シナリオを回避することは至上命題です。5月21日のコラムで紹介したグレイサーの議論を参照してください。最悪シナリオ招来を回避し、アメリカの国際的な道義的優位性を強化して中国を国際的に受け身的立場に追い込むための中国批判キャンペーンが重視される所以です。
 次に政治ですが、アメリカに対する好意的見方が近年一貫して80%以上を占め(総務省世論調査)、米欧メディアの影響力が圧倒的な日本メディアの報道(「アメリカ=善玉、中国=悪玉」)に日々さらされている日本ではなかなか認識されませんが、アメリカの国際政治におけるヘゲモニー(覇権)が昔日の比ではないこと、「相対的に衰えつつある」ことは今や国際的常識と言って過言ではありません。
直近では、イスラエルとハマスとの戦争(5月24日のコラムで取り上げました)を議題にした国連安保理で、イスラエルの立場を擁護したアメリカは英仏の支持も得られずまったく孤立無援でした。トランプ政権が一方的に脱退したイランの核合意(JCPOA)にバイデン政権は復帰の意向を示して交渉が行われていますが、ここでも従来アメリカの意向を踏まえる行動でイランのひんしゅくを買っていた英仏がJCPOA無条件原状回復(イランの主張)の立場を守って行動しています(交渉は最終段階で予断を許さない状況が続いています)。アメリカは世界保健総会への台湾出席を画策して動きました(5月13日のコラム参照)が、WHOの194の加盟国のうち実に約140カ国(中国外交部の説明)が中国の立場を支持して、アメリカの意向を体して行動した台湾承認14カ国の提案は葬られました。
様々な世論調査結果も同様の傾向を示しています。ごく最近発表された大西洋両岸11カ国を対象にした"2021 Transatlantic Trends"(副題:グローバルなチャレンジに関する大西洋両岸の意見)と題する世論調査結果報告(The German Marshall Fund of the United StatesとBertelsmann Foundationの共同調査)でも、「アメリカは圧倒的、しかし、1/3から1/2の欧州人はアメリカが世界でもっとも影響力があるリーダーとは見なしていない」、「中国の影響力は安定しており、20%の支持を得てアメリカに次いで世界で2番目に影響力があるリーダーと見なされている」などの指摘が行われています。西側先進国ですらこういう傾向であり、いわゆる第三世界あるいは途上諸国においては中国を肯定的に評価するデータがますます多くなっています。アメリカの政治的影響力は「相対的に衰えつつある」のです。
 経済に関して私は素人ですが、IMF、世界銀行、WTO等の国際機関の様々な報告でも、「世界経済の牽引力」としての中国に対して肯定的評価を行っていることについては誰もが認めざるを得ないでしょう。それに対して「アメリカ一国主義」をひた走ったトランプ・アメリカの国際的指導力の低下は明らかです。バイデン政権は正に形勢をばん回しようとして躍起になっているわけです。バイデン政権がシャカリキになっているのは、「相対的に衰えつつある」アメリカの経済的影響力をばん回することであり、その一環として中国を叩く批判キャンペーンを執拗に行っているのです。その典型は、アメリカ以下の西側諸国が強調する「ルールに基づいた国際秩序」の主張であり、その「違反者」として中国を糾弾するキャンペーン(バイデン・菅共同声明で日本もアメリカの尻馬に乗りました)の展開です。
 しかし、中国は改革開放政策のもとで、アメリカが主導して設置した上記国際機関に加盟し、アメリカが主導して定めた国際ルール(条約)に従って国際経済政策を推進し、かつ、際だった成果を収めてきたのです。アメリカは様々な難癖(例:国有企業の優遇措置)をつけますが、その一つ一つは途上国条項、特恵条項などを設けており、中国は途上国としてそれらに裨益してきたわけであって、それ故にこそ、IMF、WTO等は中国に高い評価を与えこそすれ、「ルール違反」として糾弾したことはありません(WTO上の紛争処理は別問題)。アメリカ以下の西側諸国が「中国のルール違反」を主張する法的根拠はないと言わなければなりません。バイデン政権が既存の国際機関そのものをやり玉に挙げるのであれば別問題になりますが、中国の行動を「ルール違反」として論難する論理には無理があり、既存の条約の規定(途上国条項、特恵条項など)を改める提案を行うのが本来の筋道です。
 むしろ、最近ロシアのプーチンやラブロフが指摘しているように、アメリカ以下の西側諸国の主張する「ルールに基づく国際秩序」の主張は「先進諸国に都合の良いルールを勝手に定めようとする動き」にほかなりません。中国とロシアは「国際ルールとは国際連合憲章をはじめとする第二次大戦後に制定された一連の国際条約に定められた一連のルール」でなければならず、「国際秩序とは国際連合を中心とする戦後秩序」でなければならないと反論していますが、これは非常に道理を踏まえたものです。ちなみに、戦後日本外交は、「アメリカとの協調、アジア重視、国連中心主義」を三本柱としてきました。この基本的立場を踏まえる限り、アメリカに同調して中国批判キャンペーンに加担する菅政権の「尻の軽い」行動が許されてはならないはずです。
 以上をまとめれば、バイデン政権の対中国批判キャンペーンは無理無体であり、一部の親米国(例:日本)を除けばいわゆる西側諸国を含め、国際社会の幅広い支持を得ることは難しいと思われます。そのような誤った政策に走ってしまう原因はバイデン政権が21世紀ではもはや時代錯誤以外の何ものでもないパワー・ポリティックスに相変わらずしがみついていることにあります。バイデン政権に求められるのは21世紀という歴史的国際環境の変化を認識し、パワー・ポリティックスをキッパリ清算することです。この清算がなしえない限り、バイデン政権がアメリカを真の復活軌道に導くことは至難だろうと思います。