5月21日にイスラエルとハマスはエジプトの調停を受け入れ停戦に合意しました。イスラエルのネタニヤフ首相は「無条件の停戦」と主張していますが、ハマスの高官オサマ・ハムダン(Osama Hamdan)は「占領者はシェイク・ジャラ及びアル・アクサから手を引く」("The occupation will remove its hand from Sheikh Jarrah and al-Aqsa,")という保証を仲介者から受け取ったと主張しています(エルサレム・ポストWS)。この保証が得られたために停戦に応じたという立場です。したがって、ハマスは今回の戦いに勝利したとし、ガザの人々も街に繰り出して勝利を祝っていると報道されています。
 今回の停戦合意が長続きするかどうかは、今回の戦争の原因であるシェイク・ジャラ及びアル・アクサに対するイスラエルの今後の出方如何にかかっているともされる所以です。シェイク・ジャラとは、イスラエルが占領する東エルサレムにある、40人以上のパレスチナ人の居住する区画の名称です。イスラエルの裁判所が本年、この区画に対するイスラエル人入植者の請求権を認める判決を行い、イスラエル当局はパレスチナ人居住者を追い出そうとしました。しかし、イスラエルの占領そのものが国際法違反ですから、パレスチナ人居住者からすれば、この追い出し行為そのものが不法であるわけで、激しい抵抗が起こりました。また、アル・アクサは、エルサレム旧市街に位置する、イスラムにおいてもっとも敬虔なモスクです。ラマダンを祝うべくこのモスクに集まっていたパレスチナ人信徒とユダヤ人の極右勢力が衝突し、イスラエル警察がパレスチナ人を暴力的に排除しようとし、これに怒ったパレスチナ人が抵抗して衝突が発生しました。5月10日にハマスは、イスラエルがモスクとシェイク・ジャラから警察を引き上げなければ攻撃するという最後通牒を発し、設定した期限が過ぎた直後に攻撃を開始し、イスラエルとハマスの間で今回の戦争が起こったということです(以上の経緯については関連する報道を私なりにまとめたもので、細部にわたって正確であるとは断言できません。大雑把な理解材料程度に受け止めてください)。
 以上の経緯を踏まえると、「占領者はシェイク・ジャラ及びアル・アクサから手を引く」という停戦仲介者(エジプト)の保証があったかなかったか、そしてイスラエルが今後過激な行動を思いとどまるか否かが今回の停戦合意の帰趨に重要な意味を持つことが理解できます。ハマスからすれば、この保証が得られたということは、とりもなおさず勝利を意味するものと受け止めて当然です。他方、ネタニヤフが「無条件停戦」であると主張するということは、シェイク・ジャラ及びアル・アクサにかかわるイスラエル側の主張・行動の正当性を保全する意図に出るものであることも理解できます。したがって、今回の停戦合意はいわば呉越同舟の産物と言わざるを得ないでしょう。
 私がこの問題を取り上げようと思ったのは、アメリカの専門家と中国の専門家の文章を読んで、パレスチナ問題に対する分析・アプローチの懸隔の甚だしさにある意味でショックを受けたこと、しかも、両者の間のこの違いは米中両国の同問題に対する政策・アプローチの違いにも通じるのではないかと考え込まされたことによるものです。アメリカの専門家の文章とは、3月29日付けでフォリン・アフェアズWSに掲載されたアーロン・ミラー署名文章「互いに相手を必要とするイスラエルとハマス」("Israel and Hamas Need Each Other")であり、中国専門家の文章とは、5月18日付けの環球時報WSに掲載された劉中民署名文章「強化が待たれるパレスチナ・イスラエル衝突国際調停」("巴以冲突国际调停薄弱亟待加强")です。ミラーはウッドロー・ウィルソン・センターの上級フェローで元国務省アナリスト(センターWSの紹介によれば、国務省でアラブ・イスラエル交渉の上級アドヴァイザーとしてアメリカの中東政策形成にかかわったとあります)、劉中民は上海外国語大学中東研究所教授で環球時報の常連執筆者、このコラムでも取り上げている、私がもっとも評価する中国の中東問題専門家です。
 ミラーの分析はアメリカ一流の天動説で貫かれていると言って過言ではないでしょう。つまり、ミラーはイスラエル側及びハマス側の考え方を「解説」するのですが、そこには他者感覚の働きは皆無で、「ミラーの主観的判断」=「イスラエル及びハマスの主体的判断」という、あり得ない等式で貫かれているのです。言葉を換えれば、イスラエル及びハマスの発想・判断・行動はミラーの発想及び判断と同じであるに違いないという典型的な思い込み・天動説です。アメリカの対外政策は天動説国際観に貫かれている(したがって、相手の立場について相手の立場に立って理解しようとする発想がゼロ)というのが私の持論ですが、ミラーの文章はその典型です。これでは、パレスチナ問題に対するまともな解決策が生まれるはずがありません。むしろ、イスラエルもハマスも現状維持を欲しているはずだという勝手な結論に安住し、問題解決に動く国際的努力に水を浴びせるバイデン政権の政策を下支えする結果になるのです。
 私は、5月21日のコラムでアメリカの「台湾・南シナ海防衛コミットメント」戦略の見直しを正面から論じる文章を紹介しました。この文章もまた典型的な天動説的発想で貫かれていますが、アメリカ自身の政策の見直しの必要性を同じアメリカ人に説くのですから、天動説的発想が効果的になりうるわけです。しかし、パレスチナ問題を考えるに当たっては、地動説的発想(他者感覚)を存分に発揮しなければ、「独断と偏見」の産物にしかなりません。アメリカが外交ベタ(というより、外交はなく、国内政策の延長でしかない)ことを理解する上では、ミラーの文章は格好の材料だと思います。
 それに対して、劉中民の文章はパレスチナ問題の全体的構図を捉え、アメリカの天動説的アプローチがパレスチナ問題の解決を難しくしている重大な原因の一つだと捉えています。劉中民も「イスラエル政府とハマスは一種の悪性の「相互依存関係」を形成している」と指摘し、ミラーの主張に「一定の真実」があることを認めていますが、それはあくまでも「全体像の中での一部」という位置づけです。言うならば、ミラーが「木を見て森を見ず」になっているのに対して、劉中民は「森を見て木も見る」なのです。中国が外交に長じている所以を理解する上で、劉中民の文章は生きた教材だと言えます。
 前置きが長くなりました。ミラーと劉中民の文章(要旨)を紹介します。

<ミラー文章>

 戦争は政治と同じく奇妙な仲間(bedfellows)を作り出す。(今回の争いの発端に触れた上で)何が起ころうとも、ハマスとネタニヤフ政権との間で進展してきた奇妙な相互依存関係を損なうことはないだろう。両者がパートナーであることはまずない。両者は互いに相手を壊滅することを呼びかけている。しかし、この天敵同士は現実的必要に基づいて長らく協力してきた。問題によっては、両者は目標さえ調整することがある。イスラエルとハマスは、認めようとはしないが互いを必要としている。
(奇妙なカップル)
 1970年代、ハマスが結成される以前から、イスラエルはイスラム主義者グループがPLO(パレスチナ解放機構)を支配していた政党・ファタに対する対抗勢力として役に立つだろうと考えていた。そのためにイスラエルは、ハマスの前身を含むこれらのグループがガザで組織する相当な自由を許していた。1979年には、ハマス創始者の一人であるアーマド・ヤシンがイスラム慈善団体を作るのを公式に許可することさえした(ただし、2004年にヤシンを暗殺)。
 1970年代、イスラム主義者は勢力を伸ばすためにイスラエルの黙認を必要としていた。しかし、ハマスが創設された1987年以後、彼らのイデオロギー的正統性はユダヤ国家と闘争することを主張することにおかれた。このパラドックスは今日まで続いている。ハマスは2007年からガザを支配したが、その生存をイスラエルとエジプトに圧倒的に依存しているのだ。イスラエルとエジプトは、カタールのキャッシュがガザに渡るのを許すかどうか、どれだけの電力をガザに供給するか、ガザの漁師がどこまで漁に出られるか、要するにガザへの出入りを判断する権利を握っている。
(完全勝利はとてつもなく高く付く)
 ハマスは、イスラエルに対する武力闘争のイメージを維持し、イスラエルに対して周期的に経済的譲歩を迫るためにロケット弾を使っている。ガザでのインフラ開発、捕虜の釈放、物及び人の出入りに対する制限緩和等についてイスラエルが要求を呑むようにするため、ハマスは(武力行使の)エスカレーションをコントロールしながら使っている。ただし、イスラエルの大量報復を招かないように圧力行使においてタイトロープを渡っている。つまり、ハマスはイスラエルと戦うと同時に協力しなければならないのだ。イスラエルにとっては、ハマスのテロ及びパレスチナ人を過激化させようとするハマスの存在は厄介だが、ガザを思いのままにする上ではハマスはもっとも悪くない選択肢だ。
(最善の悪魔)
 時に応じて、イスラエルとハマスはもっと長期的な取引に関心を示すこともある。例えば2018年5月、イスラエル情報機関は指導者に対して、ガザの経済情勢の悪化に直面したハマスが、イスラエルの封鎖緩和、捕虜釈放、インフラ開発と引き換えに1年間の長期休戦に合意する用意がある、とブリーフした。そして、イスラエルがエジプトを通じて、ハマスがデモの過激化を防止することを条件として譲歩する用意があるという報道が現れた。
 双方が周期的にそうした合意をしようとすることは、互いに相手に対する完全勝利は望めず、あるいはそのためのコストが高すぎることを理解していることを示す。ハマスは、ガザ支配に対するイスラエルの事実上の承認の必要と同地の劣悪な状況に対する人々の怒りを分散する必要とを認識している。ハマスは、イスラエル軍を打ち破ることができないこと、また、エジプトと良好な関係を維持しなければならないことを知っている。なぜならば、エジプトはラファ(死活的な通路地点)を支配し、戦闘のエスカレーションを排除するべくイスラエルと緊密に協力しているからだ。ネタニヤフは2014年のような大規模なガザにおける戦争は願っていない。また、2005年に撤退したガザを再占領するつもりもない。
 とは言っても双方が持続的な取引に合意していないという事実は、それぞれが現状維持に利益を見いだしているからだ。ネタニヤフからすれば、おそらくハマスはガザにおけるもっとも悪くない選択肢だ。イスラエルは、ハマスとイランの結びつきとイスラエルにロケットを打ち込む能力とを心配しているが、選択肢が少ない。ガザ再占領は高く付きすぎるし、エジプトには地域における責任を背負う意思はない。ハマスを壊滅した場合、イスラム国のようなもっと危険なグループが力の真空を埋める可能性がある。ハマスはまた、イスラエルの宣伝目標として役に立っているし、イスラエルにとって勝手を知った交渉相手である。
 理論的には、ファタが支配するより穏健な勢力を支援することも可能だ(ネタニヤフ以外の政権になればそうするかもしれない)。しかし、ガザを支配するハマスとヨルダン川西岸を支配するファタとにパレスチナが分裂したため、それも不可能だ。ネタニヤフにとってこの分裂は役に立っている。つまり、ネタニヤフにとってハマスは、二つの国家という解決策について真剣に交渉する用意があるパレスチナ統一運動に対する防波堤なのだ。他方ハマスは、PLOを乗っ取る機会をうかがっている。ネタニヤフもハマスもアッバス大統領を強くさせることを望んでいない。ネタニヤフにとってもハマスにとっても、現在の状況(事実上の三つの国家)の方が二つの国家という解決策よりも都合が良いのだ。
(どう転んでも)
 ハマスが指導する抗議が今後どうなるかは分からない(注:ミラーがこの文章を執筆したのは3月で戦争前)。しかし、深刻なことが起こっても事態が大きく動くことはありそうにない。2014年の戦争ではほぼ2000人のパレスチナ人(民間人が1200人)が殺されたが、イスラエルとハマスの関係に及ぼした影響は長期的にはミニマムだった。今回の出来事も、互いに共生できない、というよりも、互いなしには生きていかれない、血なまぐさい出来事の繰り返しとなるだけのことだろう。

<劉中民文章>

 パレスチナとイスラエルの衝突はエスカレートするばかりだが、国際社会は今もなお暴力を止め和平を促す有効なメカニズムを生み出すに至っていない。そういうメカニズムが日増しに遠くなる原因は何か。国際社会はどうしたら和平プロセスを再起動することができるだろうか。
 まず、そういうメカニズムを弱めていることに対してアメリカは責任を免れることはできない。客観的にいって、アメリカはかつて中東和平プロセスの推進に重要な役割を発揮した。1979年のエジプトとイスラエルの和平実現、1993年のパレスチナとイスラエルのオスロ合意に対して、カーター政権、クリントン政権はそれぞれ大きく与っていた。オバマ政権に至るまでのアメリカは「二つの国家」案を問題解決の基本原則としてきた。アメリカはイスラエルの肩を持ちながらも、問題解決の基礎となる安保理決議242及び338に対しても、また、1967年の国境を基礎とし、東エルサレムを首都とし、完全な主権を有する独立パレスチナ国家を創設することに対して、一貫して支持し、肯定する立場をとってきた。
 パレスチナ問題が脇に追いやられた原因としては、パレスチナ、イスラエルひいては中東地域情勢における変化の働きはあったが、トランプ政権が和平交渉の基礎を突き崩し、これまでの中東和平メカニズムを放り出し、パレスチナに一方的な解決策を押しつけ、ユダヤ人入植、エルサレム問題、ゴラン高原問題でイスラエルに加担したことは、和平メカニズムを脇に追いやった重大な原因の一つである。これらの一連の一国主義的やり方は安保理決議242及び338の基礎をむしばみ、ひっくり返し、パレスチナ和平の基礎を根本から揺るがせた。今回の衝突エスカレーションの本質的原因はユダヤ人入植とエルサレム問題であり、パレスチナ人の蓄積されてきたアメリカに対する怒りの感情とかかわりあったことは疑いの余地はないし、イスラエルの強引なやり方もトランプ政権の容認姿勢と密接に関係している。
 根本的にいって、アメリカがパレスチナ問題に対する立場・政策を深刻に後退させたことが和平交渉の基礎を揺るがしたことは、パレスチナ及びイスラエル双方が外部の調停・斡旋を受け入れにくさせた主要原因の一つである。これに加え、アメリカ、ロシア、EU、国連による「4者メカニズム」もアメリカ主導で作られた協調メカニズムだが、やはり停滞状況にあり、アメリカとロシア及びEUとの間のパレスチナ問題における深刻な意見の相違はこのメカニズムの役割発揮を難しくしている。
 バイデン政権の今回の軍事衝突に対する反応を見ると、イスラエルに対して寛容で、安保理でのコンセンサス形成に障碍を作り出すやり方は、安保理が停戦を呼びかけ、和平を促進することを深刻に妨げている。これは国連のパレスチナ問題に対するかかわり方としては未だかつてなかった局面であり、今日の国際秩序及びグローバル・ガヴァナンスが直面する、旧秩序は機能せずしかも新秩序は建設が難しいという困難な状況を反映している。
 次に、イスラエルがハマスとの間で妥協することを拒否していることも、外部による努力の失敗を導いている原因である。イスラエル政府とハマスは一種の悪性の「相互依存関係」を形成している。イスラエルは領土分割、エルサレム、ユダヤ人入植等の問題でハマスを刺激する過激なやり方を取り、ハマスがイスラエルに対してロケット弾などを発射する過激な反応を示すと、これを「侵略」としてハマスに責任をおっかぶせ、ガザに対して大規模空襲を加える。2000年、2009年、2014年及び2021年の両者の衝突は、ほぼ以上のロジックに従っている。
 また、パレスチナとイスラエルそれぞれの内部でも、イスラエルにおける左右の政党間の争いといい、パレスチナにおけるファタとハマスとの間の建国プラン、イスラエル承認の是非、和平案受諾の可否等をめぐる深刻な対立といい、すべてが双方の政治及び社会構造の中にビルトインされてしまっている。パレスチナ及びイスラエル双方なかんずくイスラエル政府とハマスとの間の妥協拒否の姿勢はますます外部による調整・斡旋を困難にし、ひいては外部の勢力が後ずさりすることすら招いている。
 さらにまた、「アラブの春」以後、エジプト、サウジアラビア等の地域大国の関心がほかに移り、かつ、協調能力が低下し、アラブ連盟の斡旋能力も低下したため、国際組織及び地域機構が力を貸す能力もますます低下してきている。「アラブの春」以前、エジプトとサウジアラビアはパレスチナ問題における重要な調停者だった。国連、アメリカ、アラブ連盟がパレスチナとイスラエルの衝突をについて斡旋する時も、しばしばエジプト、サウジアラビア等の地域大国の橋渡し的役割の助けを借りてきた。エジプトはハマスに対する影響力を通じて斡旋を行ったし、サウジアラビアの場合、中東和平に重要な影響を持つ「ベイルート宣言」を提起した。アラブ連盟は、特別会議の招集、世論への呼びかけ、外交的斡旋、イスラエルに対する圧力行使等を通じて、暴力停止・和平勧告の役割を発揮してきた。しかし、「アラブの春」以後は、エジプトは他をかまう余裕がないままに影響力が低下したし、サウジアラビアは内向き志向及び周辺地域問題への対応に追われ、アラブ連盟は内部の分裂が加速して一つの声でまとまることが難しくなっている。これらの変化すべてがパレスチナ和平のための地域的基礎を大幅に損なっている。
 (最後に、5月16日の国連安保理の会合で、王毅外交部長が提起した4点からなる提案に言及し、この提案を基礎として中東和平プロセスを再起動させることを提言)