5月7日に中国の習近平主席はIOCのバッハ会長と電話で会談した際、「コロナ発生以来、IOCは世界が団結して抗疫に当たるのにプラスの役割を果たした。コロナはオリンピックなどの事業に大きな影響を与えている」と述べた上で、「中国は引き続きIOCと協力し、東京オリンピックの開催を支持する。中国はIOCとのワクチン協力を強め、アスリートの安全な競技参加を保障する効果的な防壁を共同して作りたい」と言及しました。これを受けて、5月9日の新華網は、東京オリンピック開催を支持する趣旨の「日本のコロナの状況は厳しい しかし東京オリンピックはすでに待ったなしの状況だ」と題する王子江記者署名の分析記事(東京電)を掲載しました。ところが同日の環球時報WSは「東京オリンピック紆余曲折 24万人が署名反対 菅義偉が恐れていたことが発生」と題する「国際観察」記事を掲載し、「予定どおり開催できるかは未知数」と指摘しました。
 もともと、中国メディアは日本のコロナ及び東京オリンピック・パラリンピックに関連する報道には慎重で、事実関係を淡々と報じる姿勢に徹してきました。しかし、習近平が東京オリンピックを支持する発言を行ったのを受けて、国営通信の新華社が東京オリンピック開催を支持する趣旨の分析記事を発表したのはそれなりに理解できることです。ところが、東京オリンピックの開催可能性はコロナ問題と直結しているために、新華社記事は「世界的に見れば、日本のコロナ対策は総じて良好で、先進国の中では抑え込みにもっとも成功している国の一つ」とまで書いて、記事全体の整合性をとろうとしています。これに対して環球時報記事は、「データ的には日本のコロナ対策は多くの国よりも優れている」とは指摘しますが、記事の重点はオリンピック開催反対の世論が増大していることにおかれています。中国国営メディアの両雄ともいうべき新華社と環球時報(人民日報系列)が日本関連(東京オリンピック)で対照的な判断を示すことは珍しいことです。
 ただし、両記事は日本のコロナ対策についてプラス評価をしていますが、環球時報記事は「データ的に見ると」という限定がついていますし、新華社記事はさらに端的に「日本国内におけるコロナ感染が制御不能に陥っていないもっとも主要な原因は人々の自覚度が高いからである」とし、両記事とも、菅政権のコロナ対策については口をつぐんでいることから、菅政権のコロナ対策には批判的であることが窺えます。
 もう一点つけ加えておきたいことがあります。それは、新華社記事が日本でコロナが制御されている原因を「日本人の自覚度が高い」ことに求めている点です。2011年の東日本大震災の際、交通麻痺のもとで多くの通勤者が雲霞の如く何時間もかけて徒歩で自宅を目指す姿を目撃したときも、中国をはじめとする海外メディアは「日本人の規律正しい行動」を感服しきりに報道していました。中国人や欧米人にはとてもできないパフォーマンスだというわけです。このパフォーマンスが「自覚度の高さ」「規律正しさ」に基づくものだろうという決めつけは、日本人も中国人、欧米人と同じように「個」を備えているという思い込みが先にあって、したがって「しずしずと行動する」日本人は「克己心」に基づいているに違いないという判断に基づくものです。
 しかし、私たち日本人の行動を規制するのは「克己心」というたいそうなものではなく、「人の眼を気にする」「でるクギは打たれる」「赤信号みんなで渡れば怖くない」という類いのソトからの「縛り」(原始社会から連綿として引き継がれてきた日本固有の「執拗低音」の働き)でしかありません。「個」を備えるに至っていない私たち多くの日本人にとって、「個」を前提とする「克己心」の働きは残念ながら無縁です。その証拠は、ソトからの「縛り」が働かなければ、「買い占め」に走り(東北大震災)、「路上でたむろして外呑み」する(コロナ)自我丸出しの私たちがいることです。マスクをするのは「していないと人の眼が気になる」からだという世論調査結果もあります。
 閑話休題。私は毎朝のニュース・チェックの中で新華社記事を見つけ、その内容には「カチンときた」部分も少なくなかったのですが、Yahoo!WSのニュースの中で環球時報が批判的な記事を載せているという紹介があったので、新華社との対比で興味を覚え、中国検索サイト「百度」で当該記事を見つけたのでした。面白半分ですが両記事の内容を参考までに紹介します。

(新華社記事)
 4月末以来、日本のコロナ事情は再び悪化し、東京を含む多くの地域では緊急事態が5月末まで延長され、(5月末になると)東京オリンピック開催までの期間は60日を切ることになる。日本の内外ではオリンピックを開催すべきか否かについて疑問視する声がひっきりなしに上がっているが、日本がさらに1年の準備を行い、IOCなどの努力も経て、東京オリンピックはいわば待ったなしの状況であり、予定どおりの開幕に関する基本的懸念はない。
 日本のコロナの悪化というのは日本のこれまでの3波との比較でのことである。世界的に見ると、日本のコロナ・コントロールの状況は総じて比較的良く、先進国の中ではもっとも良好な国の一つだ。WHOの最新データによれば、日本の感染者数は626522人で世界第37位だ。過去1年以上の防疫の経験に基づけば、緊急事態に入って1ヶ月後には全国の感染者数は大幅に少なくなるはずだ。したがって、6月になれば、日本全国の状況がはっきり好転することを期待することができる。
 仮に6月になっても状況が目立って改善しない場合、菅政権はより厳格な緊急事態政策をとる可能性が排除できず、そうなれば、オリンピックは緊急事態下での開催となり、組織委員会は観客ゼロのもとでの開催を発表せざるを得なくなるだろう。組織委員会と日本政府はすでにそれに対応する準備を行っているはずであり、組織委員会が国内観衆の入場者数の決定日時を4月末から6月まで延期した主な原因はそこにある(として、バレーボール、飛び込み、新体操、体操などの大会が行われた事例を列記し、中国女子バレーの郎平の肯定的コメントを紹介)。
 日本国内におけるコロナ感染が制御不能に陥っていないもっとも主要な原因は人々の自覚度が高いからである。公共の場所ではマスクをしていない人はまず見かけることができない。したがって、一方で緊急事態によって人の流れを制限し、他方では検査によって海外からの感染者の流入を防ぐことで、日本は比較的安全なオリンピック開催環境を作り出すことができるはずだ。
 一時期、日本のハイ・レベル層の間にオリンピックに対する動揺が現れた(浅井:二階幹事長発言?)が、現在は日本当局のオリンピックに対する足並みはそろっている(として、菅首相、橋本組織委員長及び小池知事の態度を紹介)。国際的にも、東京オリンピックを支持する声が高まっている。習近平主席はバッハ会長に中国が東京オリンピックを支持する立場を表明し、中国がIOCとのワクチン協力を強め、アスリートの安全な競技参加を保障する効果的な防壁を共同して作りたいと述べた。これは、危機と困難にある東京オリンピックにとってもっとも強力な支持である。
 もちろん、オリンピックは世界200以上の国家及び地域にかかわり、オリンピックに参加する関係者は数万人であり、このことは日本に対して巨大な防疫圧力をもたらす。また、オリンピックの成功を保証するためには、参加者の協力と努力を必要とする。東京オリンピックは東京のものではなく、日本のものでもなく、全世界のものだ。長い年月の間辛抱して待ち望んできたアスリートたちを競技場に登場させ、全世界の人々にテレビを通じてアスリートたちのパフォーマンスを見せることができるならば、東京オリンピックは成功の大会となるだろう。
(環球時報記事)
 東京オリンピック開催までの時間が3ヶ月を切るときに、日本政府は開催を取り消すか延期するかのいずれかを求める20万人以上が署名した請願書を受け取った。この請願書は、「私たちの生命の安全と福祉のために、オリンピックを中止することを要求する」と述べている。多くの国民は、現在、日本の資源はコロナの影響を受けている広範な人々に重点的に振り向けるべきであり、運動競技に浪費するべきではないと考えている。波乱いっぱいの東京オリンピックを予定どおり開催できるかどうかは再び世論の関心を集めている。
 多くの人々は、参加者が極めて多い東京オリンピックは「スーパー感染事件」になる可能性が極めて高く、医療関係者、日本民衆そして関係者に危険と恐怖をもたらすと考えている。この請願書は宇都宮健二弁護士が5月4日に発表したが、5月8日にはすでに24万筆の署名を集めており、「オリンピック中止」を求める民間の声が大きいことを物語っている。宇都宮弁護士は、政府はオリンピックのために一連の新しい政策を定めているが、もっとも重要なコロナまん延防止措置はおろそかにしており、「病院は患者であふれ、多くの人が自宅で死を待つ状態で、まったく治療を受けられずにいる」と述べている。
 今年の早い時期に行われた世論調査では、80%以上の人々が再度延期またはキッパリ中止するべきだと考えていた。2019年7月、オリンピックを1年後に控えたとき、オリンピックがかくも紆余曲折するとは誰も想像もしなかっただろう。しかし数ヶ月後、コロナ感染が爆発し、急速に蔓延したため、安倍首相(当時)は1年延期の発表を余儀なくされた。(その後、森喜朗組織委員会会長の女性蔑視発言に伴う辞職、聖火リレーのゴタゴタを述べた上で)東京オリンピックが予定どおり開催できるかどうかは今なお未知数である。