ジョセフ・ナイは米ソ冷戦終結後の日米同盟の本質的転換を主導(1994年のナイ・イニシアティヴ)し、日本が集団的自衛権行使に踏み切ることを公然と主張(2000年の「アーミテージ・ナイ報告」)した人物です。2月4日付けの「プロジェクト・シンジケート(PS)」WSに掲載されたナイの文章("Biden's Asian Triangle")は、台頭する中国と政治的軍事的に対抗し、また、気候変動その他の課題で中国と協力を進める上での日米同盟の重要性を強調しています。特にナイは、安倍政権が9条解釈改憲、域内経済連携、日米豪印協力(QUAD)主導など、中国を意識した日本の主体性強化を絶賛し、これを受けて中国台頭に対抗する日米同盟のいっそうの強化の必要性を力説し、バイデン政権の対アジア政策に強力な方向付けを与えようとしています。
ナイの文章のもう一つの注目すべき点は、アメリカの対中認識と対日期待との間の相関性の強さが浮き彫りになっていることです。ただし、「アメリカの対中認識の変遷と日米同盟におけるアメリカの対日要求のエスカレーション」という問題を考える上での格好の材料は、2000年、2007年、2012年、2018年そして2020年に出されたいわゆる「アーミテージ・ナイ報告」(簡単には「アーミテージ報告」)を比較検討することであり、この問題については改めて考えるつもりです。ここでは、PS所掲のナイの文章の大要を紹介します。

 バイデンが中国をどのように扱うかは彼の大統領職を規定する問題の一つになるだろう。バイデンは過去50年間で最悪にある中米関係を引き継ぐことになった。この点についてトランプを非難する者がいるが、彼にふさわしいのは火に油を注いだことについての責任である。火をつけたのは中国の指導者だ。
 過去10年間、中国の指導者は鄧小平の「韜光養晦」(英語:"Hide your strength, bide your time")の穏健政策を放棄し、南シナ海で人工島を構築して軍事化し、日本と台湾の近海に侵入し、ヒマラヤ国境沿いでインドへの侵入作戦を行い、中国を批判したオーストラリアに経済的強圧を加えるなど、多くの面で自己主張するようになった。
 貿易においては、国有企業を補助し、外国企業に知的財産を中国のパートナーに移転するように強いることで有利な土俵を設定してきた。トランプは中国にも同盟国にも関税で不器用に対応したが、5Gネットワーク構築計画で安全保障上の脅威をもたらす華為などの企業を排除したことでは超党派の強い支持を得た。
 しかしながら、アメリカと中国はバイの関係を越えて経済面でも環境問題でも相互依存であることには変わりはない。アメリカは、巨大なコストを伴わない形で中国と経済を完全にディカップリングすることは不可能である。
 冷戦時代のアメリカとソ連との間には経済その他の相互依存はほとんど存在しなかった。しかし、米中貿易は年額で5000億ドル規模に達し、学生及び訪問者の交流も密接である。さらに重要なことは、ソ連がなしえなかった、権威主義的支配のもとで市場の力を利用することを中国はマスターし、今や中国は多くの国との貿易でアメリカ以上のパートナーとなっている。
 中国の人口規模及び経済成長のスピードを前にして、中国の行動を規制することは不可能だとする悲観論者もいる。しかし、同盟という要素を考慮すれば、この見方は正しくない。アメリカ、日本及び欧州を合わせた先進民主主義国の富を合わせれば、中国を優に超える。東アジア及び世界の経済的な安定及び繁栄にとって、日米同盟の重要性はますます高まる。冷戦終結当時、多くのものが同盟は過去の遺物だと考えたが、実は、同盟は将来にわたって死活的な存在である。
 アメリカはかつて、中国が国際秩序の「責任ある利害関係者」になることを期待した。しかし、習近平主席は中国を対決的な方向に導いてきた。かつてアメリカは中国がWTOに加盟することを支持したが、相互主義はほとんど実現しなかった。逆に、中国は自分に有利な土俵を設定した。
 関与政策によって中国を取り込むことができるとしたクリントン及びブッシュの考え方は甘すぎたと批判するものもいる。しかし、歴史はそれほど単純ではない。クリントンの中国政策は確かに関与を提起するものだったが、その政策は同時に、中国の地政学的台頭をコントロールするカギとしての日本との安全保障関係を再確認するという保険をかけたものだった。(関与政策の要諦は)東アジアには3大国があり、アメリカが日本(世界第3位の経済大国)との同盟を維持することで、日米両国は中国が国力を増強する環境を構築できるというものである。
 さらに、中国がアメリカを地域から追い出す軍事戦略の一環として、アメリカを第一列島線の外側に追いやろうとする場合には、この列島線の最重要部をなす日本は駐留する5万人の米軍に対して気前の良いホスト・ネーション・サポートを提供し続ける。そして今、クリントンの政策の実行者だった思慮深く熟練のカート・キャンベルがバイデン政権の国家安全保障会議においてインド太平洋調整官となった。
 日本との同盟関係に対してはアメリカ国内で強い支持がある。2000年以来、アーミテージと私は一連の超党派の報告を出してきた。2020年12月7日に出した第5報告で、我々は、日本が、他の多くのアジア諸国同様、中国に支配されることを望んでいないと論じている。日本は今や同盟関係において主導的な役割を担い、地域の課題を設定し、自由貿易協定及び多国間協力を引っ張り、地域の秩序を形成する新戦略を実施している。
 安倍晋三前首相は、憲法9条の再解釈の先頭に立ち、国連憲章のもとで同国の防衛力を強化した。トランプが環太平洋パートナーシップ(TPP)から離脱した後は、TPPに関する包括的及び先進的な協定(CPA)によって地域的貿易取り決めを保全した。安倍はまた、インド太平洋の安定のためのインド及びオーストラリアを含む4カ国協議をも主導した。
 幸いなことに、この地域的なリーダーシップは菅義偉首相の下でも続けられるようだ。共通の利益と共有される民主的価値観はアメリカとの同盟の基盤であり続け、日本の世論調査におけるアメリカに対する信頼は未だかつてなく高い。バイデン就任後の外国指導者に対する挨拶の最初に菅があり、日本との戦略的パートナーシップに対するアメリカの継続的コミットメントを菅に確約したのは驚くに当たらない。
 日米同盟は両国で相変わらず支持が高く、両国は未だかつてなく互いを必要としている。両国が一緒になることによって中国のパワーとバランスを取ることができるし、気候変動、生物多様性、パンデミックといった分野で中国と協力し、ルールに基づく国際経済秩序に向けて協力することもできる。以上の理由により、バイデン政権が中国の持続的台頭に対抗する戦略を発展させる上で、日本との同盟関係は政権にとって最優先順位であり続けるだろう。