イラン革命防衛隊(IRGC)海軍部隊は1月4日、ホルムズ海峡航行中の韓国タンカーを拘留しました(理由:海洋汚染による環境規則違反)。イランと韓国の外交当局者間の接触、交渉を経て、イラン外務省報道官は2月2日、人道的措置としてタンカー乗組員の解放を発表しました(船長を除く)。その際に同報道官は、イラン外務省のアラグチ次官が韓国外務省のチェ次官との間で、アメリカの制裁措置によって韓国の銀行にブロックされているイランの資金を、イランが国連に対して滞納している分担金の支払いに充てるメカニズムについて協議したこと、韓国側は「これらの資金に対する制限を取り除くために最善を尽くす」と強調したことに言及しました(2月2日付けイランIRNA通信)。イランは当初、韓国タンカー拘留は海洋汚染を犯したためであり、政治的意図によるものではないと説明していましたが、結果的には政治的意図による拘留であることが明らかになったわけです。
 韓国の銀行にイランの資金が大量に滞っているのは、トランプ政権による対イラン制裁の結果であることも踏まえておく必要があります。トランプ政権による対イラン制裁強化以前、韓国はイランから大量の原油(2017年には78億ドル)を輸入していましたが、SWIFTを通じた制裁強化によって支払代金(ドル)をイランに移転できなくなりました。その結果、韓国の2つの銀行(ウリィ銀行とIBK企業銀行)にブロックされた原油輸入代金約70億ドルが凍結されているということです。
 イランは今回の事件以前にもこれら資金の引き出しを韓国に度々要求していました。しかし、韓国側はトランプ政権の怒りを買うことを恐れて言を左右にしてイランの要求に応じてこなかったとされています(例えば、1月12日付けハンギョレ日本語WS)。
重要な事実は、韓国側が「これらの資金に対する制限を取り除くために最善を尽くす」とし、イラン側がそれを評価した点にあります。というのは、韓国側がこのような誠意を示す発言を行ったのは、アメリカにおける政権交代、特に対イラン制裁に対するバイデン政権の柔軟な対応(の可能性)を踏まえた上でのこと(韓国側報道によれば、韓国外務省は米国務省と緊密に協議を行ってきました)であり、イラン側としても、バイデン政権の対イラン政策における柔軟性について感触を得たからこそ、乗組員解放という柔軟な対応を行ったと見られるからです。ちなみにこの間の事情について、2月4日付けのハンギョレ日本語WSは次のように解説しています。

「公開された資料の内容を見てみよう。イラン外務省のサイード・ハティブザデ報道官は2日の発表で、イラン政府が今回の決定を下した理由について「韓国政府の要請とイラン司法の規定に基づき」海洋汚染を起こした「乗組員たちに対する人道的措置として、彼らがイランを去ることができるように許可した」と述べた。そしてアラグチ次官がチェ次官に、韓国が保管しているイラン資産70億ドルの凍結を「解除すべき必要性について強調した。両国はこの金融資産を解除する有効なメカニズムについて協議した。韓国側もこの凍結資金をできるだけ早く供給するために最善の努力を尽くすと述べた」という事実も公開した。(韓国)外交部も報道資料で「チェ次官はイランの凍結資金に関し、韓国政府が独自に解決できる部分は速やかに実行し、米国側との協議が必要な問題に対しては対米協議を透明に進めていくことをイラン側に説明した」と明らかにした。両国の資料を総合すると、イランが凍結資金問題に関する「完全な解決策」が保証されない状況で、東アジアの伝統的友好国である韓国との関係を考慮し、乗組員たちの解放という先制措置を取ったことが分かる。事件発生後、外交部が取ってきた迅速な対応が凍りついたイラン側を溶かすことにある程度成功したわけだ。」
 1月30日のコラムで明らかにしたとおり、イラン核合意(JCPOA)をめぐるイランとアメリカ・バイデン政権のせめぎ合いは、イランとアメリカのいずれが先に行動するか(イランのJCPOA合意事項完全遵守への復帰が先か、アメリカの対イラン制裁措置撤廃が先か)についての尖鋭な対立にかかわるものです。特にイランは、アメリカの制裁措置の中でもとりわけ銀行取引と石油輸出の2点を重視しており、アメリカがこの2分野の制裁を撤廃することを繰り返し要求しています。2月4日のコラムで触れましたように、バイデン政権がイラン担当特別代表に任命したロバート・マレーはJCPOA交渉妥結に最後までかかわった人物であり、JCPOA上の参加各国の権利義務関係についても知悉しています。安保理決議2231のお墨付きを得ているJCPOAから一方的に脱退し、「最大限の圧力」と称してありとあらゆる制裁を行ったアメリカに明らかに非があることは、マレーには明らかであるはずです。そのマレーが2月2日に、「ワシントンはイランに対するいわゆる「最大限の圧力」キャンペーンの撤廃を追求する」、「より広範囲の協定について協議することはJCPOA復帰後の課題だ」という発言を行ったこと(2月4日のコラム参照)と本件の乗組員解放決定を偶然の一致と見るわけにはいきません。
 もちろん、今回の乗組員解放の一事をもって今後の米伊関係を楽観視することは早計でしょう。しかし、イラン議会が成立した法律が設定した期限(2月←1月30日のコラム末尾参照)、またこの期限をなんとか乗り越えるとしても6月のイラン大統領選挙(今のままでは「強硬派」が勝利する可能性が大きいとされている)を見据えるとすれば、バイデン政権に与えられた時間的余裕が極めて限られていることは間違いありません。事態の重大性を知悉するマレー(サリバン、ブリンケン)と、JCPOAを存続させることを重視するアラグチ(ザリーフ、ロウハニ)、そしてJCPOA係争問題の調整役を担うEUのボレル上級代表の三者の今後の動きが注目されるゆえんです。