北京市のコロナ対策（3）
7月10日、北京市は新コロナ・ウィルス防疫コントロール工作に関する記者会見を行い、感染流行を抑え込んだと公式に表明しました。6月11日から始まった北京・新発地卸売市場を震源とする新コロナ・ウィルス集団感染問題が一段落し、感染者335人で収束させたことになります（無症状感染者が24人おり観察中）。今回の北京市の鮮やかな取り組みについては、7月7日付けのブルームバーグ通信も、"Beijing Just Reported No Cases. Here's How They Turned It Around"と題する記事で、北京がわずか4週間で抑え込んだことに関する分析記事を掲載し、これを賞賛しています。特にブルームバーグは、武漢の際は都市の全面封鎖措置を取ったのに対して、北京では重点を絞り込む取り組みによって成功したことを重視し、他の国（西側諸国を除く）にとっても参考になると指摘しています（参考までに、末尾につけておきます）。
常住人口2000万人以上の大都市・北京の、しかも多くの人が密集し、物流も半端ではない国内最大級の卸売市場が震源地となった今回のコロナ対策は至難を極めたものでした。その対策がかくも短期間で成功した原因はいくつか挙げられます。7月10日付けの新京報社説は以下の諸点を成功原因として挙げています。
まず、新発地卸売市場及びその周辺地域を重点として厳格な疫学調査と徹底した追跡を行う方針のもと、新発地と接触したことがあるものすべてを徹底的に調査し、検査対象とし、また、さまざまな情報手段を駆使して濃厚接触者の割り出しを徹底的に行ったことです。これによってウィルス感染ルートが広がるのを遮断することに成功しました。ちなみに、同日付の北京日報はこれを「外科手術式定点抗疫」と名づけています。
もう一つの成功原因は、｢応検尽検、願検尽検｣原則を徹底し、大規模なPCR検査を行ったことです。最終的には1100万人以上に対して検査を行いました。常住人口が2153．6万人（2019年末）の北京ですから、実に2人に1人以上がPCR検査を受けたことになります。当初の北京市のPCR検査能力は限られたものでした（6月15日付けの中国青年報は、6月13日現在での一日当たり検査能力が検査可能機関90余、検査能力9万人と指摘）が、短期間で検査能力を飛躍的に拡大したのです。ちなみに、1日での最高PCR検査数は108.4万人でした（7月9日付け人民日報）。
なお、北京での検査では、」PCR検査だけでは偽陰性のケースも出るので、｢1＋3｣モデルを採用しました。｢1＋3｣モデルとは、PCR検査プラス血液学抗体検査＋図像学検査（CTなど）＋血液検査のことです（6月25日付け中国新聞網）。
｢応検尽検｣の対象者から、その徹底ぶりが分かります。北京では、新発地卸売市場に行ったことがある者全員、各種農貿市場、スーパー、レストラン、配達、デリバリー、銀行，物流などでの一線従事者、リスク指定地域住民全員、医療衛生機関従事者（北京市で7万人以上）、コミュニティ防疫コントロールの一線従事者、美容関係者（6月26日に北京市美髪美容業協会が緊急通知。6月26日付け北京日報）が含まれました（6月27日付け新京報）。
また、検査から結果判定までの時間を短縮することも重視されました。7月2日付けの新華網によれば、発熱外来でのPCR検査では所要時間が6時間以内だったのを4時間に短縮したほか、一般外来、入院患者及びその付添人については原則12時間以内、｢願検尽検｣の場合は24時間以内とされました。検査費用は、｢応検尽検｣の場合は負担ゼロですが、｢願検尽検｣の場合は、6月25日からそれまで個人負担額180元だったのが120元まで引き下げられました（1元＝15円で勘定すると、個人負担額は1800円です。
しかも北京市は、防疫工作を展開するに当たって、これが社会経済生活に及ぼす影響をミニマムにすることを心がけました。それが、ブルームバーグ通信の特筆大書するところになっています。
10日の北京日報は、今回の北京の成功の原因としてさらに、｢準備のない戦いではなかった｣ことを指摘します。すなわち、北京は｢外防輸入、内防拡散｣｢三防｣「四早」｢九厳格｣等の対策（これらの意味については6月17日のコラム参照）をかねてから講じており、したがって、いったん｢戦時状態｣に突入するや、震源地・新発地を22時間以内に封鎖し、｢及時発見、快速処置、精準管控、有効救治｣を実現することに成功したといいます。
また北京日報は、｢応検尽検、願検尽検｣がどのように実現されたかに関し、10万人近い第一線工作者が北京市の7000余のコミュニティ（社区）に｢絨毯的｣に配置され、わずか4日間に20万人近くを虱潰しに検査したこと、衛生、商業、薬局等部門が急速に検査能力を拡大し、PCR検査場を98カ所から184カ所まで拡充したこと、関係単位が積極的に組織し、広範な市民は指揮に従い、平温かつ円滑なPCR検査が行われたこと等を指摘しています。
そして北京日報は、その背景には、近年のフロー面での変革及びメカニズムにおける革新の積み重ねがあり、肝心なときには社会的に呼応して動くメカニズムが成熟してきたことがあることもつけ加えています。具体的な事例として同紙は、北京には22.8万人以上のボランティアがおり、いったん事があるときには、一軒ずつ回って状況把握とサービス提供を行うこと、また、多くの市民が「主人公｣としての責任感をもって防疫コントロールを支持し、協力する体制ができあがっていることも指摘しました。
また、今回の北京の経験は、今後起こりうる感染流行に対する取り組みの指針を与えることになりました。7月8日付けの科技日報は、天津中医薬大学校の張伯礼校長に対するインタビュー記事を掲載していますが、張伯礼はこのことの意義を強調しています。つまり、武漢のような爆発的事態はもはや考えなくて良く、むしろ疫病が常態化する中で暴発するクラスター的な流行である今回の北京での今回の防疫と経済社会生活の可能な限りの両立という経験を総括し、全国に広めるべきだということです。
ただし、これまでの時点ではなお未解明で残されている問題もあります。
一つは、新発地卸売市場では、冷凍水産物や冷蔵肉類食品を扱っていたコーナーが感染源になっている可能性が指摘されているものの、冷凍水産物や冷蔵肉類食品そのものが感染源であるかどうかに関しては、むしろ否定的な見方が強いことです。国家食品安全リスク評価センターの李寧副主任は、WHOの見方及び手元の証拠に基づけば、これらの食品が感染源である可能性は極めて小さいと指摘しました。すなわち、WHO，欧州食品安全局、ドイツ・リスク評価研究所、アメリカ疾病予防コントロール・センター等の一致した見解は、新型コロナ・ウィルスの感染ルートは呼吸、飛沫等を通じた濃厚接触が主であり、消化器を経由する感染の可能性を裏付ける証拠は今まで見つかっていない、ということです。
ただし、中国では念を入れて、これらの輸入食品について税関で検査を行っています。そして、現実にエクアドルから輸入された冷凍エビコンテナの内壁及び外包装サンプルから陽性反応を確認したことが報告されています（7月11日付け人民日報）。また中国は、感染流行国であるドイツ、アメリカ、ブラジル、イギリス等の23企業からの輸入を暫定停止しています（7月10日付け中国新聞網）。
もう一つの大きな未解明問題は、56日間も感染者を出していなかった北京で再び感染者を出した原因は何かということです。6月17日及び26日のコラムでも紹介した中国疾病予防コントロール・センターの呉尊友は、56日間感染事例がなかったことから、ウィルスが外から持ち込まれたことは間違いないとしつつ、感染源の特定には至っていないとして、次のように述べました（10日付け中央テレビCCTVニュース・クライアントWS）。
ソースを特定するのは非常に難しい作業である。二つの方向から調査を開始しており、一つはモノが新発地卸売市場に持ち込んだ可能性、もう一つはヒトが持ち込んだ可能性である。ヒトについては、大量の手がかりをしらみつぶしに調査しているが、これまでの手がかりはすべてシロであり、現在は新しい手がかりについてさらに調査を進めている。ヒトなのかモノなのかについては、早い段階で感染した従業員及び顧客が提供する手がかりから何か新しい考え方が見つからないかなども調査対象になっている。
以上、北京市のコロナ対策が一段落しましたので、大雑把なまとめ的紹介をしました。その趣旨は、北京と東京都の｢天と地｣の違いを皆さんに実感していただきたいからです。私は、東京そして全国にかかわる専門家諸氏の発言の脳天気ぶりに辟易しています。もちろん、現在の安倍政権そして小池都政の｢何もしないで、ひたすら国民の自覚ある行動を求める｣無能ぶりを批判する声はあります。しかし、北京で実際に行われている徹底した対策と比較するとき、安倍政権・小池都政を批判する専門家諸氏の発言もやはり脳天気の次元を出ていません。
北京の場合、6月11日以前の徹底した取り組みで感染者ゼロを実現したことが出発点にあります。したがって、6月11日に感染流行が起こったとき、以上に述べたような対策（日本でいう｢クラスター｣対処的な「外科手術式定点抗疫」）がとれたのです。東京も日本全体も｢感染者ゼロ｣を実現するための徹底した取り組みは議論にも上りません。はじめから｢実現不可能｣という暗黙の了解があるとしか思われません。これは最初から｢負け戦｣です。｢井の中の蛙大海を知らず｣というほかありません。
トランプ政権も同じです。彼はPCR検査が世界最高といって自慢していますが、肝心な作業（感染者を探し出し、感染源をゼロにする取り組み）はゼロです。PCR検査もろくにしない日本よりはまだましかもしれませんが、肝心な作業に取り組む姿勢がはじめから抜け落ちている点では，日本と大同小異です。
中国のやることはとにかくケチをつけなければ気が済まない日本社会の狭い了見では、せっかくすぐお隣で行われている素晴らしい実践にも目が行かず、ましてや、そこから学ぶという姿勢は皆無です。アメリカのブルームバーグでさえ高い評価をしているのに、本当に悲しいことです。
（参考）
Beijing Just Reported No Cases. Here's How They Turned It Around
Bloomberg News July 7, 2020
Beijing reported zero new coronavirus cases for the first time in 26 days, a sign the resurgence that ignited fears of a second wave in China looks to have been brought under control for now.
The city of more than 20 million people appears to have quelled a flare-up that infected 335 people, with infections down from 36 a day at their peak in mid-June. Authorities took a different approach to the virus when it reappeared in China's political and economic hub after nearly two months of no locally transmitted cases than they did in Wuhan, the central city where the pathogen first emerged.
Instead of resorting to a sudden across-the-board lockdown that risked reversing the gains made since China started reopening, Beijing deployed more targeted measures. While some -- like confining whole neighborhoods to their homes -- may be more difficult to replicate in western democracies, they could hold lessons for other countries as they grapple with the inevitable return of the virus given an effective vaccine is months, potentially even years, away.
The Beijing resurgence, which took root in a wholesale food market in the city's southwestern district, injected fresh uncertainty into the global struggle against the virus, hitting as citizens were getting used to a semblance of normal life. It served as a warning to places that look to have nailed the pandemic: the virus is elusive and isn't easily beaten.
The outbreak, which seeded small virus skirmishes in other parts of China, was contained in less than four weeks. This is how they did it:
Millions Tested
Hesitant to fully seal off Beijing like officials did in less economically important regions, the city relied on targeted testing at unprecedented speed.
Reminiscent of the mass operation conducted in Wuhan in May, when most of the population was tested for the virus in about two weeks, Beijing has tested more than 11 million people so far, according to Pang Xinghuo, deputy director of the Beijing Center for Disease Control and Prevention.
Overall, China has the capacity to test 3.8 million samples nationwide every day, officials said June 24, likely one of the fastest speeds worldwide.
Such scale is achieved using a method known as batch testing, where multiple samples are assessed simultaneously with detailed follow-up if any trace of the virus is found. Even without this method, Beijing can test over 300,000 people a day, six times more than the city's capacity in March, according to Beijing Health Commission official Zhang Hua.
During the Beijing outbreak, entire groups were tested whenever an infection was found in their midst, including all the vendors at several major wet markets. All workers at a PepsiCo Inc. food factory where a case was diagnosed had to undergo testing, and every delivery courier in the city -- over 100,000 -- was also sampled in weeks.
Targeted Lockdowns
Rather than confining everyone in Beijing to their homes once the new outbreak emerged, authorities just locked down apartment blocks and housing compounds close to the epicenter. In these high-risk areas, only one member per household was allowed to leave to purchase necessities.
It's an approach that other countries are also looking at, with authorities in the Australian city of Melbourne implementing localized lockdowns to quell a resurgence in cases there. Specific streets or neighborhoods would be told to stay home and practice social distancing, but the rest of the city would remain open. South Korea, too, has taken a targeted approach, shutting down businesses or schools where there have been outbreaks, but never imposing city-wide lockdowns.
Schools in Beijing were also closed again to limit commuting, while some entertainment venues were shuttered, too.
Lessons From Wuhan
China appears to have drawn from the lessons of Wuhan's devastating outbreak in January, when the virus was not well-understood by experts and the system unprepared for how contagious it is. Then, people swarming hospitals for help spread the virus to other patients and infected the environment.
This time in Beijing, residents were banned from entering hospitals unless they had tested negative for the virus, and makeshift test sites were set up in neighborhoods where cases were found to assist those showing symptoms.
Rather than seal off the city's borders like in Wuhan -- a move that caused widespread panic among residents, causing them to rush the city's highways -- China imposed quarantine requirements at destinations instead. People going from Beijing to some other provinces have to be isolated for two weeks in government-run facilities upon arrival, naturally discouraging travel. Carriers canceled flights, even though the airport remained open.
Still Cautious
Despite what seems to be a relatively quick containment, the flare-up has shifted the contours of China's fight against the virus. Prior to the Beijing outbreak, the nation appeared to be largely triumphant in its fight against a disease that continues to devastate the developing world, and China's biggest rival, the U.S.
The cluster in the capital is believed to have started at the market, but its exact genesis and how it spread remains unknown.
After the virus was detected on a chopping board used for imported salmon at the market, a nationwide boycott of the seafood took place that affected exporting countries like Norway and Australia.
Experts say it's more likely that the salmon was contaminated by an infected person, or by being in a dark, humid and low-temperature environment where the virus was present. China's customs department tested over 47,000 samples of imported meat, seafood, vegetables and food and all were negative. Still, the country has suspended imports from some foreign meat plants, including a Tyson Foods Inc. plant in the U.S. where hundreds of employees tested positive for Covid-19, a move that potentially undermines its trade deal with Washington.
Amid that uncertainty -- and as cases continue to pop up in areas around Beijing -- China's strategy is to remain circumspect. Even as infections taper, officials say that they won't ease the restrictions until Beijing has seen two weeks without any new cases.
"Zero new cases does not equal to zero risk," Pang said in a presser Tuesday. "We cannot rule out the risk of new domestic cases in the coming week."
— With assistance by Sharon Chen, and Claire Che