私は、1月19日のコラムで次のように指摘しました。

 2019年4月21日のコラムで指摘したとおり、金正恩委員長の文在寅大統領に対する不信感は、4月12日の施政演説における「板門店対面と9月平壌対面の時の初心に立ち返り、北南宣言を誠実に履行して民族に対する自分の責任を果たすべきだ」、「成り行きを見て左顧右眄し、せわしく行脚して差し出がましく「仲裁者」、「促進者」のように振る舞うのではなく、民族の一員として自分の信念を持ち、堂々と自分の意見を述べて民族の利益を擁護する当事者にならなければならない」に集中的に表明されています。具体的には、両首脳が合意したケソン工業団地の再開、金剛山観光事業の推進、南北鉄道・道路連結について、文在寅がアメリカ・トランプ政権の顔色を窺って約束を履行しなかったために、金正恩は文在寅大統領に対する不信感を強めたことは間違いないと思います。
 特にケソン工業団地の閉鎖は朴槿恵政権が独自に行ったものであり、国連安保理制裁決議の履行としてではありません。また、金剛山観光事業が中断されたのも安保理制裁決議とは関係ありません。アメリカの横やりが入ってもそれを払いのけるべきだ、というのが金正恩の言わんとするところでしょう。
 今回、文在寅が南北関係を推進すると言うとき、私はまず、文在寅としては以上の点についてハッキリ釈明すること(仮に公ではなくても、最小限私信を送ること)が、金正恩の「(文在寅に対する)失われた信頼」を回復するために必要な第一歩だと思います。また、南北関係推進の具体的事業として、制裁決議に引っかからないものとして「"離散家族故郷訪問"と"個別観光"の結合案」を出したというのも、私からすればますます「いただけない」という印象です。ケソンと金剛山に取り組む姿勢を示すことこそが文在寅の「本気度」を示すカギであるのに、「"離散家族故郷訪問"と"個別観光"の結合案」というのではあまりにも腰が引けていると思います。  私は、以上の判断が「間違いに終わる」ことを願います。しかし、今の時点ではこういう判断を示さざるを得ません。今後の朝鮮側の公式反応が出るのを待って、改めて私の以上の判断について検証したいと思います。
 6月に入ってからの朝鮮半島における事態の展開は、私が恐れていた中でも最悪の形が現出したことを指摘しないわけにはいきません。要すれば、文在寅が板門店及び平壌での厳粛な約束(開城工業団地再開と金剛山観光事業再開)を履行できず、それについて言い訳がましい言説に終始し、アメリカに断固ともの申すことができないことが、朝鮮の怒りを昂じさせたということです。そして、文在寅政権が敵対行為禁止(脱北者の反朝鮮ビラ飛ばしを取り締まること)の約束すら守れないことで、朝鮮は「堪忍袋の緒を切る」こととなりました。今回の事態を招いた責任は文在寅政権にある、と言うほかありません。以下、今回の経緯をまとめます。
 文在寅には、少なくとも2回のチャンスがありました。3月1日と6月15日です。
 日本による植民地支配に抵抗して1919年に起きた独立運動「三・一運動」から101年を迎えた1日、文在寅は政府主催の記念式典で演説を行いました。ところが、南北関係について述べたのは、「南北は2年前、「9・19軍事合意」という歴史的成果を成し遂げました。その合意を順守して多様な分野へと協力を拡大していくとき、韓半島の平和も強固なものになるでしょう。」という空疎かつ抽象的なものでしかありませんでした。
 そして3月3日、金与正は、前日行われた朝鮮の火力戦闘訓練に対する「青瓦台の反応」に対する談話を発表しました。この談話は3月1日の文在寅演説にはなんの言及もしていません。しかし、文在寅に対する不快感は、「もう少し勇敢で正々堂々と立ち向かうことができないのか」という言辞で明らかです。
 朝鮮が6・15南北共同宣言20周年記念日に際しての文在寅の言動を注視していたことは明らかです。
6月4日、金与正は「自ら災いを招くな」と題する談話を発表し、5月31日に脱北者が反朝鮮のビラを飛ばしたことを「軍事境界線一帯でビラ散布など全ての敵対行為を禁止することにした板門店宣言と軍事合意書の条項」に対する明白な違反であることを指摘し、「数日後には6・15の20周年を迎えることになる」ことに注意喚起しつつ、「南朝鮮当局が今回、自分の所で同族に対する悪意に満ちた雑音が出たことについて応分の措置」を取らない場合には「十分に覚悟はしておくべきであろう」(金剛山観光廃止、開城工業地区完全撤去、北南共同連絡事務所閉鎖、北南軍事合意破棄を列挙)と警告しました。
これは、6月15日までに文在寅政権が「板門店宣言と軍事合意書の条項」に即した「応分の措置」を取ることを要求し、同政権が「応分の措置」を取らない場合には「金剛山観光廃止、開城工業地区完全撤去、北南共同連絡事務所閉鎖、北南軍事合意破棄」に踏み切るという警告でした。この警告が「虚仮威し」の類いのものではないこと、文在寅政権に残された時間は極めて限られていることを明確にするため、以下の談話が矢継ぎ早に出されます。
 翌6月5日、朝鮮労働党中央委員会統一戦線部スポークスマンは談話を発表し、「金與正第1副部長は5日、対南事業部門で談話文に指摘した内容を実務的に執行するための検討に着手することに関する指示を与えた」ことを明らかにして、「最初の順番として、やる事もなく開城工業地区に居座っている北南共同連絡事務所から断じて撤廃するであろうし、引き続きすでに示唆したいろいろな措置も伴わせるつもりである」と言明しました。
 6月9日、朝鮮中央通信社は「北南間の全ての通信連絡線を完全に遮断する」というタイトルで報道を発表、「8日、対南事業部署の活動総括会議で、朝鮮労働党中央委員会の金英哲副委員長と朝鮮労働党中央委員会の金與正第1副部長は対南事業を徹底的に対敵活動に転換すべきであるという点を強調し、裏切り者と人間のくずが働いた罪の代価を正確に計算するための段階別対敵活動計画を審議し、まず先に北南間の全ての通信連絡線を完全に遮断することに関する指示を与えた」とし、「これによって、わが方の当該部門では2020年6月9日12時から北南共同連絡事務所を通じて維持してきた北南当局間の通信連絡線、北南軍部間の東・西海通信連絡線、北南通信試験連絡線、朝鮮労働党中央委員会本部庁舎と青瓦台間の直通通信連絡線を完全に遮断、廃棄することになる。今回の措置は、南朝鮮の連中との一切の接触テコを完全に閉鎖し、不要なものをなくすことにした第一段階の行動である」と報道しました。
ちなみに、この北南間通信連絡線完全遮断は6月4日の金与正談話には含まれていません。文在寅政権が無為無策で打ち過ごす場合に、6月15日以後の起きうる深刻な事態についての警告的措置としての意味合いが込められていたと思われます。
 6月12日、朝鮮労働党中央委員会統一戦線部のチャン・グムチョル部長は談話を発表し、「自分が言った言葉とした約束を履行する意志がなく、それを決行する力がないし、無力無能であったので、北南関係がこの状態、このざまになったのである」「北南関係が悪化することを心から懸念したなら、板門店宣言採択以後、今まで2年になる長い時間が流れる間に、そのような法などは十回、二十回も制定して余りあったであろう」と述べて、北南関係がここまで悪化した原因と責任が文在寅政権の板門店宣言及び軍事合意書の不履行にあることを指摘しました。
翌13日、金与正は談話を発表し、「私は、昨日のわが統一戦線部長の談話に全面的に共感する。2年間しなかったことを直ちにやり遂げる能力と度胸がある連中なら、北南関係がいまだにこの状態であろうか。いつ見ても、遅れて騒ぐ彼らの常習的な言葉に耳を傾けたり、形式に過ぎない常套的な言動を決して信じてはならず、裏切り者とくずの連中の罪科を絶対に容認してはならない」と述べ、文在寅政権が「働いた罪の代価をすっかり受け取るべきだという判断とそれに従って立てた報復計画」は「国論として確固と固まった」、「今や連続的な行動で報復しなければならない」として、「私は、委員長同志と党と国家から付与された私の権限を行使して対敵事業関連部署に次の段階の行動を決行することを指示した」と述べました。具体的には、北南共同事務所が「跡形もなく崩れる悲惨な光景を見ることになるであろう」と予告するとともに、「次の対敵行動の行使権はわが軍隊の総参謀部に」手渡すと語りました。この談話は、6月15日を2日後に控えた文在寅政権に対する最後通牒だったと言えるでしょう。
 6月15日、文在寅は、午前の大統領首席・補佐官会議と午後に烏頭山統一展望台で開かれた南北共同宣言20周年記念式に映像メッセージを送りました。しかし、そこで文在寅が述べたのは、「私と金正恩委員長が8000万民族の前でした韓半島平和の約束を後回しにすることはできない」、「4・27板門店宣言と9・19平壌共同宣言は南と北が共に忠実に履行しなければならない厳粛な約束」と認めながらも、「期待したほど朝米関係と南北関係の進展がなかったことについて、私も残念に思う」という遺憾表明と、「朝鮮半島はまだ南北の意志だけで突っ走れる状況ではない」という弁解だけでした。文在寅は「南北が自主的にできる事業も確かにある」としましたが、それは開城工業団地再開と金剛山観光事業推進ではなく、1月14日の年頭記者会見で提起した「"離散家族故郷訪問"と"個別観光"の結合案」に過ぎませんでした。
 6月16日、北南共同連絡事務所は完全に破壊され、同日付の労働新聞の署名入り論説は「われわれの徹底した報復戦が実行段階に入った」と指摘し、翌17日、朝鮮労働党中央委員会統一戦線部のチャン・グムチョル部長が、この完全破壊について「責任を負うべき張本人」は「あまりにも明白」と述べたのは、以上の経緯を踏まえれば当然のことでした。
 6月17日、金与正は談話を発表して15日の文在寅の言動を次のように酷評しました。朝鮮側の文在寅に対する批判の本質を理解することは難しいことではありません。朝鮮の「罵倒文学」には、正直、私はついて行けません。しかし、朝鮮の文在寅批判の所在(そして朝鮮の文在寅に対する怒りが如何にすさまじいか)を理解することはできます。
 「北南関係が取り返しのつかない最悪の破局へ突っ走っている中、南朝鮮当局者がついに沈黙を破った。去る15日、青瓦台の首席秘書官および補佐官会議と「6・15宣言20周年記念行事」に送った映像メッセージなるものを通じて、連続2回にわたって長たらしい演説を行った。2000年の6・15共同宣言署名の時に南側当局者が着用したネクタイまで借りて結び、2018年の板門店宣言の時に使った演台の前に出て象徴性と意味はいつものように苦労して付与しようとしたが、その内容を聞いてみれば事新しく嫌悪感を禁じ得ない。…
 それでも「大統領」の演説であるが、民族に対して担った責務と意志、現事態収拾の方向と対策とは探してみようとしても見られず、自分の弁解と責任回避、根深い事大主義に点綴した南朝鮮当局者の演説を聞いていると、我知らず胸がむかつくのを感じた。
<本末を転倒した美辞麗句の羅列>
重大な現事態がくずの連中の反朝鮮ビラ散布妄動とそれを黙認した南朝鮮当局のために招かれたということは、周知の事実である。それなら、南朝鮮当局者の今回の演説は当然、それに対する謝罪と反省、再発防止に対する確固たる誓いがあって当然であろう。しかし、本末は跡形もなく責任回避のための弁解と術策をごちゃまぜにした華麗な美辞麗句で一貫している。…現事態の本質をいったい知っているのかを問わざるを得ない。…北南関係の基礎で出発点である相互尊重と信頼を南側が決心してけなしたというところに根本問題がある。(中略)
<責任を転嫁する鉄面皮な詭弁>
南朝鮮当局者は、北南関係を牽引すべき責任ある当事者である。
歴史的な板門店宣言と平壌共同宣言に署名したばかりか、8千万同胞に対して民族の運命と未来を公言した当事者として北南関係がよくなってもならなくても、それに対する全責任を負う姿勢と立場に立つのはあまりにも当然なことである。ところが、今回の演説をよく見ると北南関係が進展を遂げていないのが全ていわゆる外的要因にあるように押し付けている。…
演説通りなら、北南関係が一歩も進まなかったのが南朝鮮内部の事情のためであり、米国と国際社会の支持が伴わなかったからだということだが、過去それほど口にしばしば乗せていた「運転手論」が決まり悪くなる弁解だと言わざるを得ない。
「 期待ほど南北関係の進展が遂げられないことに対して私も惜しさが大きい」と言ったが、漠然たる期待と惜しさを吐露するのがいわゆる「国家元首」が取る姿勢と立場なのか。…
板門店宣言2条1項には、軍事境界線一帯で拡声器放送とビラ散布をはじめとする全ての敵対行為を中止することについて明記されている。2年という長い時間、一度や二度でもなく、自分の内部で繰り広げられる反朝鮮ビラ散布を見なかった振りをして放置しておいたのは、誰が見ても南朝鮮当局の責任であることが明明白白である。…
いったい、板門店宣言と9月平壌共同宣言で南朝鮮当局が履行すべき内容をまともに実行したのが一条項でもあると言うのか。したことがあるとすれば、主人の役目を果たさず宗主の機嫌を見、国際社会に哀願したのが全部であるが、それを「絶え間ない努力」「疎通のひも」に包装するのはキツネも顔を赤らめる卑劣でずる賢い発想である。…
<卑屈さと屈従の表出>
立派であった北南合意が一歩も履行できなかったのは、南側が自ら自分の首に掛けた親米事大のわなのためである。北南合意文のインクが乾く前に、宗主が強迫する「韓米実務グループ」なるものをさっと受け入れて、ことごとに北南関係の全ての問題をホワイトハウスに供してきたのが今日の残酷な悪結果に戻ってきた。戦争遊戯をしろと言われれば戦争遊戯をし、ハイテク兵器を買えと言われればあたふたと天文学的血税を貢ぐ時、自分らの間抜けな行動が北南合意に対する乱暴な違反につながるということを知らなかったはずではなかろう。
しかし、北南合意より「同盟」が優先で、「同盟」の力が平和をもたらすという盲信が南朝鮮を持続的な屈従と破廉恥な背信の道へ導いた。これまでの2年間、南朝鮮当局は民族自主ではなく、北南関係と朝米関係の「善循環」という突拍子もない政策に邁進してきたし、遅ればせながら「身動きの幅を広める」と鼻を高くする時にさえ「制裁の枠内で」という前提条件を絶対的に付け加えてきた。こんにち、北南関係が米国の翻弄物に転落したのは全的に、南朝鮮当局の執拗で根深い親米事大と屈従主義が生んだ悲劇である。(以下省略)」