5月29日の中国・光明日報は、中国社会科学院マルクス主義研究院副院長・辛向陽署名文章「人民民主は一種の全過程の民主である」を掲載しました。「全過程の民主」とは珍しい提起の仕方だな、と気になっていました。6月11日の中国社会科学網は、華東政法大学政治学・公共管理学院の劉東明署名文章「全過程民主の三つの次元を理解する」を掲載しました。劉東明はその中で、「全過程の民主」という提起は、2019年11月2日に習近平が上海を視察した際に、「我々が歩むのは、中国の特色ある社会主義政治の発展の道であり、人民民主は一種の全過程の民主であって、すべての重要な立法及び政策決定は、手続きに従い、民主的準備を経た、科学的民主的政策決定によって生まれるものである」と述べたことを紹介し、「全過程の民主」が習近平によって提起されたことを明らかにしています。劉東明は、習近平のこの提起は「耳目を一新する」ものであり、広範な討論を引き起こすことになった、と述べています。
 習近平が総書記になってからの中国は強権主義を強め、中国における人権・デモクラシーの実現に消極的になっている、というのが一般的な受け止めです。しかし、5月27日のコラムで紹介したように、このような受け止め方は正確ではないというのが私の強い印象です。確かに西側の人権・デモクラシーに対しては厳しい。しかし、中国の特色ある人権・民主の実現に対しては意欲的に考え、取り組んでいる、と見るべきだろうと思います。中国的な人権とは、生身の人間(一人一人の中国人)の生存権・幸福権の実現を最重視するものです。その実現のためには社会の安定確保は至上命題となります。開発途上の下にある中国社会にとって、そういう客観的条件をわきまえずに政治的市民的自由を要求する動きは厳しい監視・取り締まりの対象となります。そして、中国的な民主とは「選挙民主+協商民主」(5月27日のコラム参照)です。習近平の考えからすれば、「選挙民主+協商民主=全過程の民主」となるわけで、「全過程の民主」という提起になるのは不自然ではないのでしょう。
 しかし、劉東明が「耳目を一新する」ものと形容するとおり、この提起が中国社会に大きなインパクトを与えたことは間違いないと思います。ただし、私が中国検索サイト「百度」でチェックした限りでは、2019年11月に習近平が上海を視察したことに関する新華社報道には、劉東明が紹介したくだりはありません。また、私がチェックしてきた限りでは、「全過程(の)民主」を取り上げた最初の文章は冒頭に紹介した辛向陽文章が初出です。ある意味興味深いのは、辛向陽は習近平が上海で上記発言を行ったことには触れていないことです。おそらく、「内部文献」として出回っていたのだろうと考えられます。求是網は積極的に習近平が行ってきた発言を紹介していますので、近い将来にこの発言についても取り上げることになるかもしれません。
 いずれにせよ、「全過程民主」は、西側の議会制デモクラシーが抱えるさまざまな問題(選挙・投票の自由があるだけ、直接デモクラシーはポピュリズムとして排斥される、立法・司法・行政の三権の国民に対するアカウンタビリティは実質的にゼロ、等々)を克服する中国的民主の優位性を示す概念として、今後強調される可能性があるのではないかと思います。
 ちなみに、6月12日付けの韓国・中央日報日本語WSは、キム・ウイヨン(ソウル大学政治外交学部教授)署名文章「「参加の不足」と韓国の民主主義」を掲載しています。三つの指標に基づき、西側デモクラシーの問題点を韓国について検証するものです。中国の問題意識が的外れではないことを理解するのに有益だと思いますので、まずはこの文章を紹介します。

一昨日6・10民主抗争33周年記念式で文在寅大統領は「韓国はより多い民主主義、より大きい民主主義、より多様な民主主義に向かっていくべきだ」と述べた。手続き的な民主主義と制度の民主主義を越え、実質的な民主主義と日常の民主主義へ向かうべきだという趣旨だ。主な民主主義の指標を中心に現在の韓国民主主義の現状と課題を考えてみたい。
 最も広く知られた指標として英国週刊誌エコノミスト傘下の研究機関「エコノミスト・インテリジェンス・ユニット」(EIU)が毎年発表する民主主義の指標を挙げられる。EIU指標は選挙過程、政府機能、政治参加、政治文化、市民自由など5部門に分けて評価した後、平均を計算して国家別民主主義の水準を計る。2019年の発表をみると、韓国は評価対象167カ国の中で23位に日本(24位)と米国(25位)をリードしている。さらに、韓国は2008年以降世界20位圏序盤の民主主義国家としてその位置を維持してきた。33年間の短い民主主義の経験から注目すべき成果といえる。しかし、具体的には微妙な問題点が垣間見える。代表的に5部門の中で政治参加部門が比較的に低い点数を見せる。
 このような微妙な問題点をさらによく見せる指標は「民主主義・選挙支援国際研究所」(IDEA)の民主主義指標(Global State of Democracy Indices)だ。IDEAの指標は代議政府の水準、基本権、政府に対するけん制、公正な政府、政治参加の水準など5部門の98指標で構成される。EIUとは違い、国家別ランクを付ける方式を控え、部門別上・中・ハで評価する。2018年IDEA指標も韓国の民主主義を高く評価し、政治参加部門だけを除いてすべての部門で「上」と評価される。政治参加部門が「中」を受けた主な理由は直接民主主義の細部指標で最下水準の点数を得たためだ。
 最も包括的でありながらも細部的な民主主義の指標は「民主主義多様性プロジェクト」(Varieties of Democracy Project,V-Dem)指標だ。V-Demは民主主義を自由民主主義、選挙民主主義、参加民主主義、審議民主主義、平等民主主義(egalitarian democracy)に概念化して計400個以上の民主主義の細部指標を活用する。
 2019 V-Dem評価でも韓国の民主主義は高い評価を受ける。特に、自由民主主義部門の評価では主に欧州の強小国で構成されたトップ10%グループに属し、英国とドイツに先立って世界12位の民主国家として認められている。しかし、今回も参加民主主義部門は低い点数を受け、直接民主選挙(direct popular vote)の細部指標では最下水準の点数を受けた。注目すべき部分はV-Dem国家別リポートで韓国の平等民主主義に関連して低い性的平等の細部指標点数を指摘しているという点だ。 民主主義を点数だけで評価することはできない。世界的に公認された指標ではあるが、韓国民主主義を遠くから眺めたものに過ぎない。しかし、少なくとも2つの側面で3指標が一方向を示しているとみられる。まず韓国は比較的に成功的な民主主義と評価されるという点だ。V-Demの2019年リポートの題名はサミュエル・P・ハンティントン(Samuel P.Huntington)の「民主化の第3の波」にちなんで「権威主義化(autocratization)の第3の波」になっている。2019年現在、世界24カ国で権威主義化の現象が現れ、全世界人口3分の1が権威主義化している国で住んでいるということだ。米国が代表的だ。  一方、韓国は2008年より民主化の傾向が最も明らかに現れる国と評価される。新型肺炎を民主的に対処して成功裏に総選挙を行うことができた理由であり背景ではないか考える。もちろん、新型コロナ危機のようにいつでも民主的退行の問題が再発する可能性があり、韓国の民主主義に対する高い評価を特定政権が自賛することでもない。しかし、全世界的に民主主義の危機や後退を懸念する時、韓国の民主主義が良い例を見せているというのは否めない事実だ。
 3つの指標いずれも韓国民主主義の課題として参加民主主義と社会経済的な民主主義を示唆した点が目につく。韓国民主主義の問題としてたびたび「参加の過剰」を心配する声があるが、外から見ればむしろ「参加の不足」が問題ということだ。
 また、社会的権利と平等、特に性的平等の問題もしばしば取り上げられてきた古い課題だ。このようなことから文大統領の記念演説の中で家庭や職場から始まる日常の民主主義と「持続可能でさらに平等な経済」を意味する実質的な民主主義を提示したのは基本的には正しい方向だ。問題はさらに具体的な悩みと積極的な努力が必要だということだ。6・10民主抗争33周年を迎え、韓国の民主化経験に対する省察とともに政界と市民社会いずれも民主主義の時代的な課題を実現するための取り組みにさらに積極的に出ることを期待したい。
 以下では、辛向陽署名文章「人民民主は一種の全過程の民主である」の大要を紹介します。辛向陽が中国社会科学院マルクス主義研究院副院長であることから見て、有権的にものが言える立場にある人物であるからです。
 人民民主は社会主義の生命である。人民民主は一種の全過程の民主であり、すべての重要な立法及び政策決定は、手続きに従い、民主的準備を経た、科学的民主的政策決定によって生まれるもの(浅井注:習近平の上記発言のママ)であり、人民の根本的な利益を擁護する、もっとも広範で、もっとも真実な、もっとも役に立つ民主である。
<全過程の民主とは、民主のすべてのプロセスは一つたりとも欠かすことができないことを意味する>
 全過程の民主は、民主選挙、民主決定、民主管理、民主監督等のプロセスを含む。習近平は次のように指摘した。「人民が民主の権利を享受しているか否かは、選挙時に投票する権利があるかどうかを見る必要があるとともに、日常生活の中で持続的に参与する権利があるかどうかを見る必要があるし、人民が民主選挙を行う権利があるかどうかを見る必要があるとともに、民主的決定、民主的管理、民主的監督を行う権利があるかどうかをも見る必要がある。社会主義民主は、十全な制度手続きだけではなく、十全な参与と実践が必要である。」
 中国共産党は、人民大衆に対する民主選挙の権利を保障することを高度に重視する。党委員会、人民代表大会、政府、政治協商会議の改選に当たっては、基本的な大衆代表の比率を保証し、制度として、党政幹部、企業責任者が占有しないようにし、基本的な大衆の定員枠を設ける。民主選挙を重視すると同時に、人民大衆の民主決定、民主管理、民主監督の権利を擁護することをさらに重視する。 第一、民主決定を推進するためにさまざまな措置を講じる。例えば、各レベルの政府は、重要な政策を出す前に、それぞれのレベルの人民代表大会に報告し、座談、聴聞、評価、法律草案公表等、公民がルールに則って立法過程に参与することを拡大する。また、各レベルの党委員会は、人民政治協商会議との政治協商を重要なプロセスとして政策決定の手続きに組み込む。
 第二、民主管理を推進するために、農村村民委員会の民主的管理制度を十全にするだけでなく、企業の民主的管理、事業単位の民主的管理、機関単位の民主的管理、社会組織の民主的管理等のメカニズムの建設を十全に行い、大衆の民主管理に対する積極性を充分に引き出す。
 第三、民主監督を推進するために、権力がオープンに運行するようにし、権力の運行の公開化と規範化を確実に推進し、党務公開、政務公開、司法公開及び各領域の仕事の公開にかかわる制度を改善し、人民大衆が近距離で、手軽に監督できるようにする。
 基層民主の建設においては、これらの権利が十分な保障を得ている。例えば、職工代表大会を基本形式とする企業・事業単位の民主管理制度の健全化を通じて、職工大衆の知る権利、参与権、表明権、監督権を効果的に実行し、広範な職工大衆の民主決定、民主管理、民主監督の権利を擁護する。民主の各プロセスにおける全方位の発展は、制度建設において、全過程民主の実行を担保している。
<全過程の民主とは、すべての民主制度が十全なプロセスを有していることを意味する>
 第一、人民代表大会の制度は、党の領導、人民の当家作主、依法治国を有機的に統一した根本的な政治制度という仕組みを堅持するものである。18回党大会以来、全人代は、代表と大衆との連携制度を改善し、代表が人民大衆と連携するためのプラットホームとネット上のプラットホームを作ることを推進し、代表の意見・提案の処理に関するフィードバック・メカニズムを健全化した。これにより、人民の当家作主の民主的権利がさらに確実に行われ、地方の各レベルの人民代表大会制度の発展改善が促進されてきた。
 第二、中国共産党が領導する多党合作及び政治協商の制度は、我が国の基本政治制度である。18回党大会以来、中国共産党は協商民主制度とその工作メカニズムをさらに改善し、広範かつ多層的な制度に向けて協商民主が発展することを推進してきた。2015年、中共中央は「社会主義協商民主制度及び工作メカニズを強化することに関する意見」を発表し、協商民主を強化することの重要な意義、指導思想、基本原則、道筋・手続き及びさまざまなタイプの協商民主を推進する方法を全面的に論述した。この5年間、社会主義協商民主の発展の全過程性はますます明確に体現されてきている。
 一つは協商体系の全過程性である。手続きが合理的で、プロセスが十全な協商民主体系を構築し、国家政権機関、政治協商組織、党派団体、基層組織、社会組織の協商ルートを広げた。
もう一つは、協商内容の全過程性である。習近平が述べたように、「全国各民族人民の利益にかかわることは、人民全体及び社会全体の中で幅広く協議する必要がある。一地方の人民大衆の利益にかかわることは、その地方の人民大衆の中で幅広く協議する必要がある。一部の大衆の利益、特定の大衆の利益にかかわることは、その大衆の中で幅広く協議する必要がある。基層レベルの大衆の利益にかかわることは、その基層レベルの大衆の中で幅広く協議する必要がある。」
 第三、民族区域自治制度及び基層大衆自治制度は我が国の基本的政治制度であり、民主の全過程性は、この二つの制度の中で充分に体現される必要がある。
 まず、民族区域自治制度は平等性と民主性を体現する制度である。民族区域自治制度の民主的な要求は二つの結合に体現される。一つは統一と自治の結合を堅持することである。団結と統一という前提のもとで、かつ、国家の法律及び政令の実施を確保するという基礎の上で、自治地方が自治権を行使することを法によって保障し、自治地方に特殊な支持を与え、自治地方の特殊な問題の解決を図る。二つ目は民族的要素と区域的要素との結合を堅持することである。民族区域自治はある民族だけが享受する自治ではなく、その区域のすべての民族共同の自治であり、民族平等という基礎の上で建設する、民主的団結の自治である。
次に、基層大衆自治制度は、我が国の基層民主の主要形式である。この制度は、人民大衆が農村、都市コミュニティ及び企業で当家作主の権利を実現することを保障し、社会主義民主政治の直接的基礎となるものである。中国共産党は、人民が法により民主的権利を直接行使するこの方式を高度に重視し、都市コミュニティ、基層公共事務及び公益事業において全方位、全行程の民主的建設を実行し、自己管理、自己服務、自己監督等のプロセスの中で大衆の民主的権利が確実に発揮されるようにし、そうすることにより、基層が政治事務の管理、経済及び文化事業の管理、社会事務の管理の権利を法により有効に行使するようにする。
<全過程の民主とは、真実の、不断に発展し十全なものとなる民主であることを意味する>
 全過程の民主は真実の民主である。人民の当家作主を保証し支持し、法による選挙で人民の代表が国家生活及び社会生活の管理に参与することは極めて重要であり、選挙以外の制度及び方式により人民が国家生活及び社会生活の管理に参与することもまた極めて重要である。習近平が述べるように、「人民が投票する権利だけを有し、広範に参与する権利を持たない、また、人民が投票の時だけ目を覚まされ、投票後は休眠期に入る、このような民主は形式主義である。」「民主は飾り物ではなく、飾り物にするものでもない。それは、人民が解決したい問題を解決するために用いるものだ。」「全過程の民主は形式主義の民主を行うものではなく、「民主ショーを行う」ものでもなく、政治的ドラマを演じるものでもなく、表面的な華々しさや格好を追求するものでもない。それは、民主選挙、民主決定、民主管理、民主監督を貫いて、政治生活の中で人民大衆の関心事をしっかりと解決することである。麗しい生活に対する人民の要求を実現することこそは、人民の根本的利益を擁護する、もっとも広範で、もっとも真実な、もっとも役に立つ民主である。
 全過程の民主は不断に発展し、十全なものとなる民主である。社会主義革命及び建設の時代、人民代表大会を含む社会主義政治制度を確立し、発展させた。改革開放の時代、基層大衆自治制度を確立し、中国の特色ある社会主義民主を発展するという実践命題を提起した。中国の特色ある社会主義が新しい時代に入り、我が党は社会主義民主政治の制度化、規範化及び手続き化を不断に推進し、中国の特色ある社会主義民主の優越性を充分に具現化し、良好な生活の中で日増しに増大する人民大衆の民主的要求をより良く満足させている。この100年近くで、党の領導のもと、人民大衆の民主的意識、民主的素養、民主的観念は著しく向上し、民主選挙、民主決定、民主管理及び民主監督等のプロセスの中で、規則及び規範を尊重する民主的理性を養ってきた。このことは、「一過性民主」「使い捨て民主」の国々で出現する非理性的行動を有効に防止し、「街頭政治」あるいは「思いつき政治」の発生を回避することを可能にしている。