6月8日、中国の国家衛生健康委員会(浅井注:日本の厚労省に当たる国家機関)は「新コロナ・ウィルスPCR検査実施を加速推進することに関する意見」(以下「意見」)を発表しました。「意見」というのは、日本的に言うならば「ガイドライン」に相当する程度のものです。厳格な拘束力はないけれども、関係機関が従ってほしいルールを示すものという位置づけです。6月7日のコラムで、武漢市及び浙江省のPCR検査の徹底ぶりを紹介しましたが、「意見」はこのような徹底した対応を全国的に広めることを目指しています。ちなみに、黒竜江省の中でコロナ感染要警戒地点である牡丹江市も、6月1日から7日にかけて、65万8772人の市民を対象としたPCR検査を実施した(19人の無症状感染者を発見、陽性検出率は1万分の0.288)と報道されました(6月9日付け科技日報WS)。
 中国のコロナ対策の原則は「4つの早い」措置です。「4つの早い」措置とは、「早期発見、早期報告、早期隔離、早期治療」を指します。「4つの早い」措置の中でももっとも中心とに位置づけられるのは、PCR検査能力の向上及び検査範囲の拡大です。意見は、PCR検査推進に関するガイドラインです。その中心に据えられているのが、「検査すべき者はすべて検査する」(中国語:"応検尽検")と「検査を望む者はすべて検査する」(中国語:"願検尽検")です。ちなみに、意見には「三密回避」の類いの国民に対する「自発的行動」の「指針」は含まれていません(報道を見る限りでは)。
 中国はワクチン開発にも力を入れていますが、専門家(特に、SARS対策で名を馳せた86歳という高齢の鐘南山の発言力がコロナ対策においても大きい)の、①何時になるか分からないワクチンの開発を待つのは無責任、②集団免疫はまったく当てにならない、という判断に立って、「4つの早い」に全力を傾注することが国策になっています。意見はその具体化です。
 端的に言って、中国のコロナ対策と日本(安倍政権)のコロナ対策の違いは、「人命:主、医療(の都合):従」(中国)対「医療(の都合):主、人命:従」(日本)であり、両国の対応は世界におけるコロナ対策における両極端にあるということができるでしょう。ほかの国々の対策は中国と日本という二つの極の間のどこかに位置づけられるという感じです。
 意見は、「検査すべき者はすべて検査する」対象として、次の8グループに属する者(重点グループ)を明記しています。すなわち、①濃厚接触者、②域外から域内に訪れた者、③発熱外来患者、④新規入院患者及びその付き添い者、⑤医療機関従事者、⑥税関検疫官及び国境検査官、⑦刑務所係官、⑧社会福祉養老関係機関従事者。また「検査を望む者はすべて検査する」の対象者は、それぞれの地域の実情に応じて決定し、その後の情勢の推移に照らして対象者を調整する、とされています。「検査すべき者はすべて検査する」対象については自己負担なし(政府全額負担)、「検査を望む者はすべて検査する」の対象者については、所属事業所または個人の負担とされています。
 中国は、コロナ対策で明らかになった対処能力の欠陥・不備を全面的に整備・強化することを目指しており、国家機関から末端に至るまで対処能力を備えることを目指す、としています。強化の対象としては、①定期的なサンプル調査等によるアラート体制の整備、②試験機関の質量の充実、③試験機関従事者の育成強化、④検査設備、検査方法、検査試薬、移動検査機関等の充実、⑤報告体制の迅速化と正確化等があげられており、これらを通じて検査にかかわるシステムの改善と検査効率の向上を全力で目指す、としています。
 意見はまた、関係機関が責任を持つ対象者についても定めています。すなわち、衛生健康部門は、濃厚接触者、発熱外来患者、新規入院者及び付き添い者、医療機関従事者のPCR検査を担当します。また、民政部門は、養老機関、児童福祉機関、未成年者救助保護機関従事者及び都市コミュニティ従事者の検査、公安及び司法行政部門は当該部門の従事者及び収監された者の検査、税関は入国者及び検疫官の検査、移民管理部門は国境検査官の検査、教育・交通運輸・社会保障・商務等の部門は各地の状況に基づき、学校(幼稚園を含む)関係者、疫病重点地域から戻ってくる学生、公共交通機関及びステーションに勤務する者、復職者の検査をそれぞれ担当する、としています。
 意見は、コミュニティの役割も重視します。すなわち、コミュニティは、上記8の重点グループに対する管理強化、報告の迅速化、健康教育強化、所属住民の検査にかかわる援助・アレンジ・組織、サンプル収集、テスト・隔離・治療等の防疫コントロール措置等を担当します。意見はまた、機関・事業単位・学校・社会団体等が労働者の職場復帰、学生の復学の際における検査管理制度を組織し、それぞれの責任を果たし、衛生健康部門と関係を作り、PCR検査を組織的に行うことを要求しています。
意見はフォロー・アップ体制も重視しています。感染が確認された者は所定の規定に従って指定の医療機関に収容し、無症状感染者は所定の規定に従って集中隔離と医学的観察を行い、観察期間中に症状が現れた者は指定医療機関に収容し、診断確定後は所要の修整措置を取る、としています。各地域は、県・区を単位として隔離場所を設置し、隔離すべき者はすべて隔離し、収容するべき者はすべて収容することが求められます。意見は、組織的管理の強化及び保障レベルの向上の必要性、政策的支援の強化、経費保障についても定めています。
(感想)
以上から分かるように、中国は今回のコロナ対策の経験に立って、全国的なかつ隅々まで張り巡らされる防疫コントロール・システムの構築を目指しています。それは、いまだ収束から程遠いコロナ対策であると同時に、今後起こりうる疫病に対する防疫コントロール体制の整備を戦略的に目指すものです。それは、新自由主義に基づく医療体制の「スリム化」とは真逆の発想に立っています。
今回のコロナ対策で大惨事を招いた米欧諸国(ドイツを除く)の事態は、すべて新自由主義に導かれた医療「改革」による必然的結果でした。これら諸国が今回の事態から教訓をくみ取ることができるかどうかが問われるゆえんです。
日本の場合、米欧の後を追うことは時間の問題とみられていたのに、「日本システム」(安倍)、「日本の民度の高さ」(麻生)と舞い上がる「奇跡」を背景に、今後も今のような事態(だらだらと感染者が現れ続けるる状況)が続く限り、新自由主義医療「改革」の現状に安住する気配が濃厚です。中国が大きく歩を進めることとの対比においても、日本は本当に「救いがない国」と思います。